私はただ声を上げて驚く束さんを見ることしかできない。
束さんがこうなるとは思わなかった。いや、だってさっきまで私を人間なんて思っていなかった人だよ。それが私の告白に対してこんな女の子らしくするとは思わないじゃん。
でも、束さんが私の前で女の子っぽい反応をした。
な、何がどうなっているの? なんでそんなに驚いているの?
どうすればいいのか分からなくて、ただ女の子みたいな反応した束さんを楽しみながら呆然としていると、
「詩織! どうした?」
何かがおかしいと感じ取ったお姉ちゃんが駆けて来た。
「束はどうしたんだ?」
「分かりません。ただ告白しただけなんですけど」
「……告白しただけでこうなったのか?」
「……はい」
本当にそれだけだ。それだけしかしていないのにこうなってしまった。それ以外に心辺りなんてない。
「……あいつとは長い付き合いだが、こんなに取り乱した姿を見たのは初めてだ。詩織に心当たりがなければ私も分からん」
「でも、やっぱり私のせいですよね? 私が告白したタイミングでこうなっちゃいましたから」
チラッと束さんを見ると、束さんはこっちに背を向けて何かブツブツと呟いていた。
おそらく千冬さんが近くに来たことに気づいていない。
私たちは束さんが何を呟いているのかを聞くために、こっそりと近づいた。
近づくと束さんがどれだけ顔を真っ赤にしているのかがよく分かる。耳まで真っ赤で先ほどは可愛いがなんかちょっとひどい人というのがあったが、今はただ完全に可愛い人という言葉しか出てこない。
欲しい。束さんが欲しいよ。
ひどいことを言われたが、それでも束さんへの愛は変わらない、いや、それどころか愛は大きくなり続けている。これは別にM(マゾ)だからというわけではない。うん、ないよね?
簪との過激なスキンシップで攻める側だったのにいつの間にか攻められる側になっていたということを考慮すると、実はMの可能性も秘めているのかもしれない。
まあ、例えMだとしても肉体的な攻めではなく、立場や言葉などの目に見えぬものによる攻めだと思うけど。
「告白された! 告白された! は、初めて告白された……。したのは女の子だけど正直どっちでもいい。とにかく大事なのは告白されたことだ。あうう~告白されたんだ!」
私とお姉ちゃんはなんとも言えなかった。
呟きから察するにこれまで束さんは告白をされたことがなかったようだ。
「あの、お姉ちゃん。束さんって……」
「ああ、多分お前が考えているとおりだ。原因はそれだな」
お姉ちゃんは私の言いたいことを察したようだ。
「束はな、小さい頃から他人と身内を区別していた。他人は虫や空気、身内は大切な家族としてだ。しかも、あいつの世界を変えた力は幼い頃から頭角を現していた。そうだな、あいつと出会った幼稚園のときにはすでに高校生の学力を完全に超えていた。小学生の頃になると人との関わりが多くなるのだが、あることが起きた。お前も体験しただろう?」
「身内以外はどうでもいい……」
「そうだ。幼稚園の頃は周りの人間が少ないということと私という存在があったからそれが大きく出ることはなかったが、クラスが別々になってしまったためにそれが大きく現れてきた。束は同級生だけではなく、教師までも無視していたんだ。束は教師とクラスの中では知られた問題児になっていたんだ」
束さんのアレはそんなに小さい頃からなのか。
きっと同級生だけではなく、先生にも私に言ったような言葉をかけたのだろう。小さい頃から今と同じ、又は似たものならば、束さんはそうすると思う。
さて、そんなことを言う生徒を先生はどう思うだろうか? 私は気味悪いと思ったりするだろう。正直、そんな子どもに関わりたくはない。何か問題があっても適当に注意するだけだ。
まあ、私は束さんのこと好きになっちゃったから、そんなことは思ったりなんてしないけどね。
「私がそれを知ったのはずっと後だった。そして、知ると共にあいつのことを知りたいと思った」
「知りたい? なぜです? あの、普通は周りと同じような反応をするんじゃ……」
「ちゃんとした理由はないが、そうだな、感覚的なものだ。そういうのが来たんだ。こいつとは長い付き合いになると。だから、詳しい理由はないな。まあ、これがあいつと親友という意味で付き合い始めたきっかけだ。それでここからが話の本題なんだが、それから年月は過ぎて、小学四年ごろになるとだんだんと同級生たちが異性というものに意識するようになった。つまり、好きな人に告白することが多くなったんだ」
そういえば私のときもそうだった。クラスメイトと話していると度々恋愛話になって、誰と誰が付き合っているとか、誰が誰を好きとかの話になることが多くなった。
その頃の私は目立たないようにとこの素晴らしい私の容姿を隠すように過ごしていたので、告白されることはなかった。
「そして、互いの体つきも大人になってくる。まあ、束は体の変化が現れるのが早かったな」
