IS学園に着き、外灯に照らされる寮へ続く道を歩いていく。
やはり十一時になっているということで、
IS学園は様々な国の子たちがいるので、門限というものは設けられていないが、門限がある中で生活してきた私は悪いことをしているような気分だ。
寮の中に入ると外とは違って、人がちらほらといた。
おっと、ここからは生徒会長モードだ。
「……変えましたわね」
セシリアは私の変化に気づいたようだ。言葉も発していないのに分かるなんて心と心が繋がっているみたい。
道中で人と会ったので、お嬢様のように挨拶をした。
貴族になりたいわけではないが、ああいう雰囲気とか仕草なんかはしたいって思う。
そして、私たちのデートは本当に終わりになる。
「これで本当に終わりだね」
「ええ、終わりですわ」
セシリアの顔にはデートの終わりが来て名残惜しいと書いてある。私も同じだ。
「じゃあ、また後でね。ちゃんと来てね。待っているから」
もちろんそれはおやすみのキスの話である。
楽しみたいというのがない、とは言わないが、恋人としての習慣の一つなので初日からやらないなんてことはしたくはない。
「もちろんですわ。ただ、シャワーを浴びるので色々と時間がかかると思いますの。だから……」
「分かってる。遅くなるんでしょ? ちゃんと起きて待ってるよ]
私は小さく手を振ってセシリアと別れた。
自分の部屋の前に来るとドアのノブを握るのを躊躇ってしまう。簪が怖い。
うう、大好きな簪に会うのが嫌だって思うことがあるなんて。自業自得なんだけどそれでも。
しばらくの間、何度かノブを握ろうとしていた。
ああ、もう! このままじゃいつまで経っても変わんないよ! どうせ遅いか早いかんだ! さっさと入ろう!
「た、ただいま!」
元気よく入ってみた。
だが、中から返事はない。
……まあ、いつものことだけど。簪が返事をするのは私と視線を合わせてからなのだ。どういう理由かはしらないが。
奥まで行くと電気は点いていたが、簪は頭から布団を被っていた。
寝てるのかな? だとしたら好都合だ。このままずっと寝てもらおう。
そう未来の私に任せた! と思っていると、布団が動き出した。
「遅かった、ね」
簪が体を起こして、睨むような目でこちらを見る。簪は眼鏡をよくかけているが、あれはディスプレイなのだ。なので、決してあの目は私をよく見るために睨んでいるように見えるわけではない。あれは本当に睨んでいるのだ。
「あっ、うん、ごめん。デート前に帰る時間を伝えてなかった」
時間が指定されているので、本来ならば伝えられたはずであった。なのに私はデートが楽しみとテンションが上がっていて、言い忘れてしまった。
私はハーレムの主でありながら、もう一人の恋人を蔑ろにしてしまったのだ。
私はハーレムの厳しさを思い知った。私は簪たちに平等に愛すると言ったのにできていない。
だが、これは簡単に予想できたはずのことだ。世の中にどれだけ平等があるというのだろうか。その数は少ない。
私は反省した。そして、怒りがこみ上げてきた。平等になんてできないくせに簡単にするなんて言った私にだ。
ただもう言葉にしてしまったので、できるだけ平等に近づけるように行動をしようと思った。
「知らせなかった、せい、で、どれだけ私が……心配したか、分かってる?」
「本当にごめんなさい」
私は思わず土下座をする。
簡単に土下座なんてしたが、私にプライドがないわけではない。だが、ここでするべきだと思ったのだ。これが私のできる最大の謝罪だから。
私の前から音がする。私は土下座をしているので、見ることができないが、簪がベッドから下りたときの音だと察した。
「頭、上げて」
私はゆっくりと頭を上げた。
簪は私の前でしゃがんで私を見ていた。
しばらく見詰め合っていると簪の手が私のほうへ伸び、私を強く押した。
「きゃっ」
私は悲鳴を上げて尻餅をついた。
いてて~と床に衝撃を受けた私は起き上がろうとするとすぐに簪が私に馬乗りになってきた。そして、私の胸元に顔を埋める。
「んっ、私以外の女、の……におい。気に入らない。オルコットの?」
「そ、そうだよ」
簪に両肩を掴まれているのだが、爪を立てているのでとても痛い。
