セシリアが行きたいレストランはハンバーグを主に出していた。
なぜと聞くとセシリアはいいとこのお嬢様だったので、こういうものを食べたことがなかったからと答えた。
セシリアは食堂でいつも食べているのだが、どうも食堂でも人目があるから庶民系のものは食べることはしなかったようだ。
私、貴族じゃなくてよかった。私にはただの一般人でいいよ。いや、それはもう無理か。両親も私も一般人じゃないし。
「あっ、そういえば詩織はたくさん食べるんでしたのよね?」
「え、ええ」
たくさん食べるということは事実なのだが、こうして人に言われるとなんだか恥ずかしく思う。
「だったらその前に何か食べてもいいですわよね?」
「大丈夫よ。何か食べたいものでもあったの?」
「いえ、ありませんわ」
「? ないの?」
「ええ」
なら何で言ったのだろうか。
「その、詩織に食べてもらいたいものがありまして」
セシリアは頬を赤めて言った。
「へえ、それって?」
「ちょっと待ってくださいな」
セシリアは自分の持っていたハンドバッグを探る。そして、取り出した。
「こ、これ、ですわ」
そう言って出したのはプラスチックのケースだった。
それで察した。
ああ、これは弁当なんだと。だからセシリアは顔を赤めている。
「これは?」
分かっていながら問う。
「わ、私が作ったものですわ」
「私のために?」
「恋人ですからね。それにこういうのはデートとしては当たり前ですし、私の夢の一つにも初デートにはこういうのはしたかったですわ」
私はそれを受け取った。
うふ、ふふふっ、セシリアの手作りの弁当だ! うれしい! うれしすぎる!! まさかセシリアが私のために手作りを作っていたなんて!!
私はあまりのうれしさに頬を緩めた。
私たちは近くにあったテーブルと椅子を見つけるとそれに座ると私はテーブルにセシリアの手作りを置いた。
私がごくりとのどを鳴らす。
私は蓋を開ける。そこに映ったのはなんとも美味しそうなサンドイッチだった。色々とさまざまな中身を用意していて、食べている途中で飽きさせないものだった。ちゃんと食べる相手のことを考えられているサンドイッチだ。
「セシリアは料理はよくするの?」
出来がよかったので聞く。
「いえ、しませんわ。前に一度だけ両親に作ったのですけど、食べ終えた後に自分たちはもういいから特別な相手に作ってあげなさいと言われましたわ。だから二度目ですわね」
二度目でこれだけの完成度ということは一度目も似たようなものだったのだろう。
ふむ。すごい。もしやセシリアには料理の才能があるのでは?
さて、ただ眺めているだけではダメだ。ちゃんと食べないと。
「では、いただくわ」
私は中から一つサンドイッチを取った。中身は特に悩まずに適当だ。だって私は特に好き嫌いはないからね。だったら選ばずに取ればいい。
中身はなんだろうか? よく分からなかったがきっと美味しいのだから別にいいや。
私はそれを口に持っていく。そして、口を開き、
「あっ、ちょっと待ってくださいな」
その前にセシリアに止められた。
「ん? どうしたの?」
「いえ、飲み物がありませんわ。そこの自販機で買ってきますわ」
「お願いするわね」
確かにサンドイッチなどのパン系を食べるなら飲み物は欲しいかな。
だから食べる前に言ってもらえてよかった。
「何を飲みますの?」
「じゃあ、りんごジュースで」
私がそう言うとセシリアはちょっと驚いた顔になる。
これは多分セシリアの私のイメージが生徒会長モードの私で固定されているからだろう。誰だってアニメなどに出てくるお姫様がジュースを選ぶなんて思わないだろう。紅茶などを選ぶと思うはずだ。それと同じ。
でも、生徒会長モードだろうがそうでなかろうが私は私である。それに恋人の前だ。かっこつけるためならまだしもそうではない。素直に飲みたいものを飲む。
「買ってきますわ」
自販機に向かおうとするセシリア。
「あっ、待ってまってちょうだい。お金が――」
「わたくしが払いますわ」
「ありがとう」
私はそれを受け入れた。
多分私が払うと何度も言ってもセシリアは頑なに受け入れないだろうから。
しばらく食べたいなと思いながら待っているとセシリアがりんごジュースの入ったペットボトルを持って戻ってきた。それを私の前に置く。
「これでよろしいですわよね?」
「ええ、これよ。ありがとう」
私はそれを取ると飲んだ。
うん、りんごジュースは美味しい。
乾いていた喉を潤し、再びサンドイッチを手に取る。
「今度こそいただきます」
ついに私はサンドイッチを口に含む。
サンドイッチには私の食べた跡が残り、口に含んだものをもぐもぐと咀嚼する。
セシリアのサンドイッチからは今までで感じたことのない味がした。ああ、なんだろうか。このどんな甘い菓子よりも甘い味。その甘さはサンドイッチの中身を教えてくれなかった。
いや、本当になに!? この味! 初めてなんだけど!? 何を使ったらこうなるの!?
