朝食中、私を赤面させる話をさせられ続けられた。
うう、うれしいんだけど、それは私がいないところでやってほしい。は、恥ずかしすぎる……。
食べ終わった後はいつものように三人で教室へ向かう。
ただ、いつものように簪は途中で別れてしまうが。
「詩織、今日の夜、は……一緒に寝るから、ね」
簪の教室の前で、簪がそう言う。
「うん、今日は一緒に寝ようね」
「楽し、み」
簪は頬を綻ばせて言う。
「って、わたくしのことを忘れてません!? わたくしも一緒に寝るということを忘れては困りますわ!」
「あ、忘れてた」
「わ、忘れてたって……絶対にわざとでしょうに!」
二人は喧嘩をしているように見えるが、互いに気を許しあっているからやっている行動だと私には分かる。
「詩織、わたくしとも一緒に寝ますわよね?」
「うん、寝るよ。三人で寝ようね」
「ええ!」
セシリアはうれしそうに言った。
「簪、あまりセシリアに意地悪しないようにね」
「ん、分かった。ちょっとだけ……手加減する」
う、うん、手加減か。ま、まあ、先ほどのやり取りを見れば、二人の仲は悪くないみたいだから少しくらいはいいかな。
「じゃあ、また夜にね、簪」
「ん」
簪と分かれた私とセシリアは自分たちの教室へと向かう。
「ねえ、セシリア」
教室に着くとまだ時間があったので、しばらく一緒にいることにした。そして、セシリアに話しかける。
「何ですの?」
「今週末はセシリアの番だよ。いい?」
「!! も、もちろんですわ」
もちろんこの意味は夜のアレである。
それをセシリアも理解しているので、顔はやや赤い。
「うう、わ、わたくしもついに大人に……」
それを想像したのか、セシリアは身体をもじもじとさせる。
もちろん、ただもじもじとしているだけなので、教室であるけれども、誰も不審には思わない。
ふふふ、可愛いな。襲っちゃいたい。
その思いが通じたのか、セシリアはさらに私に近寄って、こっそりと私と手を繋いでくる。
「こ、このくらいは見られても仲のいい友達ですわ」
「うん、そうだね」
ただ手を繋ぐだけなのは私が満足できないので、私はセシリアの指と私の指を絡ませて、恋人繋ぎをする。
「!! し、詩織!」
セシリアが小声でそう言ってくるが、その手はその態度と言葉とは裏腹に離れないようにと強く握ってくる。
「ちょっとだけだからね。いいでしょう?」
「い、言い方が卑猥ですわ。もっとありますでしょうに」
何だかセシリアって思考もちょっとエッチな方向になっているかも。
というのも、絶対に昔ならば私の言葉にそのような答えはしなかったはずだもん。やっぱり私のせいかな。
「おい、二人とも。あまりいちゃいちゃするな」
突然、制止の声がかかる。
その声の主は私の親友といってもいいほど仲が良くなった篠ノ之 箒である。
箒は私の生徒会長モードと同性愛者とハーレムを作っていることなど、家族と恋人以外で唯一知っている人物である。
まあ、ただ、私の友達であるので、私の恋人たちと箒の交流はほとんどない。偶然会うときに話すくらいかな。
その声に反応して、セシリアがぱっと離れようとするが、もちろんのこと私がその手を放すことはない。
「あ、あら、篠ノ之さん。いきなりなんですの?」
他人に恋人らしいところを見られたせいか、その顔は言葉とは反対に真っ赤である。
箒もそれに気づいており、少々反応に困っていた。
「あ~、あまりいちゃいちゃするな。あまり見られるのは嫌だろう?」
「ふふ、嫉妬ですの?」
恋人がいるセシリアに対して、箒にはまだ恋人はいない。そのためか、セシリアは強気である。
ただ、顔真っ赤だよ。
「ごほん、ともかくいちゃいちゃしすぎだ」
どうやら図星らしい。
まあ、私も自分に恋人がいなくて、他の人が見せ付けるようにいちゃいちゃしていたら嫉妬してしまう。ずるいとか思って、嫌がらせの一つや二つするかもしれない。
だって、そうじゃない? 自分が欲しい幸せが目の前にあるんだもん。手にすることができるかどうか分からない幸せ。自分は不安で仕方ないのに、それをあざ笑うかのようにその幸せを見せつけてくる。もちろん相手にそんな意図などないことは分かっている。でも、分かるからと言って自分の心を抑えられるわけではない。
なので、箒の言いたいことも分かる。
とはいえ、ここはIS学園である。つまり、ここの生徒の九十九パーセントは女生徒である。女だらけの学園に私たちのような同性を恋人にしている生徒がいないというわけではないが、友人か恋人かという判別はそう易くない。
