「大丈夫ですわ。見えませんもの」
確かにこの角度なら誰にも見られない。
「で、でもそういう問題じゃないよ」
例え見られない角度だとしても納得できるものではない。
「あら? わたくしとの初デートのときのこと、忘れましたの? あの時はたまたま両隣のゴンドラに人がいませんでしたけど、いたら絶対に見られてましたわよ」
「!!」
そ、そういえばそうだ。観覧車のゴンドラとゴンドラの距離って隣のゴンドラの様子が伺うことができないほど、離れているというわけではないのだ。景色を見ることができるようにと、椅子などを除いて、できるだけ透明になっているのだ。
つまり、隣のゴンドラの様子を窺おうと思えば、簡単に窺うことができる。
うう、あ、あぶなかった。
「そ、そうだけど……」
「詩織、可愛い」
セシリアとは私を挟んで反対に座る簪がそう言う。
「ふふふ、そうですわね。詩織は可愛いですわ」
二人からそう言われる。
しかも、セシリアから頭を撫でられる。簪は微笑ましく見ていた。
おい、私は子どもじゃないし! な、撫でられるのは好きだけど、こ、こういうところではお姉さましたいの!
だが、撫でられるのが結構心地よくて、抵抗しようにも抵抗できない。
私は俯いて黙って撫でられるだけだ。
「詩織、それに更識さん。そろそろ部屋に戻りません? わたくし、詩織といちゃいちゃしたいですわ」
「……セシリアってそう言うことを平然で言ってたっけ?」
私の記憶が正しいならばそういうことはあまり言わない子だったんだと思うんだけど。こ、これも私のせい?
「わたくし、あなたと恋人になって分かったことがありますの。それは恋人が複数いるこの中では、待つのではなく、自分から行動することが大切だと」
うん、やっぱり私のせいでした。
「だから、わたくしも積極的に言うことにしましたの」
私の体はひとつだけなので、どうしても一度に全員にかまうことはできない。それに私も人間なので、平等に恋人を扱うことなんてできるわけがないのだ。
これはこの前悟ったことだ。
そこに自分から私へ声をかけることで、恋人のお願いを断れない私はその子といちゃいちゃ。待っている子は行動する子達のせいで待つ時間が長くなる。
だから、私からではなく、恋人たちから誘ってもらったりしたほうが私に相手してもらえるということが多くなるというわけだ。
「い、嫌なんて言いませんわよね?」
先ほどまでは堂々としていたのに今度は不安そうにそう言う。
ちょっと可愛いって思った。
「嫌なんて言わないよ。セシリアは私も大切な人だもん。部屋に戻ろうか」
そう言うとセシリアはうれしそうに顔を綻ばせた。
ただ隣の簪は不機嫌になっているが。
「あら? 更識さんは不満顔ですわね」
「悪い? 好きな人が私じゃない人と……いちゃいちゃするって言ったら……こう、なる。オルコットだって……昨日の夜のことを……伝えたら……不機嫌、だった。それと同じ」
「くっ、そ、そうですけど、あなたは詩織と初めて寝たのですから、そんな顔をしないでもらいたいですわ。むしろ自慢したほうがいいですわ」
セシリアがそう言うと、簪が顔を赤くした。
多分、『初めて寝た』というところに反応したのだろう。
「くうっ、そ、そんな顔をされるとムカつきますわ! いえ、それよりも羨ましいですわ!」
「あ、あまりその話を……しないでくれる、と、うれしい。お、思い出す」
「追い討ちですの? 追い討ちですの!? まだ抱いてもらっていないわたくしに対する追い討ちですの!?」
確かに簪の顔を赤くするからのその言葉は追い討ちそのものだ。
しかも、素でやっているからねえ。
あと、セシリア。だ、抱くとかそういう言葉を言わないでほしい。私も思い出しちゃうから。
「ほ、ほら、二人とも。部屋に戻るよ!」
私は立ち上がり、二人の手を引いた。
「って、詩織! あなたもですの!?」
「ち、違うよ! た、ただ思い出しただけ!」
「それがわたくしへ追い討ちですの! なんかずるいですわ」
「そ、そういうつもりはないんだけど……」
ともかく私は二人を連れて部屋へ戻った。
部屋はもう片付けてあるので、もちろんのこと痕跡は残ってはいない。
「な、なんだかお二人がここで体を重ねていたと考えるとわたくしまで顔が熱くなりますわね」
「だ、だから、言わないで! こっちも……熱くなる」
