「さて、行こうか」
「はい」
ここIS学園は島にあって、実は日本の本州に行くにはIS学園と本州を繋ぐ、モノレールに乗らなければならないのだ。このモノレールを利用できるのは特別な日を除いてIS学園関係者のみであるのだが、数十分に一度の頻度で来るのだ。
しかし、運転するのは人間ではない。コンピュータによる自動運転だ。平日は特に誰も乗らないというのがあっても問題ない。
駅に着き、待つことわずか数分。まだ誰も乗っていない車両へ乗り込んだ。
やはり誰もいないというのは変な気分だ。私の中では必ず仕事やら旅行やらの人たちがいるというイメージだからだ。なのにここには全くいない。だから余計に中が広く感じる。
「やっぱり違和感がありますね」
この気持ちを共有してもらおうと千冬さんに話しかける。
「ああ、私もそう思う。この時間帯ならば人で溢れているからな」
現在は通勤ラッシュの真っ最中だ。
田舎に暮らしていないので田舎の駅はどうなのかは知らないが、私の暮らしていた町の駅では色んな人でいっぱいだった。
私たちは長椅子に座る。
ただ座ったのはいいのだが、周りに誰もいなさ過ぎてなんか落ち着かない。
な、なんだろう? いつもは私一人だけというのもいいかななんて思っているのに実際にそうなると人がいてほしいと思ってしまう。
「あの……千冬さん。もうちょっと隅に移動しません?」
長椅子の真ん中に一緒に座っている千冬さんに提案する。
「ん? なぜだ?」
そ、そこでそう返しますか。千冬さんって結構堂々としているよね。
「落ち着けなくて」
「そうか?」
「ええ、そうなんです。私、千冬さんみたいに真ん中に座るなんてできません」
「ハーレムを作るなんて夢を立てたり、これから束に告白するやつが言う台詞じゃないな」
「……」
本当に何も言えない。
「まあ、いいだろう」
千冬さんは笑いながら場所を移動してくれた。
私たちは隅のほうに座った。
うん、やっぱりこの場所が落ち着く。
しばらくそうして座っているとモノレールが動き出した。
このモノレールが止まるのは約十五分後くらいだ。
「っと」
動き始めたせいで慣性が働き、千冬さんの方へ寄る。
私は必然的に千冬さんに寄りかかる形になる。もちろんのこと密着して。
「す、すみません」
思わず謝ってしまう。
「謝る必要なんてない。なんならこのままでいい」
「えっ!? いいんですか?」
「周りに誰もいないしな」
「じゃ、じゃあ」
そう言われたからには遠慮なく。
私は千冬さんの腕に抱きつき、頭を千冬さんの方に置いた。
「……なぜ腕に抱きついた?」
「……せっかくなので」
「まあ、いいか」
千冬さんはそれだけいうと何も言わず、黙って腕に抱きつかせてくれた。
私にお姉ちゃんはいないので、もし姉がいたらこのようにしてくれたのだろうか。
前世も今も私には姉も兄もいなかったので、思わずそう思ってしまう。兄や姉を持っている周りの人たちはうざいとか言っているけど、お姉ちゃんかお兄ちゃんが欲しかったなと思っている私はよく分からなかった。
「……お姉ちゃん」
「ん? おねえちゃん?」
「えっ!? あうっ、ち、違うんです!」
無意識に声に出てしまったようだ。
私は羞恥とともに千冬さんから離れずにむしろ近づくようにその真っ赤な顔を千冬さんの腕に埋めた。
「いや、違うくはないだろう。私の耳にははっきりと聞こえていたぞ」
「……ごめんなさい。私お姉ちゃんがいたらこんなことしていたんだろうって思って……。それでつい」
く、空気が微妙だ。さっきも何もしゃべらなかったが、今の空気は先ほどとは別のものだ。うう、どうしよう。
「月山、いや、詩織」
「は、はいっ」
「まあ、その、なんだ。私はお前に姉と呼ばれてうれしく思う。お前さえよければこのような二人きりの場合は私のことを姉と思って呼んでもいい」
「い、いいんですか?」
あまりの出来事が目の前で起こった。
憧れの人が自分のことを姉だと思っていいと言うのだ。こんな出来事があっていいのだろうか。というか、今日束さんに告白しに行くんだよね? その前にこんなうれしい出来事があるのって私が振られるってことを暗示しているの?
