手を引かれたセシリアは大人しく部屋へ入ってきた。
このままドアを開けたままというわけにもいかないので、すぐにドアを閉める。
灯りのないこの部屋では、月明かりだけが頼りとなる。
「暗いですわね」
「こんな時間だし、簪が寝てるからね」
ちょっと前まではこの時間帯でも起きていたけど、聞くところによると簪が居眠りをしそうになっていたとか。さすがに私も簪もアニメ大好きだからといって、学業を疎かにすることを続けるわけにはいかない。特に私のように全てを学び終えていない簪には。
セシリアは音を立てずに部屋の奥へ行く。
その場から動かずにセシリアを見るが、セシリアはどうやら寝息を立てる簪を見ているようだ。
セシリアはしばらくそうしているとポツリと小さくつぶやいた。
「……うらやましいですわね」
思わず抱きしめてしまいそうなことを言ってくれた。
「セシリアも一緒がいい?」
思わず聞いてしまう。
「それは……も、もちろんですわ」
恥ずかしそうに言う。
ちらりと私のほうを向いたときにセシリアの顔が羞恥でさらに可愛くなっているのを見逃さない。
「じゃあさ、明日からセシリアも私の部屋に来る?」
「そ、それってまさかルームメイトに?」
「そう! 部屋って結構広いでしょ。ベッドも大きいから三人までなら余裕だよ。一緒に寝ることができるよ。来ない?」
私はセシリアに来て欲しい。
まだ増えるかもしれないけど、同学年には私のハーレムとなる子は見つからなかったので、見つかるとしたら二年生か三年生だ。
さすがに上級生と一緒というのはなんか色々と難しいだろうから、ここでセシリアを特別に誘っても問題はない。
「私、セシリアともっと長くいたい。だからうんって頷いてほしい。どう?」
なんかセシリアには『はい』か『いいえ』の選択肢があるかのように聞こえるが、好きな相手から『一緒の部屋にしてくれ』『もっと長くいたい』、最後には『頷いて』なんて言われたのだ。私がセシリアなら、嫌でも断れない。主な理由はやっぱり断ったら嫌われるのではと思ってしまうからだろう。
分かっていながらそんなことを言った私は最低なのだろう。
でも、これはただの独占欲だ。簪もセシリアも見せてくれた独占欲だ。
セシリアのルームメイトは誰だか知らないけど、その女がセシリアを取るのではと思ってしまうのだ。私が同性愛者だから思うことだと分かっているが、どうしても思うのだ。
「……わたくし、あなたの部屋にいたいですわ。そして、あなたとの時間を増やしたいですわ」
「じゃあ!」
私は喜ぶが、次の言葉で崩れる。
「ですけど、やはりそれは無理ですわ」
「なんで!?」
「あなたともっといたいのは事実ですわ。でも、ルームメイトになっている子はわたくしの友人ですの。あなたとの時間を増やしたいのは山々ですけど、その、友達とも仲良くしたいですわ。だから……」
「私よりも友人を優先するの?」
「そういうわけではありませんわ! あなたのことが好きで大切なのは変わりませんわ! でも、そういう優先するとかそういうのではありませんの。友人を優先したわけではありませんのよ。ただ、その……」
セシリアは自分の思ったことを上手く言葉にできないようだ。
でも、私は分かっていた。私はセシリアが友人を優先したわけではないと分かっていた。
「ごめん。意地悪を言った。ちゃんと分かってるよ。私は別にセシリアをガチガチに縛りたいわけではないしね。でも、ある程度は私に縛られてね。セシリアは私のなんだから」
そういうとなぜかセシリアは頬を染めてうれしそうにした。
「もちろんですわ。私を存分に縛ってくださいな」
うれしそうに言うから、思わずセシリアには縛られるということが好きなのかと思ってしまう。
まあ、そこまで言うなら私は存分に縛ってやろう。
「分かった。これからゆっくり縛っていくからね。覚悟してよ」
「もちろんですわ!」
うん、本当にうれしそうだ。
私も簪に何か(言葉攻めとか)されるのが結構好きなんだけど、それと同じなのかな。好きな人に何かされるとしては同じなので、そうなのだろう。
セシリアは、別に本当に縛られたいってわけじゃないよね? ただ単に好きな人から何かされるのが好きなんだよね? ちょっと不安だ。
