私の周りには襲ってきた男たち五人が転がっていた。気絶している人と、気絶していないが痛みで立てない人だ。
こいつらが持っていた武器はもちろん没収している。
「さて、リーダー格のあなた。あなたたちには二つの選択肢があるわ」
私がこうしてこいつらに話しているのは、簪が無事に目的地に着いたからだ。
どうやら待ち伏せはなかったようだ。
「ぐううっ、せ、選択肢だと?」
「そうよ。これからこういうことをせずに生きるか、社会的に死ぬか」
こんなやつに選択肢を与えるなんてそもそもありえないのだ。感謝してほしいものだ。
「社会的に、死ぬ? どういうことだ?」
おっと確かにどういうことか分からないね。ちゃんと説明しないと。
「別に犯罪者となるから、という意味ではないわ。それも社会的に死ぬってことなのだけど、私の言う社会的に死ぬっていうのは戸籍を消すのよ。もちろんあなたが学校に通っていたっていう記録も。つまり、あなたは過去がありながら過去がない者になるってことよ」
それは自分の存在を示すものであり、それがあるからこそ就職や免許などを受けることができるのだ。
そんな戸籍を全て抹消するのだ。男たちはまだ十代後半から二十代前半とまだ若い。この歳で戸籍がないのは相当不便なことになるだろう。
「ああ、もちろん消えたからってもう一度手続きをしようなんてしても無駄よ。その度に消すからね」
まあ、これに関してはちょっと難しいところがある。偽名だったらさすがに抹消するのに時間がかかるもん。顔写真があったら一番楽なんだけどね。
「で、できるわけがない! 戸籍だぞ? セキュリティがある!」
「バカね。セキュリティがあっても突破することくらいできるわ。セキュリティ
「た、たとえそうでもお前にできるわけがない! はったりだ!」
まあ、こんな小娘ができるようには見えないよね。私も私と同じくらいの子がそう言ってきたら疑うね。
だから、目の前でみせてやろう。そうすれば誰だって信じる。
私は携帯を取り出す。
実はこの携帯、私が作りました! なので、普通にはできないことができたりする。例えばこれでパソコンにハッキングできたりする。もちろんケーブル接続のみのコンピュータ相手でも可能だ。ケーブル接続もできる。それにやろうと思えば、ほら、駅とかにある、改札をかざしてハッキングして、入ることができる。
結構すごい携帯なのだ。こんなものを日常的に使っていいものじゃないやつだよ。
ああ、もちろんのこと、こいつは私以外は使えないようにしてある。この携帯に対してハッキングもできないよ。
「これ、見て。あなたの情報よ」
こいつらの名前は武器を没収したときに財布も取っておいたので、それで知った。
「……だからなんだ」
「これってどうやって手に入れたと思う? あなたの言うセキュリティを突破して取って来たのよ」
「う、嘘だ!」
「嘘じゃないわ。逆に聞くけど、どうやってこのような個人情報を手に入れたのよ。戸籍じゃなきゃ、手に入れられないわ」
男はどんどんと顔を青ざめていく。
どうやらようやく理解したようだ。
「さて、このあなたの戸籍、どうしようかしら? 私には消すこともそのままにすることもできるのだけど」
「お、脅すのか!?」
「? 当たり前じゃない。あなたは未遂とはいえ、犯罪者よ。なんで犯罪者に容赦しなければならないの? それに私は無理なことを言っているわけではないわ。ただこういうことをするなと言っているのよ。難しくはないわ」
私のやっていることは過激すぎるのかもしれない。
だが、こいつらは簪を怖がらせたのだ。許すわけにはいかん。簪、絶対に今も震えているよ。もしかしたら泣いているかもしれない。
うん、やっぱりこいつらにはこれで十分だ。
「さあ、答えを聞かせてちょうだい。戸籍を抹消されるか、心を変えて生きるか」
「……時間は?」
「ないわ。さっさと決めなさい」
これはそういう遊びじゃないのだ。じっくりなんて考えさせない。さっさと決めろ。
選択肢を与えてやっただけありがたいってさっさと分かれ。
早く簪の所へ行きたいって思って、ついイライラしてしまう。
「…………」
だが、そんな私のイライラに気づかないこの男は無言のままだ。
ああっ、もう!
