「セシリアはどんな特別がいいの?」
それはこれだ。いっその事セシリアに決めさせればと思ったのだ。
ただこれだと私から与えられた特別ではなくなるが。
「いいんですの?」
「いいよ。ただ私にもできることとできないことがあるからね。それを忘れないで」
私のはハーレムである。もしハーレムだけではなく、一人であったならば何でもいいと言ったはずだ。
でも、そうではないのはハーレムという恋人が一人ではないことだ。『特別』の内容によっては一人にそれをすることはできない。
例えばセシリアが『これからずっとわたくしだけと一緒に風呂に入って』と言われても、私はそれをセシリアの特別にすることはできない。
だから私は『できないこともある』と言ったのだ。
「それくらい分かっていますわ。そして、あなたが言いたいことも」
聡明なセシリアはどうやら理解しているようだ。
「でも、本当にいいんですの?」
「いいよ。むしろこっちとしては私が与えられなくてごめんって気持ちなんだけど」
「あっ、考えればそうですわね」
どうやら気づいていなかったようだ。
「やっぱり私からのほうがいい? どちらでもいいよ」
そういわれたセシリアはしばらく考える。
まあ、私はどちらがいいと聞いたのだけど、個人的にはセシリアに選んでもらいたいんだよね。もちろん私に選んでもらいたいと言うならば、私はどれだけ時間がかかろうとも選びけどね。
「その、わたくしが選びたいですわ」
どうやら選ぶほうのようだ。
「いいよ。何がいいの? できることならばそれをセシリアだけの特別にしてあげるよ」
なんだか悪魔的な契約みたいだ。
いや、別に悪いことを考えているわけでないよ。むしろ互いに何もなく良いことだけだから。悪魔みたいに最後は『命をもらおう』とかじゃないもん。
さて、セシリアは何を言うのかな? ちょっと楽しみだ。
「わたくし、あなたからアクセサリーをもらいたいですわ」
「それでいいの?」
だってそれは別に特別ではない。もし恋人が何かほしいと言えば、それを買うからだ。つまり別に『特別』にしなくとも、いいものなのだ。
だから聞いた。
「それでいいですわ」
「じゃあ、近いうちに買いに行こうか。店はたくさん知っているから」
別に私は宝石大好き、高価な物大好きというわけではないが、綺麗なものや可愛いものは大好きだ。アクセサリー系は綺麗なものが多いので、何もない休日の日に色んな場所で色んな店を回ったこともある。
ただ、結局は買うことはなかったが。
別に金がなかったというわけではないが、前世が男だってことが影響していたのだ。
男ってそういうのに興味持たないからね。持つのはくだらないものかな。
「いえ、それは結構ですわ」
「? アクセサリーが欲しいんだよね? 一緒に行かないと私分からないよ。私の好みでいいならそれでいいけど……」
セシリアのことは大好きだが、まだ知り合って時間も間もない。正直、まだセシリアが何を好きなのか把握していないのだ。
もしかしたら私が選んだものなら喜ぶという意味で言ったのかもしれないが、残念ながら私にはそれを実践するほどの勇気はない。
「その、売っているものではなくて、あなたの手作りがほしいんですの」
「えっと、手作り?」
「そうですわ。もちろんのこと実際に作るというのは無理でしょうから、デザインを設計してもらうだけでいいですわ」
な、なるほど。確かにこれは特別だ。ただのアクセサリーならばただのプレゼントだけど、手作りされたものは本当に特別なものだ。誰も持っていない世界で唯一のものだ。さらに個人のために作られたものは余計に特別となる。
私も誰かが作ったものと恋人が私のために作ったものだったら、もちろんのこと後者を取る。そっちのほうがうれしい。
「分かった。セシリアのために作るよ。ちなみにアクセサリーって言ったけど、どんなものがいいの? ネックレス? イヤリング?」
「ゆ、指輪でお願いしますわ」
「!?」
セシリアはもじもじとしていた。
