漢を目指して   作:2Pカラー

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12.旅の宿

 ――オスティア北東郊外の村――

 

 俺が旧オスティア廃都を駆け回り、その場に偶然居合わせた冒険者の助力があってのこととはいえ大型の火竜の討伐を成し遂げてから、早くも一カ月が経過していた。

 あの後の俺はと言えば、火竜が倒れると同時に気を失ったらしい。

 らしい、というのは俺自身記憶があやふやだからだ。それも戦闘の途中から。火竜相手に殴り合いを挑んだなんて、グシャグシャになった右腕という明確な証拠が無ければ信じることもできたかどうか。全部夢だったような気さえする。

 んで、そんな気絶しちまった俺を拾ってウェスペルタティアを脱出してくれたのが『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の面々だった。

 

 

 あの日、気絶&疲労からの爆睡コンボから目覚めた俺は、まず心底心配していたといった感じの視線に晒された。思わず顔を隠すフードを探して、結果激痛に襲われたもんだ。

 で、聞いてみれば彼らは俺の恩人とのこと。先述した火竜との戦闘の顛末も、その時説明してくれた。

 そしてそのまま自己紹介。一つ失敗したのはその時だね。

 

『で、嬢ちゃんはなんて名前なんだ?』

 

『ん? 俺の名前はアイカ……』

 

 まさかスプリングフィールドを名乗るわけにもいくまいて。

 結果、偽名を名乗ることにしました。アイカ・ベオルブと。本家『マバリア』使いの妹ちゃんの名字から借りました。

 いや、どうせなら『アイカ』の方も『アルマ』なりなんなりに偽りたかったんだが。本名やべえって気づいた時には既に名前を名乗ってたものだから。

 

 で。まぁお互いの名前も知ったことだし、気になってたことを聞いてみることに。

 何故、他人であるはずの俺を助けてくれたのか。オスティア廃墟を脱出するにしても『動かない子供(にもつ)』を抱えているのとそうでないのでは、明らかに危険度が違うというのに。

 それに彼らは『盗掘屋』だと自称していた。ならば仕事の途中で引き返したってことになるじゃあないか。それも俺を危険な場所(オスティア)から連れ出すために。

 

 しかし明瞭な返答はなかった。というかビョルン達三人がジョアンナに目を向けているだけ。

 

『子供がめんどくさい事を考えるんじゃないよ。それにアタシらも結構やられたんだ。『とっておき』まで使っちまったと来れば、オスティア探索は打ち止めにする他なかったんだよ』

 

 言外に『アンタのために仕事を切り上げたわけじゃないんだからね』と言われている気がしたのは、俺の気のせいなのかね?

 ま、なにはともあれそうして知らぬ間にラストダンジョン・オスティア廃墟を脱出したわけだ。

 

 

 で、そんな俺はと言えば、

 

「あー、あぁ? あーん……。んあー? ああ! ……あぁー」

 

「あーあー言ってないで本に集中しろ。魔法の射手と武装解除しか使えないんじゃ魔力量の持ち腐れだぞ」

 

「ま、まあまあ。落ち着いてください、ビョルンさん。アイカちゃんはまだ子供なんですし」

 

 今も猟犬の方々と一緒にいるわけで。

 しかも何故か魔法の授業なんかされとるし。何故に?

 

 この一か月。とても甲斐甲斐しく世話されましたよ。

 戦闘での傷は魔法によってあらかた治療してもらったんだが、さすがに骨が木端ミジンコちゃんになってた右腕はその限りではなかった。

 原作でネギが切れた腕を繋げてもらってたように、新オスティアのような大都市でならば腕のいい魔法医もいるらしいんだが、どうもジョアンナは新オスティアには行きたくないらしく(ガスパーレから後で聞いたところ、英雄の一員がいる所に近寄りたくないらしい)。

 そんなわけで即完治といかず魔法治療込で全治一か月な俺は、久しぶりにベッドでの睡眠を堪能することに。

 

 

 まぁ最近じゃ魔法の勉強を強制され始めちゃったもんで、野生児生活(フリーダムライフ)が懐かしいんだがね。

 

「才能はあるんだ。中位精霊の召喚くらい軽くこなしてみろ」

 

 なにこのスパルタ?

