話も終わり時間も時間なので鈴は帰ることになった。
「鈴、些細な用事でも来ていいからね。とはいえ、私も用事があるときがあるから、いつでもいるってわけじゃないけどね」
「分かっているわよ」
鈴がくすりと笑う。
まあ、私としては毎日来て欲しいというのが本音だけどね! そして、仲を深めたいな。
「じゃあね、鈴。また明日」
「ええ、詩織。今日はありがとう」
そう言って鈴は私の部屋を出た。
さて、と。コップを片付けないと。
私はコップを持って流しへ向かう。
と、そこでドアが開いた。
「お帰り、簪」
「ただいま」
簪が帰ってきたのだが、何だか様子がおかしい。ちょっと不機嫌だ。
あれ? 簪までも不機嫌なの? セシリアと会っていたからそこで何かあったのか。
セシリアが何かしたのか、それとも何か言ったのか。
話を聞いてみるか。
「どうしたの、簪? 不機嫌そうだけど何かあったの?」
「……あった」
「なら教えてもらえる?」
そう言うと私をじと~っと見た。
え? 何で? 私、何かした?
「詩織、分から……ない?」
「わ、分からないよ。何かした?」
「した」
自分の行動を思い返してみるが、全く心当たりがない。
嫌がることをことをしたわけではないし……。まさか知らずに?
だ、だとしたらめちゃくちゃショックだ。知らずというのが何よりも。
「……ごめん、分かんない」
「そう」
うう、返事が冷たい……。
「さっき、恋人じゃない女を……入れた、でしょ?」
「ふえっ?」
「私は……詩織が恋人といちゃいちゃするのは……ちょっと、嫉妬するくらい。でも、そうでない女、に……詩織が取られるのは……とても認められない」
なるほど。
確かに鈴は候補だけど立場としてはあやふやなものだ。決して恋人としての扱いは取れない。
そういえば簪は私とセシリアが本当の恋人になっていないと聞いたとき、激しい怒りを露にしていた。
「うう、ごめんなさい。でも、あの子がどうしても見捨てられなくて……」
「言い訳はいい。例えそうでも詩織と一緒にいて……」
言葉が一旦切れた。そして、私に近づくとくんくんと匂いを嗅ぐ。
簪は匂いを嗅いだあと、顔をしかめた。
「それと詩織と匂いが付くまで……くっついていた。特に後者は……一番許せない。必要ない、よね?」
「は、はい、必要ありませんでした!」
ただ安心させるのにあそこまでしなくてもよかった。ただ手を握るだけでもきっと似たような展開にはなったはずだ。きっとあのスキンシップはなくても、鈴は来てくれるだろう。
それを分かっていながらチャンスだと思い、抱きしめたのだ。
で、でも、後悔はしていない!
「詩織、これは浮気に等しい」
「うぐっ。で、でも、セシリアといちゃいちゃするのは……」
「恋人だから浮気じゃない。浮気のように感じるだけ」
なんとか反撃しようとしたが、あっさりと反論された。
「詩織は悪い子。おしおきが必要、ね」
『おしおき』という言葉にちょっとドキリとした。もちろん恐怖とかそういうものではない。喜びの鼓動だ。
「ふふ、ほら、正座」
簪のほうも私をいじめることに喜びを得ているようで、笑みを浮かべていた。
やっぱり私って変態だ。こうやっていじめられるの……好き。
何度も確認するがやはり私はMのようだ。
ともかく、私は大人しくその場に正座をした。
「ん、いい子」
「あうっ」
確かに『いい子』と言ったはずなのに、簪から受けたのはでこピンだった。
まあ、お仕置きだが、さすがに頬を叩くなんてことはいろんな意味でできなかったのだろう。
「もしかして……お仕置きなのに興奮して、いるの?」
「し、してない、です」
「本当に?」
簪はそう言いながら、ゆっくりと私を押し倒し、私の上に跨った。
色んな意味で簪が優位に立った。
今の私には抵抗しかできない。
ああ、会った当初は大人しい顔をしていたのに今じゃこんな顔をするようになって……。更識簪は私が育てた。なんてね。
「本当のことを言ってくれたら……ご褒美、あげる」
「!!」
ご、ご褒美! 簪からのご褒美! な、何がもらえるの?