なので、私とセシリアが手を繋いでいるところを見られても、大部分が仲良しだと思うだろう。箒のように思うのは事情を知っているものか、恋人がいるものだけだろう。あと、ちょっと敏いものとか。
「そうですの? わたくし、このくらいのこと、普通でしたから気づきませんでしたわ」
とは言っているが、やっぱりその顔は真っ赤である。このくらいのことでも恋愛初心者のセシリアには難易度が高い。
箒のほうもセシリアの強がりに気付いているようで、言い返したりせずにただ、何と言えばいいのか困っているようだった。
「そ、そうか」
ほら、箒も動揺してる。
「篠ノ之さんも早く告白したらどうですの? 色々とダメなところはあるみたいですけど、家庭的だと聞いていますわ。今の時代、女も働くときですし、優良物件の一つですわよ。あまり幼馴染だからと油断していましたら、盗られますわよ」
「わ、分かってる。私もそのために行動はしている」
箒もそれはちゃんと分かっている。だから、一夏との交流を無理やり増やして一夏の好感度を上げようと頑張っている。
今日も一夏と一緒に教室に入ってきていた。
順調かな?
「というか、オルコットは何を自分が告白したように言っているんだ? 詩織に聞いたが、オルコットは告白された側じゃないか。あまり説得力がないぞ」
「うっ」
箒に痛い所を突かれたセシリアは僅かに呻く。
「し、詩織! 篠ノ之さんがあなたの友達かもしれませんが、わたくしのこと喋りすぎですわよ!」
おっと、矛先が私のほうへ向いた。
「あはは~、ごめんね。箒がアドバイスして欲しいって言ったから」
私も告白した経験なんて前世を合わせても片手で数えるくらいだ。
そのため、アドバイスをするとなると実際にどのような風にやったのかを言うのが多くなるのである。
「もちろん簡単にだからね。細かいのは言ってないよ」
「あ、当たり前ですわ」
あっ、セシリアの顔が赤い。何を想像したのかな? ニヤニヤ。
「仲がいいな」
箒が私達二人のやり取りを見て、そう呟く。
「えへへ、恋人だからね。箒も私の恋人になる?」
「ば、バカ。私は一夏一筋だ」
「残念」
もちろんこれは軽い冗談。もう前に振られたからね。
たまに箒が私に惚れないかな、なんて思っているけど、その程度である。本気で惚れさせようとは思ってはいない。
「あっ、そういえば、篠ノ之さんは篠ノ之博士の妹でしたわよね」
「……そうだが」
セシリアが束お姉ちゃんの名前を出し、少々姉妹仲が悪い箒が不機嫌になりながら返事をした。
「あっ、そんな顔をしないでくださいませ。別に篠ノ之博士について話してくれ、とか、ISを譲ってもらえるように、とか、そういう話ではありませんわ。詩織関係ですわよ」
察したセシリアがそう言うと、箒のほうはすぐに表情を戻す。
「あなたの姉である篠ノ之博士が詩織の恋人になりましたけど、あなたはどう思っていますの?」
「そうだな。正直に言うと意外、だな。姉さんは私と一夏と千冬さん以外の人間には興味がなかった人だからな。てっきり詩織が振られて帰ってくると思っていた。なのに、恋人になったからな」
「連絡はありましたの?」
「……あった」
箒の言葉と表情には何だか嫌そうな感じが。
「? どうしましたの?」
セシリアもそれを察したようだ。
「その、あの姉さんのことだから、詩織のことを何かに役立てるために恋人になったんだと思っていたんだ。だけど、その、詩織が恋人になった日の真夜中、姉さんから珍しく電話があったんだ」
そう聞くとただ単に報告話にしか聞こえない。
「普通ですわね」
「ここからだ。最初のうちは無視していた。だが、無視しても何度もかけてくるから、仕方なく出たんだ。出た瞬間、姉さんが嬉々として、その、詩織と恋人になったことを語ったんだ」
それを聞いた私はやや顔が熱くなるのを感じた。
「ど、どのような内容でしたの?」
「……本当に詩織のことばかりだった。詩織がどんなに可愛いのかとか、キスをしたとか、そういうものだ。初めてのキスだったとか、結婚が詩織が卒業してからだとか、妹である私があまり聞きたくはない話もあった。なぜ私が姉さんの初キスや初恋人などを知らなければならないんだ。あれは一種の拷問だ」
「そ、それは確かに拷問ですわね。実の姉のそのような情報は知ってもうれしくありませんわ」
「しかも、それを何時間もだぞ? おかげで翌日は寝不足だ」
それを思い出したのか、少々不機嫌気味である。
うん、私に妹と弟はいないけど、従姉妹たちのそんな情報を知ったらいろんな意味で不機嫌になる。あの子達の初めての恋人とかキスとか、私、許しませんよ! 早すぎです!
