「…………」
「…………」
私たちは並んでいるのだが、互いにその頬は赤くなっていた。
その理由は私とセシリアを繋いでいる手のせいだろう。私たちは手を繋いでいるが、繋ぎ方に問題があった。今回はただ繋いでいるわけではなく、指と指を絡ませているのだ。いわゆる恋人つなぎだ。
だが、それだけで赤くなっているのではない。
こんな公衆の面前で恋人繋ぎなんてしているという状況だからだ。つまり羞恥とかもあるがこんな場所で……とかいう興奮とかもあるのだ。
私たちの手はできるだけ見えないようにと、後ろから見られないように体を密着させ、前から見られないようにとセシリアのハンドバッグで隠していた。
別に私たちは見られて喜ぶ性癖はない。ただこんな場所で恋人繋ぎをしているということに興奮しているのだ。
ただ繋いでいるだけなのにこうなのは、私たちが初心だからだ。
私だって前世があるからこの経験がなかったというわけではない。
だが、前世の私が死んだときの私の歳はいくつだ? 八十代とか九十代だ。
こういういちゃいちゃはすでにやっていない。
だからどうしても初心者になってしまう。前世の体験など知識でしかない。
「セシリア……」
私たちのこの雰囲気がついそう呟きさせた。
セシリアもこの雰囲気と私の呟きに誘われる。
「そ、そんな甘い声を出さないでくださいまし!」
セシリアはそんなことを言うが、私はそんな甘い声なんて出した自覚はない。
ただ不意に名前を呼んでしまっただけだ。
「だ、出してないわよ」
「出してましたわ!」
「ちょっ! 声が大きい!」
大きいとは言ったが小声にしてはという意味だ。ちょっと周りの人に聞こえるくらい。ちょっと周りを見れば一瞬だが視線が集中した。
おもわずびくりと震えてしまう。
私は視線を感じることができるのでこうして見られるのはあまりいい気分ではない。ただ中学生のときに生徒会長をしていたので抵抗力はあるが。
セシリアは私にくっついていたので、その震えを感じ取ることができた。そのせいかセシリアは安心させるかのように私の手をぎゅっと強く握ってきた。
それでふとセシリアの顔を見るとセシリアは私に向かって微笑む。
「大丈夫ですわよ」
そう言った。
それは私を安心させるには十分だった。
くっ、お姉ちゃんって甘えたくなる心地よさだ! セシリアが妹っていうのもいいけど、姉というのもいいかもしれないな。こ、今度プレイとしてやってみたいかも……。
じゃなくて!
「ありがと」
私は礼を言った。
慣れているとはいえ見られるというのはあまりいい気分ではない。そんな状態から好きな人にぎゅって繋いでくれて微笑みをもらえればそんなこと一瞬で吹き飛ぶ。
ああ、もしここが人のいない場所なら抱きついたり、なんか色々とできたのに。
ちょっと欲が出てこのアトラクションが終わったら甘えたいと思った。
待って十分ほどで私たちが乗れるようになった。
私たちは前のほうへ座る。一番前ではなかった。
私たちがこんなに早く座ることができたのは遊園地のアトラクションが多くて上手く人が捌かれていたからだろう。
私たちが座ってみんなが座り終わると安全バーが下りる。
あ~安全バーを見るたびに思い出すな。昔、身長制限がちょうどクリアしてジェットコースターに乗ったときに、やっと乗れるという興奮でスタッフからの『安全バーを確認してください』と言われ、つい調子に乗って力加減を間違って固定された安全バーを上げてしまったのだ。もちろん安全バーは壊れた。
あの時は本当に焦った。自分の力が他人に……とかではなくて、物を壊してしまったことに焦った。
「どうしましたの?」
「ちょっと昔を思い出していたのよ」
私は思い出していたことを話した。
「はあ……あなたは本当に」
なぜかため息をつかれた。
そしてようやくコースターが動き出す。
セシリアは初めてということで安全バーを持つ手が震えていた。
あれ? こ、これってもしかしてチャンス? セシリアは初めてということで緊張している。ならばその緊張を解してやるのが私の当然の役割ではなかろうか。うん、そうだ。私だけの役割だ。他の人間には任すことなどできない。
私はセシリアの震える手に自分の手を重ねる。