 つか詠唱が覚えられんのよ。アンチョコでも作るかなぁ。でも偉大なクソオヤジ殿と同じことするってのもなぁ。

 はぁ……。どうすんべ。イゾーリナも苦笑いしてるだけだし。

 

 ため息を吐いた俺をどう思ったのか、再びビョルンが何かを言いかけたその時、助け舟が来たようなタイミングで、ノックの音が部屋に響いた。

 

 

 

 ――拠点となった宿屋の一室にて――

 

 この宿を拠点にしてもう一カ月か。ガスパーレ・ピナは今や見知らぬ天井ではなくなった宿の天井を見上げながら、心の中だけで呟いた。

 この一か月。『盗掘屋』と呼ばれる彼らのパーティーには珍しく、荒事とは無縁の生活だった。

 それを齎してくれたのは間違いなくアイカ・ベオルブという少女だろう。今もビョルンとイゾーリナに魔法を習っている少女に目を向ける。

 ガスパーレはジョアンナの性格をよく知っている。彼女はこんな稼業についている人間には珍しく、お人よしだ。それは行く当てもなかったガスパーレを旅の仲間に加えてくれたことからも理解していた。そんな彼女ならば、アイカが身寄りの有無やオスティア廃墟にいた経緯を言いよどんだ時点で、未だ傷の癒え切っていないアイカを放り出すという選択を選ばないだろうことは容易に予想できたことだ。

 

(しっかしまぁ、ビョルンがここまで熱を上げるとはねぇ)

 

 確かにアイカの魔力量はガスパーレから見ても素晴らしいものだと思う。才能ある子供を育てたくなる心情も理解できる。

 なによりオスティア廃墟で見せた火竜への一撃。ガスパーレとしても、将来が見てみたくなる才能の片鱗を見せられた思いだ。

 

(カリスマ、ってやつかねぇ。俺らみたいのまで惹きつけちまうたぁ)

 

 ガスパーレとてアイカが嫌いなわけではない。むしろ、嫌うことが出来ないというべきか。

 嫌われる要素が無い、というわけではないだろう。アイカの言動は乱暴なものだし、聖人君子には程遠い。子供らしいワガママこそ口にはしないが、それでも振り回されるような気分になることも。

 しかし、何故か惹きつけられるのだ。これが生来の魅力というものなのか。なんにせよ、こんな幼い歳で裏稼業についているようなゴロツキまで魅了してしまっている。もっともそれが彼女にとって幸運と呼べるのかは分からないが。

 

(こんな心配しちまってるってことは、俺もビョルンやイゾーリナのことは言えないかもねぇ)

 

 そんなことを考えながら、ボケッとビョルンの魔法講義――今では説教になっているが――の様子をガスパーレは眺めていた。

 

 

 と、そこで部屋にノックが響いた。

 扉を開けて現れたのはジョアンナ。手にはガスパーレには見慣れた包みが。

 

(あー。来ちまったかぁ。ま、休暇ってわけじゃなく、足止めされてただけだしねぇ)

 

 ジョアンナがどこか残念そうな顔をしているのはガスパーレの気のせいというわけではないだろう。

 事実、ガスパーレの予想通りの言葉をジョアンナは言ったのだから。

 

「今日届いたよ。『とっておき』さね」

 

 それはオスティア廃墟で火竜相手に用いたスクロール。本来戦闘が業務に入らない『盗掘屋』にとってそれは保険でしかない。万一自分たちで対処不可能な強敵が現れた際の保険。同僚にさえ『慎重すぎる』と笑われるほどの奥の手。

 そして、それが『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の本部から届いたということは、

 

「これでアタシらの休暇は終わりってことさ。オスティアに潜るよ」

 

 そう。『盗掘屋』は遺跡探索が本業である。彼らの仕事は怪我した少女を看護することでもなければ、才能ある少女にてほどきをすることでもない。

 

(さて、ママはどうすんのかね。アイカはほとんど完治したとはいえまだ子供。ママが放り出すってのは考えにくいが、だからってオスティアに連れてくってわけにもいかんだろうし)

 

 ガスパーレの考えていた通り、ジョアンナが次に口にしたのはアイカの今後について。

 

「ねぇ、アイカ。アンタ、これからどうするんだい? もし行く当てがないってんならウチに来ないかい? オスティアに連れてくわけにはいかないけど、めぼしいお宝でも見つけりゃシルチスの本拠地(ホーム)に戻るんだし、そこにはアンタくらいの歳の子供もいる。アタシらはロクデナシだけどさ、それでも子供が一人で生きていくよりよっぽどマシさね」

 

 それはガスパーレには予想できた言葉。ビョルンにとっても、そしてイゾーリナにとってもそうだっただろう。

 ジョアンナはどこまでもお人好しなのだ。そうやって様々なものを背負い、そして救っていくのだ。

 だからこそガスパーレたちは彼女をママと呼ぶのだ。戦争で名をあげただけ(・・)の立派な魔法使いサマなんかとジョアンナは違うのだという思いを込めて。

 

 しかしアイカの返答はジョアンナ達の予想を裏切るものだった。

 

「いや、気持ちは嬉しいけどさ、俺は行くよ。進むって決めちまったし。だからここで、お別れだ」

 

