とにかくミサイルとかそういうものじゃないと分かり、私たちは岩場から出た。
束さんの後ろにはミサイルのように見えた、ロケット型の乗り物があった。さっきの連続したプシュプシュ音はおそらく静かに着陸するためのものだろう。
「お~お~! 何で隠れていたのか気になるけど、そ・の・ま・え・にっ! ちーちゃ~~~~ん!! さあ!! 私たちの愛を確かめるためにハグハグしよう!!」
初恋の人は確かに私の姿を視界に入れたはずなのだが、まるでいないかのように無視する。それは本当に見えていないのか、それとも見えていて無視しているのか。
どちらにせよ、どちらも当たり前の反応だと思う。
私だって知っている人が知らない人といたら、知らない人は無視する。まずは知っている人とのコミュニケーションだ。それから知らない人へ移る。
でも、束さんは聞いていた話だとずっと私の無視するかもしれない。
そのときはどうしよう。
その間に束さんはお姉ちゃんと先ほどの言葉通り抱きつこうとお姉ちゃんへ飛び掛ったのだが、お姉ちゃんはため息を付きながらアイアンクローを束さんにした。顔面を掴むアレである。
「あ、あれれ~? ち、ちーちゃん? なんでアイアンクローなのかな? いつものように抱きしめてくれないの?」
「ほう、それは初耳だな。私がいつお前の誘いに乗った? もしかして忘れたのか? ならばいつものようにして思い出させなければならないな」
「え? ちょ、ちょっと?」
するとミシミシという音と共に束さんがそのまま持ち上げられた。しかも、片手で。
「い、いだだだだっ!! 痛いよ! ちーちゃん! ヘルプ!」
「思い出したか? うん? どうやら思い出せないようだな。ならばもう少し力を入れるとしようか」
私はどうすればいいのか分からず、ただ見守るしかなかった。
束さんを助けたいのだが、どうもこれはいつものことのようだしスキンシップならば止めなくていいようだから。
でも、なんだか微笑ましい。お姉ちゃんもお姉ちゃんで束さんとのやり取りは満更ではないようだし。
「どうだ? 思い出したか?」
「おもっ、思い出しました!! はい!! 思い出しました!! 私はちーちゃんにいつもアイアンクローをされていました!! 決してハグハグしてませんでした!!」
「ならばこの後はどうするか分かっているな?」
「はい!! 天才束さんが華麗にこのアイアンクローから抜け出――すううううううううっ!?」
「一言余計だ」
「ごめんなさいいいいいいっ!」
そして、ようやく束さんは私でも本気じゃないと抜け出せそうにない、アイアンクローから抜け出した。
「ふう。もう少しで爆発したスイカみたいになるところだったよ」
束さんの顔にはお姉ちゃんの手の跡が付いていた。なんとも痛々しい。
私は束さんの姿をじっくりと見る。束さんの姿は写真でしか見ていない。だから生で見るのは初めてだ。
やはり写真と生では大きく違う。
写真はその一瞬で分からないことが多いのだが、生は一瞬ではない。動きが見えるのだ。
束さんの動きから私は武の雰囲気を拾い取った。
束さんも……只者じゃない。てっきりコンピュータ関係だけしかやっていないと思ったが、動きの結構ある武術もやっているようだ。しかも、おそらく祖父とお姉ちゃんと同じ達人。おそらくだが、束さんは攻めというよりは力を利用する合気だ。
って、違う!! 私は何を考えているの!? そうじゃないでしょ!! そういう目で見るんじゃないんでしょ!! こういうときは性的に見なきゃいけないところでしょ!!