脳裏に束さんの体を思い浮かべる。
先ほど見たばかりなので、鮮明に思い出せた。そして、そこから小学生の束さんを想像した。
あっ、結構可愛い。そのときにタイムスリップしてぎゅ~って抱きしめたい。
「で、束に対して告白しようとする奴が出てきた。その中には束と同じ学年はいなかった。何せずっと過ごしてきて束という存在がどんなものか知っていたからな。したのは、いや、『した』というのは間違いだな。『しよう』としたのは束よりも年上、または転校してきた同学年の生徒だけだった」
「それなのになぜ束さんは告白されなかったんですか?」
「よく考えれば分かることだ。あいつは身内以外は全く興味がないんだぞ? お前が今日、束に告白するために、お前はまず何をした?」
「私が告白するために……あっ! そうか! 束さんを呼び出さなければならないということですよね?」
「そうだ。身内しか興味がない束がその誘いを受けると思うか?」
「思いません。というか、全く聞いていなかったと思います」
「そういうことだ。束と接点がない者たちは手紙などで告白する場所に呼び出そうとするが、束は中身を読まずに処分をした」
「それって問題はなかったんですか?」
「ん? 問題とは?」
「えっと、手紙を送ったのに来なかったから、怒って乗り込んできたとか」
みんながみんなそうではないのだろうが、中にはそういう奴だっているはずだ。束さんは多くの男子から告白された、いや、されようとしたから、確率的に何人かいたはずだ。
「あったな。何度かあった」
「……そいつらは束さんに手を出したんですか?」
いくら昔のことで解決されたことだとしても、そういうのがあったと聞くだけで怒りがこみ上げてくる。なんか許せない。どんな人物か聞いたらちょっと暴力を使おうかな。
大人気ない行動だ。私はそんな奴よりも長い人生を生きてきたというのに。
でも、仕方ない。好きな人に手を出しておいて怒らない私ではないのだ。
「出した。だが、束に反撃にあったな。お前ほどの実力者なら分かるだろうが、あいつは合気の達人だ。あいつは武の才能があったからな。あの頃は達人とまではいかなかったが、相手が達人級でなければ十分に対応できる実力はあったからな」
「じゃあ、そいつらは十分にボコボコにされたんですか?」
「そ、そうだな。もちろんこのことは向こうが手を出したということで、束に処分は降らなかった」
当たり前だ。いくら束さんが強かろうとボコボコにしようと、まずやったのは向こうなのだ。正当防衛なのだ。束さんに罰を与えるのは間違っているからね。
「束が来なかったということで手紙ではなく、直接誘いに来た者もいた。もちろんのこと、これも束は断ったが。まあ、そういうことで束はずっと告白されなかったんだ。だから今まで告白された経験がなかったんだ」
「あれ? 直接来てその場で告白した人はいなかったんですか? いや、なかったから告白されなかったんですが、そういう素振りがあった人は?」
「いなかったな。さすがにみんなの前で堂々と告白する勇気を持った生徒はいなかった」
まあ、人前で告白なんてするのは確かに恥ずかしいね。しかも、束さんに告白しようとした人たちは束さんの何の接点もなかった人たちだったから、振られるって可能性が高いことも考えるとできなかったようだ。
私もその気持ちが分かるけど、あえて今はそいつらにありがとうと言いたい。振られるかもしれないけど、たとえ振られても、私は束さんの真っ赤にした顔を見られたんだもん。恋人になってもらうのが一番だけど、振られたときのためにこれを土産としたい。
「これで分かったな。これが束がお前に告白されて、このようになっている理由だ」
「よく分かりました。それで、どうしましょう」
ちょっと長い話をしたはずなのだが、束さんは未だにこちらに背を向け小さくなって、呟いていた。
告白した側としてはそろそろ戻ってきて、私への答えをはっきりしてほしい。今は不安と緊張で告白し、それが流れたということで安堵の中にいたが、このまま終わるわけにはいかない。それに不安と緊張がなくなったわけではない。私は安堵はいろんな不測のことによってできたものだ。いわば不安定なものの中にいる。
ならば自分から再び不安と緊張の中へ飛び込もう。
「私としては、その、答えが欲しいんです。振られるとしても欲しいです」
「分かった」
私の思いを聞いてお姉ちゃんは束さんのところへ近づく。
「束」
「ふえ? あれ? ちーちゃん?」
声をかけられて束さんが戻ってくる。
束さんの頬はまだほんのりと赤い。
「そうだ」
「あの子は?」
「そこにいる」
「っ!!」
お姉ちゃんの言葉を聞いて、束さんが振り返りその視界に私を入れた瞬間、バッとすばやい動きで私から隠れるようにお姉ちゃんを壁にして、顔だけを覗かせていた。それはまるで人見知りの子どものようだった。
ん? あれ? なんか引っかかる。なに?
