その後、再び伏せてベッドの下を覗き込み、ライトで照らした。
やっぱり明かりがあるだけで違うな。隅々までよく見える。さてと、では鍵探ししますか。
私はライトで照らし、探す。
えっと、ここかな? 違う。じゃあ、ここ? いや、そこだ! いや、ゴミだった。どこなの? そこまで奥には入ってないと思うけど……。ん! あれは!
金属である鍵に私のライトの明かりが当たり、鍵が輝いた。
やはり鍵だったか!
私は手を伸ばして鍵を掴み取る。
「よかった! 鍵なんてなくしたら色々と面倒なことになるところだった」
鍵をなくすと新たな鍵をもらうために申請しなければならないのだ。その手続きはとても面倒なものらしい。
それに作るまでに時間がかかるので同居人にも迷惑をかけることとなる。
特に後者は避けたかったので見つけることができてよかった。
私はもう二度と鍵で遊ばないと誓った。
そのためにもすぐに鍵を自分の机の小物入れへ入れた。
さてさて、次は出した荷物をベッドの下に戻さないとね。特に丁寧に。だってそれらの荷物は私のではなく、私のルームメイトの物だから。
ん? これは……。
ルームメイトの荷物を片付けているとある一つの荷物が目に留まった。
一見ただのバッグなのだが、目に留まったのはその中身だ。チャックはあるのだが、半分ほど開いていてそこから中身が覗いていた。
私はつい好奇心でその中身を手にとって取り出した。
えっと、これはDVDの入れ物? で、DVDのジャンルはアニメ、か。
私は入れ物の裏に書かれた内容を読んでみる。
へえ、内容は異世界から来たヒロインが偶然主人公と会って、ヒロインの敵と戦うものか。ちょっと気になる内容だ。
バッグの中にはまだあるのでそれも取ってみる。
こっちは力はないけど勇気ある主人公が敵と戦う内容か。これも気になる。
ほかのも見てみるがちょっとした共通点を見つけた。どれもバトル系だ。一つも学園生活をメインにしたコメディ系等がない。
もしかしてあの子の趣味なのかな? ふふ、見かけによらず結構面白い趣味をしているんだね。今日辺りにでも見せてもらおうかな。
実は私はこういうオタク系のものに興味があるのだ。だが、それに触れることはできなかった。別に両親がダメと言ったわけではない。ただ私が忙しかったせいだ。
でもこれからは違う。ここIS学園ではただこれまでの人生で学んできたことを使用するだけだ。つまり今までできなかったことをするときなのだ。
そのとき、ガチャリとドアの扉が開いた音がした。
おや。どうやら帰ってきたみたい。
「お帰り、
「うん、ただいま」
帰ってきたのはメガネをかけた可愛らしい少女、
「今日は早かったのね。どうしたの?」
「今日は入学式だったから。詩織、何を持っているの?」
簪の位置からじゃ私が持っている簪のDVDは見えない。
私はそれを見えるように見せた。
「!! そ、それ」
「ああ、ちょっと鍵を落としちゃってそのときに」
「なんで……見ているの!」
「え!?」
いきなり簪が飛び込んできた。
普通に避けられるのだが、女の子、それもハーレム候補の一人からの突撃だ。私に避けられるはずがない! その突撃を私は受け止めた。
「ぐっ」
衝撃が来たがそんなことよりも簪の感触と匂いのほうが印象強かった。
はわあ~、か、簪から触れてきたよ! それに正面から抱きつくような感じになって簪の胸が当たっているし! それにいい匂いだし!
思わず私の体が簪を襲うオオカミになりかけた。
だ、ダメだ! 今はダメだ! 襲っていいのはハーレムの一員になってからだ。それまでは抱きつくこともダメだ!
「ど、どうしたの?」
「それ! それ! なんで!」
「このDVDのこと?」
「そう! 返して!」
簪はなぜか涙を溜めて必死だ。
私は素直にDVDを返した。
受け取った簪はそれを胸に抱いてその場に蹲った。
私はしゃがみ簪に合わせる。
「どうしたの?」
「……これ見たよね?」
「ええ、なかなか面白い趣味よね」
私は微笑みながら答えた。
「可笑しい……でしょう?」
「何が?」
「だって……アニメなんて……変な趣味」
「そう? 私は別にそうは思わないけど」
「嘘」
「本当よ。私も興味あるもの」
でも、ただ興味あるというわけではない。簪と同じ趣味を持つことで素早く仲を深めることができると思っているのだ。
「なら……証拠、見せて」
「どうやって? 言っておくけど私は簪のDVDを見て興味が湧いたのよ。だから何かのアニメのことを語らせて証拠、とはできないわよ」
「ど、どうしたら……」
「……そうね。なら、毎日一緒にアニメを見ない? もし私が本当に興味を持っていないならそのときの私はつまんないって顔をしているはずよ。逆に楽しそうに見ていたら興味があるってこと。ね? どうかしら?」
「…………分かった。なら今日から」
よっしゃ! これで少しは距離を詰めることができた!
