私は羞恥で顔を赤くしてセシリアを見ていたが、そこでふと気づいた。
「あの、私の記憶じゃ寝ている間に指が入っていたと思うんのだけど、それはどういうことなのかしら?」
「っ!?」
私が疑問を唱えるとセシリアの笑みが崩れた。
あれ? もしかしてこれを突けば……。
私は羞恥から一変して先ほどセシリアが浮かべていた笑みを浮かべた。
ふふ、攻守交替だね。今度は私が攻める番だよ。
「ねえ、どういうこと? あなたはずっと起きていた。だったら自分の指が私の口の中に入ったら分かるはずよね? そのはずなのにあなたの指はずっと私の口の中」
私は体を起こし、ぐいっとセシリアに近づく。
「それが意味するのは何かしら?」
「し、知りませんわ」
セシリアは私と目を合わせなかった。
「それはあなた自身の意思で寝ている私の口に自分の指を入れたということよ」
「……っ!! ち、違いますわ」
最初の反応で自分の予想が当たっていたことを私は確信した。
私は追い詰めるようにセシリアの頬に手をやった。
「違わなくないわ。あなたは自分の意思で入れたのよ。そうでしょ?」
「…………」
セシリアは何も言わなくなった。
「その沈黙は認めたってことでいいのかしら?」
「…………」
「ねえ、どうなの? 言って。あなたの言葉で聞きたいわ」
「……ああっ、もう! そうですわ! わたくしの意思であなたの口に入れましたわ」
誤魔化すのが無理だと悟ったセシリアは破れかぶれになってそう言った。
「ねえ、セシリア」
「何ですの?」
「私はあなたの指をしゃぶる変態よ。じゃあ、寝ている私の口に自分の指を入れるあなたは何かしらね?」
「!?」
「ふふっ、さあ、次はあなたの番よ。私の中ではもう決まっているわ、あなたが何なのかは。さあ、貴女は何?」
私はセシリアの耳元に口を寄せ、そう囁いた。
今の私はきっと満面の笑みを浮かべているだろう。
先ほどの自分を変態だと認めた屈辱が結構心に効いているようだ。
「ほら、さっきの私みたいに答えればいいのよ」
下唇を噛んで言いたくないと主張しているセシリアに優しく教える。
「大丈夫よ。周りには誰もいないわ。聞いている人は私しかいない。ほら、小さな声でいいわ」
「わたしくしは……」
「そう。そのまま最後まで」
もう完全に先ほどと同じだった。
ああ、心地よい。あのお嬢様のセシリアに言いたくないことを言わせるのって最高ね。
私はお嬢様なセシリアをこうしていじめることに興奮を覚えていた。
「わたくしも……変態ですわ」
言わせた。ついにセシリアは私の欲しい言葉を言わせた。
私は頬にやった手を頭に回して、セシリアを抱きしめた。
「よく言えたわね。そうよ、私も変態だけど、あなたも変態よ」
「わたくしも変態……」
「大丈夫よ。私はあなたが変態だって言うつもりはないわ。あなたが変態だって知っているのは私だけよ。そして、私が変態だって知っているのもあなただけよ」
私は離れて先ほど吸っていた方のセシリアの手を取るとその指を自分の口元へ持っていくと、
「あむっ」
その指を口に含んだ。
「!?」
セシリアは突然のことに驚愕するが、そんなことは無視してセシリアの指を吸う。
「な、何を」
「んぱっ、セシリアは人の口に指を入れる変態なのでしょう? そして、あなたは私のもの。だから、その変態癖を他の人に向けないように私で満足してもらおうと思って」
「ちょっ、わたくしは誰でもするようなことをしませんわ!!」
「ふふっ、じゃあ、私だけなの?」
「あっ」
セシリアは自分の失言に気づいたようだ。
ああ、そんな可愛い反応するから悪いんだよ。そんな反応を知っているのは私だけでいいよ。肉親も親友もセシリアのこんな反応を知らないでいいよ。私だけだ。
つい私の独占欲が働く。
「い、一応あなたはわたくしの恋人ですわ。あなたは嫉妬深いようですし、仕方なく、そう! 仕方なくあなただけですわ!」
そう必死に言うセシリアが可愛すぎる! そんなに可愛い反応するから好きになっちゃうんだよ!
