私の問いにセシリアは笑みを返す。
「わたくし、あなたと初めて会った時、あなたと親友になれると思っていましたのよ」
「えっ?」
「けれどもあなたがそのあとに言ったのは勝負後のあの言葉。正直に思いまして、怒るとかではなく、あなたとは親友になることが不可能だと思いましたわ」
私が予想したとおりにセシリアはあのときに悲しんだ顔をしていた理由を語ってくれた。
「そう、だったんだ」
「それからはあなたに対してはあまり好意をもてませんでしたわ」
それはしょうがないと思う。だって強制なのだ。強制力はないはずなのだが、強制なのだ。それを約束してしまったセシリアには当然そういう感情しかないはずだ。
だってセシリアが私に対して親友になれるという感情を一時的には持ったとしても、その時点のセシリアにとって私はまだよく分からない人なのだ。
逆にセシリアは代表候補生なので色々と情報を集めることができるのだ。だからそのときのセシリアにはそんな提案をしてきた私がどういう下心があるのか分からずに警戒する。
私だったら好きな子ならともかく、興味もない知らない子に対しては同じように警戒するね。
これは当然のことだ。
私の好きな子が相手なら初対面でも問題ないのも当然だね。それで裏切られたりしても、私は何も言わない。
「そして、わたくしはあなたと戦って負けて、約束どおりにあなたの命令を聞くことになりましたわ」
そう言ったセシリアの顔はなぜか不満顔である。
確かに無理やりなやり方だったけど、結果的には互いに思うようになったから不満顔はないと思うんだけど。
「……なんで不満顔なの?」
セシリアはもう私のものなので、できるだけ不安要素は取り除きたい。あればそれを取り除く努力をする。それが私だから。
「わたくしの人生の中であなたが初めての恋人ですの。告白も初めてですわ」
「え!? セシリアって告白されたことがないの!?」
「ええ、ありませんでしたわ」
衝撃的な事実である。セシリアは本当に美人さんである。男なら誰でもあの子が自分の恋人だったらなー、お嫁さんだったらなー、なんてことを考えてしまうくらいの美人さんである。
そのセシリアに告白する人がいなかった。
セシリアの学校はお金持ち学校だが、共学だったと聞いたので男子がいないわけでもない。
と、そこで原因となるものに心当たりが。
それはセシリアのプライドの高さである。それは最初の頃に一夏に絡んでいたときを思い返せば一目瞭然。小説のキャラで言えば悪役令嬢というやつだ。
セシリアが悪役令嬢をやっているところを想像してみる。
……うん、ぴったりだ。どう頑張っても悪役令嬢だ。お姫様系は無理!
セシリアが告白されなかった原因らしきものを見つけたけど、セシリアを恋人にしている私は複雑な気分になる。
「だから不満なのですわ。せっかくのあなたからの告白があんな雰囲気もない残念なものなんですもの」
「ごめんなさい!」
セシリアも初めての告白だからといって、絶対に雰囲気のあるとか、相手はかっこいい人とかは求めてはいなかったはずではある。
だが、そんなセシリアでもあんな強制力のある、『付き合ってください』とか『好きです』とかよくあるような言葉もない、『明日からあなたは私の恋人だから。もちろん拒否はできないよ』みたいな告白では、どうやっても受け入れられないのだろう。
私だって受け入れづらい。
「謝るくらいなら何かしてほしいですわ」
「……してほしいことある?」
したいことがあるといわれたので聞く。
今の私は反省しているので、できるだけその要望を叶えよう! まあ、そうではなくとも叶えようとするのが私だけど。
ただそういう気持ちがあるのとないのとではやる気も変わってくる。
「あら、いいんですの?」
「うん、いいよ」
そういう流れなのでそう答える。
「そうですわね。なら毎日寝る前にあなたの部屋に行って、お休みのキスをしてもらいたいですわ」
セシリアが恥ずかしそうに言った。
可愛すぎて抱きしめたくなるくらい。
「それでいいの? それくらいならセシリアのお願いじゃなくて、私のお願いで済んじゃうけど」
