翌日の帰りのホームルームが終わり、私は千冬お姉ちゃんに呼び止められ、会議室に連れられた。
会議室に入ると私と千冬お姉ちゃんはキスをする。もちろん頬とかにじゃない。唇にだ。
お姉ちゃんの腕は私の腰と頭に添えられて、周りから見れば熱い口付けをする恋人だ。
深いキスはせずにくっつけるだけのキスを長くした。
「ん、呼び出したのはキスですか?」
私はキスを止めて問いかける。
「違う。私用で呼び出したが、キスじゃない。その、今日から私の部屋に来てくれるのだろう? だから呼び止めた」
そう、今日が千冬お姉ちゃんの部屋に通うことができるようになる日なのだ。
「今日、来ていいってことですか?」
「もちろんだ。だから、来てくれ」
「はい! 何時ごろがいいですか?」
「いつでもいい。あと、その、今日は私の部屋に泊まらないか?」
「泊まります!」
私は即答した。
いや、だって千冬お姉ちゃんとお泊りだよ! 拒否なんてできるはずがない。
もちろんのこと簪、セシリアのことも考えている。ただ、今日の夜は特に用事はなかった。そういうことで即答したのだ。もちろんのこと、用事があったら拒否していた。
いくら千冬お姉ちゃんの誘いでもそういうところはちゃんと守る。
「じゃあ、夕食を食べてから行きます! 窓から侵入しますから、開けておいて下さい」
「ドアからじゃないのか?」
「さすがにばれます。だから窓からです。夜ですし私なら見つかることはないです」
サバイバルなどで鍛えられたので、気配を消すのは結構得意なのだ。逆にいつも使っているように気配の察知も得意だ。
「そうか。詩織がそれでいいならそれでいい。私の部屋は分かるか?」
「はい! もう調べてます」
もちろんのこと好きな人のことについての情報は集めている。その中には部屋の場所もだ。ただ、そんなに詳しいものではない。素人にも集められるほどの情報だ。
いや、確かに私ならば自分のパソコンなどで大量の情報を集めることができるんだけど、そこまでしちゃうと引かれちゃうかもしれないじゃん。それは嫌だ。
だからその程度に留めているのだ。
もちろん敵だったら容赦ないけどね。
「私、絶対に行きますからね!」
「ふふ、そんなにうれしそうに言ってくれるとこっちもうれしい」
千冬お姉ちゃんは私の頭を撫でる。
私は心地よくてお姉ちゃんの胸に顔を埋めてぐりぐりとした。
はふ~、気持ちいい~。なんか、簪たちとは違うね! やっぱりこれが大人ってやつなの?
「なんだか私にも子どもができたみたいだな」
「むう、子どもじゃなくて恋人です!」
子どもみたいに扱われるのは別にいいけど、恋人じゃなくて子どもとして思われるのは嫌だ。
それだけは譲れない。
「すまない」
そう言ったが、千冬お姉ちゃんの顔は微笑んでいるままだ。
「だが、そんな可愛い顔で言われても逆効果だぞ?」
うぐっ、そ、そう言われても本気で怒れるわけないじゃん。本気で怒るのは大切な人が傷つけられたときだ。それ以外じゃ、本気で怒らない。
「べ、別に怒ってないから問題ないです」
「そうか?」
「そうです。あと、私は千冬お姉ちゃんの恋人やお嫁さんになっても、千冬お姉ちゃんの子どもにはなりませんからね! こ、子ども扱いはいいですけど、自分の子どもみたいには思わないでください」
「それは悪かった。お前は私の恋人だ」
「ですよ。私は千冬お姉ちゃんの恋人です」
そう言い合ってもう一度撫でてもらった。
本当はこのままもっともっと長い時間、撫でてもらいたかったのだが、ここは自分の部屋ではなく、会議室なので出ることとなった。
早速部屋に戻ると昨日二人に言われたとおりにメイド服に着替える。
「さて、お掃除でもしますか」
二人はすぐには帰ってこない。
セシリアはISの練習のために。簪は自分のISの最後の仕上げのために。
帰ってくるのは二時間後くらいだ。掃除するには時間がたっぷりとある。
で、私は掃除を一時間ほどやって終わらせた。
もちろんのこと、私の家事スキルは高い。
勉強ばかりしていたが、それと同時に家事もしていたのだ。
ふふ、月山詩織は完璧な子なのだ。家事も勉強も武道もできる最強の女の子だ!
ハーレムを作るんだから、この程度はこなさないとね!
