そうやって話をしながら目的地に着く。
周りには誰の気配もせず、波が崖に当たる音しかしない。
もしや、二段構えの嫌がらせ? 散々不安にさせて、最後には誰も来ないってやつなの? だとしたら本当に私にどんな恨みがあるの? いじめをすることが楽しくてやっているんだったら、いくら私でも怒るよ。
「誰もいないですけど、お姉ちゃんはどう思います?」
私だけでは分からない。お姉ちゃんの意見にも聞いてみる。
「まだ時間はある。来ないかどうかは時間になってから分かる。それまで待とう」
待つしかないか。
私は周りを警戒をしつつ、待つ。
お姉ちゃんは隣にはいない。どういう意図があるか分からないけど、これは私一人で来いというものだ。送り主を確認するためにも私一人のほうが都合がいい。
とても不安なのだが、ここは我慢だ。
はあ……まさかこんなに不安になるとは……。やっぱり子どもだ。
精神を安定させるためにも一先ずは生徒会長モードになろう。
生徒会長モードは言葉や仕草が変わるだけではなく、意識の切り替えなので効果はあるのだ! ちょっとだけ不安が和らぐのだ。
「さて、送り主さんはどこから来るのかしら?」
仕草が多分変わったのだろう。鏡がないから分からないが、凛々しい私になっているはず。
よし! 心の余裕ができたし、護身用の道具を確認と。
ポケットの中にある武器、手裏剣という忍者の武器を手に取る。
なぜ私が持っているのか。それは思いっきり何かを投げたいと思ったときに、近くの近所の子が紙で作られたものを持っていたからである。
で、祖父から本物を貰って練習をしたのだ。
鍛錬するかもしれないと思って持ってきてよかった。
ちなみに今身に付けているのは十本ほど。もちろん普通の人間なら重過ぎる。私という化け物クラスの身体能力を持っているからこそできる芸当だ。
「でも、命の危険があったら手加減できる自信がないのよね」
いや、手加減できているのだが、私の手加減と普通の人間の手加減はレベルが違うのだ。今言ったのは確かに手加減しているのだが、その手加減のレベルが上手くできないということである。
まあ、殺傷武器だから手加減も何もないのだが、その手加減のレベルを言えば、理想的な手加減が刺さる程度で、命の危険があった場合の手加減が手裏剣の八割以上が体内に侵入するってことだ。
本気は貫通だよ。もちろん大きな穴があくけど。
「そういえばこれにも思い出があったわね」
あれはようやく手裏剣が的の真ん中に当たるようになったときだったか。山に潜って女の子らしくないサバイバルを楽しんでいた。あのときは祖父と長くいすぎたせいで、影響を受けすぎた。
うん、そうに違いない。
そのときに野生の熊に会った。野生児となっていた私は熊と出会うと思わず、獲物が出てきたと思ったのだ。
本当にあのときの私はどうかしてた。私って可愛い女の子だったはずなのに。
ともかく、そのときに手に持っていた手裏剣を思いっきり投げて熊に当てたのだ。
何せ音速を超える手裏剣が飛んでくるのだ。熊がどれだけ頑丈だろうが、相当なダメージを受ける。実際、一発食らっただけで熊は数メートルほど吹っ飛んで、瀕死間際だった。
その熊はもちろんちゃんと食べました。味は……うん、まずくはないけど美味しくもないってところだった。
多分、私って本気出したら素手でも熊を倒せるんだろうなあ。
あれ? 私ってどこの戦闘民族? 人間だよね? 私、人間だよね?
「まあ、どちらでもいいわね。人間か化け物かなんて都合良く使い分けましょう」
さて、そろそろ時間かな。
腕時計を見るが一分前だ。
手に持っていたものをしまうと腕を組んで待つ。
そして、一分後。
あれ? おかしい。時間、なったよね?
もう一度腕時計を見るが、うん、時間になっている。
「やっぱり悪戯――」
言い終わる前にキ~ンという音が聞こえてきた。その音を辿れば、それは空から聞こえるものだった。
!? ミサイル!? えっ!? 私を殺すつもり!? いや、私を殺すのにミサイル!? 私ってその人からどういう認識されているの!?
