ネコの手も狩りたい【完結】   作:puc119

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第75話~嘘と真の境界線で~

 

 

「え、えと、それじゃあ説明をお願いできますか?」

 

 場所はベルナ村にある俺たちの部屋の中。やや緊張気味といった様子のご主人が言葉を落とした。これから話す内容は、俺たちの未来に大きな影響を与えるものなんだ。緊張してしまうのも仕方が無い。

 できることなら飯でも食べながら話をしたかったのだけど、他人に聞かれても良いような内容でもなかったため、この場所で話をすることになりました。

 

 クエストが終わってついに秘密にしていたことを言ってしまったけれど、その後の空気はかなり重かったです。ご主人も困っていたし、俺たちも俺たちでどうしたら良いのか分からなかった。ただ、今回はしっかりと話さなきゃいけないことなんです。

 

「……うん、分かった。さっき彼が言ったけれど、私と彼はこの世界の人間じゃない。だから、どうしてもご主人さんたちとは考え方が違う」

 

 それで、どうやってご主人に説明するかだけど、白ネコ――彼女が説明してくれるらしい。

 最初は俺が全て話そうと思っていた。けれども彼女が、お前じゃ不安だから私が話す。みたいなことを言い、こうなりました。

 

 正直、それは嬉しい提案だったり。

 ご主人に全てを伝えようとは思っている。でも、話さなきゃいけないことがあまりにも多すぎて、俺じゃあ上手く伝えることはできないだろうから。だってさ、ご主人たちのいるこの世界が、俺たちのいる世界じゃゲームだなんてどう伝えればいいというのやら。

 そもそも、ゲームって言葉がご主人は分からないと思う。同じ言語を使っているとはいえ、世界観が全く違うのだから。

 

 とりあえず、今は彼女に任せます。

 いや、自分でも情けないなぁとは思っていますよ?

 

「こことは、違う世界……それは、どんな世界だったの?」

 

 ご主人は人間からネコになってしまった俺たちを受け入れた。だから、適応力……というか包容力みたいなものは人一倍あると思う。それでも、今回は話が荒唐無稽すぎる。きっと聞きたいことがたくさんあるだろう。

 

「……この世界とすごく似ているけれど、全く違う世界、かな。そんな世界でも私と彼はハンターをしていた」

 

 ……うん? 別に俺はハンターなんてしてなかったんだけど。極々普通の学生でしたし。もちろん、彼女も。

 彼女がどんな話をしようとしているのか分からず、その顔をチラリと見てはみたけれど、やっぱり何を考えているのかは分からなかった。

 いきなりぶっ飛んだことをする彼女ではあるけれど、今回はちゃんと考えているはず。俺は余計なことをせず彼女に任せましょうか。

 

「ちょ、ちょっと待ってね。あー、えっと……白ネコさんたちがいた世界は、この世界と何が同じで、何が違うの?」

「使われている武器、防具、アイテムの性能とモンスターは同じ。でも、モンスターの数とハンターの数は比べ物にならないほど元の世界の方が多い。一日に行くクエストの量も全然違う。そして何より――狩りが娯楽になっている。そんな世界」

 

 ああ……なるほど、ねぇ。

 彼女が俺たちの世界をどう説明したいのか、なんとなく分かった。それなら、ご主人だって理解しやすいかもしれない。

 つまり、彼女が説明しようとしている俺たちの世界は……ゲームの話だけってことだろう。

 

 文化、慣習は元の世界とこの世界じゃ全然違う。それを全て説明するなんてことは難しい。けれども、俺たちがプレイしていたゲームの中だけを俺たちの世界ってことにすれば、難易度はぐっと下がる。

 

 彼女が話そうとしていることは嘘じゃない。けれども――真実でもない。

 ただ、ご主人が抱えてしまっているモヤモヤは解消できると思う。

 

「狩りが娯楽……よく、分かんないけど、そのハンターやモンスターの数の違いってどれくらいなの?」

「ハンターの正確な数は分からない。でも、モンスターは無限にいる。だから、この世界と違ってモンスターを倒しすぎて生態系が壊れるってこともない。毎日、モンスターをボコボコにしてた」

 

 元の世界だと、あの伝説の黒龍ですら一日でものすごい量が倒されてるもんな。あれじゃあどっちがモンスターか分からない。

 

「例えばだけど……えと、ギルクエ100のラーラーってどのくらいで回せる? あと、一日で倒す量も」

 

 ご主人の方を向いていた彼女が俺の方を向いてから、そんなことを聞いてきた。

 

 ん~……4人パーティーのヘビィハメで考えて良いのかな? えっと、準備時間や討伐後のロード時間を考えると――

 

「ラージャン2頭なら7分かからないんじゃないかな。んで、一日で倒す量だけど……多い日だと100頭は倒してたと思う」

「……はい? 7分? 一日で100頭? あ、あのラージャンを、ですか?」

 

 うん。それくらいはやっていたと思う。MH4だけでラージャンは1000頭以上倒したはず。ギルクエをやり始めてHRなんて直ぐにカンストしました。

 まぁ、ラーラーだと武器の見た目がアレだったから、桃ラーとかの方が人気だったけど。

 