なんだか旦那様の帰りを待つ、お嫁さんの気分だ。あ、旦那様って言ったけど、もちろん男と結婚なんてしない。ただの表現だ。
う~ん、キッチンがあればよかったんだけどなあ。キッチンは食堂にある生徒用以外はないし……。
掃除が終わった今、メイドとしての仕事が終わった。つまり、暇。
だから、何か夕食でも作ろうかと思ったのだ。
二人からのメイドの仕事の内容には入っていないが、私はメイドである。ご主人様のために尽くすのが私の仕事だ。
……本物のメイドさんの仕事がどこまでかなんて詳しくは知らないんだけどね。
で、夕食を作ろうと思ったんだけど、この部屋にキッチンはないので、昨日買おうと思っていたカメラをネットで買うことにした。
カメラはすでに目をつけていたので、すぐに見つかる。値段は……言わない。高いとだけ言おう。
あと、結局カメラは二つ買った。もう一個はビデオカメラだ。
よし! これで週末には届くはず。早く届かないかな。届いたら恋人たちのいろんな場面を撮りたい。
エッチな場面というのもあるが、さすがにそれは許してくれない気がする。
だから、撮るのは普通の場面だ。
そうだ! 今度みんなで集合写真を撮ろう! まだ増えるかもしれないけど、増えたらまた撮ればいいしね!
さて、そうやってしばらく待っていると二人が帰ってくる。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
私はアニメで見たメイドさんの真似をして言った。
「「…………」」
二人は驚いたような顔で固まる。しばらく固まったままだったが、すぐに再起動して私に抱きついてきた。
「うにゃっ! ど、どうしたの?」
あ、危ない。もう少しで押し倒されるところだった。
「どうしたの? ではありませんわ! 詩織が悪いんですのよ!」
「そう、詩織が悪い。詩織が……可愛すぎる」
二人にそう言われ、つい私は、
「え、えっと、ごめんなさい?」
と言った。
ま、まさか、こうなるとは思わなかった。
二人は私に抱きついたままで動こうとしない。私の体を堪能しているようだ。
まあ、私もよくするからいいんだけどね。
「ほら、ご主人様。着替えますよ」
今の私はメイドなので、二人の名前を呼ばない。
いや、嘘だ。メイドでも呼ぶ。
「むっ、そうですわね。このままでは皺になりますわね」
「私は……まだこうして、たい」
「更識さん、あなたの気持ちも分かりますけど、着替えが先ですわ。皺の付いた服なんておかしいだけですわよ」
「私は気にし……ない」
「わたくし、あなたの心配をしたんじゃありませんわ。皺の付いたおかしな服を着ているあなたの隣を歩く、詩織のことを思って言いましたの」
「…………」
「もし、あなたが皺の付いた服を着て、詩織の隣を歩いたとしますわ。周りはあなたを見て、詩織はあんなだらしのない方といるのだと思われ、評価が下がりますのよ」
「!? そ、それは……嫌だ。詩織の評価が下がるのは……嫌」
「なら、着替えますわよ」
二人は私に抱きついたまま会話を続けて、ようやく離れた。
私は二人の着替えの手伝いをする。もちろん下着姿になったときは至近距離からがっつりと楽しんだ。
メイドだけど私は私だもん。楽しまないのはもったいない。
「詩織、目が……いやらしいかった」
着替え終わった簪がジト目で言う。
「いつものことですわ。むしろ触らなかったことを不思議に思うべきですわよ」
な、なんだかセシリアの基準がおかしくなってるよ。べ、別にいつも触るわけじゃないよ。
「あっ、そういえばご主人様たち。私、今日は千冬お姉ちゃんのところに泊まるから」
「「!?」」
私がそう言うと二人が驚愕する。
「ど、どういうことですの?」
「今日は……一緒に寝ない、の?」
二人が私との距離を詰めてそう言う。
と、というか、せ、セシリア、胸が当たってるよ。それは誘っているの? 簪は……うん、胸の感触、あ、あると思うよ。
「ごめんね。今日はお姉ちゃんのところに初めて行けることになったから行きたいの」
二人の顔は行ってほしくないと書いてある。
「明日はちゃんと一緒に寝るから」
なんだか子どもに言い聞かせているみたい。
うん、子どもか。欲しいな。もちろん恋人たちを子どもみたいに扱いたいというわけではない。恋人たちとの愛の結晶という意味だ。
女同士なのでできないのは分かっているが、前世に子どもがいた私としては欲しい。もちろん恋人たちとの血が繋がった子だ。養子とかではない。