私は改めて見直す。
性的に見たときの見るべき場所はもちろん胸だ。
むむ、私よりも大きい? うん、大きい。服の上からもそれは分かる。私のはあまり大きくない。もし恋人になれたときは裸の付き合いということで、比べたり触りあいっこしたりしたい。
にしても、なんだろうか束さんが来ている服は。少なくとも一般の人が着るようなものではない。コスプレにしか見えない。
あと、頭の飾りはなに? 機械の……ウサギの耳? そんなのを着けていた。
「それでそれで、ちーちゃんからの用事って何かな? ちーちゃんからなんて珍しいからね! 私は張り切ってなんでもやっちゃうよ!」
「ほう? それはいいことを聞いたな。実は私はお前に用事はないんだ」
「ん? んん~? それはどういうことかな? 確か用事があったから呼び出したんだよね?」
「そうだが、用事があるのは私ではない。この子だ」
そう言ってお姉ちゃんはちょっと離れたところで見守っていた私を引っ張って束さんの前に。
それでようやく束さんの目に私が留まった。
その目は先ほどお姉ちゃんに向けていた目とは全く違った。先ほどは、対比するために極端に言うと、人間に対して向ける目だった。でも、私への目は虫に対して向ける目だった。
束さんに詳しい二人に聞いていたが、なるほど、確かに身内以外には興味がないみたいだ。
とはいえ、これは範疇である。誰だって、ここまでではないが、このような目を向けることはある。
なのだが、やっぱりちょっときつい。いくら私のことを束さんが知らないとはいえ、その視線を好きな人から向けられるのはきつかった。
大丈夫だと思ったんだけどな。
「なにこれ?」
束さんは私を人ではなく物扱いした。
「この子は月山 詩織だ。そして、お前を呼び出した張本人だ」
「はあ? 何の分際で?」
「言っておくがお前の妹と詩織は友人だ。箒のほうも詩織と友人でいること喜んでいた。もしお前が詩織に対して不躾な態度を取ったということを知れば、あいつは絶対にお前のことを嫌いになるだろう」
「うえっ!? なにその脅し! これの話をちゃんと聞かないと箒ちゃんに嫌われるなんて!!」
「ちなみに詩織は私の妹みたいなものだ。聞いている振りなんてしみろ。箒だけではなく、私も今度は赤の他人として接しさせてもらう」
「ち、ちなみにどのようにでしょうか?」
「そうだな。例えば、だ。再び何かでお前と会ったときに、篠ノ之さんと呼んだり、今のように砕けた口調ではなく、お前を目上の人として扱うことになる」
「ひぐっ!?」
それを想像したのか束さんは変な声を出して、精神的なダメージを受けていた。
お、お姉ちゃん、しっかりと釘を刺すのはうれしいけど、そこまでしなくても……。
「うう、分かったよ。ちゃんとこれの話を聞くからそれは勘弁して!」
「では私は離れた場所で見ている」
そう言ってお姉ちゃんは離れて行った。
あっ、やっぱり私の告白の場面も見るんだ。告白を見られるのはやっぱり恥ずかしい。そりゃ好きな人に愛してるとか好きとかはそんな恥ずかしいなんて思うけど、気になるほどではないよ。でもそれは好きな人に言うからであって、他人にそれを聞かれるのはなんか恥ずかしいのだ。
でも、それはお姉ちゃんだって分かっているはずだ。それでもいるのは束さんが私の話をちゃんと聞くのかを見張るためだと思う。
残された私たちはなんだか気まずい雰囲気になる。
「え、えっと束さ――」
「お前に名前で呼ばれたくないんだけど」
「……っ! ご、ごめんんさい! 篠ノ之さん、まずは自己紹介からということで」
「いいよいいよ。勝手にして」
「は、はい。え、えっと……」
「早くしてくんないかな? せっかくちーちゃんからの用事かと思ったのに、お前みたいな奴の用事って聞いて私、ナーバスなんだよね」
その声は聞いただけでも不機嫌だって分かる。やっぱり束さんは私と話すことが嫌なようだ。
でも、それは当然だ。私だって好きな人から用事があるって呼び出されて来てみれば、別の人が私を呼んでいたなんていうのは嫌だもん。私だって不機嫌になる。
「わ、私の名前は月山 詩織です。IS学園の一年生です」
「へえ、IS学園、ね。ああ、ああ、分かった。分かったよ。君が何を言いたいのか分かったよ」
「わ、分かったんですか!?」
「当たり前でしょ? この天才束さんを何だと思っているの?」
う、うそっ! ま、まさか本当に? 本当にたったあれだけの情報で私が束さんのことが好きだって分かったの?
でも、分かったのに表情には何か照れとかそういうのがないのは私のことが嫌いだから? じゃあ、振られたの? い、いや、まだ私の口から言ったわけじゃないし、束さんの口からそういう返事は返ってきていない。もしかしたら束さんは照れとかを隠すのが上手いとかそういうのかもしれない。
「残念だけど無理だね。うんうん、無理無理」
「……無理、ですか」
だが、残念だけど拒否だった。
今度は完全に言葉にされた。表情だけではなく言葉にされた。
私の口から告白はしていないが、もう無理だって言われたんだ。告白の形を求めて私から告白して、もう一度束さんに返事をもらおうとなんてはしない。
そんな見苦しい真似を、振られたとしても束さんには見せたくはない。
私はほとんど何も言わずに俯いてしまう。
私の心には喪失感しかない。それも何かをする気がないほどの喪失感だ。それは思わず生を捨て、再び死へ入り込もうとしてしまいそうだ。
だって初恋の人に振られたんだもん。ずっとずっと大好きで小さい頃から思い続けたんだもん。
今は泣かずに済んでいるのは、束さんの前だからだろう。
だが、それでも目には涙が溜まり、視界がぼやける。
簪、セシリア、私振られたみたい。
私は心の中で二人に伝える。
明日はセシリアとのデートだし、そのときにセシリアに慰めてもらおう! うん、明日は楽しい初デートだからね!
