さて、今は木曜日。
この間、特に大きなことはなかった。朝起きたら隣にいる二人に朝のキスをして、一緒に準備をして登校する。そして、学園内では箒やお姉ちゃんの相手をして、放課後は時々ある鈴との対話。夕方になると簪とセシリアの三人、または一夏と喧嘩中の鈴を含めた四人で夕食を取り、風呂に入ったりする。風呂は三人同時は無理なので、一人ずつだけど。で、ちょっと色々して寝るのだ。
この繰り返しが続いていた。
で、今だが、寮の管理人さんから手紙があるという知らせを聞いたので、それを受け取りに来ている。
「すみません。連絡を聞いて来たのですが」
窓口でそう言う。
「お名前は?」
「月山 詩織です」
名前を言うと同時に写真付きの学生証を提示する。学生証を提示するのは間違いがないようにするためだ。
私の名前と写真を確認して、その手紙とやらを取り出してくる。
「一年の月山さんね。はい、これよ」
「ありがとうございます」
それを受け取り、人目のないところへ行くと送り主の名前を確認する。
あれ? ない?
少なくとも封筒の外側には入っていない。では手紙に書いているのだろうか? 送り主は私が知っている人なのかな? それとも知らない人?
いきなり来た手紙に不安が湧いてくる。
中身を確認するためにも、すぐに自分の部屋に入る。二人はまだ帰っていない。
よかった。どんなものか分からないからいなくてよかった。
怪しい手紙のため手紙に何か仕掛けられていると思ったのだ。
私はバッグからゴーグルとマスク、ゴム手袋を身に付ける。
封筒は大きく膨らんでいるわけではないので、手紙しか入っていない。なので、このくらいの装備でいいと思われる。
この装備でいいよね? 爆発とかするわけじゃないし、大丈夫だよね?
「ふふ、送り主は誰かしらね」
冷静になるために生徒会長モードになる。今の私ならば怖くない。さすがです! 生徒会長!
さっそくビリビリと封筒のふちをきれいに破いていく。
よし、何も飛び出さないね。
それを確認して中身を取り出す。手紙は二つ折りしていて、内容を見ることはできない。
くんくん。
手で扇いで嗅ぐが、刺激臭はない。無臭の毒じゃないよね?
さて、内容はなんですか?
警戒しながら内容を読んでいく。
だが、内容はさらに警戒を上げるものだった。だって書いてあるのは長々としたものではなく、たった一言と地図だけなんだもん。
今日の二十時、ここで待つ。
これだけなのだ。これだけしか書かれていなかった。送り主の名前は書いていない。ちなみに文字は手書きではない。ゴシック体で書かれたものだった。
かなり怪しい。私じゃなくても同じことを思うだろう。
さらに言うならば地図に書かれた場所だ。ここは崖になっており、海までの距離は三メートルはある。死にはしないだろうが、怪我をさせるには十分。
……なんだか行きたくないんだけど。
送り主が分からない手紙。手書きではなく、コンピュータで書かれた文字。余計なことは書かずたった一言の内容。指定された場所は人を怪我させるには十分な崖の上。
どう考えても喜んで行けるようなものではない。
「……私、何かしたかしら?」
ちょっと不安になって涙が出そうになる。
前世があるとはいえ、今はまだ小娘である。その精神もこの体に引っ張られているのだ。いつもは強気な私だけど、やっぱりこういうのは怖い。
どうしよう……。無視すればいいのかな? やっぱり行く? 行くとしても一人で? 誰かを連れて行ったほうが? でも、その誰かに危険が向くかもしれない。
私はどうすればいいのか困った。
簪とセシリアに相談するのは却下だ。あの子達はまだ子どもだもん。きっと一緒に来てくれるだろうけど、経験がまだまだだ。
となるとお姉ちゃんか。お姉ちゃんはちゃんと実績がある。私を色んな意味で守ってくれるだろう。
「お姉ちゃん……」
思わず呟く。
呟いて思わず違和感を覚えた。
違う、お姉ちゃんじゃない。お姉ちゃんと言うのは間違っている。うん、違うね。
「お姉さま」
うん、しっくりときた。
今の私は生徒会長モード。当初の名はお姉さまモードである。その状態の私がお姉ちゃんをお姉ちゃんと呼ぶのは間違いだ。今の私ならばお姉さまが相応しいだろう。
お姉ちゃんに助けてもらう、か。
「助けてもらうしかないわね。お姉さまに迷惑をかけるけど、自分の命の危険があるもの。死にたくはないわ」
幸せにすると言ったのだ。それなのにこんなところでお姉ちゃんに頼らない手はない。他の人だったら一人で行くのだろうが、私は違うんだよ。
「じゃあ、さっそくお姉さまに会わなきゃね」
マスク、ゴム手袋をビニール袋に入れて処分をした後、早速お姉ちゃんのもとへ行く。手紙は別の袋に入れて持っている。
もう放課後だから職員室かな? とりあえずそちらへ向かい、覗いてみた。
あっ、お姉ちゃん!
