「ご注文は何でしょうか?」
女性店員が尋ねる。
「私はこれとライスを。飲み物はお茶で」
最初にお姉ちゃんがメニューを指差して注文する。
見るとお姉ちゃんはハンバーグとお肉がセットのものだった。これ美味しそう。
お姉ちゃんの注文が終わり、店員は私のほうを向く。
「えっと、私はこれとこれとこれ、あとこれもお願いします」
「「えっ?」」
「あっ、ライスは二人前で。あとスープも二人前でお願いします」
「「ええっ!?」」
「飲み物は……どうしようかな」
私は飲み物の欄を見る。今回は外出ということでジュース系を飲もうと思う。
「オレンジジュースで」
「「…………」
ん? あれ?
どういうわけか店員もお姉ちゃんも驚いた顔をしていた。どうしたのだろうか。
分からず首を傾げるしかない。
「そういえば飲み物っておかわりできるんですか?」
「そ、それならばドリングバーというものがありまして……」
えっと、どれどれ。あっ、あった。四百円で飲み放題と書いてある。
飲み放題で四百円……。これって利益出るの? 私、食べるのももちろん飲むときは飲むよ? 儲かるのかな?
客という立場だが、そういうことを心配してしまう。
「じゃあ、それで。お姉ちゃんはドリンクバーじゃなくていいの?」
「わ、私もそれにしよう」
頬を引き攣らせながらそう答えた。
「え、えっとご注文を繰り返します」
店員が私たちの注文内容を繰り返した。
私たちはそれに間違いがないかを慎重に聞く。
「以上でよろしかったでしょうか?」
「はい」
間違いはなかったので私は返事をした。
店員は一礼をして、厨房へ戻った。
しばらく待つことになるので、のどを潤すためにこの席に案内されると同時に置かれた水を飲む。
「あ、あんなに頼んだが食べられるのか?」
ボーっとして待っていたところ、正面に座るお姉ちゃんがそう言った。
「はい、食べられますよ」
「本当にか? 言っておくが残しても食べられないからな」
「大丈夫です。ちゃんと食べられますよ。残すなんて事しません」
「ならいいが……」
私もちゃんと考えて注文している。自分がどれだけ食べられるかなんてちゃんと分かっているのだ。
お姉ちゃんと話しながらしばらく待つ。
その間にも私の体はエネルギーを求めていた。
「……お腹、ぺこぺこです」
「そうだな。だが、そろそろ来るだろう。ほら」
顔を向けるとそこには料理を持った店員たちが。
どうもほとんど私のもののようだ。普通、一品ずつ持ってくるものなのだが、それを一緒に持ってくるとは。冷めるのではないのかと思われるが、ハンバーグたちを乗せている土台は熱々の鉄の皿だ。もちろんその鉄の皿の下には、さらに木のお盆があってそれで運んだりできる。
「お待たせしました」
店員たちが私たちの前に料理を次々に並べていく。
料理たちがジュ~という音を立て、そのにおいは私を行儀などという縛りをなくし、獣の如く食えと誘っているかのようだ。
うう~早く食べたい! 我慢できないよ!
この料理が並べられる時間すら、もったいなく思う。
そうして待ってようやくその時間が来た。
「い、いただきます!」
どうしても待ちきれなくてお姉ちゃんよりも早く料理に手をつける。
ナイフとフォークでハンバーグを切り分けてそれを頬張る。
私の口内をハンバーグが支配する。肉汁が染み出て、とにかく美味しい!
