「あ~こんなところで立って話すよりも、あっちで座って話さない?」
指をさす場所は先ほどの待ち合わせしていた場所だ。
「はい」
まあ、こんなところで告白の返事というのもロマンチックではない。海と月が見える場所での返事はいいと思う。
ただその返事が振られるためのものだとしたら、ちょっと複雑なのだが。
ど、どっちだろう。
私と束さんは待ち合わせ場所だった場所へ戻る。
うん、束さんの例の乗り物がある。やっぱりミサイルだね。
「あっ、でも、座る場所がないですね。移動します?」
「ううん、その必要はないよ。ベンチをすぐに用意するから待っていてね」
そう言って海がきれいに見える場所に行くと手を翳した。
すると光る粒子が集まり、ベンチの形をとる。そして、完全にベンチになると粒子から物質になる。ベンチの出来上がりだ。
「へえ、これってISの量子化ですよね」
「あ~、うん、まあ、そんなところかな」
あれ? なぜか曖昧な返事だ。もしかして違う? いや、このような現象を起こせるのはこれ以外ないはず。
「まあ、座りなよ」
先に束さんが座り、私もその隣に座る。
私たちの間には距離がある。三十センチほどの距離だ。
座ったがいいが、会話もなくただ時間が過ぎるだけだ。
き、気まずい。
どうもそれは私だけではなく、束さんも同じようだ。
「え、えっと、その返事をする前にお話していい?」
「はいっ、もちろんです!」
振られれば完全にではないけれど、接点がすくなくなり話をするなどこれからできなくなるかもしれない。だからその前にお話ができるならしておきたい。どっちになろうがいい思い出になる。
「君はさ、私が作ったISのことをどう思っている?」
えっと、これって答え次第では告白の仕方が変わるってこと?
私が思わずそう思っていると、
「ああ、別に答えが変わるとかじゃないよ。この世の中にISは必要なかったなんて言っても怒ったりしない。実は作った私自身がISはまだ早かったかななんて思っているくらいだからね。それに君への答えはもう決まっているから。だから思ったことをそのまま言ってくれるとうれしいかな」
だったらその言葉を信じて言おうか。
どうせ恋人になったら互いに嫌なことを言い合うことなんてある。もし、束さんが私の言葉(ひどい言葉以外)で変わったならば、どうせくっついてもすぐに別れるだろうから。
「えっと、人の夢を叶えてくれるものだと思います」
「へえ、どんな夢?」
束さんの目が細くなり鋭くなったが、こ、これってどういうこと?
「空を飛ぶという夢です。飛行機も同じように空を飛ぶために作られました。でも、ISは本当の意味で飛ぶことができます。飛行機はその大きさもあり、鳥のように自由には飛べません。でもISは違います。本当に自分で飛ぶことができます。実際に動かしてみてよく分かりました。昔の人もきっとISのような自由に飛べることが夢だったと思っています。だから人の夢を叶えてくれるものなんです」
そう言うと先ほどまで鋭かった視線はなくなり、優しいものになっていた。
「ふふ、うれしいことを言ってくれるね。私もね、ISを作った理由って空を飛ぶためだったんだ。一応、宇宙空間内での活動を目的ってことになっているけど、そんなのはもちろん建前。ただ単純に空と宇宙を自由に飛び回りたかったからって子どもみたいな理由からなんだ」
束さんは子どもみたいな笑みで語ってくれた。
そっか、束さんは自分の夢を叶えたということか。
だが、次ぎ見たときには束さんの顔は怒りで満ちていた。
「なのになのに! クソな欲しか考えない屑どもはISを……!!」
怒りでいっぱいだったが、私がいると気づいたせいなのか大きく深呼吸をして自分を落ち着かせていた。
束さんが怒る理由は私にも理解できる。何せ空を飛ぶものが、戦場を支配する死神へと変身したのだ。
私だったら夢を汚されたと思うだろう。
「……ISを人の夢を叶えてくれるものだって言ってくれた君は今のISをどう思う?」
瞳に若干の怒りを残しながら聞いてくる。
「私は不快に思っています。束さんが初恋の人で、ISを作ったのが束さんということもありますけど、ただの人を殺すだけの兵器にしたのはとても許せません。何で上の人はこういうクソみたいなことしかしないんでしょうか。せっかく宇宙という未知での行動ができるというのに! 夢よりも現実を見れということなのでしょうか? だったら人殺しの現実よりも夢のほうを取りますよ!」
やっぱり何度思い返しても怒りが湧いてくる。
けれど、世間はISをもう兵器、または競技用と認識されている。この認識を変えるにはとても難しい。だって世界はISを受け入れたから。
だからISを兵器などという認識から変えることは不可能だということだ。
はあ……やっぱりISをクソみたいに扱ったやつらのしたことを受け入れて、新しいことを入れ込むというやり方が必要なのか。
「え、えっと、言ってくれてありがとう」
「いえ、当然のことを言ったまでです」
「そ、そう」
あれ? なんで引き攣った顔をしているのだろうか?