「じゃあ、その第一歩となることをしようか。セシリアがここに来た理由だよ」
私はセシリアの腰に手を当てると私のほうへと引き寄せた。
セシリアは私の胸にもたれかかる。
私にセシリアの体重がかかり、私はその衝撃で壁にぶつかる。
傍から見れば、私がセシリアに迫られているように見えるだろう。実際は私が引き寄せたときの衝撃を上手く受け止められなかっただけなんだけど。
「本当はもっといちゃいちゃしたかったけど、それはまた今度ね。明日、いや、今日か。今日の昼休みとか放課後ね」
「そのときは……何をしてくれますの?」
「キスしたり抱き合ったりとか」
「もっと先はしませんの?」
「それはまだ。簪が先って決まっているから」
セシリアに対してするのは簪としたようなギリギリまでではない。せめてやるとしたら今日の遊園地でしたことくらいだ。それ以上をしてしまうとこっちが我慢できなくなるもん。
えっ? 違いが分からない? そ、その、下着がダメになるかそうではないか、かな。
恋人だから別に我慢しなくてもなんて思われるが、そうやって自分の制限を緩くしてしまうと簪との約束を破るかもしれないからね。
約束を果たすまで我慢だ。
「そんなことを言うってやっぱり興味があるの?」
「~~!」
そう言うと顔を真っ赤にする。
「ほら、どうなの? ここには私しかいないから大丈夫だよ。それに私は恋人。恥ずかしいことなんてこれから先たくさんあるんだから」
「……あ、ありますわ。あなたとそういうことをするのに……興味がありますわ!」
言い終わるとセシリアは俯く。
ああ、本当に顔を真っ赤にして俯く女の子は可愛い。やはり何度見ても私の中の欲がざわめいてしまう。
「セシリアはエッチな子ね」
私たちは同性の恋人なだけにそれが顕著である。異性同士ならば子を生すためとか良い訳ができるのだが、同性同士のためそれが無理となる。つまり、エッチなことが目的となるわけだ。
別にそういう行為はしなくてもいいのだが、人間の三大欲求には性欲がある。
男と比べて性欲が大きいわけではないが、セシリアも性欲に繋がる快感を知ってしまった女性だ。どうしてもしたくなってしまう。
そうでなくとも、人間、興味のあることはしてみたくなるものだ。知識がある分、実際にやってみたいと思うことだってたくさんある。
「ち、違いますわ。わ、わたくしはエッチではありませんわ」
「そう? 今日のことを思い出しても?」
「~~!!」
「ほら、セシリアはエッチな子だよ。認めなよ」
「そ、そういうあなただって……」
「うん、私はエッチな子だよ」
私はあっさりと言う。
だってね、簪にもセシリアにも、ちょっと過激なことをしているんだよ。もちろん私が望んで。そんな私がエッチな子ではないと言えるわけがない。それに私の前世は男で性欲が高いしね。
だからあっさりと言った。
「ああ、もう! わたくしの負けですわ! ええ、わたくしもエッチな子ですわ。あなたとそういうことがしたくてされたくて堪らないエッチな子ですわ!」
やり返しにとやったことがあっさりと返されて、やけくそになったセシリアが真っ赤な顔で言う。
なんかセシリアみたいな子がそういう宣言をするのって最高だよね。
「だよね。ふふ、よく言えたね。いい子だよ」
真っ赤のセシリアの頭を優しく撫でてやる。
「もう、子ども扱いはよしてくださいまし」
「子ども扱いなんてしてないよ。これは愛情表現。可愛い子の頭をただ撫でているだけだよ」
「か、可愛いって……」
「あっ、また顔が真っ赤に。ふふ、りんごみたい。味見しよう」
「味見ですの?」
「そう、味見。こうやってするの」
そう言ってりんご状態のセシリアの頬をぺロリと舐めた。
「ひゃんっ!」
「ん、美味しい」
「な、なにを――」
「なにって言ったでしょ。味見だよ」
「へ、変態ですわ!」
「そうだけど、セシリアもだよ」
「ぐっ」
指を吸ったり吸われたりした私たちである。互いに変態と認めているので、全くダメージはない。
「こうしてやりますわ!」
またまたやり返したはずだが全く意味がなかったので、何とかしてやり返しをしようとしてセシリアも行動にでる。
セシリアが取った行動はやり返しなので、私がやったことだ。
私の頬にペロッてされた。