「だ、だからあなたに言われるまでもないですわ」
「じゃあ、私だけのあなたの指、もうちょっと吸わせて」
私は返事を待たずに指を咥え、赤ん坊のように吸い始めた。
「返事くらい待ったらどうですの?」
セシリアは恍惚の笑みを浮かべながらそう言い私を眺めた。
第三者から見れば貴族のお嬢様とその所有物の少女だ。
「
セシリアの小さな声は指を吸う私には聞こえなかった。
しばらく吸って興奮していると私たちの目的地に着くというアナウンスが聞こえてくる。
残念だけどもう止めるしかないね。
私は指を口から放す。
指はもちろんヨダレで塗れていて、私とセシリアをそのヨダレが細い線で繋いでいた。その線は時間が経つにつれ、垂れてゆくと切れた。
「ほら、口元に垂れてますわよ」
セシリアが私の口元をハンカチで拭いてくれる。
「ありがとう」
ふう~こうして我に帰ると本当に私、何をしているんだろう。こんな他にも人がいる新幹線でこんな変態行動を取るなんて。今度やるときは自室とは絶対に声が出てもばれない密室でやろう。
私たちは新幹線が止まると同時に立ち、新幹線を手を繋いで出た。
先ほどの出来事があったせいか、なんだろう、セシリアとの距離が近くなった気がする。
私はちょっとだけ肩と肩がぶつかるほどの距離に身を置いた。
「ねえ、セシリア」
「何ですの?」
「これから遊園地に行くのだけど、あなたは徒歩とバス、どっちがいいかしら?」
「どう違いますの?」
「徒歩だと約三十分かかって、バスだと五分ほどよ」
これだけ聞くとバスのほうが一番いいだろう。お金はかかるが徒歩での苦労を考えるとマイナスではない。
だが、
「だけどバスのほうは見ての通りよ」
「……なるほど。理解しましたわ。ならば徒歩にしますわ」
セシリアが決めた理由はバス停にあった。バスやタクシーを待つ列がいくつかできているのだ。おそらく大半が遊園地へ行くためだろう。
バスはここのバス停に止まる前にも他のバス停に止まっているだろうから、バスに入れるのは限られているはずだ。たとえここがバスの初めてのバス停でも、この列では収まりきれない。きっとギュウギュウだ。
そんな状態にプライドが高いセシリアは耐えることはできないだろう。
それに尋ねた私が言うのは変だが、私は嫌なのだ。セシリアがギュウギュウを良い事にどこの誰かが痴漢されるのは不快だ。もしセシリアが痴漢されたと知ったら、した相手を私はどうするのか。それは分からない。自分が何をしてしてしまうのか分からない。
「そう。よかったわ」
「なんですの? 詩織は決めていたのに聞いたんですの?」
「ごめんなさい。でも、独断では決めるのはダメかと思って」
「いえ、いいですわ。あなたの言いたいことも分かりますから」
ともかく目的地への行き方は決まった。
私たちは並んでいる人たちを避けて歩き出した。
道中はあまり雑談はしなかった。
それは多分互いに新幹線内での出来事を無意識に意識してしまっているからだろう。
あんな恥ずかしいことはあとになって思い返してみると羞恥が激しくなるものだ。
それを示すかのように私たちは互いの顔をチラチラと見ては顔を赤くし、何か言い出そうとしていた口は閉じてしまう。
平気かと思われる私もあのときは寝ぼけてやってしまったからもう一回やったりとかそういう雰囲気があったからとかそういうせいだ。そして、セシリアに普通に徒歩かバスかを問いかけることができたのは、その情報が聞く必要があったからだ。だから聞けた。
でも、雑談はそうではない。
雑談が面倒とか言うつもりはない。だって雑談は楽しいもん。
しかし、情報を聞くのと比べると、今すぐに必要、というわけではない。それが原因といえる。
私はふと私の手と繋がるセシリアの手を見る。
その手は私が吸った指のある手だった。
この指が……私の中に……。
それを考えると私はちょっぴりエッチな気分になる。もう一度先ほどのように吸いたいとかキスしたいとかそういうもの。
そんなことを考えているうちにいつの間にか目的地に着いていた。
「ここよ、セシリア」
時間があったのでようやく整理がついていた。おかげで普通に話せるようになっていた。
「結構大きいですわね!」
セシリアも同じようで遊園地に着いたことでテンションが上がっていた。
そんな反応をするのを見ると本当にうれしくなる。
「人が多いですわね」
「日曜日だからね。でも、多いということはそれだけ人気ということよ」
「そうとも言えますわね。では、さっそく入りますわよ!」
セシリアは本当に子どものように入り口のほうへ駆けていった。
私はそれを微笑ましく思いながら追いかける。
うん、やっぱり遊園地のデートに決めてよかった! あとはセシリアが楽しんでもらうだけだ!