「さて、いろいろと話したし、返事をするね」
「は、はい」
ついにその時が来て、納まっていた緊張が再び動き出す。
うう、し、心臓が、ドクンドクン鳴ってるよ……。
隣の束さんは立ち上がって、座っている私に向き合う。
その束さんの顔はよく見えないが、赤く染まっているそうに見える。それは私と同じように緊張しているからなのか。それとも見間違いか。
見間違いでないのならその意味は? それはすぐに分かる。
私としてはYesという答えを言うからそうなっているであってほしい。
「や、やっぱりこういうのって緊張するよね。君もこうだったのかな?」
やはり緊張しているようだ。見間違いではない。
「私、君のこと、好きだよ」
「!?」
「だから、君の、いや、しーちゃんの恋人にしてくれる?」
私は驚きのあまり、呆然としてしまう。
「しーちゃん?」
「っ! はいっ、よろしくお願いします! 幸せに……うぐっ、ううっ……します……!」
私はあまりのうれしさに涙を流す。
だってそうだろう。束さんは私の初恋の人なのだ。ずっとずっと想ってきた人なのだ。恋人になりたいななんて思っていたけど、実のことを言えば、この初恋は叶わぬものだと思っていた。それは束さんに会ってからもだ。こうして告白の答えを貰うまでそう思っていた。
だって束さんからしたら私なんてどこにでもいる普通の女の子だもん。しかも年の離れた女の子。
だから、なれないと思っていたのに、なることができた。嬉し涙がでないわけがない。
そんなわけで泣く私に束さんがおろおろとし始める。
「な、何で泣くの!? け、怪我でもしてたの!? そ、それとも私と恋人になったことが実は嫌だったとか!?」
「ち、違います。ただ束さんと恋人になれて……うれしくて……涙が出ただけです。嫌だなんてことはありません。うれしいです」
「よ、よかった」
束さんは見て分かるように安堵を示す。
そんな束さんを見て、恋人だけにできることをしたいと思った。
「た、束さん、手、繋いでいいですか?」
「!? も、ももも、もちろんだよ!」
そう言って、びしっと私の前に手を差し出す。その手は力んでいて、プルプルと震えていた。
そんな束さんを見て、つい笑ってしまう。
やっぱりそういう意味で好きな人がいなかったんだなと思わせる。
私はプルプル震える束さんの手を握った。
「!!」
一瞬びくりとなった束さんの手。
だけど、すぐに握り返してくれた。
互いに恥ずかしさで顔を赤くし、顔を伏せてしまう。
何度もほかの子と手を繋いでいる私だが、それでもこのようになるようだ。相手によって変わるなんてちょっと便利だ。
「つ、繋いじゃいましたね」
「う、うん」
束さんが再び私の隣に座り、互いにそれを確認する。
やっぱりそれは本物で、幻や夢ではない。温かみを感じる束さんの手だ。
私がちょっと力を入れると同じように力を入れてくる。
夜風は私たちの熱くなった体を心地よく冷やしてくれた。
「あの、束さんは私のハーレムはいいんですか?」
しばらくしたあと、私は恋人になったからこそ不安になってきたことを問う。もちろん、手は繋いだまま。
「あ~、しーちゃんのハーレムか。うん、別にいいと思うよ」
「気にしないんですか?」
「するかしないかと言われたらするけど、しーちゃんのハーレムには反対しないよ。だってしーちゃんも私と同じ特別だからね」
「? 特別?」
「ふふふ、知らなくていいよ。この世界じゃ大したことはないから」
「はあ」
ちょっと気になったが、大したことはないと言うならば別にいいや。
「う~ん、でも、やっぱりしーちゃんと会える時間が全くないってつらいね」
「ですね。私も束さんともっと長くいたいです」
「それに私って人前に出られないからデートとかってできないんだよね」
あっ、そうだった。束さんは犯罪者というわけではないが、世界から追われている身だ。別に見つけられてもひどいことをされるわけではないと思うが、ISを作った人物として自由な時間などはほとんどないだろう。その扱いは便宜上は保護などだろうが、実際はISにさらなる進化をさせるための道具とされるだろう。
そう思うとデートができなくても我慢できる。
「ごめんね、しーちゃん。ただでさえ会う時間がないというのに、デートとかもできなくて」
「いえ、気にしてません。それにデートじゃなくても思い出は作れますから」
「ふふ、だね。だからデートはほかのしーちゃんの恋人たちに任せるかな」
そう束さんは言うが、きっと束さんもデートはしたいのではなかろうか?