こほん、とはいえ、何だかうれしいという気分はある。やっぱり本人がいないところで話されるのは本心というのがあるから、それが聞けて恥ずかしくもあるがうれしいのだ。
「ふふ、詩織、良かったですわね」
「うん!」
うれしい。
「だが、詩織。姉さんの恋人になったが、会う頻度というのはどうなんだ? もう次の約束はしているのか?」
「ううん、してないよ」
「いいのか?」
「正直な話をすると嫌だけど、束お姉ちゃんに合わせるかな。私の都合で束お姉ちゃんに迷惑かけたくない」
束お姉ちゃんは世界が探している人物である。下手に姿を現すと様々な勢力が動くのだ。政府だけではない。世界にいるテロ組織だって動くほどである。
私都合で束お姉ちゃんを呼んでしまうとどうなるかなんて簡単に想像できる。もしかしたらISを快く思っていない勢力に暗殺される可能性だってあるだろう。
それを考えると呼ぶことはできない。
「そう、だな。だが、きっと姉さんは詩織に会いたがっていると思うが。だから、たまには姉さんに会ってくれ。その、私にとってはあまりいい姉ではないが、それでもあの人は私の姉さんだから」
「そうだね。せっかく恋人になったんだもん。無理をいって少し会うのもいいかもしれないね」
私には簪、セシリア、千冬お姉ちゃん、束お姉ちゃんと四人の恋人がいる。
でも、だからといって、そのうちの一人に会えなくてもいいというわけではない。恋人にして満足するのではない。私はちゃんと愛したいのだ。その愛す対象はハーレムの子たち全員である。一人も欠けてはならない。
「そうですわね。恋人として迷惑をかけすぎない程度に会うのがよろしいですわね」
セシリアもそう言ってくれる。
「ただ、会うときは一回だけでいいので、わたくしと更識さんの二人を連れて行ってほしいですわ」
「いいけど、なんで? あっ、挨拶とか?」
その挨拶がライバル的なものではないことを祈る。一応、束お姉ちゃんもセシリアたちも私のハーレムを許してくれているけど、内心はどうなのかなんて分からないからね。
「違いますわ」
あれ? 違う?
「わたくしはあなたと篠ノ之博士が恋人になった日のことについて話し合いをしたいだけですわ。ええ、怒りを交えて」
「え、え? な、なんで?」
や、やっぱり束お姉ちゃんが恋人になるのは反対だったのだろうか? その気配は全くなかったのに。
しかも、セシリアだけではなく、あの簪までも。
「なんでって……。もちろん詩織に怖い思いをさせたことですわ!」
そこで思い浮かぶ、あのときの光景。
ああ、なるほど。そういえば確かに怖い思いをしたなあ。謎の手紙にあのミサイル型の乗り物。もうトラウマレベルである。
「わたくし、大切な詩織を怖がらせておいて、怒らないほど優しくはありませんわ。それは更識さんも同じみたいですね」
その言葉にうれしさを感じる。私のことを思ってくれているのだなと。
まあ、確かに束お姉ちゃんのアレは色んな意味で悪かったからね。千冬お姉ちゃんが怒ってくれたけど、二人に怒ってもらうほうがいいかな。
と、束お姉ちゃんに対して怒るのは二人と決まったけど、ここでまたもう一人それに怒りを露にするものがいた。
もちろん、それは箒である。
「……私も行かせてもらう。まさか、姉さんがそんなことを!」
箒も本気のようだ。
これはこれで違った意味でうれしい。恋人じゃないけど、友達に、いや、親友にそのようなことを言われるのはうれしい。
「篠ノ之さん、そのときはよろしくお願いしますわね」
「もちろんだ」
と、何だか変な友情が芽生えていた。