私は抵抗もできずに、いや、抵抗もせずに黙ってキスをされていた。
もし私に不意打ちでキスした相手が別の人だったら、抵抗していただろう。でも、お姉ちゃんだったから私は抵抗もせずにいるのだ。
私もまた見開いた目を閉じ、受け入れるようにその両手をお姉ちゃんの体に回した。
しばらくただ重ねるだけのキスをする。そして、自然と唇が離れた。
「あ、あの、お姉ちゃん、こ、このキスは?」
「分からないか? キスという行為は好きではない人とはしないんだぞ」
「それは分かっています! でも、そしたらお姉ちゃんは私が……」
そこから先はどうしても言えなかった。
心の中では言えることなのに、そんなのは自分の良いように勘違いしているのではと思ってしまい、出せなかったのだ。
「詩織、それは間違っていない」
それを見透かしたかのようにお姉ちゃんは言った。
「こんな雰囲気とかない場所だが、言わせてもらう。私はお前のことが本当に好きだ。お前のことが愛しくて愛しくてたまらない。誰にも渡したくはないほど。だから私の恋人になってくれ」
誰がどう聞いても聞き間違いではない告白だ。それ以外のなにものではない。
それはとてもうれしいことだった。
「ま、待ってください!」
しかし、私は答えずに待ったをかける。
「お姉ちゃんは私に複数人恋人がいるって覚えているんですか!? それに私は女ですよ? お姉ちゃんはそれは分かっていると思いますけど、同性の恋人だからって言ってもエッチなことはするんですよ。もしお姉ちゃんが異性の人とのエッチなことに抵抗があって、でも恋人が欲しいから同性好きの私となるというのならそれは間違いですよ!」
こんなことを言うのはいきなりということとお姉ちゃんがただ純粋に私のことが好きなのか、分からなかったからだ。
お姉ちゃんからキスされたり告白されたりするのはうれしかったが、その心にただ純粋な思いがなければ私は付き合わない。
めんどくさいとか思われるかもしれないが、私は将来まで一緒にいたいと考えている。現実がそんなにうまくいくとは思ってはいないが、だからといって告白された身としては純粋の好きがほしいのだ。
「分かっている。私は本当にお前が好きなんだ。そういう目的があって告白したんじゃない。それに私はお前にならこの私の純潔を奪われてもいいと思っている」
「えっ? お姉ちゃんって、その、まだ誰とも?」
「なんだ? 詩織には私が誰とでも付き合って、その相手に簡単に股を開くような女に見えるのか?」
「いえ、見えません。ただ一人くらいは付き合っていたのかなと思って。お姉ちゃん美人だし」
私から見ても十分に美人である。私が男だったら絶対に告白しているレベルだ。
「学生のときとかに告白とかされなかったんですか?」
「……」
するとお姉ちゃんは言いにくそうな顔をした。
「されたことはある。何度もな。ただ」
「ただ?」
「同性からの告白のほうが多かったが」
……私もその気持ちは分かる。私が同性愛者というのを除いても分かる。
お姉ちゃんはかっこいいのだ。容姿がとかではなく、なんだろう、雰囲気とか言動とかが。
女性としてはやはりそういうかっこいい部分に惚れてしまう。女性は白馬の王子さまというのを心のどこかに妄想しているのだ。こんなことがあればいいなとか思って。
そこへ男性ではないがお姉ちゃんが現れた。しかも男性よりもかっこいい。
正直、お姉ちゃんが持つかっこいい雰囲気を持つ男性なんていない。お姉ちゃんが一番白馬の王子様に近いのだ。だから好きになる。
まあ、それはきっと恋愛感情ではないけど。あるのは憧れだ。
キスとかするようだが、それも憧れによる勢いだ。決して恋愛感情からではない。
「その言い方だと男の人からもあったんですよね? いい人はいなかったんですか? かっこいい人とかいなかったんですか?」
「いなかったわけではない。確かにかっこいい人はいた」
「その人は?」
「お前はかっこいいからと言って付き合うのか?」
「……付き合いません」
いくらかっこいいと見た目だけで私は決めない。本当に真剣だからこそ、どういう人間なのかも考慮する。そして、付き合うかどうかを決めるのだ。
「だろう。私もそうだ。私は遊びで付き合い、触れ合ったりすることは嫌いだ。そのかっこいい者たちはほとんどが私の体目当てだった」
お姉ちゃんの体を見れば、なるほど、確かにスタイルは抜群だ。胸は篠ノ之姉妹に比べると劣るがある。男たちが目当てにするのも分かる。
「でも、ほとんどということは純粋に好きという人もいたんじゃ」
「ああ、いたな。もちろん私の体だけではなく、私自身のことを好きだった」
「それは良かったんじゃ?」
「だがな、詩織。私は女だ」
「? 分かっていますよ」
首を傾げてしまう。
「その、とても言いにくいのだが、私もちょっとした願望があるんだ」
「言いにくい願望?」
女ということと言いにくい願望とは何だろうか?
