その荷物置き場は結構大きかった。一畳ほどの広さで、部屋と言ってもいいほどだった。どう見ても荷物置き場には思えないほどだ。もうちょっとせまくて、低いロッカー的なものを想像していた。
聞いてはいたけど、結構贅沢である。
「結構広いね」
「一応、着替えもできるようにって」
なるほど。それも兼ね備えているのか。
「よしっ、ここに荷物を置いて、次に行こうか!」
「どこ……行きたい?」
「次は本を見たい」
ラノベにも興味ある。アニメよりは色々たくさんあるだろうから、もっとたくさん買えるかもしれない。
「じゃあ、こっち」
再び簪に手を引かれて案内をされる。
周りから見ると仲のいい友人たちって思われているんだろうな。ふざけて恋人同士とは思っても本気では思わないんだろうな。
でも、私たちは恋人だからね。それも将来まで一緒にいる家族って言うべき存在なんだからね。女同士だからって恋人止まりで終わったりなんかしない。
「? ニヤニヤして……どうしたの?」
「周りのみんなが私たちのことを仲のいい友人だって思っているんだなって思ってね。本当は違うのに」
「普通、思わない」
まあ、普通じゃないから私も恋人たちも周りには隠しているんだけどね。
それでさっそく入った店は古本もあった。
おお、すごい。
私は別に古本でもOKな人間なので、時間があればそちらを見てみるか。
でも、まずは新しい本。古本OKでもやっぱり新品のほうがいいに決まっている。
ここでもまた一緒に行動はせずに別々に別れて行動する。
「じゃあ、また後でね」
「ん、終わったら連絡する」
うん、本当にこれはデートなんだろうかと思うほどだ。
まあ、私もコンピュータオタクだったから、こういう店を来たらこんなデートみたいになったんだよね。
先ほどとは違って今度は本。この店はラノベや漫画だけを中心にした店ではなく、普通の専門書とかも売っている。というか、階層ごとに別れているのだ。この階はラノベや漫画、この階はその他、みたいな。
さて、ラノベで見たいものはやっぱり恋愛ものだ。
個人的に百合系のものも見てみたい。あるかな? 甘甘な物語が読みたいな。いちゃいちゃばっかりとか。
でも、探そうにも題名だけで分かるものなど小数だ。あらすじが書いてあるのもあるが、ないものもある。というわけで、携帯を使ったりして、いい物を探す。
まず最初は普通の恋愛ありのラノベ。ハーレム系が多かったので、そればかりが私の持つ籠の中に入る。
まあ、ハーレムってみんな大好きだからね。仕方ないよ。私も大好き。実際に作るくらい。
いいのが見つかったら次は百合系のラノベ。
これは結構少なかった。やはりあまり需要がないのか、それとも書く人がいないのか。
ただ十八禁のほうはちょっと多かったが。
あっ、もちろん十八禁は買ってない。年齢がまだ達してないからね。こう言うと達していれば買うってことなんだけど。だって、興味あるもん。
そうやってラノベを買ったのだが、結構多い。どのくらいかって言うと三十はあるのではないのだろうか。
か、買いすぎた……。いくらなんでも買いすぎた。
私は自分の分は買ったということで、簪に連絡。簪のほうも買い終わったようだった。
「し、詩織……」
合流してすぐ私の荷物を見て、簪は呆然とする。
「買いすぎ、じゃない?」
「私もそう思う。でも仕方ないじゃん。全部面白そうなんだもん」
「だとしても買いすぎ。読み終わる前に……多分また来る、と思うのに」
そんなことは分かっているけど、止められなかった。
「だ、大丈夫だよ。そのときには読み終わっていると思うから」
「まあ、いいけど」
簪のほうは私と違って数冊だった。結構少ない。
「詩織、そろそろお昼にしよう」
「えっ? もうそんな時間?」
腕時計を見れば現在は二時だった。そんな時間どころか昼は過ぎている。
そ、そういえばここに着いた時点で結構遅い時間だった。それに加えて店を二店も回った。時間が過ぎるわけだ。
「何かいい店ある?」
「ある。でも、詩織が気に入るかどうか。だから選択肢がある。一つ目は普通の店」
「普通の? じゃあ、普通じゃないって?」
そもそも普通じゃない店ってなんだ。店が普通じゃないって想像できない。
「それが二つ目。具体的に言うと普通の店がどこにでもある店。普通じゃない店がメイド喫茶」
なるほど。確かにメイド喫茶は普通のとはかけ離れた店だ。
ど、どうしよう。メイド喫茶か。行ったことないから、迷う。で、でも、興味ないってわけじゃない。お嬢様、お帰りなさいませ! なんて言われたい。
まあ、月曜日から私が言う台詞なんだけどね!