ご褒美という言葉に鼓動が高鳴る。
「それとも……詩織はお仕置きのほうが……好き?」
「…………」
ここで迷ってしまうのはお仕置きもご褒美もどちらも欲しいからなのか。
お仕置きとご褒美、どっちが……。
そこで私は思いつく。どちらか迷うならばどちらも選べばいいではないかと。
「どっちもお願い! お仕置きしてご褒美をください!」
私は声を上げてそう言った。
「分かった。じゃあ、いじめて気持ちよくさせてあげる」
「うん!」
さっそく簪が――
「更識さん? その、先ほどの話ですけど――」
鍵をかけていなかったために扉が開けられた。開けたのはセシリアだ。
私たちは互いに固まってしまう。
現在、簪は私に馬乗りになっており、顔と顔の距離が近い。さらに言えば簪の手が私の頬に触れていて、互いの顔が興奮で赤くなっているのだ。
どう見てもそういうことをしようとしていた場面だ。
「な、な、なななっ」
セシリアの顔が引き攣りながら何かを言おうとしている。
私はセシリアのほうを見たまま、間抜けのように口を開けていた。
「何をしていますの!?」
あうっ、声が頭に響く!
「オルコット。タイミングが悪い。出直せ」
「出直せではありませんわ! 更識さん! 詩織と同じ部屋だからってそんな羨ましいことをするなんてずるいですわ!」
あや、どうやら破廉恥だって怒るのではなく、羨ましかったようだ。
やっぱりセシリアもだんだんエッチな子になっていくんだな。でも、セシリアみたいな女の子がエッチになるのはとてもいい。最高。興奮するね。
「ふっ、これが……ルームメイトの特典!」
「うるさいですわ! 詩織! ほら、わたくしのほうへ!」
「ダメ。今、詩織はお仕置き中」
「お仕置き? なぜですの?」
「ん、ちょうどいい。ほら、詩織。話して」
簪にそう言われて、セシリアに大人しく話した。
「ギルティですわね。浮気ですわ」
「そう。だからお仕置き」
「そういうことならわたくしもやりたいですわ」
セシリアは笑みを浮かべている。
私はそこで冷静になることができた。きっとこのまま流れに乗ったら眠れない夜になる。
「ふ、二人とも。明日も授業だし、止めない?」
「あら、それじゃ浮気のお仕置きはどうするんですの? わたくしたち、こうやってふざけているように見えて、実は結構ショックを受けていますのよ」
「……ごめん」
「あなたの要求を受け入れる覚悟のあるわたくしたちに何か不満がありますの? だ、抱きたいなら言ってくれれば受け入れますのよ」
最後のほうは聞こえるくらいの声だった。しかも顔は真っ赤だ。
「違うよ。そうじゃないの。不満なんてない」
「ならなぜくっついたんですの? そんなことをされたのでは不満があるようにしか感じませんわ」
な、なんだか、このまま行くとバッドエンドへ向かっているような雰囲気が感じられるんですけど。大丈夫かな?
「その、鈴って一夏のことが好きなんだよね。そんな鈴を自分のものにするから言葉だけじゃなくて、スキンシップしたほうがいいかなって思ったの。もちろん下心がなかったのかと言われたらあったよ」
私は正直に自分の心を話す。
「更識さん、どうします?」
「私たちは詩織のハーレムの一人。詩織にいつの間にか……攻略された人たち。正直に言って……分からない。詩織が……正しいことを……していた、のか」
「そうですわね。じゃあ、許しますの?」
「……候補とのスキンシップは……認める」
「何もしませんの?」
「そんなわけがない。する」
何をされるのか不安がある。本当に嫌なことはしないよね? いくら罰だとしても、抵抗できないように私を拘束して、目の前でセシリアと簪がキスなんてことはしないよね?