お姉ちゃんがいたので、お姉ちゃんを呼ぶ。
「む、どうした月山。何か用か?」
さすがお姉ちゃん。完全に生徒と教師だ。
「実は相談があるのです。織斑先生に聞いてもらいたくて」
お姉ちゃんはしばらく考えたあと、いいぞと言ってくれた。
「すぐ隣に会議室がある。そこで話をしよう。そこは防音だから使っていないときは相談室としても使われている」
私たちは会議室へ移動した。
会議室のドアが閉まり、ガチャリと鍵がかかったのを確認すると私はお姉ちゃんの胸に飛び込んだ。
生徒会長モードは終わりだ。
「お姉ちゃん!」
「っと、いきなりだな」
お姉ちゃんの声が教師から恋人へ向けるものへと変わった。
頭を優しく撫でてくれるので、不安でいっぱいだった私は安心する。
「お姉ちゃん、ちゅーしてください。私、したいです。今日はしてませんよね?」
「んそうだな。今日はしてない」
お姉ちゃんは椅子に座ると自分の膝をぽんぽんと叩く。
自分の膝に座れということだ。
私はお姉ちゃんと向き合う形で膝の上に座った。
お姉ちゃんは私の腰に手を回すと優しくキスをしてくれる。ずっとくっ付けるものではなく、何度かちゅっちゅっと軽いキスをした。
「これでしていない分はしたな」
「はい、しました」
「じゃあ、話を聞こう。ただこうするために来たのではないのだろう?」
「そうです。お姉ちゃんに助けて欲しいことがあって……」
私がそう言うとお姉ちゃんが目を細めた。
「どうした?」
「これが私のところに来て……」
ビニール袋に入った手紙をお姉ちゃんに見せる。
ビニール袋に入ったままだが、手紙も地図も見えるように入れてあるので、取り出さなくても大丈夫だ。
お姉ちゃんはそれを見る。読み終えたあと、私を見る。
見ている間はお姉ちゃんの胸を枕にしていた。
「なるほど。それで私を呼んだのか」
「迷惑でしたか?」
「いや、迷惑じゃない。詩織に何かあれば私は、私たちは悲しむからな」
それを聞くとお姉ちゃんの私に対する思いが伝わってきたような気がして、うれしかった。
やはり人に思われるというのは心地よい。
「で、詩織は私どうしてほしい?」
お姉ちゃんに頼るにしてもどんなことをしてもらうか。
この手紙を送った人を害すること、手紙を無視してこれから来るであろう災難から私を守ってもらうこと、一緒についてきてもらって守ってもらうこと。色々ある。
私がしてもらいたいのは、
「これが罠かどうか分かんないです」
この手紙が怪しかったので罠の類だと疑っていた。
でも、色々な事情によりこのような手紙になったのかもしれない。
「だからお姉ちゃんは私についてきてください。そして、私が危険な目にあったら私を助けてください」
「ふふ、分かった。私が守ろう」
お姉ちゃんが額にキスをする。
「ありがとうです」
私もお姉ちゃんにキスをする。
「じゃあ、三十分前に集まろう。一応動きやすい服装にするんだぞ」
「はい」
一先ず私たちは分かれることになった。
やっぱりお姉ちゃんに言ってよかった。おかげで安心して行くことができる。
部屋へ戻ると簪が帰っていた。
「おかえり」
「うん! ただいま!」
色々と安心した私はちょっとテンションが高い。
「? 何か……あったの?」
「悪いことらしきものがあって、良いことがあったかな」
「……よく分からない」
だろうね。言った私も何言ってんだって思った。
私は簪が椅子にしているベッドにダイブする。
ベッドが衝撃によりベッドが揺れて、作業中の簪がこちらを睨んでくる。
「詩織」
「ごめんごめん。ちょっと調子に乗った」
私はベッドの上でゴロゴロとくつろぐ。
「むう、反省してない」
「反省してるよ~」
簪のところまでゴロゴロすると私は寝転んだ状態から簪の腰に抱きついた。
やっぱりくっつくのって最高だね。
私は顔を簪にくっつけるとす~っと匂いを嗅ぐ。
いや~やっぱり女の子ていい匂い!