いきなり重ねられたセシリアは一瞬びくりと震えたが、そのまま受け入れた。
そうしている間に私たちが乗るジェットコースターは暗闇へ進んで行く。
次第に暗闇は光と音で包まれる。
今回乗ったのはファンタジー系なのでリズミカルな音楽と何色もの光が点滅したりとしていた。
それらを楽しみながらジェットコースター本来の楽しみである絶叫を楽しむ。
やはり外にあるようなものと比べるとレベルは低くなるが、私たちは楽しむことができた。
それから私たちはこの建物にあるジェットコースターを楽しんだ。
「~♪ 楽しかったですわね!」
外に出たセシリアはニコニコ顔で言う。
「楽しんでもらえたようでよかったわ」
暗いところから日光だから結構まぶしい……。
「にしても結構時間が過ぎましたわね」
腕時計を見ると時間は二時半を過ぎたくらいだ。建物に入ったのが一時前だから大体一時間半ほどいたことになる。
「そうだ! ここの遊園地ってさっきの場所以外にも色んな場所に飲食店があるのよ。あと一回何かに乗ったら何か食べない?」
「それはいいですわね。わたくしも食べたいですわ」
そういうわけで近くにあったアトラクションに乗った。
ちょうどよくそれに乗り終わると時間は三時になっていた。たった一つ乗っただけなのにこんなに時間が過ぎているのは並ぶ時間のせいだ。アトラクション自体は数分ほどだった。乗ったのがちょっと人気のあるアトラクションだったせいか。
さてさて、三時のおやつとも言うし、ちょうどいい時間に終わったと思って喜ぼう。
「本当に楽しかったですわね! 先ほどのもよかったですけど、今回のも!」
うん、私もだよ。楽しかったしうれしかった。何がうれしいってそれはもちろんセシリアとデートして、楽しそうにしてくれたことだよ! 好きな人が幸せならばこっちも幸せと言うが、それは本当みたいだ。今の私は本当に幸せだ。
私はいつの間にか当たり前となっていたセシリアと繋いでいた手を強く握る。
セシリアもまたぎゅっと握り返した。
もうこのデートの時間でこのようなスキンシップである程度慣れた。だから顔を真っ赤にするなどはもうない。ちょっと名残惜しいが、それは私たちの仲がそれだけ深くなった証拠でもある。
だから新鮮なセシリアを見られなくなって残念に思う半面、うれしいと思うのだ。
「あっ、あそこのクレープなんていいんじゃない?」
ちょうどよくクレープをしている屋台を見つけた。
ふふ、ラッキー! クレープならデートでしたかったあのイベントができる!
実は私のプランには仲を深めるためのイベントがある。いくつかあってこのデートでする予定である。
で、最初のイベントが今から始まるわけだ。
私たちはそのクレープの屋台の前まで行くとメニューや食品サンプルを見て選ぶ。
「う~ん、どれも美味しそうですわね。悩みますわ」
「数が多いからね」
私はしばらく見て、すぐに決めた。
『チョコバナナ』というどこのクレープ屋にもある、チョコとバナナが入っているありふれたものだ。
「詩織は決めましたの?」
「これよ」
選んだチョコバナナを示す。
「選べないわたくしにおすすめはあります?」
「そうね……この『ストロベリー』なんていいんじゃない? チョコと苺なんだけど美味しいわよ」
「そうですわね。他のは今度にしてここはあなたの提案に乗りますわ」
そういうことで私たちはチョコバナナとストロベリーと飲み物を頼んだ。
クレープはすぐにできた。店員は営業スマイルを浮かべて私たちに渡した。
私たちは近くにあったテーブルとイスに座る。
「「いただきます」」
さっそく口に含む。
口の中にはバナナとチョコの味が広がる。
クレープの中ではチョコバナナが好きだ。他も好きだけどこれが一番だ。
さて、クレープを食べるのはいいが、私にはやりたいイベントがあるのだ。
今のところそれは二つだ。
「詩織、その、あなたのをちょっとだけ食べさせてもらえません?」
きた!! 私の欲しかったイベントの一つ!! 私からっていうのもあったんだけど、こういうのはセシリアからのほうからやってもらいたかった。いや、だって私に下心を持っているなんてセシリアは知っているからね。私から言い出したら絶対にセシリアは変な目で見るはずだ。