「ほら、束。あいつはお前に告白をしたんだ。お前はその答えをしなければならない。お前が詩織のことをどうでもいいなんて思っていようがな」
「
「ん? なんだ?」
「な、なんでもない!」
「なんだ、いきなり怒鳴って。確かにお前が身内以外に興味がないことは知っているが、詩織は本気で告白したんだ。この私に免じてちゃんと答えてくれ」
そう言ってお姉ちゃんは束さんに頭を下げた。
私と束さんはその行動に驚くしかない。
お姉ちゃんが誰にも頭を下げないというイメージだからというわけではない。頭を下げる理由が『私のために』ということだ。
私とお姉ちゃんの間がもうただの生徒とかそうは思ったりはしない。お姉ちゃんは私を自分の妹としたのだ。私とお姉ちゃんは姉妹の関係だ。そんなことは思わない。
ただわずかに残った、どこまで姉妹なの、という疑問があったからだ。
だが、『私のために』頭を下げたという事実がそれをなくした。
驚いたのはそれだ。この『私のために』というのがうれしくて驚いたのだ。ああ、お姉ちゃんは本当に姉妹としての関係を本物のように扱ってくれているのだと。
もう惚れちゃいそう。ううん、もう惚れているか。それがどういう意味かは置いといて。
「うえっ? ふえっ? な、なんで? 何頭下げているの? ちーちゃん?」
「言っただろう。この子に返事をしてほしいんだ」
「もちろん頭なんて下げなくてもやるつもりだから!! なんで頭を下げるかな!」
束さんはそう言って力づくでお姉ちゃんの頭を上げさせる。
「なに? お前が返事をするつもりだっただと? おい、束。ちょっとこっちに来い」
「え? なになに?」
お姉ちゃんは怪しみながら、束さんを呼んだ。
束さんはその言葉に従い、近づいた。
近づいてきた束さんをお姉ちゃんが肩を掴んだ。二人の距離はとても近い。まるで恋人同士の距離だ。
えっと、お姉ちゃん? 私の目の前で束さんを取ったりしないよね? なんか距離が近いけど、そういう意味はもちろんないんですよね?
私の不安は杞憂だった。
束さんの肩を掴んだほうとは別の手を束さんの額に当てた。見ての通りそういう意味ではなかった。
「熱は……ないか」
「……ねえ、これは何をしているのかな?」
「見ての通り熱を測っているんだ」
「どうして熱を測っているの!?」
「いや、お前が身内以外に対してちゃんと答えると言ったからな。私の知る束はどんなことがあろう身内以外に対して無関心だ。なのに身内でもない今日会ったばかりの詩織と自ら話そうとしていたからつい熱があるのかと思ったんだ」
「……ちーちゃんが私に対してどう思っていたのかはよ~く分かったよ」
束さんが頬をぷく~っと膨らませて怒る。
「ともかく! 私だって、そ、その、告白の答えはするよ!」
束さんは私を何度もチラチラと見ながらお姉ちゃんに言った。
えっと、なんでこっちを見てくるのだろうか? その理由が(良い意味で)私のことが気になるという理由だといいのだが。先ほどまでの私と束さんの会話を思い返す限りでは、残念ながら望み薄である。
「そうか。ならちゃんと答えろ」
「わ、分かっているよ」
そう言ってお姉ちゃんは再び離れた。
残されたのは私と束さんのみ。再び同じかと思えばそれは違う。束さんに先ほどまでのゴミ、または虫を見るような視線と雰囲気は全くなかった。