え、えっとそれってどういう意味なの? わ、私との将来のことを考えてくれたの? だったらうれしいな。どうせ法的な結婚はできないから、形だけのものをするのもいいかもしれない。
まあ、指輪がそういう意味なのかを考える必要はないね。今はセシリアが指輪を欲しがっているということだけ考えればいい。そういうのを確かめるのは近い未来だ。
まだ十代というのに未来を決めるのは早いかもしれないが、セシリアが数年後には国に帰らなければならないということを考えるとそうは思わない。
ここでセシリアを縛っておかないと、例えセシリアが今、本気で私を愛していても、きっと帰ったときに誰かと結ばれるかもしれない。それは却下。
「ちょっと待って。オルコット、それは、どういう……意味? まさか、詩織との将来、を……決めたの?」
近くで話を聞いていた簪が反応した。
おや、カップ麺にお湯が。どうやら簪が入れてくれたみたいだ。しかも、五つも。
それ以上のカップ麺に入れていないのは、多分ポットの湯がなくなったからだと思う。
ともかく、簪の言葉にセシリアは顔を真っ赤にした。
えっ? 本当に考えているの? だとしたら、うれしい。
「……その反応……本気?」
「だ、だとしたら何ですの? まさか更識さんは遊びで詩織と一緒にいますの?」
セシリアのその言葉に簪がやや不機嫌になる。
「遊びで……キス、しない。私は……本気」
「なら、当たり前のことを聞かないでくださいまし。少し、不愉快ですわ」
「……それは謝る。ごめん」
なんだか私、愛されているって感じだ。
二人が私のことを愛しているとか言い合っているとどうしても気持ちいい気分になる。
「それで、指輪は……そういう意味、なの? その指輪が……婚約指輪とか……言わない、けど、そういう意思の表れ?」
セシリアは私を一瞥する。
「そう思ってもらえても……構いませんわ」
それを聞くと私の顔が熱くなる。
目の前で将来の宣言をされたことへの羞恥とうれしさのせいだ。
まさか先ほど数年待つとか思っていたのに、そのすぐ後に答えがもらえるとは!
思わず恋人たち、いやお嫁さんたちと過ごす日常を思い浮かべる。
私が仕事から帰ってくると出迎えてくれるお嫁さんたち。みんなが声を揃えて『お帰りなさい』と言ってくれるのだ。それに私は『ただいま』と返して、順番にその唇に口付けをする。
あは♪ 最高だね!
「待って。私も……指輪、欲しい」
セシリアに対抗しようと簪も言ってきた。
「更識さん? あなた何を言っていますの? これはわたくしの『特別』ですわよ。なのにそれを取り上げるつもりですの?」
「ふっ、そもそもが間違い。オルコットも……すでに特別」
「な、何がですの?」
あれ? なぜかセシリアが動揺した? なんで?
「やっぱり分かってた、んだ。オルコットはすでに特別を……もらって、る。初デート、初デートのお揃いの、クマのぬいぐるみ。『特別』を言う、なら……セシリアだって十分。つまり、指輪のことに口を挟んでも問題ない。違う?」
「くっ、違いませんわ」
ああ、そういえば確かに簪の言うとおりだ。
セシリアも簪と同じだね。私もつい忘れていた。
多分『特別』を貰える権利があるのはお姉ちゃんだろう。お姉ちゃんってその立場のせいもあって、あまり恋人らしいことはできないもん。
「だから詩織。私にも」
「あら、更識さんも詩織との将来を?」
「とっくの昔から。詩織の恋人になったとき、から、私の……将来の夢は……詩織の、嫁」
そう言い終わると簪はポッと頬を染める。
私の嫁になると言われて私もポッ。
「な、何を……!」
「本気だから……言える。オルコットには……できる? この、自分の……将来を賭けた……告白、を」
「で、できますわ! わたくしだって詩織の嫁になりますわ!」
あうっ、な、なにこの空間! 天国だよ! 私の恋人たちが私の嫁になるって言っているんだよ! 天国以外の何物でもないよ! や、やっぱり家に二人の家具を!
