「まあいい。私は大人だからな。うん、気にしない」
完全に気にしている。
まあ、そんなお姉ちゃんも可愛いけど。
しばらく待っていると二人の人間が近づいてきた。セシリアと簪だった。
服がパジャマじゃないってことは風呂にはまだ入っていないようだ。きっと私のせいだ。
ちょっと申し訳ない。
「着たか、二人とも」
姿を現した二人に千冬お姉ちゃんがそう言う。
「詩織は?」
「私の背中だ」
簪の言葉にお姉ちゃんが背負われている私を見せる。
私はぼんやりとしている中で二人に手を振った。
二人は安堵の表情を浮かべた後、ちょっとむすっと起こった表情へなった。
「もう! 結局は織斑先生といちゃいちゃしているじゃありませんの! 私たち気にしないって言いましたわよね? なぜ嘘を言いますの?」
「私たちも恋人。もう詩織のハーレムに反対は……して、ない」
怒ったセシリアと簪がそう言う。
「そう言うな、オルコット。これは結果的にこうなっただけだ。詩織は別に嘘は言っていない」
「申し訳ありませんけど、詩織といちゃいちゃしていた織斑先生の言葉は信じられませんわ」
「だな。私もそちらの立場ならば信じきれん。ならばその証拠がある」
千冬お姉ちゃんが私のポケットを探り、その中にあった物を取り出した。
それは袋に入った、例の手紙である。
確かにこれならば証拠だ。私たちがいちゃいちゃするために会っていたわけではあにと証明できる。
「それは?」
「詩織の言う用事だ。見てみろ」
二人は千冬お姉ちゃんからそれを受け取る。
それを受け取ってしばらくして二人が顔をはっとさせて驚く。
二人もその内容を読んで、これが怪しいものだと気づいたようだ。二人は私に怒った顔ではなく、心配そうな顔を向けてきた。
「こ、これって、本当ですの?」
「本当だ。見るからに詩織への危険が臭う手紙だろう」
「じゃ、じゃあ、その犯人は……」
「大丈夫だ。これは結果的に言えば、そういう類のための呼び出しではなかった。ただ一人のバカの紛らわしいものだったんだ」
もちろん千冬お姉ちゃんのバカというのは束お姉ちゃんのことである。
「その、バカというのは?」
「世界が知っている人物だ。束だ」
「た、束って、ISを作った篠ノ之博士ですか!?」
「そうだ。その束だ。束が詩織を呼び出したんだ。束が詩織を呼び出した理由だが、お前たちは詩織と束の関係を知っているか?」
「ええ、もちろんですわ。詩織にとって篠ノ之博士は初恋の人ですわ。そして、この前告白して返事を待っているところだと」
恋人全員に束さんとのことは言っているので、答えたセシリアも間違いなく答えた。
「そうだ。今回の呼び出しはその告白の返事だ」
「そ、それでこんな怪しい手紙をですの?」
セシリアと簪も顔を引き攣らせていた。
その反応、よく分かる。告白の返事だというのに罠にしか見えないんだもん。本当に怖かったなあ。
束お姉ちゃんの告白のための呼び出しと気づいた今でもその恐怖は私の中に存在する。
束お姉ちゃんには悪いけど、トラウマレベルのことだった。
「結果は……どうだった、の? 振られた?」
「そんなの今の詩織を見れば分かりますわ。きっと上手くいったに違いありませんわ」
簪の問いにセシリアが胸を張って答える。
今の私を見たら分かるのだろうか? だって多分、眠いって顔だと思うのだけど。やはり恋人にしか分からない何かがあるのだろうか? ちょっとうれしい。
千冬お姉ちゃんに回している腕に力が入る。もちろん千冬お姉ちゃんの首が絞まるほどではない。
お姉ちゃんはなんだかうれしそうだった。
ん? そういえば胸に違和感が……。あ、あれ? ブラの感触がない。来るときは着けていたいのに。
どういうわけか着けていたはずの下着がなくなっている。
千冬お姉ちゃんが取ったというのは……ないと思う。だって服に私のパンツのふくらみ以外ないもん。
「あの、私のブラジャーってどうなったんです?」
お姉ちゃんに小さな声で聞く。
「!? 着せているときに不思議に思ったが、まさか着けていたのか?」
「当たり前です。パジャマのときならともかく、普通は着けています」
「……すまない。どうやら束が取っていったと思う」
ま、まあ、仕方ない。持っていたならば仕方ない。あきらめよう。
ただ、私の下着はどういう意味で持っていったのだろうか? そ、その、やっぱり自分を慰めるため、なのかな?