私たちはちょっと並んで遊園地へ入った。
遊園地に入ると世界が変わった。入る前は社会という名の働くだけでいっぱいの世界だったのに、入った後に見えるのはただ単純に遊ぶというのを目的にした夢の世界になったのだ。
セシリアもそれを感じたのか周りをキョロキョロ見回していた。
「初めてってことは分かるけど、もう少し大人しくしなさい」
「でも、見てくださいな、詩織! さっきまでだったらどこにでもあるような建物ばっかりでしたのよ。今見えるのはそんなものはない、本当に夢にいると思ってしまう建物ばかりですのよ!」
セシリアの視線には西洋を模した建物だったり、お菓子で作られた家を模した家だったり、ちょっと未来チックな建物だったりと統一感の全くないものばかりだった。
だが、その統一感のなさが夢の遊園地を作っていると思える。
だって夢を思い出してみてもめちゃくちゃじゃん。
「大人しくなんて難しいですわ!」
ニコニコ顔のセシリアを治めるには時間が必要のようだ。
私が小さい頃に親に連れて行ってもらったが、私もそのときは今のセシリアにはしゃいだものだ。そして、両親が微笑みながら私がしたみたいに落ち着きなさいと言った。もちろん今のセシリアのように落ち着かなかった。
「さあ! 詩織! 行きますわよ!」
セシリアがさっそくアトラクションを目指して歩きだそうとしていた。
でも、残念だけどそれをダメだよ。
私はすぐさまセシリアの手を取った。
「? 行きませんの?」
「時間よ」
私は自分の腕時計を指差した。
腕時計の針は十二時を過ぎていた。つまりもう昼食の時間になっている。
私は朝食をパン二つしか食べていないので、実はもう限界だったりする。そんなことよりもアトラクションなんて言われたら腹の空き過ぎで泣いてしまう。
「あ~そうですわね。もうそんな時間でしたの」
「だからまず食べましょう。遊園地だけどレストランとかもたくさんあるのよ」
この遊園地にはレストランやコンビニなどがあり、この遊園地結構便利なのだ。外観はもちろん遊園地に合わせている。
ともかく色んな店があるのはうれしい。
「確かマップが……」
そういうレストラン系はある程度密集している。
私は近くに置いてあるマップを手に取った。
セシリアにも見せるように折りたたまれたマップを広げた。
「私たちがいるのがここだから、この道を右ね」
「ですわね。にしても、ここの遊園地は本当に広いですわね。一日では回りきれませんわ」
「ええ、無理ね。でも一日で回ろうとしなくていいじゃない。またデートすればいい。私たちは恋人だから」
私はあえて恋人という言葉を付けた。
セシリアは今、遊園地という新しいものにテンションが上がっている。だからそのために家族と一緒に来ているような感じではないのかと思ってしまったのだ。だから、ここで恋人といて、デートなのだと意識させた。
私のことが嫌いなセシリアはこれのせいで嫌な気分になるのではと思ったが、こういうものは大切なのだ。私は将来的には家族になりたいのだが、それはもちろん愛し合う家族という意味で、姉妹的な家族ではない。
それに対し、セシリアは、
「それもそうですわね。またデートで来ればいいですわね」
そう言って普通に答えた。
私の予想に反した答えだったので驚愕した。
別に私はセシリアをわざと落ち込ませようとしたわけではないのだが、セシリアとデートしているのは家族ではなく恋人だと示したら、ほとんどの確率で予想通りになると思ったのだ。
「そのときはわたくしがエスコートしますわ」
本当にそこには負の感情が見られない。それはどういう意味なのだろうか。
私のことをもう好きでいるからなのか、それとも好きではないけどもうあきらめて恋人でいいやとなっているからなのか。
「ん? 詩織? ぼーっとしてどうしましたの?」
「な、なんでもないわ」
セシリアは私が動揺している間にマップのレストランを選んでいた。
うう~なんだか勝手に動揺している私がバカみたい。これって先に惚れたほうの負けってやつ?
私は行きたいレストランを決めたセシリアに黙ってついて行くだけだった。