落ちてくる正確な位置は分からないが、ここら辺だ。爆発範囲はさすがに分からない。なので、一気にここから離れよう。
「詩織!」
お姉ちゃんが必死の形相で私の名前を呼んだ。
私を心配してくれるお姉ちゃんを見れてうれしいと思うが、今はそれどころではない。
「こっちに来ないでください! 邪魔です! ちゃんと逃げられますから!」
お姉ちゃんに対してそう言う。
「だが!!」
「邪魔です! 早く行ってください!!」
「くっ、分かった!」
私の意思が伝わり、お姉ちゃんが逃げる。
私は脚に本気で力を込める。使うのは私しか使うことができない移動の技、瞬動術だ。私の姿が一瞬でその場から消える。
私が移動したのは先ほどの場所から五十メートルほど離れた場所だ。だけど、本当ならばミサイル相手にこの距離は不安がある。
だからすぐにうつ伏せになって両手で頭を抱えた。
私、死ぬのかな?
ミサイルの着弾を待つ間、私はふとそう思った。
私の瞳から涙が零れる。自分の意思ではない。死に直面した恐怖からだ。
前世のときはみんなに看取られながら亡くなったから、死に対する恐怖なんてそれで紛れた。
でも、今は違う。明確な死なのだ。紛らわすものなどない。
「う、ううっ……こんなところで……死にたくないよ……!」
生徒会長モードなんて発動できない。所詮は意識の切り替えだ。
私は心の中で生きたいと叫びながらその場で爆発を待つ。
ああ、簪たちを幸せにするどころか、不幸にしちゃうなんて……。私って本当に最低だ。
そう思っていたのだが、いつまで経っても爆発はこない。
「何が?」
私は恐る恐る体を起こす。
やはり私の耳がおかしくなったわけではないようだ。頬を抓っても痛みはある。夢でもない。
私はお姉ちゃんを探す。ミサイルのことは今はどうでもいい。
「!! お姉ちゃん!」
同じように私を探していたお姉ちゃんを見つけた。
「詩織!!」
私を見つけたお姉ちゃんは私に駆け寄るとその両手で思いっきり抱きしめてくれた。
私も抱きしめてお姉ちゃんの腕の中で泣く。
そんな私をお姉ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。
そして、しばらく経ち、泣き終わった頃。
「あの、ミサイルってどうなりました?」
「それは私も分からん。どうする? 私としてはこのまま帰って、報告をしたい。お前も怖かっただろう。私はこれから忙しくなるから慰められない。他の子に慰めてもらえ」
私はその言葉通りに帰ることにする。
だって怖かったもん。情けないけど泣くほど怖かったんだもん。誰かにもっと抱きつきたい。
「私、帰ります」
「気をつけて帰るんだぞ。私は調べてから――」
お姉ちゃんの言葉の途中で私たち以外の人の声が聞こえた。
この場に相応しくない、やけに明るい声だった。
「あれれ? もしかして来てないのかな? もしかして手紙届いてない? うへ~それだったらめちゃくちゃショックだよ~。せっかく覚悟決めたのに」
どう聞いても聞き覚えのある人の声だ。
私もお姉ちゃんも思わず固まってしまう。
うん、絶対に束さんだ。
そういえば前回もそうだった。ミサイルみたいな乗り物を使うんだっけ。なんて紛らわしいんだ。
さすがの私も束さんに対して怒りが湧く。
「……詩織、気をつけて帰るんだ」
「え? で、でも」
「いいか? 気をつけて帰るんだぞ?」
お姉ちゃんも怒っているようだ。
「おっと、声がした! この声は聞き覚えがあるなあ~」
束さんがてってって~と走ってくる。そして、束さんが私たちの前に現れた。
「やっほ~! 二人とも! ここで何をしているのかな? あれ? というかなんでちーちゃんがいるの? 私が呼んだのはしー――じゃなくて、その子だけなんだけど」
そう言う束さんにお姉ちゃんが私からゆっくりと離れて、束さんの元へ行く。
ああ、この後の展開が簡単に予測できる。
「束」
「おっ? なになに?」
「一回死ね」
「えっ? ちょ、ちょっと待っ――」
さすがの束さんもお姉ちゃんが怒っていることに気づいたようだが、ちょっと遅かったみたい。
束さんは逃げようとしたが、お姉ちゃんの手のほうが早かった。逃げる前にお姉ちゃんの手が束さんの頭をがっしりと掴んだ。そして、アイアンクロー。
「ぎゃああああっ~!!」
束さんの悲鳴が響く。
しばらくしてちゃんと生き返った束さんが頭を抱えながら、泣いていた。
同情はしない。慰めもしない。あんな手紙を寄越して、あんなミサイルみたいなもので来た束さんが悪い。
「うう~私何かした?」