私は幸せな気分になる。
「う~ん! 美味しい!」
私は一心に食べ続ける。
時折、飲み物が飲みたくなり、バーからオレンジジュースを取ってきて飲む。
それを繰り返しながら食べた。
お姉ちゃんは私のほうを気にしながら食べていた。
そして、しばらくして、私たちは食べ終わった。
「ごちそうさま!」
両手を合わせて食べたという幸を示すように言った。
私はナプキンを手に取り、口元を拭く。
「おいしかったですね」
「ああ、そうだな。美味しかった。にしても、どうして私と同じ時間でそれだけの量を食べられるんだ?」
「さあ?」
私はただ普通に食べていただけだ。特別に早く食べていたというわけではない。しかもちゃんとよく噛んで。
「じゃあ、そろそろ行くか。あいつとの約束の時間が近いぞ」
それを聞くと緊張と不安で美味しいものを食べていたときに鳴っていた激しい鼓動とは別の意味で鼓動が激しく鳴る。
もう、すぐなんだ。本当にもうすぐで初恋の人に、束さんに会えるんだ。ずっと恋していたけど、色んなでかい壁があって無理だって思っていた。思っていたのについに私は会って、その上告白できる。考えられないほどだ。だって束さんに会うなんて大統領に会うよりも難しいから。
けど、絶対に束さんが私を恋人にしてくるのかは別問題だ。そこをちゃんと認識しなければ。
「どうした? あいつと会うのが不安か?」
「いえ、不安じゃないです。不安じゃ。ただ告白して受け入れられないというのが……」
そう言うとお姉ちゃんはちょっと厳しい目を向けてきた。
「言っただろう。あいつへ告白することはただ単に有名人に会う程度に思っておけと。そして、告白が成功するのは限りなくゼロだと。もう忘れたのか?」
「覚えています。でも、それでも、考えてしまうんです。そんなのであきらめられません! 私は本気なんですから」
「……私はこれ以上はもう言わん」
それだけ言うと千冬さんは席を立つ。
私も一緒に立ち、お姉ちゃんの後に続いた。
私たちはお金を払い、店を後にする。
ゆっくりと歩く私たち。ずっと無言だ。ただの無言じゃない。この無言は気まずいときのものだ。
やっぱりお姉ちゃん、怒っているよね? 絶対に怒っている。そうだよね。この場合はお姉ちゃんが正しく、お姉ちゃんの言っていたことに反したんだから。
「お姉ちゃん、怒っていますよね?」
「ああ、怒っている」
「私が告白に成功したいって本気で思っているからですか?」
「そうだ。お前は私の妹だ。妹が振られると分かっていながら、それを実行しようとしている妹を怒らずいられるか」
やっぱりそうだった。お姉ちゃんは怒っている。
「……ごめんなさい」
「謝罪なら告白するのを止めてくれればいいのだがな」
「それは……無理です。告白したいから」
「成功するわけがないのにか?」
「はい。それでもです。それでも告白して、恋人になってほしいです」
お姉ちゃんは鋭い視線を私に向けるが、それに対抗するように私はお姉ちゃんの目を見つめる。
しばらく睨みあっているような状態が続いて、お姉ちゃんがついに負けたかのように目を逸らした。
そして、私に近寄る。
私は叩かれたりするのかと思い、思わず身構える。
しかし、考えても当たり前のことだが、そういったお仕置きとかではなかった。お姉ちゃんは私を抱きしめた。
「え?」
「そういえば詩織にはアドバイスをしていたな。ただ自分の愛だけを見ていろと」
「えっと、はい」
「ならば、そもそも詩織にそう言った私がどうこう言える話じゃないな。私自身がそう言ったんだからな。ならば、私はお前の告白を見守るだけだ」
お姉ちゃんは私をさらに強く抱きしめる。
私もその行為に甘えて、抱きしめ返す。
周りには人がいなかったので女性二人が抱き合うという百合的な場面を見られることはなかった。
私はお姉ちゃんとはそういう関係になるつもりはない。
確かにお姉ちゃんは綺麗だし、今のように抱きしめられるのは好きだ。正直容姿なども自分の好みだ。私の恋人にしたいほどだ。
しかし、しようとはしない。
それはすでに私の中ではお姉ちゃんは私の姉という認識になっているからだ。ただの憧れの人ではもうない。
もしお姉ちゃんと恋人になることがあれば、それはお姉ちゃんからアプローチがあったときだけだろう。お姉ちゃんから恋人になってほしいと答えれば、私はそのときからお姉ちゃんを姉としてではなく、恋人として認識しなおすだろう。
「もう、行きましょうか」
「そうだな」
私たちはゆっくりと離れて再び歩き出す。
もう先ほどまでのような気まずいものはなかった。
歩くこと十分。お姉ちゃんが足を止めた。
どうやらここが待ち合わせ場所らしい。
待ち合わせ場所は夏には人で溢れるであろう砂浜の隅だ。近くには岩場だらけで、夏になってもあまり人が来なさそうな場所。いわば人気のない場所だ。ここならたとえ束さんが来ても誰かに見られることはないだろう。
「あと三十分ほどか」
「結構ありますね」
「そうだな」
「なら、座って待ちましょう」
「それはいいが、その、服は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。その程度は気にしませんから」
私は砂の上に座ろうとするが、その前にお姉ちゃんに止められた。
「座るならそこの岩でいいだろう。そっちのほうがあまり汚れなくて済む」
私は言われた岩に座った。
ここなら確かに砂の上に座るよりも服が汚れなくて済む。私の服は白っぽい服だから砂ならあまり目立たないのだが、それでも細かい汚れが付いてしまう。
でも、岩はそんなに砂がないからあんまり汚れない。汚れるは汚れるがレベルが違う。
私が座ったちょっとごつごつとした岩にお姉ちゃんも座る。
私の目の前には海が広がる。やはり自然というのは私を癒してくるものだ。
IS学園は島なので海はいくらでも見られるのだが、砂浜などほとんどなく、なんだろうか、あまり癒されるという感じがしない。
それに比べここの海は違う。海を見るために来る人がいてもいいという十分な魅力がある。それが何なのかは分からない。
まあ、そういうのは私の専門じゃないからどうでもいいや。私は周りのみんなと同じ見て満足する側であって、そこから何かを感じて言葉に表したりする詩人とかではないんだから。
そうやって見ているとこの海の雰囲気に当てられてか、お姉ちゃんが私の肩に手を置き、自分のほうへと寄せた。
私が第三者から見れば、それは仲のいい姉妹ではなく、愛する恋人同士にしか見えないだろう。
「な、なんだかこういう風にされると……」
「恋人みたい、か?」
「……はい」
恥ずかしくて俯く。
「ふふ、詩織とそういう関係になってもいいかもしれんな」
「ふえっ!? そ、それって告白ですか!?」
私と恋人になってもいい。
それはどう聞いても告白にしか聞こえなかった。念のためにもう一度考えるが、やはりどう考えても告白以外には聞き取れない。
今日姉妹になったのに今日のうちに恋人になるの!?
