そうして話している間にモノレールが止まる。
「着いたみたいね」
「ええ」
私たちは手を繋いでモノレールを出た。
セシリアは手を繋いでいることに何も言わなかった。私の言葉に従って堂々とすることに決めたのだろうか。
「じゃあ、次は駅ね。歩いて十分ほどよ」
「結構近いんですのね」
「まあね。IS学園は日本人だけが来るわけじゃないから駅に近いのよ。その駅の路線には空港が近くにある駅があるのよ。セシリアは違ったの?」
「ええ、違いましたわ。友人がちょうど日本に来ていたので、友人が借りていた車で着ましたわ」
「仲がいいのね」
「そうですわね。今も連絡をよく取りますわ」
そのときのセシリアは本当にうれしそうで、セシリアにそんな顔をさせたその友人に嫉妬する。
どんなに私とその友人とで関係的には私のほうが上なのだが、セシリアの気持ちとなるとそうではない。その友人のほうが上なのだ。
自然と仲良くなった者と強制的に仲良くなった者の違いだ。
私の手は自然と強くセシリアの手を握った。
「いたっ、ちょっと詩織! 強すぎますわよ!」
「あっ、ごめん!」
すぐに手を緩める。
「どうしましたの? 何か嫌なことでも?」
「ううん、何もないわ」
私は誤魔化した。
私たちは無言のまま駅へ歩き続けた。
駅に近づくにつれて、やはり人が多くなっていった。
「セシリア、人が多くなってきたわ。通勤ラッシュはもう終わっているはずだからそこまで多くないけど、多分まだたくさんいるわ。はぐれたら面倒だから絶対に手を離さないように」
「分かりましたわ」
私たちは互いにその手が外れないようにといつもよりも強く握った。
駅構内に入るとやはり通勤ダッシュに比べると少ないが、人がたくさんいた。
私たちはその人ごみの間を何とかすり抜ける。抜けた後は改札を通り、目的の新幹線が来る乗り場へ向かった。
新幹線が来る時間までは何も話さずに静かに待った。
そして、新幹線が来る時間になると私たちの乗る新幹線が来る。
うむ、さすが日本だね。時間通りだ。
しかし、海外に行くと遅れちゃったりすることがあるらしいからね。セシリアがこのまま私の恋人になって将来もいてくれるようになったら、絶対にセシリアの国に行くからこういう交通機関を利用するときは気をつけよう。
私たちは新幹線の切符に書かれた指定席に座る。新幹線とだけあって中々の座り心地だ。普通の電車とかと違って椅子とかも良い物だ。
新幹線なんて滅多に乗らないから新鮮な気分だ。いつも車か飛行機だから。
新幹線が動き出す。
もちろん手は座っているので繋いでない。
「これから二時間座りっぱなしですわね。詩織はきつくないんですの?」
「二時間なら私はまだ大丈夫よ。その言い方だとセシリアはきついみたいね」
「……ええ。二時間も座るのはちょっときついですわ。というか、普通はきついですわよね? 本当に私と戦ったときといい、女がすきということといい、今といい、あなたは本当に不思議な方ですわね」
セシリアはくすくすと笑った。
その笑うセシリアは優雅だった。どうもセシリアはいいとこのお嬢様らしいが、それが本当に見えた。本当にお嬢様だ。
「……セシリアってきれいね」
「なっ! い、いきなり何を言い出しますの!? わたくしをからかってますの!?」
セシリアが顔を赤くして言う。
ああ、そんなセシリアも綺麗だよ。そして可愛い。
「あら、からかってないわ。ただ私は本当のことを言っただけよ」
「う、ううっ」
セシリアはそのまま俯いた。そして、顔をばっと上げて私を睨む。もちろん本気ではない。
「そんな可愛い顔をしないでよ。ドキドキしちゃうわ」
「あなたの目は一体どうなっているんですの!? あきらかにわたくし、睨んでいましたわよ!!」
「でも、本気じゃないでしょ?」
「……ええ、まあ」
「じゃあ、あなたが思っているような感情を私が抱くことはないわ。私はただ可愛いって思うだけよ」
さすがの私も本気で睨まれたらそんな可愛いなんて思うことはできない。正直に怖いとかそういう感情を抱く。
でも、セシリアは本気じゃなかった。だからそういう顔をしても可愛いと思えたのだ。
「詩織はそういうことをよく恥ずかしげもなく言えますわね。わたくしは貴女みたいに言えませんわ」
「前にも言ったけど、私があなたのことをどう思っているのかを知ってもらいたいのよ。それにそういうのも抜きにしても綺麗なものは綺麗よただそれを口にしただけよ。だから言えるの。恥ずかしさなんてないわ」
「……」
セシリアは顔を赤くしたまま無言になった。
「やっぱり可愛い」
「~~!? だから、それ以上わたくしを辱めないでくださいませ!!」
本気の声だった。
「ご、ごめん」
私はがっくりする。
「……あなたってわたくしを強引に恋人にしたくせにけっこう弱いですわね」
「う、うるさいわねっ」
「ふふ」
なぜだか知らないけどセシリアは笑った。
? 何か可笑しなことでも言っただろうか?