振られたことを無理やり明るいほうへ向ける。今の私はそれしかできなかった。
「そうだよ。無理だね。お前のためにISなんて作らないから」
「ふえっ?」
私の耳がおかしくなったのかと思った。
「うん? 聞こえなかった? お前のためのISは作らないって言ったの? 何、その顔。もしかしてちーちゃんや箒ちゃんと仲がいいし、ちーちゃんがさっき言っていたから作ってくれるなんて思った? 残念だけど私とお前じゃ何の接点がないからね。お前が泣いたらちーちゃんが何か言うかも知れないけど、私はちゃんと話を聞いてそれを断っただけ。しばらくの間、無視されるかもしれないけど、赤の他人よりはマシだからね。分かったらあきらめて、泣きながらちーちゃんのところへ帰るといいよ」
だけど、私の耳は正常だった。聞き間違いではなかった。
私はまだ振られていなかったのだ。
私の心は再び元の形へと戻っていく。
束さんが勘違いしたのはおそらく私がIS学園の生徒だと聞いたからだろう。それで私の目的が自分の専用機が欲しいためにISの生みの親である束さんに頼みに来たのだと受け取ったのだろう。
でも、残念ながら私の目的は違う。
束さんに作ってもらったISというのはとても興味深いのだが、それよりも欲しいのは束さんである。
私が今、こんなふうに思えるのはまだ振られていないって分かったからだろう。
「えっと、篠ノ之さん」
「なに? もう用事終わったでしょ? さっさとちーちゃん呼んできてくれないかな。呼んだらもうどっかに行っていいから」
「まだ私の用事終わってません」
「はあ? お前の用事ってISでしょ? それはもう――」
「だから、終わってませんって!!」
「……っ!」
思わず強い口調になってしまった。
私を見下した表情しかしなかったのに、案の定束さんは驚いていた。
あっ、ちょっとレアな表情かも。
「私が篠ノ之さんを呼んだのはISが欲しいからじゃありません。別です」
束さんは自分の予想がはずれたことで、ちょっとびっくりしていた。
「じゃあ何さ?」
私の鼓動は大きく鳴る。お姉ちゃんと話していたときよりも激しいのは、これが本番で恋人になるならないがこれで本当にはっきりするからだ。
私は激しくなる鼓動を少しでも治めるために大きく一回深呼吸をする。したが、やはりか、鼓動は治まらなかった。
ま、まあいい。とにかく告白しないと。
私は束さんを正面から見る。きちんと目を合わせる。
「な、何かな?」
束さんは一歩下がる。
「……」
「は、早く言ってよ」
見つめていたせいか先ほどまでの威勢はなくなっていた。今はただ困惑するだけだ。
「篠ノ之さん、いえ、束さん」
「だから勝手に私の名前を――っ!」
それ以上しゃべらせないためにその唇に人差し指を当て、それ以上しゃべらせない。
今は私のターンだもん。今だけは私が主導権を取らせてもらいます。
「私はあなたのことが好きです。私には恋人が複数人います。束さんも私の恋人になってください!! 私のハーレムの一員になってください!」
私の告白は本当におかしなものだった。言っている私もそう思ってしまうものだった。
だって告白という恋人になってくださいというものなのに、告白には私には恋人がいますって入っているんだもん。こんなおかしな告白をしたのは世界でも私ぐらいだろう。こんな変な告白と理解しながら恋人になってほしいなんて思っている私も変だけど。
でも、もう告白してしまった。変な告白だけど後戻りはもうできない。
私はただ返事を待つだけだ。
でもいつまでも返事はこない。
私はそっと束さんの顔を窺った。
「えっ……?」
束さんの反応に思わず声を上げる。
だって、さっきまで私を下に見ていた人が、
「ふえっ、ふええええええええええええええええええっ~~~~~~!!」
顔を真っ赤にして声を上げたんだから。