私はさっそく脳内で自分の家のどこの部屋が誰のかを決め始める。
幸いにも家族たちは海外に住んでいるので、家はもう私のものになっている。だからこの学園を出ると同時に恋人たちと一緒に住むことができる。
「じゃあ、指輪は私のも。オルコット、いい?」
「……いいですわ」
「詩織、お願い」
結局私は二人の指輪を用意することとなった。
「デザインはどんなものがいい?」
「そうですわね、わたくしは――」
セシリアが何かを言おうとしたとき、簪が口を挟んだ。
「待って。デザインは統一して」
「なぜですの?」
「いくら詩織が……恋人のためにそれぞれ作っても……他人のがいいと思う……かもしれない。だったら統一したほうが、いい。セシリアは絶対にないって……言える?」
「……言えませんわね」
ちなみに私も言えない。自分が貰ったのよりももう一人がそれよりもいい物だったら確実に心の中で何か思っているはずだ。
で、その子とはよく喧嘩をするようになるかも。
「そういうことだったら統一するよ。統一するから私が決めるね」
「お願い」
というわけで恋人たちの指輪のデザインは私が決めることとなった。
納得がいくまでじっくりと作るので、結構時間はかかりそうだ。
私のは……どうしようか。いや、これは恋人たちに任せよう。
「さて、食べよっか」
話の区切れとしてはちょうどいい。それにいつまでも話していると食べる時間がなくなるからね。
「簪は今日はもう自分で食べてね」
「えっ?」
簪はご褒美をもらえなかった犬のような顔をする。
相変わらず可愛い。
「時間だし、次からはセシリアの前でもするけど、セシリアだってして欲しいみたいだから。だからだよ」
「くっ、オルコット!」
私にあ~んをされなかったせいか、簪はセシリアを睨みつける。
「あなたはもうちょっと我慢してはどうですの?」
「そう言うけど……されたいものは……されたい。オルコットは違、う?」
「ち、違いませんわ」
二人が争うのを見ながら私はカップ麺を啜る。
うん、美味しい。人間を不健康へと誘う美味しさだ。カップ麺って安い、早い、美味しいの引きこもりや時間がない人にとって最高の三要素が揃っている、天使か悪魔の食べ物だよね。
まあ、こんなにたくさん食べるのは今日だけだからね。別に健康とかには大丈夫だろう。
カップ麺をたくさん食べるって夢は現在進行形で叶えているから、今度はケーキかな。ちょうどよくセシリアが食べたいって言っていたからそれに合わせよう。
さて、もう一個食べようか。
すでにカップ麺の中身(スープも)を空にした私は次のカップ麺へ。
「ほら、二人とも。そろそろ食べないと間に合わないよ。話は後」
二人の仲がいいのはいいことなのだが、話に夢中になって食事を取らないというのはダメだ。食事によるエネルギー補給の大切さは燃費の悪い私がよく知っている。
私の目の前でそういうことは許さないよ。
「……なんでもう一個食べ終わっていますの?」
「さすが詩織」
それでようやく二人も食べ始めた。
セシリアたちはわざわざ私の両隣にそれぞれ座って食べている。二人ともちょっと揺れると肩がぶつくらいの近さだ。
私、幸せすぎる!
「ふふ」
思わず声が漏れる。
「どうしましたの?」
「詩織?」
二人が私を見る。
「いや、二人が可愛すぎて幸せすぎるって思って」
私がそう言うと、セシリアは一瞬笑顔になるが、すぐにぷいっと顔を背けて、簪はうれしそうな顔をした。そして、どちらも私に寄りかかってきた。
何度も言おう! 幸せすぎる!
二人もいる恋人からこうされるのはまさに夢に描いたものだ。
「そう言う詩織だって可愛いですわよ」
「ん、それに私たちも幸せ」
二人で私にそう言う。
私が可愛いことは事実なのだが、人に言われるとなんだか気恥ずかしい。
自分でするよりも他人にされるほうがよく実感できるというやつか。
「ほ、ほら! 早く食べなさい! じ、時間だよ!」
思わず動揺が言葉に出てしまう。
そんな私を二人は微笑みながら見ていた。
そんな幸せな昼休みを過ごした後、午後の授業もいつも通りに過ごした。
ただ最後まで気になったのはお姉ちゃんだ。きっと昨日のことで眠れなかったのかもしれないが、明日まで響いてしまわないか不安なのだ。
明日様子を見て今日と同じならばちょっと叱らないと。さすがに私が原因で仕事が疎かになるというのは互いにデメリットしかない。
だったら私はお姉ちゃんと距離を離すことを厭わない。
私だってそうなるのはつらいよ。恋人はお姉ちゃん以外にもいるからつらくなることはないということはない。
私は我がままだからね。他の二人が私を慰めてくれても、三人じゃないと満足できないんだよ。
そんなことを考えて夜の寮の廊下を歩いていると前方から誰かが走ってきていた。下を向いて走っているので私には全く気づいていないようだ。
このままじゃぶつかっちゃうな。ん? おや。
その人物をよく見ると見知った子だった。
鈴だった。
雰囲気から察するに不機嫌そうだ。
よし! 何があったか知らないけど、ここは受け止めて話を聞こうではないか!