「私は守る側じゃなくて守られたいんだ。そうだな、白馬の王子様とかそういうのがいいんだ」
言われたのはなんとも乙女チックなものだった。
だけど、そうだよね。お姉ちゃんだって女の子だもん。かっこいいけど女の子だもん。そういうのがあって当然だ。
「だが、その当時も今の私には及ばないが、そこらの男性よりも強かった。私はずっと守る側じゃなくて守る側なんだ」
「でも、それだと私もお姉ちゃんに守られる側では?」
私の身体能力とお姉ちゃんの身体能力では圧倒的に私のほうが上だ。
だが、いざ戦うとなるとその勝敗は私の負けという未来しか見えない。それは技術と経験だ。
技術でいうならば私も達人に近いレベルはある。
だが、経験はそうじゃない。私も幼い頃からやってきたが、お姉ちゃんもまた幼い頃からやってきた。そして、世界で戦ってきた。特に世界で戦ってきたというのが大きい。私が戦ってきたのは祖父とその門下生くらいだ。
だから、私が負けるのだ。
「確かに今はな。だが、将来的には私は守られる側だ。それにな、さきほど守られる側になりたいと言っておいたが、お前が恋人ならば守る側でもいいと思うようになってきた。それに、私たちは同性だ。異性ならばともかく同性だ。守られる者と守られる者。だから私は守るほうになる」
「つまり私の白馬の王子様になる?」
「そういうことだ。ともかくこれで私が本気だと分かってくれたか?」
「……分かりました」
「そうか、なら私と付き合ってもらえるのか?」
「時間は……」
「ない。お前は束と会う前に言っただろう? お前は私と付き合っていい、だけど自分からは告白はしないと」
「うぐっ」
た、確かに言った。ちょっと違うけど似たようなことを言った。
だからお姉ちゃんの告白の答えはもう言っているようなものだ、YESと。
「だ、だったらもう答えは分かっているんじゃ?」
「そうか。そう言うということはそうなのか」
私の言葉を理解し、答えを理解したお姉ちゃんはうれしそうにする。
そ、そんなにうれしそうにされるとこっちも……。うう、お、お姉ちゃんも恋人、か。うれしいけどこれは何の前触れ?
今日だけでお姉ちゃんと一緒にドライブして、束さんに告白して、束さんにいいことされたりとしたのだ。そして、最後にお姉ちゃんからの告白。
私にとって良いことずくめの一日だ。
こ、これで帰ったら簪がカンカンに怒っているとか? 代償が大きくないことを祈るしかない。
「だが、詩織」
「はい!!」
思わず大きな声で返事をしてしまう。
「告白した身としては答えが欲しい」
「答えならもう」
もう分かっているはずだ。
「違う。そうじゃない。先ほどの告白に対する答えだ。今言葉が欲しいのだ。お前の口から聞きたい」
「わ、私の口から」
「そうだ。聞きたい。詩織だって告白したら相手の答えが分かっていようとも言葉として出されるほうがいいだろう?」
「そうですけど……」
言葉に出すなんてちょっと恥ずかしくなる。
まさか告白する側じゃなくてされる側になって、そして答えを出す側になるなんて思いもしなかった。
なんだか攻略される側になったみたいだ。
「ならば答えを言ってくれ」
「分かり、ました」
お姉ちゃんの気持ちは十分に分かるので私も決心する。
「私もお姉ちゃんのこと好きです。だから、お姉ちゃんの恋人になります」
これで、いいのだろうか? 告白の答えに正解はないのだろうが、変な答えになっていないか不安になる。
でも、ちゃんと自分の気持ちは伝えたはずだからきっと大丈夫だ。
不安になりながら待っていると、
「詩織!!」
お姉ちゃんは私の名前を呼び、ぎゅっと抱きしめてきた。
「うにゃ!? お姉ちゃん?」
「もう、恋人だな?」
「……は、はい。恋人です。私たち恋人です。あっ、なら呼び方も変えた方がいいですね」
『お姉ちゃん』という呼び方は私とお姉ちゃんが姉妹という関係になったからという理由での呼び方である。でも、今はその関係は姉妹から恋人へと変わった。だから呼び方もまた変わる。