自分の身に着けていたものでそうされるのは喜んでいいのだろうか? 引くべきなのだろうか? 複雑な気分ではある。
まあ、好きな人のものを使うってとても興奮するからね。分からないまでもない。
私は、し、したことはない。行為自体をやったことがないとは言わないけど、人の物を使ってはしたことはない。
だ、だって、中学生のときに好きな人って言っても束さんだけだったし、簪を好きになったときは同じ部屋ということでするわけにはいかなかった。で、簪と恋人になってからも、その、簪も望んでくるのでする必要はなかった。だからしたことはない。
ん? 待ってよ。みんながみんな、誰かの品を使ってやるわけではないのだけど、千冬お姉ちゃんはどうなのだろうか?
ちょっと知りたくなった。
「千冬お姉ちゃんは私の下着、エッチなことに使います?」
「!? な、何を言うんだ! わ、私が、そ、そそそ、そんなことに使うわけが、ないだろう!」
「…………」
あまりの千冬お姉ちゃんの動揺を見て、私は悟ってしまった。
ちなみに私の目は完全に覚めた。
「……そういえば前回、私の下着を回収しましたよね? それってどうしたんですか?」
「……」
お姉ちゃんは答えてくれない。
うん、これは確定だ。
「はあ……、答えなくても分かりました。私のを使って自分を慰めていたんですね。それで寝不足ですか」
「ち、ちがっ! わ、私はそんなこと……!」
「否定しなくてもいいですよ。そういうことは……あ、ありますから。ただ、やりすぎて寝不足にならないようにしてくださいね」
これで前回、寝不足だった理由が分かった。きっと私のを使って自分を慰めていたのだ。
にしても、寝不足になるくらいやるって……。千冬お姉ちゃんは欲求不満?
「それで完全に起きた詩織。結果はどうなりましたの?」
セシリアが聞いてきた。
「うん、恋人になったよ」
「よかったですわね。あなたの初恋ですわよね?」
「うん!」
セシリアと簪は喜ぶ私を見て、嫌な顔をせずに優しい顔をしていた。
もう本当に最高の恋人たちだ。これは絶対に幸せにしなければならない。絶対に私の恋人になったことを後悔なんてさせない。
こういう決断はもう何度もあったが、大切なことなので、何度でもする。
そのためにもちゃんと稼げるように頑張らないとね! まあ、今のところは大丈夫だけど。
「詩織って……戦争でも、する、の?」
唐突に簪がそう言ってきた。
え? なんで戦争? どういう流れ?
「だって、私たち代表候補生二人に……ブリュンヒルデの織斑先生。そして、最後に……開発者の篠ノ之博士。戦争をやるには……十分な戦力」
「確かにそうですわ! まさか、するつもりですの?」
そこにセシリアも入る。二人とも顔が本気だった。
どうも、たまたま恋人たちがそうなったという選択肢はなかったようだ。
いや、あってよ。
もちろんのこと私には戦争なんてことはしない。この学園に来る前に今のこの世界に抗う的なことを思っていたが、ただそういう意思的なものだ。決して本気でやるわけがない。
そもそも戦争なんてとても非生産的だ。人も物も色々と減るだけ。いや、増えるのもあるか。例えば憎しみとか。
幸せになるというのに負の感情を生み出す戦争をやるのは無意味だ。
「そんなわけないでしょ! 戦争なんてやるわけないよ」
そもそも大切な人に命の危険性のあることなんてさせないよ。ISだって絶対に命の危険がないわけではないもの。この前の試合のときに、私の必殺技でそれを証明している。
あのときは打撲程度で済んだけど、内臓系にダメージがあったらと考えると……。
うん、本当に怖い。
「ごめん。冗談のつもり……だった」
簪が申し訳なさそうに言う。
「もう! 本当にありそうだからやめてよね! さすがの私も怒るよ!」
「もう、しない」
簪は俯く。
どうやらちゃんと反省してくれたようだ。
「もう! 更識さん! おかしな冗談は止めてくださいな! 一瞬詩織を疑いましたわ!」
「疑った、んだ。詩織の愛を?」
「だ、だって不安になるじゃありませんの。詩織がわたくしを愛したのは戦争のための道具だからかもしれないなんて……。いくら好きでもなりますわ。あなただって思いませんの?」
「うっ、そ、そう言われる、と……」