甘いは甘いんだけど、だからといって美味いというわけではない。正直に言うとまずかった。吐き出すほどではないが。
「んぐっ、けほっけほっ」
あまりの味にむせた。
それにセシリアはすぐにペットボトルを私のほうへ。
私は受け取るとすぐに飲む。
しばらくして私はようやく落ち着く。
「ふう」
「大丈夫ですの?」
「ええ、大丈夫よ」
「あの、それで、わたくしのサンドイッチはどうでしたの?」
セシリアはもじもじとしながら問う。
それに私は思わず頬が引き攣った。
さ、さて、私はどう答えればいいのだろうか? ここをアニメとかそういうもので考えるとここでの答えは美味しかったと答えればいい。嘘をつくことになるが、互いにいい気分で終わることができる。
逆にもしここで正直に答えるとセシリアは傷ついてしまう。きっとデートは最後まで嫌な雰囲気になるに違いない。いや、デートは即中断になるだろう。誰だって自分が作ったものをまずいと言われて一緒にいようとは思わない。
例えば私が作った手料理をまずいと言われたら私は怒って、多分泣きながら走って逃げるだろう。
だったらセシリアとの初デートを成功させたい私はどうすればいいのだろうか。
私の答えは実はある程度決まっていた。
でも、その答えの前に。
「ちょっと待ってちょうだい。感想は全部食べさせてからで」
い、一応、他の味を確かめたほうがいい。
もう完全に全てがまずいとなっていたが、ただ特別にこの一つがまずいだけなのかもしれない。うん、そうなのかもしれない。ちょっと早とちりしすぎたのだ。
セシリアはそうですわねと言って答えをもらうのを後にした。
私は一口食べたサンドイッチを食べると他のサンドイッチにも手を出した。その結果は先ほどと同じだったまずかった。ただ味はちょっと違ったけど。
ともかく全部食べたけどまずかった。
結論としてはセシリアの料理は見た目はいいが、味はダメということだった。
う、うう、もう今日は昼食は食べたくない……。なんか口に残ってる……。
通常何人前もの料理を食べる私が一人前のサンドイッチで十分だというのだからあえりないことだ。
本当にあんなに美味そうだったサンドイッチがあんな味だなんてありえないことだ。
ありえないことだらけ。
「ごちそうさま」
さて、ついに食べ終わってしまったので、セシリアの手作りの感想を言わなければならない。
い、いやだなあ。どっちを言うにしても地獄だなあ。本当のことを言うのと嘘を言うというどちらもが地獄だなんて……。
えっ、なに、本当のことを言ったら好感度が下がる。嘘を言っても罪悪感とかこれからに響く。地獄だらけ……。
「詩織、感想をくださいな」
「ええ、言うわ」
私はじっとセシリアを見る。
「あなたの手料理はね」
「ええ」
「正直に言って美味しくなかったわ」
「っ!?」
私の遠慮のない答えにセシリアは目を見開いた。
私は結局正直に言うことにしたのだ。これのせいでデートが台無しになるとかそういうのは無視してだ。私の中に嘘をつくという選択肢はもうなかった。
「そ、それは本当、ですの?」
セシリアの顔が驚愕から怒りと悲しみへと変わっていた。
「ええ、本当よ。本当に美味しくなかった」
「それは……からかって――」
「いえ、こんな大切なことを私はからかって言わないわ。私が話すのは事実だけよ」
私は意図して人を泣かせるようなことは絶対にしない。
私が望むのは私の好きな人が笑顔になってくれることであって、泣き顔ではないのだ。もちろんそういうプレイは除くが。
「……本当、ですのね」
私は無言で頷いた。
「あなたって結構ひどいですわね」
セシリアはちょっと苛立った声で言った。
自分の手料理がまずいと言われたせいだろう。私はそれに反感しない。当たり前だもん。
「ええ」
「きっとあなた以外が恋人でこうしてデートしてわたくしの手料理を食べたら美味しいと言ったんでしょうね」
「多分言ったわ」
誰が恋人の手料理をまずいと言って好感度を低くしようと思うか。嫌われようかと思うか。みんなそんなことをせずに美味いとか何とか言って好きになってもらおうとするだろう。