「し、詩織、そんなに……嗅がないで」
「やっ、嗅ぎたい」
「で、でも、今日、汗たくさんかいたから」
「私は気にしないよ」
「私がする、の!」
でも、簪は抵抗はしない。くっつかれることは嫌じゃないもんね。
私は体を起こすと簪の肩に頭を乗せる。そして、すっかり無防備な首筋をぺろりと舐めた。
「ひゃっ!?」
可愛い声。
「しょっぱいね」
「!?」
私の舌に汗の塩の味がする。
「な、舐めないで! そ、そんなの……汚い」
「汚くないよ。ちょっとしょっぱいだけ」
「それが……嫌なの! 離れて!」
「あうっ」
ぽすんと私は尻餅を付く。
ちょっといじめすぎたかな?
「そういえばもうすぐで完成だよね」
私がそう言うと簪はうれしそうに笑みを浮かべてこくりと頷いた。
完成とはもちろん簪のISである。私が手伝ったということもあり、簪一人よりも早い時間で終わりそうだ。
ただ、私が手伝ったせいで、当初の作ろうとしていたISの原型はなくなってしまったが。
え? 材料とか? もちろん当初、簪のISを作っていたところに、無理やり――じゃなくて、お願いしたよ。向こうは泣く泣く――じゃなくて、喜んで差し出してくれたよ。
向こうも途中で放り出したから色々思うところがあったんだろうね!
「多分来週中には……でき、る。あとは色々見直して……実際に動、かすだけ」
「じゃあ、動かすのは再来週か。楽しみだね!」
「うん! でも……ちょっと不、安。ちゃんと動かなかったら……」
「大丈夫だよ。そのために見直すんでしょう? それにこの私がついている。事故になるような失敗はしないよ」
私は簪を後ろから抱きつく。先ほどのような甘えるための抱きつきではなく、安心させるためのもの。
まあ、そう思っていても抱きついているとそういう気分になっちゃうんだけどね。
それからいつものように私も手伝っているとセシリアが帰ってきて、時間を適当に過ごす。
恋人だからと言って、いつもいちゃいちゃしているわけではないのだ。こうやって気楽にすごすことが多い。
そして、時間は約束の時へ近づく。
「簪、セシリア。私、ちょっと用事があるからちょっと出るね」
部屋を出る前にそう言う。
「用事とは織斑先生といちゃいちゃすることですの?」
「織斑先生は恋人。そうなら……隠さなくても……問題ない」
日頃の行いのせいかそう思われた。
「違うよ。そういう用事じゃない。本当に用事だよ」
なんとか理解してもらい、私はお姉ちゃんとの待ち合わせの場所へ移動した。
今の服装はスカートとか女の子の服装ではない。動きやすさを重視した、色気のないズボンなどだ。
はあ……『月山 詩織』にはこんな格好なんてさせたくないよ。可愛い服を着たい。いや、着せたい。ショートパンツなんてものがあるけど、あれは却下だ。恋人だけに見せるだけならともかく、見知らぬ男に性的に見られるのは不快でしかないもん。
そうやって今の自分の服装に不満を持ちながらお姉ちゃんを待つ。
「詩織」
呼ばれて見ればお姉ちゃんが立っていた。
「お姉ちゃん」
私はお姉ちゃんに近寄る。
「大丈夫か? 不安になっていないか?」
お姉ちゃんが私を心配してくれる。
お姉ちゃん、かっこいいだけでなく、優しい。それに強い。お姉ちゃんは私の白馬の王子様だね。私はお姉ちゃんに頼るだけの存在だ。私のこの立ち位置っていいのだろうか。まあ、いいよね! 少なくとも子どもの今はいいだろう。
私は隣を歩くお姉ちゃんの腕をぎゅっと抱きつく。
「思えば学園にいるときは完璧そうに見えるお前がこんな風に甘えん坊になるとはな。猫でも被っているのか?」
お姉ちゃんが笑みを浮かばせながら言う。
「まあ、そうですね。ほら、私ってハーレムが夢じゃないですか。それも男の子じゃなくて、女の子を集めた。やっぱり女の子が好きになるタイプってかっこいい女の子じゃないですか。だから身内と目上の人以外はアレなんです」
「だが、そうなると恋人となればずっとそのままではないといけなくないか? その子が好きなのは今のお前ではなく、猫を被ったお前だろう。知られたらその子の好意はなくなるのではないか? もしや私の他の子は気づいていないのか?」
「お姉ちゃんもそうなると思いますよね? でも、あの子達はあっちの私よりもこっちのほうも好きって言ってくれました」
まあ、本当はこっち