詰まって出てくれないと思っていた言の葉は、あっさりと出てきてくれた。
柔らかな夜風がそよぐ。
その風に乗った草の香りが僅かに私まで届いてくれた。
はい、言っちゃいました。言ってやりました。
流石に、今の言葉をなかったことにはできない。もしかしたら、これで私とネコさんの関係は崩れてしまうのかもしれないし、やっぱり自分のことを話すのは怖い。
でも、もう戻ることができないというのなら、私はこのまま進むしかないんだろう。
「……そっか」
そして、私の言葉に対してネコさんはそんな返事をしてくれた。
何を言われるのかな? これからどうなってしまうのかな? 今の私にはそんな不安ばかり。怖いなぁ……
それでも、私はこのネコさんに聞きたいことが……聞かなきゃいけないことがあるんだ。
ネコさんたちの手を借りずにシャガルマガラを倒すことができた。
クシャルダオラを倒して上位ハンターになることもできた。私はちゃんと前に進むことができている。それでも、私とこのネコさんとの距離は変わらないまま。
きっとこれから先、私ひとりじゃ止まってしまう。
そんな私にはこのネコさんがいないとダメなんです。だから、もう少しだけ勇気を出してみようと思う。
「それでさ、ネコさんは――貴方は誰ですか?」
それはずっとずっと聞きたかったこと。
随分と時間がかかってしまったけれど、それを漸く私は聞くことができた。
「……そだね。そろそろ自分のことを話すには良い機会、だよなぁ」
そう言ったネコさんの表情はやっぱり見えやしなかったけれど、多分、笑ってくれていたと思う。
「別に信じてくれなくても良い。夢だと思ってくれて構わない。ボク……俺だってこれが現実だとはどうしても思えないから」
いつもとは違う口調のネコさん。
でも、きっとこれがこのネコさんの“素”なんだろう。
「……それでも、話してくれると私は嬉しいな」
「ふふっ、了解」
ネコさんの肩が僅かに揺れた。
「俺もさ。このベルナ村に来る前からハンターをやっていたんだ。ネコじゃなく――人間として」
そして、何処か嬉しそうにネコさんはそんな言葉を落としてくれた。
ネコじゃなく、人間として。
それはとてもじゃないけれど、信じられるようなことではなかった。そうだというのに、どうしてか疑問とか否定とかそんな気持ちはなく、ストン――と私の中へ落ちてくれた。
それくらいこのネコさんは、私にとって不思議な存在だったってことだと思う。
「あと、まだ俺が人間だったときは、あの操虫棍のハンター……まぁ、あの相棒と同じパーティーのメンバーだったよ」
……そっか。そうだったんだ。
このネコさんはあのハンターさんと同じパーティー…………はい?
「ちょっと待って!」
「あっ、はい」
ちょ、ちょっと待ってください。
えっ……え? あのハンターさんと同じパーティー? このネコさんが?
「そんなの聞いてない!」
「だって、言ってないし……」
まぁ、そうだけど……いや、そうじゃなくてっ!
このネコさんが元人間ってことはまだわかります。いや、よくよく考えると意味わかんないけど、そっちのことはいいの。そんなことよりももっと大きな問題があるわけです。
だ、だって、あのハンターさんと同じパーティーだったってことはつまり……
「も、もしかして、ハンマーを使っていましたか?」
「あっ、うん。はい」
やっぱりそうですよね!
つまり、このネコさんは行方不明になったあのハンマー使いのハンターさんで、私はそのハンターさんに憧れてハンマーを使い始めたわけで、それを私は何度も何度もこのネコさんに話してしまったわけで、尊敬しているとかカッコイイとか、挙げ句の果てには好きとまで言ってしまった記憶があったりなかったりするわけで……
穴掘ってください。入ります。私が。
「なんで? いや、ネコさんは何やってるのさ!」
「そ、そんなこと言われても、俺だってなりたくてネコになったわけでもないし……」
うわぁ、うわぁあ……
え? こういう場合、私はどうすればいいんですか? 相手はあの伝説のハンターさんで、そんなハンターさんに対してかなり失礼なことだったり……てか、私なんかのオトモをしちゃってるよ! すごい! 私のオトモすごいぞ!
いやいや、そんな場合じゃなくて、むしろそんなすごい人が私のオトモをやっちゃってることが問題で。
「え……じゃ、じゃあ、あの操虫棍のハンターさんとすごく仲が良く見えたのも……」
「うん。俺からは言ってないけど、なんかバレちゃったみたいだから」
そうですよね! 同じパーティーの仲間ですもんね! そりゃあ仲がいいよね!