もしかしたら将来的には可能になるのかもしれないな。
個人的には私たちが子どもを産むことが可能な年齢までには可能になってほしいところだ。
でも、きっと無理なんだろうなと思う。十年の間に技術がそこまでの技術になっても、安全性とか法律とか色んな問題で実際にできるようになるのはさらに三十年先とかになるんだろうな。
もしこの通りならば私は五十代か。はっきり言って子どもができるのは、若い頃とは違って賭けとなる。
「絶対ですわよ。わたくし、更識さんと二人きりで寝るのには抵抗がありますの」
「私、も。だからあまり寝たくは、ない」
二人は互いに二人で寝ることに抵抗があるようだ。密かに私の恋人同士が恋仲になっていないかと不安な私としてはうれしいことだ。
ごめんね、二人とも。
二人をまだ信じていないとも取れるこの思いを抱いたことに私は罪悪感を感じる。
「分かってる。明日は一緒に寝る。それで許して」
私は二人の胸を揉みながらキスをした。
「こ、こんなことをされながら言われたら、何も言えませんわ」
「……私、許す」
二人は顔を赤くしながらそう言う。
「ありがとうね」
そう言って、もう一度キスをした。
二人と軽くいちゃいちゃした後は時間も時間なので夕食にする。
……もちろん私はメイド服で。
いくら校舎内以外は私服でいいとは言っても私が着ているのはメイド服。当然だが周りからは好奇の目で見られていた。私に声をかけたのは同じクラスの子だ。その子たちにはゲームに負けて、その罰ゲームを受けているのだと言っておいた。
これが一番不自然じゃないからね。
そして、食堂に着き、夕食を食べる。
「やっぱりメイド服って目立つね」
食べながらそう言う。
「当たり前。メイド服なんて……滅多に見ない」
「ですわ。まあ、わたくしはいつも見ていましたけど」
「オルコット、うるさい」
「なっ!? うるさくありませんわ!」
「一言余計ってこと。あと……本当にうる、さい」
二人って結構仲がいいよね。恋人同士の仲がいいことはうれしい。
まあ、うれしいとか言っているけど、仲良くなりすぎることを恐れているんだけどね。本当、私って我がまま。
「そ、それはあなたのせいですわ!」
ただちょっと喧嘩になりそうだ。喧嘩することは仲のいい証拠なのだけど、私がいないときにしてほしいな。
「ほら、二人とも。喧嘩ダメだよ」
とりあえずこれ以上の言い合いを止める。
「うう、分かりましたわ」
「……オルコットのせいで……詩織に怒られた」
「違いますわ。元はと言えばあなたが口出しするせいですわ」
二人がこそこそと話し合う。
「オルコット、例のこと」
「!? ず、ずるいですわ!」
例のこと? なんだろうか? ちょっと気になる。
でも恋人だからって何でも聞こうとするのは間違っていると思う。そう思うと聞き出すことに躊躇う。
いくら私の独占欲が高いって言ってもそういうところはちゃんと弁えているつもりだ。
「ほら、終わり」
「わ、分かりましたわ」
どういうことなのか分からないけど、どうやらこれで収束したようだ。
くっ、気になる! で、でも、恋人たちにもプライベートがある。が、我慢しないと。
「こほん、詩織、申し訳ありませんわ。あなたの目の前で喧嘩するなんて」
「ごめん。今回のは……たまたま。いつもの私、たちは……仲良し」
二人はわざとらしく作り笑顔で笑いあう。
ま、まあ、不自然だけどそう言うことだと思っておこう。
「詩織、言わないといけないことが……ある」
「なに?」
簪が私に話かける。
「実は……しばらくの間、夕食が……一緒に食べれない。ごめん」
「………………………………え?」
ありえない言葉が簪から出てきたせいですぐに飲み込むことができなかった。ようやく飲み込んだのは数秒後だ。
う、嘘だよね? 私の聞き間違いだよね? 私の都合で食べれないとき以外は一緒に食べていたんだよ。そ、それなのに一緒に食べられないなんて……。しかも、しばらくの間って言っていたから数日間。
変わることのないことだと思っていたことが、そうではなくなって私はショックを受けていた。
だ、大丈夫、月山詩織! か、簪にだって友達がいるんだ。そ、その付き合いだ。そうだ。そうだよ。
ま、まあ、セシリアがいるんだ。簪がいなくてもセシリアがいる。その間はセシリアと二人きりで食べよう。
だけど、
「あと、オルコットも同じ」
と、私にトドメを刺すかのように言ってきた。