心の中でそう思ったと同時にドガンッという何かが砕けた音が響いた。
「ひいっ!?」
つい思いっきり地面を踏みつけてしまい、地面のコンクリートが砕けたようだ。
「言わなかった? さっさと決めろ。それとも何? 分からなかった? なら分かりやすく言うわ。死ぬか生きるか。さあ、選べ」
「い、生きる! 生きたい!」
男は必死になってそう言った。
その姿に襲ったときのような威勢はない。ただ必死になる惨めな男の姿だ。
「で、他は?」
その後、他の男たちもリーダーの男と同じように必死に同じように答えた。
それから男たちを開放した。
開放した後はすぐに簪のもとへ向かう。
「簪!」
私は荷物置き場に入った。
荷物置き場の電気は消えており、小窓から灯りのみが部屋を照らしていた。
「し、詩織?」
部屋の隅からその声は聞こえた。
そこを見れば涙を流す簪がいた。
私はすぐさま簪のもとへ駆け寄り、簪をぎゅっと抱きしめた。
「そうだよ。私だよ。大丈夫だからね。あいつらはちゃんと追い払ったからね」
「ふぐっ……んぐっ……し、詩織……怖、かった……ぐすっ……本当に、怖かった!」
安心した簪は声を上げて泣いた。
私はそれを優しく優しく落ち着くようにと頭を撫でてやった。
簪はISの代表候補生であり、武術をやっているとはいえ、まだ十代の女の子だ。先ほどのように襲われたりしたら、恐怖に震えるただの無力な女の子なのだ。
私? 私は違うよ。私は簪たちとは違って、長いこと生きてきたからね。それに男だった。だから簪ほどではない。
どのくらいそうしていたのかは分からないが、外は、傾いていた太陽はすでに見えなくなっており、人工的な光が照らしていた。
夜となったが、人の声がまだ聞こえる。 この街は夜も賑やかだ。
「落ち着いた?」
簪はこくりと頷いて答えた。
「じゃあ、帰ろっか」
今日は身体的な疲れよりも精神的な疲れがひどいはずだ。今日はもう帰ったほうがいい。
簪、大丈夫かな? トラウマとかになってない? なっていたらどうしよう。男相手にトラウマっていうのは、女の子大好きな私には都合がいいことなのだけど、だからといって喜べるわけがない。トラウマって心の傷だもん。
うう、どうなんだろう? トラウマの治し方なんて知らない。そんなことになっていないと良いけど。
「いや、まだ……帰りたくはない」
精神的なことを心配してのことだったが、簪は拒否した。
「え!? な、何を言っているの!? 簪、今日は止めておいたほうがいいよ!」
「いや。まだ買っていないものだって……ある」
「そうは言っても、デートはいつでもできるんだよ。だから、ね?」
「だから、嫌。私は……今日が初デート。最後がこれは……嫌、だ」
そう言われるとそうだ。今日のデートは簪との初めてのデートだ。それなのに最後があんな思い出なんて嫌だろう。
「ダメ?」
「……だ、ダメじゃない」
ダメなんて言えるわけがない。
私だって初デートの思い出は最高のものにしたいもん。あんな男たちから襲われるのが初デート最後の思い出は嫌だ。
そういうことで、再び夜の街へ出向いた。
もちろんのこと私は簪と手を繋いでいる。ただ、違うのは恋人繋ぎを堂々としていることだろうか。
先ほど、というか、もう結構前なんだけど、怖い思いをしたからね。他の人にどう思われようがかまわない。恋人だと思われても、本当のことだもん。
「どこ行くの? もうこんな時間だから、あまり行けないと思うけど」
「もうすぐ。それにすぐに……終わる、から」
行き着いた場所はコスプレ用の服を専門とした店だった。
あっ、そういえば、私のメイド服を買うんだったっけ。忘れてた忘れてた。
店のショーウィンドウにはマネキンがコスプレをしたものが飾ってあった。もちろんカツラも被せてある。
へえ、現実だとこうなのか。
ちょうどショーウィンドウに簪と見たアニメのコスプレがあった。
やっぱり現実で見るとなると結構な違和感がある。やはり二次元は二次元だ。現実にするのは難しいね。
初めて見るコスプレをじーっと眺めていると、簪に手を引かれる。
「詩織、いつまでも……外に、いない。中に入、るよ」
「ごめんごめん。初めて見るから」
「ちなみに……中はもっとある」
中に入ると簪の言葉通り、コスプレ用の服やらアクセサリーやらカツラやらが多く売ってあった。周りをぐるりと見回してもコスプレ関連のみだ。
「メイド服ってどこに売っているの?」
「こっち」
本来ならばゆっくりと見回るはずだったのだろうが、今回はあのようなことがあったので、目的地まで一直線だ。
着いた場所は確かにメイド服が置いてある場所であった。ただ、どういうことか種類が多かった。
あ、あれ? なんでこんなに多いの?