「……4人パーティーでアカム討伐の最速タイムは?」

「あー……俺は55秒だったかな」

「何それ、意味わかんない」

 

 この世界じゃちょっと考えられないだろうけど、そういう世界だったんです。全モンスター100頭討伐やゴリラ1000頭討伐とかやっているハンターは、この世界じゃきっといないだろう。でも、元の世界にはそんなことをやっているハンターが少なくはない。

 

「そんな感じの世界なの。だから、この世界と似てはいるけれど、全然違う世界」

 

 ご主人と俺たちの間にあるズレ。

 それはさっき彼女が言ったように、この世界で生きるために必要なことが、元の世界ではただの娯楽となっていることだろう。

 

 元の世界にも色々なハンターがいた。

 ただひたすらに早く討伐できることを目指すハンターや、縛りを付けてモンスターを狩るハンター。モンスターを討伐することだけを目標としているハンターや、討伐を目標とせず、楽しく狩りができることを目指しているハンターも。

 ただ、それらの多くのハンターは自分が生きるためにやっていたわけではなく、ただただ自分で見つけた楽しさを追いかけていただけ。

 だから、この世界と元の世界では同じ狩りでも根本的なズレがある。

 

「それでネコさんたちはあんなに上手いんだね……」

 

 いくらゲーム中とはいえ、経験量だけはすごいからなぁ。

 もし、モンスターがゲームとは違う動きをしていたらどうなっていたかは分からないけど。この世界がゲーム通りで助かりました。

 

「その……じゃあ、やっぱりその世界でも白ネコさんたちは凄腕のハンターだったんですか?」

 

 ……凄腕のハンター、か。

 何を持って凄腕のハンターとか、上級者と名乗れるのかは分からない。

 

 けれども――

 

「いや、違うよ」

 

 俺なんかがそんなハンターを名乗れないのは確かだろう。

 1000時間を超えるプレイをした。HRポイントだってカンストしていた。金冠マラソンも終え、勲章も集めた。

 それでも、俺は上級者なんてものになれなかった。

 数え切れないほどのハンターたちが俺たちの上にいつだっていたのだから。TAに手を出し、そのことがよく分かった。どれだけ知識を溜め込んだところで、それを生かしきれなかった。

 

「どれだけ甘く見ても俺たちは中級者レベル。そんなものだよ」

 

 情けないことではあるけれど、それが事実。

 下を見ても仕方ないけれど……上はあまりにも遠い。

 

「そう、だったんだ……」

 

 幻滅されてしまっただろうか? この世界では上級者とされているハンターが、その程度の実力しかないと分かって。でも、こればっかりはちゃんと伝えておかないといけないこと。

 自分が凄腕のハンターだったと言葉にするのは簡単だ。しかし、そんな嘘の言葉にどれだけの意味があるっていうんだ。そんなもの言っていて悲しくなるだけ。自分を大きく見せたところで、実際に大きくなるわけではないだろうさ。

 

「それで、そんなネコさんたちはどうしてこの世界に?」

「この世界に来たのはこれで3度目だけど、それは私たちにも分からない。それに……いつ私たちがまた消えてしまうのかも」

 

 今までの経験を考えるに、俺たちが消えてしまうのはラスボス――オストガロアを討伐した時だろう。けれども、そこで消えてしまうのかは分からないし、それまで消えないという保証もない。

 ホント、分からないことだらけですね。

 

「私たちの話はそんなところ。そんな世界から来ているせいで、ご主人さんとは考え方がちょっと違う」

「……そっか」

 

 何とも複雑そうな顔をしたご主人。

 まぁ、いきなりこんな話をされたらそんな顔にもなるだろう。

 

 俺たちにとって狩りは楽しむためのものでしかない。この世界のハンターたちのように命懸けのものではなかった。

 それはこの世界じゃ失礼なことなんだろうけれど、今更その考えを変えることも難しく、変えたところでそれにどんな意味があるのかも分からない。

 

「それじゃあ……やっぱり白ネコさんたちは元の世界に帰りたいのかな?」

「ううん。もうそうは思わない」

 

 ご主人の質問に彼女が答えた。俺と全く同じ気持ちの言葉で。

 

 そうだね。もう、決めたんだ。

 

 思ったところで何かができるわけではないかもしれない。でも、思い、言葉にすることはきっと大切だと思うんだ。

 

 目を閉じてみた。

 なんだかんだ緊張していたのか、いつもより自分の鼓動が速いことが分かる。ずっとずっと隠してきた自分のことを話すってのはそれくらい大変ってことなんだろう。

 

 

「私たちは――この世界を歩いていく」

 

 

 目を閉じ、真っ暗な世界に彼女の声が響いた。静かに、でも、しっかりとした意思を感じられる声が。

 

「……へっ? ちょ、ちょっと待って! あ、あの、白ネコ、さん……だよね?」

 

 そして、彼女の言葉に続いて直ぐに、何とも間の抜けたご主人の声が聞こえた。

 閉じていた目を開ける。えと、何事ですか?

 

 そこにいたのは――

 

 

「……おおー、もどった」

 

 

 見慣れた……でも、久しぶりとなってしまった――人間の姿の彼女だった。

 

 

 


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