簪は表向きは疑っているみたいだが、内心では趣味を受け入れてくれるということに喜んでいるようで、その口元には笑みが浮かんでいた。
ふふ、本当に正直じゃないんだから。私との関係がさらに深くなったら何もかも丸裸にしてやるんだからね。だから隠し事なんてさせないよ。
私は自分のベッドに腰掛ける。
簪もDVDを片付けた後、私と向かい合うようにベッドに腰掛けた。
「ねえ、今日の……夕飯」
「言っておくけど持ってきてないわよ。食べたいなら食堂へ行きましょう」
「う、うう……」
「お腹空いたの?」
「……うん。お昼食べてない……から」
「はあ……まさかとは思うけどまた夢中になって忘れていたの?」
「…………」
簪はぷいっと顔を逸らした。
「図星ね」
「うぐ……」
全く。夢中になるのはいいけど自分の体調管理くらいはやってもらわないと困るよ。それで倒れたら私、泣いちゃうんだから。うん、本当に泣くよ。しかも、号泣だよ、号泣。それはもう引くほどの。
やっぱり簪には倒れてほしくない。
看病イベントなんてあるけど、それよりも元気いてほしい。というか、看病イベントでは看病する側じゃなくて、される側がいいし。
なので、簪のためにもある提案をしようか。
「ねえ、簪」
「なに」
「今度から朝、昼、晩の三食は私と一緒に食べましょう」
「え……? な、なんで?」
「だって集中していて昼食すら忘れるんでしょう? ならそうさせないためにも一緒に食べようと思って。そうしたら忘れずに食べれるわ」
「でも、昼は……」
「大丈夫よ。私が食べさせてあげるわ」
もちろんあ~んってしてね。
くふふ、まさかこんなにも早くイベントのチャンスが来るなんて! 今日は嫌なことばかりだと思っていたが、結構いいこともあるみたいだ。
そう言われた簪は顔を真っ赤にしていた。
こんな簪も可愛い!
思わず体が動きそうになったが何とか止める。
「な、何を言って……!!」
「やりたいことがあるんでしょう? でも、同時にご飯も食べたい。なら私が食べさせるしかないわよね」
「そ、そんなの……恥ずかしい!」
「なら昼にするときはまずは昼食を食べてからにしなさい」
心の中では簪にこの最後の提案は断ってほしいと思っている。
だって……だって! だって簪にあ~んってしたいもん! だから断って!
私から言っておいてとなるが、だって仕方ないじゃないか。話の流れからしてこう言わざるを得ないのだから。
これでもし食べさせるというのをしつこく勧めれば、簪は私が邪な考えがあるとばれてしまう。
だから、そう言ったのだ。
簪、どうなの? ほら断って!
「……分かった。昼食を食べてからにする」
ぐはっ! 受け入れられた!
じ、自分から言ったけど、やっぱりこれを選んだか……。
私も薄々は思っていたさ。うん、思っていたよ。だってあ~んってされるもんね。私はともかく簪にとっては恥ずかしいことだ。もし私が私ではない状態(前世の記憶がない状態)で簪の立場だったら私も同じ返事をしていた。
だ、だが、ここでイベントを逃すような私ではない! なんとかこのイベントを成立させてやる!
私は一旦大きく深呼吸をして、荒ぶる思考を鎮めた。
「そう。でも、簪。本当に毎日ちゃんと忘れずに食べられるの? それを私と約束できる?」
最終手段。選ばせておいて何とか断らせる作戦だ!
「…………で、できる」
「その間は何かしら?」
「なんでも……ない」
「ならこっちを見なさい」
冷や汗を掻き、顔を逸らす簪の顔を両手で挟み、こちらを向かせる。
これはもしや?