対してセシリアから聞かれるのはそうではない。セシリアが私に対して下心はない。残念だけど。
これは一種の賭けだったが、賭けには勝った。私は勝ちだ。おそらくここまで王道をクリアする私は勝者だ。
「ええ! もちろんいいわよ」
私は自分のクレープをセシリアの口元まで移動させる。
「はむっ」
セシリアはぱくりと私のを食べてくれた。しかも、わざとなのか私が食べた部分を中心に。
セシリアの行動にドキリとさせられる。
くっ、まさかこっちがドキッてさせられるなんて! いや、これはイベントなのだから当たり前なのだろう。私もイベントの当事者なのだから。
で、でも、自分で仕掛けておいてドキッとさせられるのは変な感じがする。
「ん、結構いい味ですわね」
お嬢様らしくない食べ方だったが、口元にチョコか生クリームが付いているなどということはなかった。
ちっ、やっぱり滅多にないか……。現実って上手くいかない、か。
もう一つのイベントはこれで分かるように口元に付いたクレープの一部を私が指で取り、指の腹にあるそれを自分の口に持って行くというものだ。
「? どうしましたの?」
私がじっと見ていたせいかセシリアに問われる。
「なんでもないわ」
「ふ~ん。ところでわたくしのも食べてみません?」
「いいの?」
「ええ、わたくしがあなたのを食べたんですもの。そのお返しですわ」
「じゃあ、遠慮なく」
私はセシリアの食べたあとを遠慮なく狙ってぱくりと食べた。もちろん狙わないわけがない。関節キス大歓迎だ。
うん、イチゴの甘さと酸味、それに加えたチョコによる甘いが最高だね! それにセシリアとの間接キス! 本当に
そうして一人で幸せに浸っていると、
「あら? ふふっ」
なぜかセシリアが私を見た瞬間に笑っていた。
「どうしたの?」
何かした覚えはない。
けどセシリアは私を見て笑っている。間違いなく私に何かある。
「もう~! 何で笑うの?」
私は怒り気味で言うが、もちろん怒っているわけではない。
「教えてあげますからそのままでいてくださいな」
セシリアの言葉に従う。
するとセシリアが身を乗り出してクレープを持つ反対側の手をこちらへ手をやる。その手は私の頬に触れ、セシリアのその手の親指が私の口元に触れた。その指が私の口の端を撫でる。
? 何をしているのだろうか?
私の目からでは残念ながらどうなっているのか見ることができない。
しばらくされたままでいると指が離れた。
「ほら、口元にクリームが付いてましたわよ」
親指に付いていたのは確かにクレープのクリームだった。
うわっ、恥ずかしい! セシリアがするのかなとか思っていたのに私がするなんて!
私が羞恥で顔を熱くしているとセシリアがその指に付いたクリームを舐め取る。
「!?」
そのことに対して私はさらに顔を熱くせざるを得ない。
だってそれは私がセシリアに対してやりたかったことだもん。それを逆にされたことでさらに顔が熱くなる。
「あうぅ~」
私の口からはそんな間抜けな声しかでない。
赤くなるセシリアを楽しむのではなく、まさか私が赤くするなんて思ってもいなかった。
うう、これじゃ私が
私が顔を熱くしたままセシリアを見ると、セシリアはふふっと微笑むだけだ。
あっ、絶対に分かってやったんだ。
「どうしましたの?」
白々しくもそんなことを言う、満面な笑みで。
うう~なんか攻守交替しているよ……。そりゃ、セシリアは貴族だから攻めっていうのは分かるよ。でも、私だって前世では男だったし、いつも攻める側だったから。
だから私が攻められる側というのは……。
私が頬を膨らませて睨んでいると、セシリアは余裕の笑みを浮かべるだけだ。
勝てないと悟った私はとりあえずこの場のイベントでの負けを認め、大人しくクレープを食べた。
「ふう~美味しかったわね」
色んなことがあったせいで私が食べ終わったのはセシリアと同じくらいだった。
だが、まあ、セシリアのペースに合わせるのも悪くはなかったかな。
「本当にですわね。それにいい経験になりましたわ。あんなふうに齧り付くなんてできませんでしたもの」
「そう言ってもらえるとうれしいわ」
セシリアの微笑んでいるところを見るとやっぱりこっちもうれしくなる。幸せの伝播ってやつかな。