勝手な想像だが、そう思ってしまう。だから思わずどうにかして束さんとデートできないかと思う。
そうだ! お姉ちゃんに提案する予定の自然のデートはどうだろうか? まあ、年寄みたいな場所だが、のんびりと過ごすにはいい場所であるのは確かである。
「私、束さんとデートできる場所を探します!」
「え? 私は別に――」
「私が束さんとしたいんです! そして、束さんと思い出を作りたいんです!」
「そ、そう。なら期待して待っているよ」
一応、期待していると言われた。
よし! できるだけ人の少ない場所を探して、デートできるようにしよう! 場所は候補をたくさん用意して、その中から束さんに選んでもらおう。
しばらく話が止まり、じっとしていたので、まだある私と束さんとの距離を詰めることにした。やはり恋人同士の距離というのはもっと近くなくては。
ぐいっと近づき、肩や脚がくっつく。手は太ももの上に。
「ち、近いね」
「こ、これが恋人の距離ですから」
だが、二人ともガチガチに緊張していた。
お、おかしい。なぜ私までもが……。
経験豊富であるはずの私までもがこうなってしまう。
くっ、やはり相手によって変わるのか。
つまり、大人ぶることができないということだった。
「ねえ、今日恋人になったばかりっていうのは分かっているんだけど、もうちょっと恋人らしいことしたいな」
私の肩に頭を乗せた束さんが呟く。
その束さんの要望に、ごくりと喉を鳴らす。その意味がどういうことか分かったから。
「わ、私もしたいです」
緊張で声が震える。
束さんは頭を上げるとこちらを見る。その顔はこの雰囲気とこれからやることからなのか、色のある顔だった。
束さんとはこれで二回目だが、そのときの印象は子どもっぽいというのがあったのだが、今の束さんは大人だった。
くうっ、こ、こんな顔もできるんだ。
束さんの大人の魅力にノックアウトしそうになる。
潤んだ瞳がゆっくりと閉じられ、私のほうへ近づく。
私もまた目を瞑り、ゆっくりと近づけた。
「ちゅっ」
触れたのは一瞬で、すぐに離れる。
「えへ、えへへっ」
キスをした束さんはうれしそうに笑顔を見せてくれた。
それに釣られて私も笑顔になる。
「もう一回」
束さんがそう言って、私はもう一度キスをした。
また離れては互いに微笑み合い、キスをする。それが何度も続いた。
ただ、大人なキスはしなかった。
大人なキスでなくても何度もやっているうちに少しだけ息が荒くなっていた。私も束さんも僅かに汗で濡れる。
「キスっていいね」
「はい」
「ちょっと熱くなっちゃったよ」
そう言って胸元を大きく開ける。そこからは束さんの大きな胸の谷間が見える。そして、パタパタと胸元の服を動かし、風を送る。
私の視線は当然のようにそこへ吸う寄せられる。
ご、ごくり、こ、これって誘っているの?
束さんの顔を見るが、横目に私を見ていた。
「そ、そうですね。私も熱くなりました。その、私、ハンカチを持ってます。拭いたほうがいいですよ。風邪なんて引いたら悪いですからね」
「じゃあ、お願い」
束さんも私の意図を察して、頬を赤めながら言う。
私はハンカチを取り出すとゆっくりとその胸元へ持っていく。
付き合い始めた私たちがいきなりこうするなんておかしいのかもしれない。だけど、結局は当人たちの気持ち次第だ。だから、付き合い始めた私たちがこうしても問題ない。だって望んでいるから。