でも、これはわざとだ。簪の心配かけたことからの罰だ。何も文句は言わない。言えない。
「においがする……ってことは、オルコットと……抱き合った?」
「そうだよ。何度も抱き合った」
「この状況、なのに……よく私の、前で言えた、ね」
両肩の痛みがさらに増した。
もう涙が出そう……。
私が泣きそうになっている間、簪は自分の体を私にこすり付けるように動く。それは動物のにおい付けだ。いや、実際にそうしているのだろう。私に染み付いたセシリアのにおいを上書きしているのだ。
こうしてされるがままになっているとそろそろと逆に簪に罰を与えることにした。
本当にいきなりだが、ここでやらないとこの雰囲気に流されて好き勝手されるだけになる。それでもいいのだが、ここは我慢して怒らないと。
なので私の腹の上でスリスリとしている簪の肩に手をやるとちょっと乱暴に突き飛ばした。
私に突き飛ばされた簪は尻餅をつくだけではなく、そのまま倒れこんでしまった。
一瞬焦る私だったが、なんとか心を鬼にして簪の前に仁王立ちした。
「な、なにするの!」
悲鳴は上げずに先ほどまで緩んでいた顔が歪み、私をまた睨んできた。
「ごめんね。実は簪とお話がしたいの、今日のデートのことで」
ちょっと無理やりだが、仕方ない。
それから簪も私もそのままの体勢のままで話を始めた。内容はさっき言ったとおり、今日のデートのお話だ。ただし、どれだけセシリアが魅力的なのかとか、どれだけセシリアとのデートが楽しかったのか。それを私はうれしそうに簪の前で話したのだった。
簪の目の前でただ今日の報告をする。それが私の簪への罰だ。
これのどこが罰なのか。それは目の前で自分以外の女、それも私に好意を抱いていなかったはずの女の話をしていることだ。しかも、私はうれしそうに。
さて、もし私が簪の立場に立ったとするとどうなるか。もちろん答えは決まっている。嫉妬の限界を超えて、その相手の女を憎むだろう。
だが、恨むと同時に、私は悲しむだろう。
だって何かそれって私のことよりも相手の女のほうが好きなんだって思っちゃうもん。好きって思われることは気持ちいいものだもん。
簪やセシリアやお姉ちゃんに好きって言われると心地いいもん。なんか満たされる。
「でねでね! セシリアがぎゅってしてくれたんだよね!」
さっきから確かにセシリアの自慢をしているのだが、途中でちょっと目的を忘れてしまった。罰とかじゃなくて、本当にただのセシリアの自慢になってしまっていた。
にしても、私ってすごいね。だって最初は嫉妬で睨むほど視線だったのに今の簪は泣きそうになっているもん。そんな中で私は気づかずに話していた。
「詩織!」
泣きそうな簪が悲痛な声で私を呼ぶ。
このとき私は簪の表情に気づいた。
「なに?」
普通にしているが、内心では、やべえ、ついこれが罰だってこと忘れてた、と焦っていたりする。
私も何も簪が泣く場面を見たいからやっているわけではないのだ。
「なんで……なんで、私の前で、うれし、そうに……話すの?」
簪の目から涙が流れる。
なんとか隠しているが、見ているこっちもつらい。本当はぎゅって抱きしめて、慰めたいのだ。そして、笑顔を見せて欲しい。
でも、でも、これは罰なのだ。悪いことをした子には罰を与えなければならない。それは当たり前のことだ。ここで止めてしまえば簪はこれからも同じようなことをしてしまう。
私だって簪の気持ちは分からなくもないのだ。好きな人を独り占めしたいと思って当たり前のこと。そのように行動しても当たり前のこと。それをもちろんのこと否定なんてしない。独り占めしようと思うななんて言ったりはしない。
でも、今回のようなのは何度も言うが見逃せない。やってはいけないことだ。
「ふふっ、なんでか知りたいんだ?」
私は心を鬼にして笑顔で聞く。
「……っ。分かってて……やって、いた、の?」
「当たり前だよ。私だって好きな子が私以外の人のことをうれしそうに言ったら気分よくないもん」
「な、ならなんで!」
簪はショックを受けているようだった。
その目には悲しみだけではなく、怒りも混じっている。
「まあ、分かんないよね」
だって簪はそれが悪いことだって思ってないもん。