事実、簪とは毎日朝のおはようのキス、夜のおやすみのキスをしている。もちろん恋人だからという理由でだ。だからこれはセシリアも含まれる。
セシリアの心が分かった今、遠慮する必要がないからね。しばらく様子を見て、習慣にしようと思っていたんだよね。
「だから、別のにしたらいいと思うんだけど」
「それはうれしい申し出ですけど、そんなことを言えばあなたはわたくしのお願いに同じような答えを返しますわよ」
「うぐっ」
セシリアの言うことを否定できない。
「ですから、このお願いは今度に取っておきますわ。それでよろしくて?」
「え? うん、いいよ。何かあったらそれを使ってね。期限なんてないからいつでもいいよ」
一先ずお願いは保留となった。
さてさて、セシリアはどんなお願いを私にするのだろうか。恋人にしてほしいと言われるとなんかテンションが上がるね。張り切ってしまう。
「でも、なんでセシリアから私のところへ来てキスをするの? やっぱりここは私がセシリアの部屋に行ったほうがよくない?」
一応私はハーレムの主人ということなので、男女で言うところの男の立場を取っている。それに前世のこともあるし。
なので部屋を訪ねるとかは私がやったほうがいいかななんて思っている。
「自分の部屋であなたを待つというのもいいと思いますけど問題がありますわ」
「問題?」
「ええ。それはルームメイトの存在ですわ」
寮に住む私たちはその大半がルームメイトと一緒である。一人なんてことは滅多にない。奇数の時は三人部屋があるし。
「それが?」
「分かりませんの? もしあなたがわたくしの部屋まで来ておやすみのキスをしたら、その場面をわたくしのルームメイトに見られるということですわ。あなたとの恋人関係が嫌というわけではありませんけど、その、他人に知られるのは抵抗がありますわ。でも、あなたの部屋ならルームメイトもあなたの恋人で、たとえわたくしとキスしているところを見られても問題ありませんもの」
代わりに簪の嫉妬の攻撃が私に来るけどね。嫉妬されるのは嫌な気分ではないのだけど、嫉妬というのは何度もされるものではない。
確かに嫉妬=愛の度合いとも言える。
でも嫉妬をする度にその心のうちには負の感情が宿る。それが殺意だってこともある。
なので連続で嫉妬されるなんてことは避けたい。
ただハーレムなので、それは無理かなと思う。解決法としては私の愛を示し続けることだろう。うん、それしかない。
「話が大きくずれましたわね。えっと……」
「私がセシリアに恋人になれって言ったところ」
「そうでしたわね。そのときの私は嫌だと思っていましたわ。だってわたくしたちは女性ですもの。恋人は異性同士と思っていた私には理解できませんでしたわ。それにその前からあなたにはあまり好意ももてませんでしたし」
セシリアの気持ちを知りたいとは思うが、好意ではないところを聞くとあまりいい気分ではない。
「じゃあ、私を好きになったのっていつ?」
「実のことを言いますと恋人になってすぐ後ですわ」
「え? すぐ?」
「ええ、そうですわ。翌日ですわ」
「はやっ!」
「わたくし自身もそう思いますわね」
思い返してみるが、その頃のセシリアは厳しかった気がする。いや、そういえば一瞬で気のせいかと思ったけど、喜んでいるような顔をしていた。もしかしてあれなの?
「とは言ってもそれが好意だと気づいたのは後でしてよ。だから好意だと気づくまでもやもやする気持ちをあなたにぶつけていましたわ。きっとあなたは悲しんだでしょうね。申し訳ありませんわ」
「い、いや、謝らないでいいよ! そう思って当然だから! 誰だってそう思うから!」
「ダメですわ! わたくし、本当にあなたのことが好きなんですのよ! 自分の気持ちが分からなかったあのときと違いますわ!」
好きと言われた私は顔を熱くする。
ど、どうも私はこういうことを言われるのに弱いようだ。しかも、こういう真剣な顔で言われるときの好きが。
うう、やっぱり私ってチョロすぎる! もし私が普通の女の子で、私の好みの男性から初対面でも、告白されたらあっさりとOKと返事をしてしまうのではないだろうか。
うっ、き、気分が! 仮定だとしても男に告白をされるのも無理!