セシリアと簪は二人して顔を赤くした。
そんな二人に私は抱きつく。
いきなりの行動だったので、二人ともびっくりしていた。
「し、詩織、いきなりなんですの?」
「う、うれしいけど、いきなりは……」
戸惑った声だ。
ただそこにはうれしさがある。
「いちゃいちゃするために部屋に戻ったんでしょ? だったらしないとね」
私は二人の頬にちゅっとキスをした。二人をベッドのほうへ向かわせて、そして、ベッドの上に押し倒す。
そして……。
……………………。
……………………………………。
私たちはアニメを見ていた。
え? いちゃいちゃ? してるよ。だってくっついているもん。それにいちゃいちゃイコールエッチなことではない。こうやってのんびりでもいちゃいちゃだもん。
ちなみにセシリアも私と簪と同じようにアニメを楽しんでいる。前に見せたらセシリアも気に入ったみたいなのだ。
こういう時間もいい。なんか日常生活って感じだもん。家族になったらこういう時間が増えるんだろうな。
その未来を想像すると幸せを感じる。
「むう、こういう展開だとは読めませんでしたわね」
アニメのまさかの展開にセシリアが唸る。
「アニメはそういうもの。だから……面白い」
簪が誇らしげに言う。
こういうのって自分が好きなものが褒められたら、なんか気分がいいよね。よく分かる。
にしても二人って結構仲が良くなっていると思う。多分、私関係ではないことでは、二人は上手くやっていけるのではないだろうか。
仲良くなるのは良いが、恋人みたいにはなってほしくはないけどね。
「そういえば詩織」
セシリアが話しかけてきた。
「なに?」
「メイド服、着ませんの?」
そう言い出したのは、ちょうどこのアニメでメイドさんが出たからだろう。
「……それは明日だよね?」
「別にいいじゃありませんの。一日早いだけですわ」
そ、そう簡単に言うけど、それは着る側じゃないからだよ。メイド服を着るって結構緊張するんだよ! は、恥ずかしいし。
コスプレは普通の服とは違うよ。何か抵抗がある。
ちらりと簪を見るといつの間にか簪はベッドから出て、手に昨日買ったメイド服を持っていた。完全に今日着せる気だ。
「詩織、着てみて」
くっ、簪もセシリアも敵だ! この場には味方がいない!
「さあ、詩織。わたくしたちに脱がされて、服を着せさせられるか、自分で脱いで着るか、ですわ。どちらにしますの?」
どう考えても逃げられることができない。
だから結局自分で脱ぐことになった。ぬ、脱がされるのはそっちの気分になるからね。
もちろんのこと、別室で着替えるってことは無い。というか、二人が許してくれない。
なので、私は二人に見られながら着替えた。
まあ、私も、僅かに羞恥はあったものの、スムーズに服を脱いでいた。もう恋人の前で脱ぐのって抵抗がなくなってきている。あるのは羞恥だけだ。
「き、着替えたよ。どう?」
着たのはスカートの丈が長いほうのメイドだ。丈が長いにもかかわらず、恥ずかしいのはこの服を着ることがである。下着が見えちゃうからとかは、そんなに気にしていない。
なんだろうね、メイド服は服なのだが恥ずかしいのだ。
「更識さん、スカートの丈の長さはあまり関係ありませんわね」
「確かに。むしろ長いほうが……いい。それでいて、詩織の性格。短くなくても……私たちが、望んだとおりになる」
「ですわね。むしろ、短いほうはダメですわ。それは夜のときですわね」
多分セシリアの言う『夜』というのは、エッチ的な意味だろうな。
「決まり。じゃあ、詩織には……しばらくの間、そのメイド服で……過ごしてもらう」
「ただ、どこまで詩織にさせますの? 今の詩織はメイドですけど、あくまでも罰ですわ。詩織にも自分の時間がありますし」
「分かってる。だから、掃除くらいで……いいと思う」
「結構軽いんですのね。もうちょっとあるかと思いましたわ」
「例えば?」
「服の手伝いとかですわ」
「じゃあ、それも」
私の意見を聞くことなく、二人がどんどん話を進めていく。
まあ、罰なので仕方ない。でも、ちょっと構ってほしい。
まだ話が続くみたいなので、二人に顔を洗ってくると言って、洗面所へ行く。
洗面所の鏡の前に立つと自分のメイド服姿を見た。