された直後は生温かかったが、すぐに冷えてひんやりとする。ちょっとくすぐたかった。
私はそれで終わったのだが、やった本人のほうはまた真っ赤だ。どうも恥ずかしかったらしい。
「よく……できましたわね。これ、結構恥ずかしいですわ」
「そう? 私はそんなにじゃなかったけど」
「……いつかあなたが『恥ずかしくてできない』って顔を赤めさせて言わせたいですわ」
それは楽しみだ。
でも、私ができないって言うのってどんなことだろうか。自分で考えてみるがそれは思いつかない。せめて顔を真っ赤くらいだ。
顔を赤くするのはよくあるからね。
「さて、結構いちゃいちゃできたし、そろそろ終わりにしよっか」
「ええ」
私はセシリアにくっ付いた状態で腰を下ろした。私が腰を下ろした後でセシリアも腰を下ろしたので、私の伸ばした脚にセシリアが座る形となる。背には壁があるのできつくはない。
「重くありません?」
「ううん、重くないよ。ちょうどいいくらい」
軽いとは言わないけど。
私はセシリアを見つめる。
「セシリア、しよ?」
自分の口から色を誘うような甘い声が出る。
言っておくが、しようというのはもちろんキスである。おやすみのキスをしようという事前情報がなければ勘違いしてしまいそうな言葉だ。
「ええ」
セシリアが目を瞑る。
私はセシリアの体に腕を回して、僅かに空いてしまった距離を縮める。
そして、私も目を瞑り、その唇に自分のを押し付けた。
しばらく何度か互いの口を行き来した。
「んっ、んっ、んっ……セシリア」
これで終わりと体が離れる。互いの口からは何度もキスをしたせいで、互いの混じった唾液が垂れ、橋を作っていた。
「詩織、ちょっと……激しいですわよ」
「ちゅっ、そう?」
「もう! また!」
そうセシリアは言うがもっとって顔だ。キスから来る快感を知っているからその顔をするんだ。
だからついもっとと求めてしまうのだが、今日はここまでだ。このままじゃキリがない。我慢だ。
私はタオルを取って、セシリアと私の口元を拭う。
「セシリア、おやすみのキス、これでよかった?」
「ええ、満足ですわ。ただ……こんなに激しいのを毎日ですの? さ、さすがに毎日これでは、が、我慢が……」
「もちろん分かってるよ。いつもは……ちゅっ」
セシリアに軽くキスをする。
「これくらい。ちょっと長かったりするけど、これが基本だよ。今日のはセシリアと特別になった日だからね」
「ちょっと名残惜しいですわ」
「それは私もだよ。でも、今日はここまでだよ。今日のは特別のおやすみのキスだもん。性欲を満たすためのキスじゃないからね。それは今度だよ。もっと時間があるときにね」
セシリアは私を一度ぎゅっと抱きしめた後、私から離れた。
私も立って、セシリアを見送る準備に取り掛かる。
「じゃあ、また朝にね。そのときにおはようのキスをするから」
セシリアにそう伝え、見送った。
セシリアがこの部屋からいなくなり、一人になると私の中に残った欲求を落ち着かせるために自分を慰めようと思った。そっと手を下へと動かそうとして――止めた。
はあ……私は何をしようとしているのだ。さっき私は今度と言ったばかりではないか。それにすぐ近くに襲って欲しいと言っている恋人が近くにいるじゃないか。もしばれてみろ。絶対に自分に魅力がないんだと思ってしまう。
私はベッドまで移動して、気持ちよさそうに寝ている簪を見る。
私の恋人だもん。魅力がないなんて思わせない。魅力的だってことを教えてやる。
大人しく簪の隣に横になると簪をぎゅって抱きしめる。
ふう、簪にもセシリアにももっと激しいことするって言ったし、近いうちに本当に私のものにしよう。まだ十代だが、私には恋人を養うお金がある。残念なことは子どもができないことだが。
ともかく、私には前世の記憶もあるということで、養うことができるのだ。
だから、関係を持ったとしても問題はない。結婚は……(法律とかで)無理だが、ずっと一緒にいようと思っている。それに学生でありながら関係を持とうとするのは女同士だから孕むことがないということもある。
もし、私が男だったらきっと自分の性欲と葛藤していたのだろうな。
そんなこと変態的なことを思いながら私は眠りについた。