まあ、いい。こうして笑うセシリアも可愛いし。
「詩織、ちょっと触ってもよろしいかしら?」
前触れもなくセシリアはそう言った。
「いいわよ」
見知らない相手ならまだしも、恋人であるセシリアならどこを触られたっていい。許可なしにセシリア自身の勝手で触ってもらってもいい。もちろんエッチ的な意味でも。
私がしばらく待っているとセシリアの手が動く。その手の行き先は私の頭だった。そして、その手が私の頭を撫でた。
「!?」
私が驚くがそんなのを無視するように続けた。
な、なんか心地いい……。
両親に頭を撫でられたことがあるが、それに似ている。やはり好きな人にされるのも、両親にされるのも心地よい。
反対に、小学生の頃、つまり色々と地味だった頃に、どういう意図があったのか知らないが、教師が私の頭を撫でた。そのときの私は正直、気持ち悪く感じた。その教師のことが嫌いというわけではなかったが、やはり特別に好きというわけではなかったのでそう感じたのか。
ともかくセシリアに撫でられるのは嫌ではなかった。むしろ好き。
「よく撫でたり撫でられたりするという行為を見て、何がうれしいのか分かりませんでしたけど、こうやってしてみるとその気持ちも分かりますわね」
「んっ……」
私は声を出すが、別に色気を出すような声は出してない。だってここは、二人でいちゃいちゃしているけど、新幹線の中だもん。周りには誰もいないが、だからといって万が一聞こえてしまった人に誤解を与えるような声を出すわけにはいかない。
「ふふ、いつも詩織にはやられてばかりですし、やり返しとして撫でさせてもらいますわ」
「セシリアがしたいならいいよ……いいわよ」
生徒会長モードは発動していないが、セシリアが知っているのはそのモード中の私なので発動中のフリをしている。つまり口調だけだ。
おかげでこういうボロが出る。
「あなた、何かいつもと違いますわね」
「そう?」
「ええ、何か違いますわ」
多分それは生徒会掉尾モードとそうでないときの違いだろう。
それの見分けがつくのはセシリアが私のことをちゃんと見ているってことだもん。好きな人に見られるのはうれしい。
私は頬を緩ませて体をセシリアのほうへ傾けた。
「本当に今日はどうしましたの? 何か別人みたいですわよ」
「私は私よ、セシリア。あなたを無理やり恋人にした本人だけど、その心はあなたが好きでいっぱいなのよ。だからこうやって貴女に甘えるのよ」
「……そうですわね。恋人ですものね。対等ですからね。あなたからだけでなく、わたくしからしてもいいんですわよね」
「ええ、して。私はあなたからたくさんしてほしいわ」
セシリアに対しては私からするだけだ。私から愛してるって囁いたり、スキンシップしたりしている。セシリアからされたのは今されている撫でてもらうことだけだ。もっと別のこともしてほしい。
その点、もう一人の恋人の簪は違う。私からされるだけでなく、自分から私に対してしたいことをしてくる。私の思っている対等の恋人関係と言える。
やはり二人の違いは私のこと好きか嫌いかなのだろう。そこさえ達成できればいいはずだ。
でも、この流れからしてこれからもしてくれるような気がする。
じゃあ、セシリアは私のこと好き? 分からない。
「なら、しばらくこうさせてくださいな」
「うん、飽きるまでしていいわよ。私もこうやってされるのは嫌いじゃないもの」
でも、この状態だとやりにくいよね。
私はセシリアの膝に頭を乗せた。
座っているのは二席だが、膝枕できるほどには幅広かった。
「ちょ、ちょっと?」
いきなりの私の行動にセシリアは声を出す。
「こっちのほうがやりやすいでしょ?」
「ええ、まあ……そうですわね」
納得してもらって私はセシリアに撫でられ続けた。
しばらく新幹線の振動を感じつつも、セシリアの手を感じていた。
「ふわああ~」