お、おかしい。こんな予定じゃなかったのに、どうしてこうなった。
私としては、優秀なハンターさんのオトモをやっていた。くらいにしか考えていなかったのに、そんな予想の遥か上をいってしまった。
元人間ってのは意味わかんないし、それでもってあの伝説のパーティーのひとりとかもうホント意味がわからない。
そんなハンターさんが私のオトモで、雑談をしながら一緒に茸の採取をしたり、ふたりでボーっと釣りをしたり……
と、とんでもないことを私は……
「え、えと……じゃあ、ネコさんはやっぱりドンドルマへ行くのですか?」
そういうことになりそうだ。
このネコさんにはそれだけの力があって、きっと多くの人たちがネコさんの――あのハンターさんの帰りを待っているのだから。
そうだというのに
「え? いや、戻らないよ。これからもご主人のオトモを続けるつもりだけど……あー、やっぱり迷惑だったりする?」
なんてネコさんは言いました。
いやいや、迷惑だなんてそんな……本当なら、私みたいなハンターがこのネコさんに例えお願いしたって一緒にクエストへ行ってくれることなんてない。
このネコさんは上位のさらに上――G級のモンスターをバシバシ倒してしまうようなハンターなんです。ネコさんたちのパーティーはあの蛇王龍を倒し、巨戟龍ですら倒した。
つまり、この世界を二度も救ってくれたハンター。
そんなハンターさんが私のオトモって……
「迷惑では、ありません。ネコさんには感謝してもしきれないくらい。でも、やっぱり貴方は私なんかのオトモでいていいような人じゃ……」
「いや、今の俺、ネコだし昔ほど頑張れないぞ? それにあの相棒や弓ちゃんがいるんだ。あのふたりがいれば俺がいなくても大丈夫だよ」
そう言ってから、ネコさんはまた笑った。
う、うーん。この人なら、今のままでも充分活躍できそうだけど……それくらい上手いし。
「で、でも、また伝説級の古龍が現れた時、貴方がいないと……」
「大丈夫。その時はご主人と一緒に俺も頑張るから」
すごい、極々自然な流れで世界規模の災害に巻き込まれた。流石はあのハンターさんだけある。全くもって冗談に聞こえない。
「私にはそんな実力が……」
「ん~、ご主人なら大丈夫だよ。何度も言ってきたけど、ご主人にはそれだけの実力があるし。それにさ、俺だってまだまだ上手くないんだ。だから、一緒に頑張ろう。そのために俺も全力でサポートするからさ」
そう、なのかなぁ……やっぱり私にはそんな自信が全くないのだけど。
ただ、あのハンターさんにそう言われたことはやっぱり嬉しかった。例え、それがお世辞だとかそういうことだとしても。
「だから――これからもご主人のオトモを続けさせてもらえますか?」
そして、ネコさんのそんな言葉。
……ホント、私は幸せ者だ。きっと、こんなことを言われるハンターは私以外にいない。このネコさんとパーティーを組みたいハンターは数え切れないほどいると思う。
でも、あのハンターさんから、そんな言葉をかけてもらえるハンターは絶対に多くないのだから。
「……本当に私でいいのかな?」
「もちろん。それくらいご主人のことは信頼しているし頼りにしている。それに、ご主人のことはその性格のことや色々なことを含めて……好きだよ」
それは、どう考えたって私なんかにもったいない言葉。
そうだというのに、ネコさんはそんな言葉を私にかけてくれた。
ホント、昔から私は仲間に恵まれてばかりだ。そんな私でも成長できるのかな? 成長できるといいなぁ。
やっぱり、私なんかがこのネコさんと釣り合う訳はないって思う。それでも、ネコさんにここまで言ってもらっちゃったんだ。それなら私は頑張らなきゃいけないし、頑張れるんじゃないかなって思う。
「うん、わかった。それじゃあ……これからもよろしくね、ネコさん!」
「うニャ。よろしくニャ」
頭の中は相変わらず、混乱したまま。何が起きているのかだって、本当のところはよくわかっていないのかもしれない。
それでも、この今日を通してネコさんと私の距離は少しだけ縮まってくれたんじゃないかなって思う。
うーん、私も上位ハンターとなったばかりだし、明日からは大変になりそうだ。
そうだというなら、気張っていきましょうか。なんて、私は思うのです。
このネコさんがあのハンターさんだってことはわかったし、ネコさんがあれだけ上手い理由はわかった。
それじゃあ、そのネコさんと同じくらい上手い、あの白ネコさんは何者なんだろうね?
白ネコさん、大変です
貴方の彼氏が浮気しそうです
では、次話でお会いしましょう