二人が仲がある程度よくなっていたので、思わずそんな罰を思いついた。
もしこれが実行されたら本当に私は泣く。それどころか自分が何をするか。本当に本当に自分勝手だが、裏切られたと二人を亡き者にするかもしれない。
それを想像すると思わず涙が流れる。
「ちょ、ちょっと、なんで泣きますの!? わたくしたち別に詩織に痛いことはしませんわよ! 更識さんもほら、どいてください」
「う、うん」
涙は止まらないが、簪のぬくもりが離れるのを名残惜しく感じる。
「ち、違うの。ただ私が勝手につらいことを考えただけだから」
「……それ本当に大丈夫ですの? つらいことを考えてそんなになるなんて……」
私の傍まで来たセシリアが頭を優しく撫でてくれる。
「更識さん、もうなんだか勝手に自滅していますけど、どうしますの? わたくしは結構満足――ごほん、詩織が結構反省していると思いますの」
「でも、こんなチャンスを見逃す――じゃなくて、罰を受けないと。罰と反省は二つで一つ。だから罰も」
「そう言われるとそうですわね。ええ、罰を」
二人が話し合っているうちに目元をごしごしして、涙を拭う。
全く子どもみたい。こんなに簡単に泣いてしまうなんて。
でも、不安なんだもん。二人とも私と同じ同性愛者になった。そんな中に女の子たくさんのハーレムの一員になるのだ。私じゃない人と恋人になるかもしれない。それが嫌だ。
例えそれが私のことも好き、もう一人の子も好きでもだ。恋人たちが好きになるのは私だけでいい。他の人なんて好きにならないでほしい。
簪とセシリアにはある程度仲良くなってほしいと思っていたのに、そうなった瞬間あまり仲良くならないでほしいと思うなんて……。
「詩織、罰が決まりましたわよ」
「詩織に拒否権は……ない」
二人から告げられる。
それにびくりと震えてしまう。
「詩織、あなた、しばらくの間、わたくしたちに奉仕なさい!」
「奉仕?」
「ええ、そうですわ! 奉仕ですわ!」
なんだか楽しそうに言う。
「そして、奉仕と言ったら……メイド。だから、メイド服、着て」
そう言う簪も楽しそうに言う。
どうやら私への罰は二人をご奉仕することのようだ。
ご、ご奉仕……。な、なんかいい響き。されるほうもいいけど、するほうもいいと思う。セシリアとのプレイでやろうと思ったけど、まさかこんな形でやることになるとは。
「さて、メイド服はどうします?」
「買うしかない」
「店を知っていますの?」
「コスプレでいい」
「コスプレ……。そういえば日本はそういう国でしたわね。それで本格的なメイド服に近いものを買いますの? それともスカートの丈の短いものですの?」
「むむ、そうだった。悩ましい……」
じゃあ、二人のことご主人様って呼ばないといけないのか。いや、お嬢様かな?
や、やっぱりご奉仕ってエッチなこともあるよね。それもするんだよね。
セシリアの目の前に跪く私。私はどのような命令を受けるのか不安で顔が強張っている。そんな私にセシリアからエッチな奉仕をするように言われる。私はそれに泣きながら抵抗するが、そんな私にセシリアは私の体を掴んで無理やりにさせる。奉仕が終わったあとに残るのは虚ろな目をし、床に四肢を投げ出し倒れている私。
そ、そんなことをするなんてセシリアはエッチだよ!
「丈の短いもので……奉仕。子どもみたいな詩織には……似合う」
「ですわね。逆に大人みたいな詩織には丈の長いほうがいいですわね。まさにできるメイドですわ」
「むむ、あまり大人な詩織は……してほしく、ないけど、この際仕方、ない」
「まあ、確かにちょっと思うところはありますわ。ただどちらも同じ詩織ですわ」
「分かってる。でも、だからと言って……受け入れられるかどうかは……別」
「まあ、雰囲気まで変わりますものね。はっきり言って双子と言われても疑わないレベルですわ」
簪もきっと同じなんだろうな。昔ならともかく今の簪なら私をいじめようとしたときみたいな笑みを浮かべて命令するんだろうな。
ああ、ご主人様! 私はそのような命令は……いやっ、いやっいやっ、止めてください! ご主人様! ご主人様!
そ、想像するだけで興奮する。妄想――げふんっ、想像でこうなんだから本当にされたら私、どうなっちゃうんだろう? 怖いけど楽しみでもある。
「ですから大人な詩織も候補ですわ」
「分かった。詩織は詩織。どっちも詩織」
「そうですわ。どちらもわたくしたちの大好きな詩織ですわ。ただちょっと違うというだけで否定するのは詩織という存在を否定しているのと同義ですわよ」
「分かってる。それで……どっちが、いいと思う?」
「いっその事日にちで変えません? そうすればどちらかを選ばずに二つの詩織を見られますわ」
「!? 盲点だった。そう、悩む必要はなかった」
「決まりですわね。二日ずつでいいですわね?」
「それでいい」
「あと、その、しばらくの間、わたくしもここで過ごしても?」
「……なんで?」
さて、私がメイドになるのだけど、私の知っているメイドは簪に見せてもらったアニメのメイドさんのみ。それを真似すればいいのならば形はできると思う。もちろん主人が命令する前にそれを遂行するなんてことや一瞬で移動するなんてことはできないけど。