「メイド喫茶に行ってみたい」
「分かった」
そういうわけで今日の昼食はメイド喫茶で食べることになった。もちろん荷物はちょっと時間がかかるけど、部屋としか呼べない荷物置き場に置いてきた。
メイド喫茶って言ったら美味しくなる魔法だよね。や、やっぱり私も手でハートを作ってやるのかな? 人前でやるのは恥ずかしい。
そう思っている間に目的地に着く。店外からもメイド服を着た女の子(私よりも年上)が見えた。
「うわあ、メイドさんだね!」
「メイド喫茶だから」
「わ、私もあれを着るんだよね?」
「そう」
私はドキドキしながら二人で入った。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様!」」」
店に入ると待ち構えていた可愛らしいメイドさんたちの高めの声で出迎えられた。
「ひゃっ!? た、ただいまです!」
いきなりのことで驚いた私は可笑しな悲鳴を上げ、さらにはそれに答えてしまった。
隣の簪は顔を伏せて笑い、メイドさんたちは優しい表情でにこりと微笑んだ。メイドさんたちは完全に可愛いものを見たときの反応だ。
ちなみに現在は生徒会長モードでもないし、生徒会長モードの真似もしていない。なので、可愛らしい反応しかできない。
別に生徒会長モードではない私は身内のみ公開ではない。ただ女の子にもてるためのものだ。普通のときならともかく、簪とのデート中なので生徒会長モードではない。
うう、は、恥ずかしい……。し、失敗しちゃったよ。
私は顔を熱くしたままメイドさんの後に付いていく。案内された席に座り、自分を落ち着かせた。
隣に簪である。
「ふふ、詩織、ただいまって……言ったね」
「だ、だってびっくりしたんだもん。反射的に言っちゃうよ」
「詩織、可愛い」
ほ、本当に恥ずかしい。
「ほ、ほら! メニューを見ようよ!」
「大丈夫。もう決まってる」
「えっ、簪は決まったの?」
「詩織のも」
「ええっ!?」
「大丈夫。美味しいから。それにメイド喫茶なら……お決まりのやつ。詩織は大盛りのスペシャルメニューがある、から大丈夫」
「それってなに? いくら私でも好き嫌いがないってわけじゃないよ」
「詩織も食べてたから……嫌いなものじゃ……ない。変なものじゃないから……安心して」
そう言われて私は簪に任せることにした。
簪は可愛らしいテーブルに置いてある呼び出し鈴を鳴らす。しばらくするとメイドさんがくる。
メイドさんは笑顔で可愛さ倍増だ。うん、メイドっていいかも。
「はい、お嬢様。お呼びでしょうか?」
「これとこれ。お願い」
簪は慣れたように注文した。
メイドさんは簪の注文を聞いて、可愛らしい声で戻って行った。
「ねえ、簪。月曜日からメイドするんだよね?」
「する。冗談じゃない。本気」
「そういうときってここのメイドみたいにやればいいの?」
メイドをやるって聞いたけど、やっぱりどういうメイドがいいのかっていうのはあるよね。私の知識から大きく分けて二つ。真面目で完璧なメイドさんとここみたいな可愛い系のメイドさんだ。
一応、どっちのメイドもできるよ。前者は生徒会長モード、後者は今の私。これで使い分けられるはずだ。
私はどっちでも大丈夫! メイドをやって……ふ、二人にエッチな命令をされて……ご奉仕するんだ……。
想像するとちょっとエッチな気分になってきた。
「ん? 詩織、どうしたの?」
「な、なんでもないよ。ただ自分がメイドになるんだと思って」
やっぱり顔に出ていたか。その、するのは夜だからね。今はデートだ。夜に思いっきり発散すれば良い。
「で、どんなメイドさんをすればいいのかな?」
「もう決めてる。真面目とここみたいなメイド。この二つ」
そ、そうか。一日だけじゃないから日にちを分けてやればいいんだ。
というか、何日やればいいのだろうか? 罰を受けることにしたが、その日数は聞いていない。もしかして、罰だから私次第というやつなのかもしれない。
それが罰だもん。期間なんてない。
しばらくして、メイドさんたちが私たちのを持ってきた。どちらもオムライスだ。ただし、一つだけ何倍もある大きさだが。
「お待たせしました、お嬢様♪ ご注文の『萌え萌えオムライス』と『大きいのは愛の大きさ! めっちゃ萌えるね♪ めっちゃ萌え萌えオムライス』です」
……なんだろう、私のオムライスの名前は。とても長すぎる。名前の内容はもうメイド喫茶といことで不思議には思わない。思わないけど、長すぎると思う。
ただ名前の通りに私の前に置かれたオムライスは大きい。多分これ、三人分だよね? つまり愛の大きさだけではなく、愛の重さも表しているってこと?