「謝罪を受け入れる」
うれしいと気分の悪さでテンパッて変な言い方になった。
「よかったですわ。実はちょっと気にしていましたの」
私にとっては大した問題ではなかったが、セシリアにとっては結構重大だったようだ。
「それで戻しますけど、もう分かるとおりですわ。自分の気持ちに気づいて今日自分を捧げましたわ」
話を全て聞いて、セシリアの気持ちを知った。
うれしいことだけではなかったが、けっこうすっきりした。
「話してくれてありがとう。聞けてよかった」
「わたくしも言いたいことが言えてよかったですわ」
主な話はこれで終わり、新幹線が私たちの目的地に着くまではちょっといちゃついて色んな話をした。
新幹線の中なのだが、周りの乗客に私たちの話といちゃいちゃがばれることはなかった。
目的地に着いた頃はもう十時を過ぎていた。
きっと部屋で私の帰りを待つ簪は予想以上の遅さに心配しているかもしれない。
怒っているかな……。いや、怒っているよね。私が帰ってきたら最初に『おかえり』って言ってくれるのだろうか? それとも心配させたことへの罵倒? 前者がいいな。
簪によるセシリアへの暴言のおしおきを帰ってすぐにやろうと思っていた。だが、どうやら私が帰って最初にやることはおしおきではなく、謝罪であることは確定した。
ゆ、許してもらえるかな。そして、謝罪した後、どうやっておしおきに持っていこうか。絶対にやりにくいよね。
おしおきなんて止めればいいやと思うが、私はただ甘やかすだけの女ではないということを示さなければならない。
「ん~やっと着いたね」
ずっと座っていたので、伸びをして体を解す。
すぐに帰ろうかと思ったのだが、もう時間も遅くお腹が空いていたので近くのレストランで夕食を取ることにした。
簪は……ご飯を食べずに待っているのだろうか。不安になったので、今更ながら食べて帰るとメールを送った。
返事は『分かった』の一言。
簪はあまりしゃべらないのでこの文面だけでは単調過ぎて怒っているのか分からない。もうちょっとあったら分かったのに。
ちょっと怖いが、今はセシリアである。セシリアのことを優先に考えてしまおう。簪は後でで。
私たちは適当に選んであ~んとかしていちゃつきながら食べた。このような時間帯なので人はあまりいなかったので見られることはなかった。
たとえ見られていたとしても仲のいい友達見られている……と思いたい。
食べ終わるとIS学園へ向かう唯一のモノレールに乗り込んだ。
「もうすぐで本当にデートも終わりですわね」
「うん」
デートも遠足と同じで帰るまでだ。だからどんなに学園に近づこうが、まだデート中というわけ。
「今日のこと、改めて礼を言いますわ。本当にありがとうございますわ」
「こっちこそだよ。今日は楽しかったよ。一生の思い出になるから」
「ふふ、大げさですわ」
「大げさじゃないよ。私の人生で初めてのデートだもん。それにセシリアと恋人になれたんだよ。一生の思い出だよ」
そう言うとセシリアは照れていた。
このモノレールでは時間も時間なので誰もいない。そうなるといちゃいちゃしたい私はつい抱きついてしまう。
「ん、もう、甘えん坊さんですわね」
「ダメ?」
「もちろんいいですわ。ただ、不満があるとすればこの体勢ですわね。ほら、わたくしの膝の上に」
セシリアは自分の脚を軽くポンポンと叩く。
私は喜んで向かい合うように膝の上に座った。
「こういう体勢って何かエッチィよね?」
「それはそういうことを考えているからですわ。わたくしは今はあなたを愛でるという目的を持っていますからそういう考えはしませんわ」
「むう」
てっきり同意してくれるものかと思っていたのでちょっとショックだ。
ただセシリアの言うとおりかもね。今日だけでいちゃいちゃしたのだ。そういう性的な時間を過ごすのではなくて、愛でられる時間を過ごすのもいいかもしれない。
そういうことで私はセシリアに抱きつき、セシリアも私を抱きしめて頭を撫でた。
それが心地よくて、セシリアに甘えるときはこうされたいって思う。
この状態はIS学園に着くまで続いた。