私の頭の中で混乱していると、その原因であるお姉ちゃんは微笑む。
「告白じゃないぞ。ただ、詩織とならば恋人になってもいいというお前に対しての評価のようなものだ」
「も、もう!! びっくりしちゃったじゃないですか!! 私、お姉ちゃんとなら恋人になっていいって考えているから、そういう紛らわしいのは止めてくださいよ!!」
「!! そ、そうなのか」
次はお姉ちゃんのほうが顔を真っ赤にした。
レアな表情に私の心は震える。
なんか可愛い!
いつものクールな姿とは真反対といってもいいほどの姿だ。この姿もまた見たことのある人は少ないだろう。
「その、詩織は私のこと好きなのか?」
「好きですよ。でも、今はお姉ちゃんとしてです。ただ、いつでも恋人としての好きになるってだけです。そうなるのはお姉ちゃんが私のことそういう意味で好きになってくれたらです。私の身勝手ですけど、お姉ちゃんに対しては受身の姿勢です。私はお姉ちゃんのこと姉としてしか見てませんから」
「むう、上から目線に聞こえるぞ」
「あっ、ご、ごめんなさい」
自分の台詞を振り返れば何様だと思うほどの言葉の数々だった。
いや、本当に何が好きになってくれるとき、だ。最近、恋人ができて幸せだから調子に乗っているのではないのだろうか。
私は恋愛ゲームでいうところでいう、攻略する側だ。決してされる側ではないのに。
でも、束さんに告白する前にそれが分かってよかった。
こんな天狗の私が万が一のハッピーエンドを掴み取るなんてできないから。
「いや、いい。まあ、私もそういう気はないからな。変わるかもしれんが、今は姉妹だ。恋人になるつもりはない」
「はい、分かっています、お姉ちゃん」
それから待ち合わせ時間まで待った。
その数分前になると私はちょっと不安になった。
この不安は告白に対するものではない。待ち人である束さんが来るのかということに対する不安だ。
「あ、あの、束さんって本当に来るんですか? 数分前だって言うのに来る気配がないんですけど!」
体を動かして周りを見回しても、どこにも人はいない。いや、いなくないのだが、おそらく束さんであろう変装している人物がいないのだ。
ゆえに私は不安になった。
「ま、待て! 涙目になるな! あいつは絶対に来る! あいつは少なくとも私や妹との約束は守るやつだ! それは私が保証する!」
「ほ、本当ですか? 実は私がいることに気づいて止めたとか……」
「ない! そんなときは必ず連絡をするはずだ」
「でもでも、来ないじゃないですか!」
「念のため時間まで待とう。話はそれからだ」
お姉ちゃんは何とも申し訳なさそうな顔をして、小声で「あの馬鹿!」と呟いた。
そして、予定の時刻の数十秒前。そのとき、私たちは何かが迫っているのを聞いた。それは飛行物体だ。何か分からないが、飛行物体が迫ってきていた。それは私たちのほうへ向かってきている。近づいてきて形を見るとミサイルのような形だった。
その飛行物体の形を確認したときの私たちの行動は早かった。
「詩織!」
「分かっています!」
私たちはすぐさま立ち上がり、逃げる体勢に入った。
もちろん私たちは逃げるよりも飛行物体がここに着くほうが速いと分かっていた。ただ自分たちの身を守るためだ。幸いにもここは岩場だらけである。岩場の陰に隠れれば死なずに済むはずだ。
私たちは駆ける。私たちは身体能力が高いおかげでごつごつとした岩に躓くことはなかった。私たちは飛行物体が着く前に何とか岩陰に隠れることができたのだった。
お姉ちゃんはそこから私を守るために私の覆いかぶさる。
私は守られたくはなかったが、私は受け入れた。
しばらくそうしていたが、来るはずの爆発や衝撃が来なかった。ただ何かがブシュッブシュッという連続した音を立てていた。それが治まり、プシュ~という音と共に何かが開く音がした。
そして、
「やっほー! みんなのアイドル、束さんだよ~! って、あれ? 誰もいない?」
そんなさっきまでの雰囲気とは反対の雰囲気を醸し出す声が聞こえてきた。
私たちはゆっくりと岩陰から顔だけを出す。
そこには無邪気っぽさのある、私の、私の初恋の人がいた。