てっきりサイズやスカートの丈などが違うだけのメイド服が並んでいるんだろうなと思っていた私は、種類の多さに驚いていた。
ま、まさかこんなに種類があるとは……。
「結構種類が多いね」
「メイド服は……作品によって……違ったり、す、るから。それに色も」
確かに色も黒と白の標準だけではなく、ピンクなどの鮮やかな色のメイド服もあった。
「これは詩織が着る、から、詩織が決めて……いいよ。どれがいい?」
そう言われたので、もちろんのこと標準(白黒)でいい。
コスプレ専門の店ではあったが、スカートが脚を隠すほどの足首まである外国のメイド服もあった。
私はデザインなどを見て、一着選ぶ。
「これ!」
選んだのはスカートの丈が足首まである、外国のメイド服だ。
ちなみにこれから暑くなるので半袖だ。
冬のは冬に買う。
「スカートの丈、長い、ね。なら次は、短い、の」
続いてスカートの丈の短いのを選ぶ。
うわっ、このメイド服のスカートの丈、短すぎない?
私が手に取ったのはスカートの丈が膝よりもはるかに上のメイド服だった。正直、激しい動きをすれば簡単にスカートの中身が見えるほどだ。
「それ?」
「ち、違うよ。ただ目に付いただけだから」
「でも、悪いデザインじゃ……ない。良いと思うけど」
まあ、確かにスカートの丈以外は結構いいデザインではある。
でも、私も恥じらいを持つ乙女である。こんなスカートの下が見えてしまうものを履きたいとは思わない。
いや、もちろんパンツの上から何か履けばいいというのは分かっている。
それでもスカートの中身を見られるのは抵抗があるのだ。
「で、でも、これ、短くてエッチィもん。嫌だよ」
「なら別に良いと思う。どうせ見るのは、恋人だけ。ダメ?」
「……ダメじゃない」
恋人にエッチなことをされるということに興奮を覚える自分がいる。
あ、あれ? この思考ってやばい? だって、これって完全に受け身だけね? 攻める側じゃなくて、攻められる側だよね?
思えばメイドをしろって言われたときに妄想――じゃなくて、想像したときもそうだった。想像のときくらい私がご主人様でいいはずなのにどうしてかメイドのほうだった。それに私はうれしそうに想像していた。
こ、これって……。
否定したいと思ってたことが、段々と否定できなくなっていた。これは私が表では攻める側であると信じていたが、裏では攻めるのではなく、攻められる側がいいということの表れなのだろうか。
「? どうした、の?」
「ね、ねえ、その、さ。いつもエッチのときって、私って攻める側? 攻められる側?」
も、もちろんエッチと言っても本番の一歩手前だ。本番はまだ先だよ。
聞いたのは他人からの意見を聞こうと思ったからだ。……ただ他人からの意見を聞いたことでどちらなのかが確定するが。
「攻められる側」
簪は疑問系ではなく、断言して言ってきた。
き、聞きたくなかった……。
自分で聞いておきながらそう思った。
「ほ、本当に? せ、攻めるほうじゃなくて?」
「本当に。多分、みんな言う」
「うぐっ」
さらに追い討ちをかけるように他の恋人も同じ意見だと言われた。
これで私が攻められる側だと理解した。
それから私はメイドに必要なものを全てを買った。
まあ、私みたいな可愛い子がメイド服を買っていたので、周りからの視線がいやらしかった。きっと私のメイド姿でも想像しているのだろう。もしかしたら、私が奉仕をしているのかもしれない。
そんな視線を感じながら店を出た。
今日のデートはこれで終わりだ。
簪が怖い思いをしたというのもあるが、時間がないというのも理由だ。荷物だが、結局配達してもらうことにした。新幹線で来たので、荷物が邪魔になるから。
そうして、新幹線で帰ってIS学園に帰る前に夕食を取って、IS学園へ帰った。