ただ私は普通は取らない選択をしただけだ。
「でも、ありがとうですわ」
「え? なんで礼を言うのかしら? むしろ罵倒するほうが正しいと思うのだけど」
「しませんわ。だってもしあなたが言ってくれなければわたくしはあなたの恋人としてわたくしのまずい手作りを渡すことになりますわ」
私がそう答えた理由にはこれもある。
セシリアは私の恋人だ。この先どうなるか分からないが、私の恋人であり続ける。であるならば今日したようにセシリアは手作りを作ることが何度もあるはずだ。
もしここで私が『美味い』と言ったとしよう。するとセシリアは自分の手作りの失敗に気づかずに同じものを作り続けるはずだ。そしてセシリアは私にそれを持ってくる。
さて、それを私に渡される私の反応だが、それはもちろんうれしいとかではない。正直にいって『ええっ~』とか『うわっ~』とかそういうマイナス的反応だ。表では嬉しそうにしているが裏では嫌だという反応だ。それでセシリアの弁当を受け取り、何度も食べるのだ。
セシリアは自分の味にいつか気づくだろう。そして、そんなまずいものを私に渡していたということに気づいて、セシリアは自分の心を傷つけるだろう。
だけど、本当のことを言うことでそれらは事前に防ぐことができるのだ。
私はうれしい気持ちでセシリアの手作りを受け取り、セシリアも自分の腕に気づいて向上しようとして美味しいものを作ってくれる。
さてさて、こう考えるとどちらのほうがいいだろうか?
どう考えても正直に言ったほうがいいだろう。もちろん正直に言ったことで別れてしまうかもしれないという賭けだが。
で、どうもセシリアの反応を窺うと私は賭けに勝ったようだ。セシリアにデートを中断して逃げようとする素振りはなかった。
「わたくしも最初は怒りでいっぱいでしたわ。ですけど、感想を求めたのはわたくしであなたは正直に言ったまで。それを考えたら怒りは治まり、むしろ初デートにまずいものを食べさせてしまったわたくしに腹が立ちましたわ」
セシリアは申し訳なさそうにする。
「詩織、本当にごめんなさい!!」
セシリアは頭を下げる。
「謝らないで。私はセシリアの手作り、うれしかったから」
「でも、わたくしはあなたにまずいものを……」
「そう思うんだったら次は美味しいものを作ってちょうだい。楽しみにしているから」
「……分かりましたわ。次はあなたが美味しいと言ってくれるものを作りますわ」
セシリアは一変して張り切るようになった。
やっぱり私の選択は間違っていなかったかな。
「にしても詩織は本当に優しいですわね」
「ええっ!? い、いきなり何を言うの!?」
好きな人にいきなりそんなことを言われて動揺する。セシリアがもし私のことが好きならば私はここまで動揺はしなかった。ちょっと照れるくらいだろう。
だが、セシリアはそうではない。セシリアは私のことは好きではない。……たぶん。
なので動揺した。私のことが好きか分からないから動揺するのだ。
「詩織はわたくしの弁当を全て食べてくれましたわ。そのことです」
「? 当たり前のことでしょ? なんで残すのよ」
確かにまずかったけどだからといって残す理由にはならない。あれは私のために作ってくれたものだ。残せるわけがない。
「ふふ」
セシリアは微笑む。
「むう、なんで笑うの?」
「何でもありませんわ。ほら、昼食にしますわよ」
セシリアは機嫌を良くして席を立ち、私の手を取った。
私は引っ張られるようにして急いで立った。
「もう、ちょっと引っ張りすぎよ」
「ふふ、それはすみませんわ」
私たちは微笑みながら歩く。
ああ、本当に楽しい。セシリアとこうして笑いながら歩くのが楽しい。
私はセシリアと繋がる手のぬくもりを感じながら歩く。
そして、セシリアが行きたがっていた店に着いた。今回はセシリアのあれで一人分で済みそうだ。
食堂じゃないからちょっとバランスの悪いものを食べられると思ったからちょっと残念だ。