恋人だから『千冬さん』か『千冬』だろうか。それともただ名前を呼ぶのではなくてちょっと変えて『ちーちゃん』? うん、これはない。というかただのパクリじゃん。
「そうか。恋人だからな。だが、詩織」
「はい」
「私としては、その、お姉ちゃんと呼んでもらいたい」
「えっ?」
お姉ちゃんの顔は真剣だった。
「ダメか?」
お姉ちゃんはとても呼んでもらいたいそうにしていた。
私はお姉ちゃんがブラコンでシスコンだって知っているし、お姉ちゃんのこと好きだからこういう姿を見ても大丈夫だけど、この今のお姉ちゃんを誰かが見たら絶対に幻滅したりするんだろうな。
私は可愛いと思うけど。
「分かりました。じゃあ、これからもお姉ちゃんって呼ばせてもらいます。これからは恋人としてよろしくお願いしますね、お姉ちゃん♪」
「ああ、よろしく、詩織」
そして、私とお姉ちゃんは自然と唇を重ねた。唇が重なっていた時間は僅かだったが、その短さを補うように何度も何度も重ねた。
私の体はキスによる興奮により熱を帯びていく。
「んっ、もうすぐで着きますよ」
駅が見えてきたので、キスを止めキスに夢中になっているお姉ちゃんに教える。
「そ、そうか。もう少ししたかったが、仕方ない」
「……結構しましたよね? まだしたいんですか?」
「したい」
「お姉ちゃんってエッチですね」
「し、仕方ないだろう! キスがこんなに気持ちいいものだなんて知らなかったんだから!」
「へえ、そうなんですか。こんなことを言うお姉ちゃんをお姉ちゃんに憧れを持っている人が聞いたら、ショックを受けますね。きっともう憧れなんて抱きませんよ」
恥ずかしそうに顔を赤くするお姉ちゃんをついいじめたくなった。
ただ言い過ぎたのか、お姉ちゃんは元気をなくす。
「詩織も、そうなのか? 私のことは嫌いになったのか?」
うん、これガチだね。ちょ、ちょっとやりすぎた。
「そんなことないです。私はお姉ちゃんがエッチでも好きですよ。エッチなお姉ちゃんを知って嫌いになるのは、恋愛感情での好きを持っていない人です。尊敬から来る好きを持っている人が嫌いになるんですよ」
「そうか。なら安心だ」
もう本当に最初の頃のクールなお姉ちゃんはない。ここにいるのは乙女のお姉ちゃんだけだった。
一夏は姉のこんな姿を知っているのだろうか? それとも知らない? お姉ちゃんは弟の前ではかっこつけてそうだし知らないかも。
そうしている間にモノレールは駅に着く。
残念ながらもう恋人同士の関係は隠さなければならない。だっていくら想いがあろうとも私たちは生徒と教師なのだ。世間的にも教師と生徒の恋人関係は問題があるようだし。
「しかし、これでしばらくは恋人になれなくなるんだな」
「そうですね。でも、我慢するしかありません。バレて離れ離れなんて嫌ですから」
「それもそうだ。だが、それでも私たちは恋人だ。その、やはり恋人らしいことはやりたいと思っている」
「私もしたいです。でも、いつ?」
「放課後はどうだ? 確か詩織は何も部活には入っていないだろう?」
「そう、ですね。放課後ですね。でも、お姉ちゃんは教師ですし、仕事があるのでは?」
「あるが、そこまであるわけではない。すぐに終わる。だから、放課後でいいな?」
私は考える。
私の放課後は今のところ簪の手伝いが主だ。でも、放課後の全てが簪の手伝いをするというわけではない。だから、その時間を利用すればいちゃいちゃできるということだ。
とはいえ、簪の手伝いをしていない日全てをお姉ちゃんだけに過ごすわけにはいかない。私には簪とお姉ちゃん以外にもセシリアという恋人がいるのだ。
今はまだ私のことを好きではないが、だからといってないがしろにすることなんて絶対にできない。それに私はセシリアが私のことを好きになるようにすると決めたのだ。そのためのセシリアとの過ごす時間を無くすのは愚策だ。
だから、順番ずつとしたほうがいいかな。