そこに写るのは可愛らしい私の姿。メイドの種類で言えば活発なちょっとドジなメイドさんだろう。時折先輩メイドとかに怒られる系のメイドだ。
くっ、メイド服もいい! こ、こんな可愛いメイドさんがいたら絶対に我慢なんてできない! お持ち帰り決定だ。
で、次に生徒会長モードにしてみるが、そちらは美しさが際立つできるメイドさんになる。
やっぱり目つきが微妙に変わるせいかな。
私はその場でくるりと回る。スカートが翻る。
よくある行為だが、やはり月山詩織がやるのはとても興奮する。動画にしたいなって思うくらい。
こ、今度、撮ってみましょうかな。そして、それを時々見て……。
うん、撮りたい。
変態的な行為ではあるが、月山詩織のメイド姿なんて貴重だもん。撮っておくべきだ。
ただ、私の手には撮るための機材はないし、時間もない。もし撮るとしても部屋に私だけのときだ。そのときのために高いカメラでも買っておこう。もちろん録画も可能なカメラだ。どうせ自分のためだけではなく、恋人を写すときにも使うだろうから無駄にはならない。
よし、今度買おうか。
カメラを買うと決めた私はもう一度自分の姿を見た。そして、やりたいことをちょうど思い出し、それを実行しようと思った。
私はスカートを掴むとゆっくり持ち上げる。足元から少しずつ露になる私の脚。
私は鏡でそれを眺めながら息を荒くして興奮していた。
ゆっくりとまるで焦らすかのように持ち上げて、ついに私のパンツが見えた。
うわあっ、や、やっちゃった! め、メイド服でやっちゃった!
もちろんのこと私服でやったことはある。そのときも結構興奮した。
鏡に映るのはスカートの端を持ち上げ、下着を露にして顔を赤くしている私。
さらにそこからスカートを口に咥えて、持ち上げずとも下着が露になるようにした。
今の私は自分が月山詩織でありながら、第三者の視点で月山詩織を見ているような気分だ。
う~む、やはり目の前に襲ってくれと言わんばかりに下着を見せた可愛い子がいるのに、手を出せないというのはもどかしい。いや、出せるには出せる。だってそれは自分自身だもん。
でも、自分の体に手を出すってそれはただの自分を慰める行為であって、私が求めている行為とは違う。私がしたいのは昨晩簪に行ったことだ。
何度思っても双子がよかったなと思う。
そうやって自分のはしたない姿に十分見惚れたり変態的な思考を繰り返して、簪たちが話している部屋へと戻った。
「結構遅かったですわね」
「そう?」
「ええ、話が終わってゆっくりするくらいは時間がありましたわよ」
「じゃあ、待たせたみたいだね。ごめんね」
「別に気にしてませんわ。さあ、詩織、そこに座ってくださいな。あなたのメイドの役割が決まりましたわよ」
なので、先ほどの座っていたところというか、寝転んでいたとこりに座る。
「まず詩織のメイドの仕事ですけど、わたくしたち二人の着替えと部屋の掃除ですわ」
ちなみに今更なのだが、部屋の掃除は基本的に自分たちでやることとなっている。一応、この学園には掃除をするために働いている人がいるのだが、基本的には廊下や食堂などのプライベートのない部分しかしない。
「分かった」
「あと、メイド服でいるのは放課後のみですわ。つまり朝のときはメイド服ではなくていいですわ。何度も着替えていたら時間が足りませんもの」
「でも、私、外に出るときがあるんだけど」
私、月曜日から千冬お姉ちゃんの部屋に行くことなっている。その時間帯は放課後だ。ちょうどメイド服を着ている時間だ。
「ええ、分かっていますわ。そのときもメイド服ですわよ」
「み、みんなに見られるんだけど」
「問題ありませんわ。多少笑われるかもしれませんけど、いつもの詩織ならば切り抜けられますわよ」
「そうだけど……」
「そういうわけですわ」
うぐぐっ、み、みんなにメイド服を見られるのか。は、恥ずかしいけど、仕方ない。一応罰だ。そのくらいなら別にいい。
「よろしく、メイドの詩織」
「よろしくですわ、メイドの詩織」
二人がにこりと笑ってそう言った。
そんな可愛い顔で言われるとなんだかやる気が出てくる。
だから、精一杯がんばる。
私はベッドから降りて、
「はい! これからよろしくお願いしますね、ご主人様♪」
ニコリと笑ってそう言った。
ただ、そのあとに『可愛すぎですわ』とか『ご、ご主人様……』とか言って私に抱きついてきたのだけど。