簪の反応で私にはある答えに行き着いた。それは私の求めていた答えだった。
ふふふ、どうやら勝利の女神が憑いているのは私のようね。
私は自分の願いが叶いつつあると知り、思わず笑みが浮かぶ。
「どうやら守れないようね。私も本当はしたくなかったんだけどやっぱり私が食べさせることにするわ。ええ、本当はしたくなかったけど」
一応念のために二回言いました。
まあ、本音はとてもしたい、なんだけどね!
「で、でも!」
「ちなみに拒否権はないわ。大人しく従いなさい」
「……」
簪が潤んだ目で抵抗を示す。
え? なに、その目。それって私に襲えってことなの? 襲ってくれって訴えているの? いいよ。襲ってあげる。というか、ずっと襲いたいって思っていたから。
と、冗談はここまで。とても襲ってあげたいんだけど、そういうのは簪の合意があってからだ。嫌がる簪をっていういのもいいんだけど、ずっと一緒にいたいと思うので、そんなことはしない。
それにしてもさりげなく上目遣いをしているのは作戦なの? それも素なの?
きっと素だ。
私はこれでも何人ものいろんな人たちを見てきたのだ。
怖い顔をしているが優しい人。
怖い顔をして本当に怖い人。
優しい顔をしているがこちらを騙そうとしている人。
優しい顔をして本当に優しい人。
とにかくいろんな人を見てきた。
だからこの子が素だと分かるのだ。
もし素じゃなくて作戦だったら簪は史上最悪の悪女になっているよ。
「大丈夫よ。優しくするから」
「言葉が……なんか違う」
「そう? とにかくいいわね」
「……うん」
どうやらもうあきらめたようで小さく頷いてくれた。
よし! これであ~んってできる! ふふふ、明日からが楽しみだな~。
「それじゃ簪。食堂に行きましょう」
「ま、待って! ま、まさか……そこでも……食べさせるの?」
「まさか。それは昼だけよ。安心なさい」
「よかった……」
こっちはよくない! 昼だけでなく朝も夜もあ~んってしたかったよ! いや、それどころかもっと体と体が触れ合うようなことがしたい! そういう関係になりたい!
もう私の中には簪しか見えていない。
セシリアのこともあるが、今は簪に夢中だ。
もっと簪のことを知りたい。簪の体がほしい。簪の未来が欲しい。
そう思っている私は実は狂っているのかもしれない。いや、私は狂っているんだ。それを自覚している。
だってそうでしょう? 幸せな前世がありながら、男から女へ転生し、ただ一人の特定の人物と結ばれるならともかく、同じ同性を複数人と結ばれたいなんて思っているんだから。これのどこを狂っていないと言えるだろうか。
それに幸せだった前世があるのに再び生を受けるなんて、存在自体が狂っているとも言える。
「さあ、行きましょうか」
「うん」
私たちは一緒に部屋を出た。
食堂に着くとそこには昼間よりは少ないが生徒たちが夕食を頼み、食べていた。
やはり女の子だからか、その量は少なかった。隣の簪もまた小食だ。
で、私はというと身体能力が高いせいか、普通の男性程度には食べる必要がある。周りの子と同じくらいでは全く足りない。おやつを食べている程度にしかお腹が膨れないのだ。
よくみんなからは太らないのと聞かれるが、それも大丈夫だ。
先ほども述べたようにそれほどの量を食べないと腹が膨れない。もっと適切に言うならばそれだけの量を食べなければエネルギーが足りずに日常生活に支障をきたす。
つまり、みんなと同じように動くために必要なエネルギー量がちょっとだけ違うということだ。
まあ、運動しようがしまいが同じ量を必要とするので、私は燃費の悪い車ともいえる。
「詩織は……何を食べるの?」
隣の簪がそう言って来る。
「そうね。カツ丼、かしらね」
「うっ……きつくない?」
「きつくないわ」
カツ丼は私の好物の一つだ。毎日食べていたいとまでは言わないが、一週間に数回は食べようと思っている。ここは家ではなくIS学園だ。そういうことができる。
でも、まあ、ちゃんと野菜なども食べるし、栄養バランス的にも問題ないと思う。
私たちは券売機から券を買う。
私はもちろんカツ丼だ。そして、バランスを取るためのサラダだ。どちらも大盛り。
簪は量の少ないサンドイッチだ。
このサンドイッチは量も少ないし安いので少食の子たちには人気の一つだ。
食堂のおばちゃんからそれらを受け取ると私たちは空いているテーブルへと向かった。