 そしてそれは、奇しくもガスパーレの予想の通りの言葉だった。

 

(ハハッ。そうだよなぁ。そういう奴らなんだよ、『英雄』ってのは。いっつも前しか見えてない。周りのことなんかお構いなしに、一人で世界を回しちまうんだろうなぁ)

 

 

 

 かつての大戦。何千何万もの亜人と人間が戦い、そして散って行ったあの戦い。ガスパーレ・ピナは一人の戦士としてそれに参加していた。

 ただ守りたかった。家族を。故郷を。温もりを。優しさを。ただ自分を取り巻く『当たり前』の世界を守りたかっただけ。

 帝国だとか連合だとか。正義だとか大義だとか。そんなものには興味なんてなかった。生まれ育った村が壊されるのが嫌だから剣をとった。自分が殺されるのが嫌だから他人を殺した。

 そして倒れた。『英雄』と呼ばれる男の放った、鬼神兵を狙った雷に巻き込まれて。

 隣で槍を構えていた男は死んだ。カード賭博で前日に大勝ちしていた男だった。

 隣で杖を構えていた男も死んだ。家に残したペットの犬が心配だといつもぼやいていた変人だった。

 前で剣を構えていた男も死んだ。心配する母親の制止の声を振り切って飛び出してきた若者だった。

 後ろで甲冑を着ていた男も死んだ。戦場だというのに水筒にグレープジュースを入れて笑われていた老人だった。

 みんな死んだ。みんな、みんな。

 幸運にも生き残ったガスパーレは、痛みで気を失いそうになりながらも聞くことになる。己の無敵を謳い上げる『英雄』の笑い声を。

 のちに『英雄』は反逆者とされ、仲間だった連合からも追われることになる。

 しかしやはりと言うべきか。『英雄』は再び英雄となる。『真の敵』とやらを打ち倒して。

 世界が『英雄』を中心に回っている気がした。自分など、所詮は『英雄』の戦績を盛り上げるための華でしかないような気さえした。

 そして『英雄』の敵であった帝国さえも『英雄』を讃えた。友を殺された者までもが、『真の敵』を倒してくれたと『英雄』を称賛した。

 

(今なら分かる気がするよ。これが『英雄』。これこそ世界に愛された者ってことか)

 

 そして、周りの奴はそんな『英雄』を肯定しちまうんだよなぁ。ガスパーレは苦笑するしかなかった。

 嫌えれば楽だった。憎めれば楽だった。

 しかしガスパーレには、いや、ガスパーレにも(・・)無理だった。

 あの日、自分がどれだけ殺しているのかも知ろうとせずに、ただバカ笑いをしていた『英雄』を見たあの日、彼は思ってしまったのだ。抱いてしまったのだ。憧れを。

 

(まったく。ムカつくよねぇ。殺されかけた相手にまで心底スゲェと思わせる奴なんてさぁ。ま、だからこそ『英雄』なんだろうけどな)

 

 

 そしてこの少女、アイカもまた『英雄』となるのだろう。

 アイカも前だけを見つめている。そして、いや、だからこそ、その姿がどうしようもなく輝いて見えるのだ。

 

(ホント、目に毒だよねぇ。こんだけ輝かれてたら目が潰れちまう)

 

 だというのに目を逸らすことが出来ないから厄介なのだ。どうしても目をひきつけられてしまう。

 ガスパーレはおもむろに立ち上がった。これ以上ここにいてはたまらない、と。

 そして用意してあったソレをアイカへと投げつる。

 

「わぷっ」

 

「餞別だよ。ボロボロのまんまじゃ格好つかないだろうし」

 

 ソレはローブ。火竜との戦いでアイカが来ていたものは最早服として機能しなくなっていたが故のガスパーレからのプレゼント。

 

(まったく。厄介なもんだよねぇ)

 

 目を丸くして礼を言うアイカに取り合わず、ガスパーレは部屋を後にする。

 

(何故か力を貸したくなっちまう相手ってのはさぁ)

 

 ただ、脳裏には幼き『英雄』の姿をしっかりと焼き付けて。

 




何故かすごい難しかった。ガスパーレは

さて、お気づきかもしれませんが、アイカのカリスマはパネェことになってます
魔力、魔法の才に関してはネギと同等のアイカですが、ネギほどオツムがよくありません(魔法の詠唱を暗記するのにも四苦八苦するくらい)
そのかわりにアイカが両親から受け継いだのがカリスマだったりします
サウザンドマスターの英雄としての魅力。ウェスペルタティアの王族のカリスマ性。二人の子供と言えば、そらもう人を惹きつけてやまないかと
なんでネギ君にはカリスマないんでしょうかね?(ハーレム建築技能は・・・カリスマって感じじゃないですし

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