絶対に一人では受け止められない。もしかして、重過ぎる愛は受け止められないってことを表していたりするのだろうか?
うん、萌え萌えじゃないよ、これ。
私は引き攣った笑みを浮かべるしかない。
「あれ? ケチャップは?」
よく見てみるとケチャップが全くかかっていない。食べられないってわけじゃないけど、オムライスと言ったら卵の黄身の布団とその上にかけられたケチャップである。ケチャップのないオムライスは、オムライスではない。
「ふふ、もうちょっとお待ちくださいね、お嬢様♪」
そう言ってメイドさんはケチャップを取り出して、この場で私たちのオムライスにかけていく。しかも、よく見るとただかけるだけではない。何かの絵を描いている。
そ、そうだった! メイド喫茶ってオムライスにこうやって絵を描くんだった! 緊張していて忘れていたよ。
おかげで簪だけではなく、メイドさんからも優しい笑みを向けられている。
メイドさんのほうは私のことを初めての子なんだなと思っているのだろう。
ええ、正解ですとも。簪が見ていたアニメにメイド喫茶あったけど、それを忘れていましたよ。
「はい、完成です♪」
完成された絵は可愛らしいクマだった。熊ではない、クマだよ? 可愛いほうってこと。リアルじゃない。
その絵の隣にはハートが描かれている。
まさにメイド喫茶の代表的なオムライスだ。
「い、いただきます」
私は食べようとするが、
「あっ、お嬢様お待ちください」
と、メイドさんに止められた。
「今からもっとも~っと美味しくなるように魔法をかけます。私が『おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪ 萌え萌えキュン♡』ってやるので同じようにやってくださいね」
メイドさんが言葉と身振りで教えてくれる。
け、結構恥ずかしいだろうによくできるね。こ、これが噂の魔法の美味しくなる魔法か。また忘れていた。
で、でも、ここでしないわけにはいかない。
「じゃあ、やりますよ♪」
メイドさんが元気よく言う。
「「「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪ 萌え萌えキュン♡」」」
私は何とか羞恥を抑えてやりきった。
私が羞恥から立ち直っている間にメイドさんはもういなくなっていた。
「詩織、真っ赤」
「だって、恥ずかしかったんだもん……」
そんな私の手を簪が握ってくる。
「ほら、食べよう」
「うん!」
私はさっそくオムライスに手をつけた。
一口食べるが美味しかった。わざわざこう言うのはこういう店は可愛い女の子がメイドしているんだから、料理があまり美味くなくても別に良いよな。というか、女の子がメイドしていることが料理を食べているってことだよな、的なやつかと思ったからだ。
これは結構いけるね。
「美味しい」
「もしかして……料理はそこそこだって……思って、た?」
「うん。ただ女の子を楽しむだけの店かと思った」
「言い方が……ひどい。それだといかがわしい店」
まあ、この店を見ると男性のほうが圧倒的に多いけどね。
ちらちらとこちらを見る男性客もいる。言っておくけど、私には恋人がいますからね! 決してかっこよかろうが、悪かろうがあなたたち男性には心が惹かれるということは絶対にありませんよ!
「はむっ、やっぱり結構美味しいね! 気に入った!」
「私も……ここが気に入っている。だから……ここに来るときは、大体この店に……通う」
「ここって結構有名?」
「有名。だから昼間は結構多い。今日は遅かったのと……偶然が重なって……入れた。いつもなら……並んでる」
うわあ、そんな有名な店で食べていたのか。まあ、こんなに美味しいし、メイドさんがいるもんね。
でも、他にもメイド喫茶があるけど、どう違うのだろうか? ちょっと気になる。
私は簪と色々と話しながらオムライスを食べた。