もちろん私が二人を愛しているのは、何かのためとかそういうものではない。ただ純粋に愛しているだけ。まあ、強いて言うならば一生を私と生きてもらうため、かな。
二人のちょっと真剣なやり取りを聞いて、思わずそう思いニヤニヤする。
卒業したら恋人たちと一緒に住もう。そして、幸せな毎日を送るのだ。
まあ、現実的に考えるとすぐは無理か。恋人たちにだって家族がいる。絶対に私の家で暮らしてもらうけど、特にセシリアは家が貴族みたいだから数年かかるかもしれない。早く一緒になりたいけど、それは仕方ないことだ。
もちろん大人しく待つ気は全くないけど。絶対にこっちから会いに行くよ。
「ん? どうした、詩織」
「ふふ、ちょっと楽しい未来のことを考えていたんです」
「妄想をするのはいいが、そろそろ時間だぞ」
「もう! せめて夢って言ってください。妄想じゃないです」
確かに妄想と夢の違いを答えろと言われたら、答えることは難しいけど、やっぱりここは『夢』って言うところであって『妄想』ではないだろう。
「くくく、すまんすまん」
背負われているせいでお姉ちゃんの顔があまり見えないが、きっと面白がられているのだろうな。
私はぷく~っと頬を膨らませて怒ってますって表すだけだ。
「ほら、もう目が完全に覚めてしまったようだが、ここからは二人に連れて行ってもらえ。私とはここでお別れだ」
「……ですね」
私は千冬お姉ちゃんの背中から降ろされる。
「そんな顔をするな。来週からはこっそりと私の部屋に来れるだろう? 今までは少なかったが、今度からは違う。そのときを見ていろ。今の別れに悲しむな」
「分かってます。でも、私は恋人たちと一緒にいたいんです。それが私の喜びです。恋人が離れたら悲しみます」
「やはり詩織は女を落とすのが上手い」
千冬お姉ちゃんは笑っているので、褒めてくれているのだろう。
「否定は……しません」
同性愛ではない普通の女の子たちを同性愛者へと変えたのだ。しかも、たった一人ではない。複数人。
これのどこに女落としが上手くないと言うのだろうか?
否定することは全くできない。
ただ、男の人は遊びとか軽い気持ちでたくさんの女の人を落とすのだろうが、私とは全くと言っていいほど違うということは確かだ。私のは本気だもん。
「でも、私のは本気で落としているんですからね。決して捨てるなんてことはしません」
「知っている」
私は自分から千冬お姉ちゃんから離れ、二人のもとへ行く。
「さて、詩織。帰りますわよ」
「あとで……説教。詩織が私たちに……相談しなかったのは、別に……いい。気にして、ない。でも、その後。いちゃいちゃする前に……私たちに遅れるって……言うべきだった」
うう、説教か。私が悪いのは分かるけど、説教というのはいくつになっても嫌だ。
しかもセシリアもやる気みたいだし。二人か……二人で説教か。時間も長いのだろうな。
私は助けを求めるように千冬お姉ちゃんを見るが、千冬お姉ちゃんは黙って受け入れろと目で言ってきた。
だ、ダメだ。どうやらお説教の未来は変わらないようだ。
「詩織、じゃあ、また明日だ。それと二人とも、あまり長く叱るなよ」
千冬お姉ちゃんが最後にそう言って、この場からいなくなった。
残された私たちも自分の部屋へと帰る。その間はもちろん二人の腕を組んで帰った。帰った後はすぐにお説教されたが、時間ということもあり、早く終わった。その後は風呂に入ったり、なんかして色々として寝た。
こんなに省略したのは別にいつものことだからね。長々と語るほどではない。
まあ、言うならば土曜日に簪とデートすることになったということかな。
朝早くから行って、オタク関係の店を回るというのだけは聞いておいた。
なるほど。簪らしい。
私は別にそのデートがデートと言われて想像するようなものではなく、オタク関係の店を見て回るのでも文句はない。だって私が求めるのは、当たり前のデートではなく、恋人が喜んでもらうデートなのだから。
前回のだってそうだ。初デートなのに、って思ったけど、セシリアに喜んで欲しくて遊園地を選んだ。
全ては恋人のためだ。
もちろん、私だってそのデートを楽しんでいるよ。デートなんだから相手だけじゃなくて、自分も楽しまなきゃ。
土曜日が楽しみだ。