「私はね、怒っているんだよ。こんなことをするのは簪への罰だよ」
「ば、罰? なん、の?」
「分かんないだろうから教えてあげる。簪、セシリアに私がセシリアのこと好きじゃないって言ったんだってね」
「っ!」
簪はびくりと震える。
「私が怒っているのはそれだよ。なに勝手に私の想いを変えてるの?」
私は簪の横にしゃがむと人差し指を一本、簪の胸元に突き立てた。それも強くだ。
簪は苦痛に顔を歪める。
ちなみにこれ、地味に痛いのだ。しかも強くやっているので結構な痛みだ。
「い、いたいっ」
「当たり前だよ。罰だもん。悪い子にはおしおきが必要だからね」
「ごめん、なさい! でも、でも!」
「でもじゃないよ。私は別に簪がね、私の夢をあきらめさせようとすることには何も口を出さないよ。でも、やり方ってものがあるんだよ。今回のは間違いだったんだよ」
「ぐっ、あぐっ」
さらに強く押すと声を上げる。そこからさらにグリグリと指を動かした。
「止めて!」
「なら、簪にはまずやるべきことがあるよね」
「ごめんなさい!」
「なにに対して?」
「詩織の……想い、を……変えたこと!」
「そうだね。じゃあ、簪はこれからどうするの?」
「しない! こんなこと……もう、しない!」
「じゃあ、許すよ」
私は指を簪から離した。
その場所は赤くなっており、明日当たりに胸元は内出血を起こし、痣になっていることだろう。
うう、女の子の体に傷を付けちゃった……。いくら簪が私の者でも、傷を付けたくはない。
「明日、セシリアに謝ってね。セシリア、あのときは何も不満は言わなかったけど、傷ついていたかもしれないし」
「分かった……」
これで私の簪への罰は終わりである。
もう私の怒りも治まったので、簪にキスして終わる。
泣いていた簪もこれで機嫌をよくしてくれた。
「詩織、その、オルコットは……本当に?」
互いに色々と落ち着いてしばらくして、簪がそう問いかけてきた。
「うん、そうだよ。セシリアから好きって言ってくれた」
つい思い出してしまい、頬が熱くなる。
「そして、キスもしたの。だから、本当だよ」
「……そう。なら、私も……オルコットの、こと、認めるしかない」
ちょっと嫌そうだったが、これでセシリアも簪に認められたようだ。
なんか、これって正室が認めないと他の側室は側室として認められないってやっているみたい。こういうのなかったっけ?
「そんな簡単でいいの?」
「いい。詩織の夢は……ハーレム。オルコットが……ちゃんと好きなら、それでいい。文句はない」
簪の言葉は本当にうれしい。そう感じるのはもう何度目だろうか。
何度も何度もそう感じるんだろうな。
そのうれしさを表すように私は簪にぎゅっと抱きついた。抱きつかれた簪は驚いた顔をして、結局は受け入れていた。
その後は簪も風呂に入っていなかったので、一緒に入った。
今度、セシリアと一緒に入りたいな。セシリアと入ったらそこに簪も加えて、三人で入ろう! もちろん二人で私を洗ってもらったりする。そこで恋人二人同士で互い洗わせ、私はそれをじっくりと観賞したりなんてしない。
だってそれって完全に寝取られたって感じじゃない。もし私が男だったらそれもありと思ったかもしれないけど、女になって同性愛者となった今、それは認めることはできない。だから夜のエッチも基本は一対一ということになるわけだ。さすがにエッチのときに私以外を相手にされると絶望しちゃうよ。
それで風呂に入って上がったときはもう真夜中になっていたので、寝ることにした。簪におやすみのキスをして。
簪は大人しく寝たけど、私は暗闇の中、ぼーっとしながら待っていた。
もちろんそれはセシリアである。
私たちが床に就いてしばらくして、ドアがコンコンとノックされた。
きた!
私は簪を起こさないようにベッドから出て、部屋の出入り口に向かった。
ドアを開けると部屋の暗闇に通路の光が入る。
「き、来ましたわ」
そこにいたのは顔を赤くしたセシリアだった。その髪にはまだ湿っており、完全には乾いていない。おそらくだが、完全に乾く前に来たのだろう。
「待っていたよ、セシリア」
そう言って私はセシリアの手を部屋の中へと引いた。