「した。お前は詩織を泣かせた」
「え? ええっ!? な、泣かすようなことしてないよ!? それって何!? 本当にやってないんだけど!!」
「手紙と登場の仕方だ。なんだあの手紙は! もうちょっと何かあっただろう!! あれじゃどう見たって罠だと思うだろうが!!」
「だ、だって仕方ないじゃん……。私って天才過ぎるから色々と追われててさ。迂闊に名前を出したり、長い内容なんて出したらばれちゃうじゃん」
「この馬鹿者が!!」
お姉ちゃんがその言葉とともに拳骨が炸裂した。
「いたっ!」
「それのせいで詩織は不安になったんだぞ! お前に想像できるか!? 不安そうな顔で相談してきた詩織を!! 何のために携帯があると思っている!! 私に連絡すればいいだろうが!! ばれないように工作しているだろうが!!」
「ひっ!? ご、ごめんなさい!!」
「私に謝るな!! 詩織に謝れ!!」
泣きそうな顔で束さんがこちらを向く。いや、もう泣いているか。
「そ、その、勘違いさせるような手紙を出してごめんなさい」
「は、はい。もう大丈夫です」
もう不安はない。
「で、次に登場の仕方だ」
「ま、まだ続くの?」
「当たり前だ!! むしろこっちのほうが本命だ! 前回のときもそうだが、なぜお前はそうやってミサイルで登場するんだ!!」
「は、ははは~、ミサイルだなんて~。ただの乗り物だよ」
「その乗り物がミサイルに見えるんだが? あれのせいで詩織は泣いたんだ。怖かったと言っていた。しかも震えながらだ。あれはどう考えても死の恐怖を味わったな」
お姉ちゃんがそういい終わると束さんはさっきと違って、いきなり土下座をしてきた。
うえっ!? な、なに!? なんでいきなり土下座!?
土下座をされた側の私は混乱する。
「ごめんなさい!! 本当にごめんなさい!! 死んじゃうって思わせちゃってごめんなさい!! かっこよく登場しようと思っていた私がバカでした!!」
「あ、謝らないでください。思えば前回のときを思えば束さんの登場だって分かっていたはずですから」
前回は近くに岩という信頼できる壁があったので、死の恐怖を味わうことはなかった。でも、今回は木という細くて頼りない壁だった。
はあ……そうだよ。前回を思い出せばよかったのに。
「詩織、束に遠慮することはない。殴っても構わん。前回と同じだろうが、関係ない。くそっ! これは私の落ち度だな。あの時に今のように怒っていれば……! 詩織、私からも謝らせてくれ。本当に申し訳ない」
続いてお姉ちゃんからも頭を下げられた。
い、いやいやいや! ま、待って! ちょっと待ってよ! 大好きな二人にそこまでされると困惑するよ!
「束さんもお姉ちゃんも頭を上げてください! もう気にしてませんから!」
言っても意味がないようなので、無理やり起こす。
「で、でも……」
「私がいいって言っているんです! 次に進みましょう!」
ようやく話が動く。
「ごほん、それで束さんは私に何の用事ですか?」
本題である私への用事を聞くことにする。
だが、束さんはチラチラとお姉ちゃんを見て、頭をかきながら困ったような顔をした。
どうやらお姉ちゃんが一緒では話せない内容のようだ。
「お姉ちゃん、ちょっと離れてもらえますか? 束さんと二人きりで話をしたいです」
「わかった」
お姉ちゃんは私の指示に従ってくれた。そして、お姉ちゃんが束さんに近づき、耳元で何かを呟いた。それに対して束さんは小さな声だったが、私にも聞こえた、うん、がんばるね、と。
何を頑張るかは知らないが、やる気いっぱいの束さんを見るとやっぱり結構大事なことのようだ。
お姉ちゃんはこの場からいなくなり、私たち二人だけになる。
うう、ちょっと緊張する……。初恋の人ということもあるけど、告白した相手でもあるのだ。実はちょっと気まずいというのもあった。
ん? ちょっと待って。え? まさかそういうことなの? 用事ってそれなの?
先ほど思った中に重要な単語があったのに気づき、この用事の内容であろうものに辿り着いてしまった。それは告白の返事である!
考えれば束さんが私に会いに来たということで分かったはずだ。
束さんは私のことをあまり知らないはずだから、手伝ってもらうとかそういうこともない。箒のことかとも考えたが、別に電話とかそういうので済む。
私の告白への返事も電話で? 多分、束さんはしないと思う。というか、そうしようとしていたとしてもお姉ちゃんがさせないと思うから。
ということで、これは告白の返事なのだ。
や、やばい! そうだと分かったら、めちゃくちゃ緊張してきた!