あまりの心地よさ眠気が……。一応ちゃんと寝たのだが、緊張していたのか、どうも熟睡はできなかったようだ。
「眠いんですの?」
「ちょっとね」
「なら、寝ていても構いませんわよ。わたくしはずっと起きていますから」
「でも、せっかくのデートなのに寝ちゃうのは……」
「ええ、そうですわね。ダメですわ。ですけどデートの本番は遊園地でしょ? 今は移動ですわ。本番で眠くなってもらったほうが嫌ですわ。だったらこの長い移動時間を有効利用したほうがいいですわ。だから遠慮なく寝てくださいな。着いたら起こしますわ」
「本当にいいの?」
「ええ。ただこのまま撫でますけど」
「そのくらい許すわ」
私はセシリアの言うとおり、遊園地を楽しむために眠りについた。
寝てどのくらい経ったか分からないが、セシリアが私を起こす前に私は起きた。
ん? なんだろう。何かが私の口に入っている。
起きてすぐに感じたのは口の中に感じる異物だ。それは細くて口から飛び出していて、私がそれを吸い付く形で私の口内に入っていた。
寝ぼけていた私は吸い付くにもよさそうなものだと思い、赤ん坊のようにそれを吸った。
「ちょっ、詩織!?」
なにやら声が聞こえたが寝ぼけている私にはそんな言葉は聞こえていないも同然だった。だから私は何度も吸う。
すると突然それが私の口から抜け出そうとしていた。もうちょっとこのままがよかったので、逃がさないために両手でそれを掴んだ。それは力を込めて逃げようとするが、そこまでの力がなかったので逃げ出すことはできなかった。
「んくっんくっんくっ」
私は指を吸い続けた。
何が私にそうさせるのかは分からないが、この指を吸うという行為もまた心地よかったのだ。安心するのだ。
赤ん坊は乳を吸う名残で指を吸うが、もちろん私のは自己の欲求を満たすためだ。ただ吸いたいから吸うだけ。
「だ、だから詩織! 止めなさいって言っているでしょう!」
「あうっ」
次は言葉だけではなく、物理的衝撃を受けた。
それでようやく意識が完全復活した。
「ん?
まだ口に含んだままなのでうまく喋れなかった。
「そうですわよ。それよりもあなたがしゃぶっているものを放してくれませんの?」
「ん」
了承してそれを口から出した。
それは私のヨダレでいっぱいだった。
ん? あれ? それって……指?
私が夢中で吸っていたのはセシリアの指だった。
「そ、それって……」
「見ての通りですわ。わたくしの指ですわ」
「じゃ、じゃあ、私が吸っていたのは……」
「ええ、わたくしの指ですわ」
セシリアは私に向かって微笑んでいた。
「あなたまるで赤ん坊のようでしたわよ。一心不乱って言葉が似合うほどでしたわよ」
「は、恥ずかしい!!」
私は両手で顔を覆った。
とてもじゃないがそんなことをした相手を今は見れない。
というか、私! よくどんなものか分からずに吸おうなんて考えたよね!? もしこれで変なものだったらどうしてたの!!
「わたくしの指は美味しかったですの?」
「あううっ」
「まあ、放したくないほどでしたから、それはもう美味しかったんですわよね。そうですわよね?」
「うう~」
セシリアはヨダレに塗れた指を私の頬に押し付ける。
外気に触れたことで頬に押し付けられたヨダレは冷たかった。
「本当に詩織は変態ですわね。女性であるのに女の子が好きってだけで変態だというのに、まさか指を吸い付くことも好きなんてさらに手に負えませんわね。本当に変態ですわ」
「ち、違う! 変態じゃ……」
「あら、本当に自分が変態じゃないって思っていますの? 指を吸う自分が変態じゃないと。どうですの?」
「わ、私は……」
「さあ、自分の行動を振り返って言いなさいな。詩織、あなたは何ですの?」
「……ひ、人の指を舐めて……喜ぶ変態です……」
セシリアは口を弧にした。鋭い笑みだ。
「ふふっ、そうですわ。それでいいんですわ。あなたは変態ですわ」
そう言ってセシリアはヨダレで濡れた指を自分の口に含んだ。