うれしい反面、不安があって本当に複雑だ。
しかし、だからといってこのうれしい提案を受け入れないという選択肢はない。
「でも、一夏が……」
「一夏は一夏だ。ここだけの話だがあいつは可愛い弟だ。だが、まあ、妹というのもいい気がする」
「つまり、弟と妹が欲しいと?」
「そうだな」
千冬さんは相当のブラコンのようだ。いや、私も妹みたいな扱いになるからシスコンもか。
「えっと、お姉ちゃん」
「!!」
「わうっ」
私がそう言うと千冬さんが抱きしめてくれた。
私は慌てるものの、黙って受け入れることにした。
いや、だって千冬さんが抱きついてきたんだよ。どうして無理に離れようか。
しばらくして千冬さんが離れる。
「す、すまない。つい」
「べ、別にいいですよ! 私もうれしかったです」
「そうか。だが、これは二人のときだけだぞ? それ以外は教師と生徒だ。いいな?」
「分かっています」
千冬さんとプライベートだけでもこのような関係になれただけでも、すごいことなのだ。この関係を密かに続けたいと思っている私は周りを気にしようと思った。
「えっと、お姉ちゃん。そろそろ着きます」
「むっ、そのようだな」
千冬さんをお姉ちゃんと呼ぶ度に私の心に喜びが荒ぶる。
一夏には悪いけど今だけは私のお姉ちゃんだから。
憧れの人を姉として慕うというこの気持ちの高揚を私は止められない。だってずっと欲しかった姉だもん。私が長女である時点で兄か姉が存在するわけがなかった。両親だって、うん、本当にラブラブで、絶対に離婚はないから義理のが付く姉や兄ができることは決してない。
なのに私は姉を手に入れることができた。実のとか義理のとかそういう固いものではないが、こういう二人きりのときは私の姉になってくれる。それだけでいい。
私は千冬さん――じゃなくて、お姉ちゃんの腕にぎゅっとさらに力を込めた。お姉ちゃんに自分という存在を実感してもらうために。
それに対してお姉ちゃんは頭を撫でてくれた。優しく優しく。
私はこのモノレールが止まるまでずっと撫でてもらった。
「着いたようだな」
「はい」
その言葉と同時に千冬さんが撫でてるのを止める。
名残惜しかったが、妹という立場があるんだからと思い、あきらめた。
私たちは降りて、私は行き先を知っているお姉ちゃんの後ろについていく。
私はお姉ちゃんの後ろで微笑む。
だって、姉の後ろをとてとてとついて行くことも夢だったんだもん。こうやって子どもの私は大人のお姉ちゃんの背中を見て、成長したかった。
「詩織、この車だ」
「これがお姉ちゃんの?」
「そうだ」
目の前にあるのは二人乗りのスポーツカーだった。車にはあまり詳しくないからちょっと自身はないけど多分スポーツカーだ。その車のボディは赤く、私にかっこいいと思わせた。
お姉ちゃんは鍵を取り出し、鍵の持ち手にあった小さなボタンを押し、車のロックを解除した。
私は助手席側に座る。
「よ、よろしくお願いします」
「ふふ、そんなに畏まらなくていいぞ。二人きりのときは姉妹なんだから」
「それでもです。こういうときは千冬さんはお姉ちゃんですけど、それでも最低限の礼儀は必要です!」
親しき仲にも礼儀あり、だ。
姉妹にしてもらったけど、やっぱり実のではないのだ。あくまでも姉妹に似た関係である。礼儀は欠かせない。
「シートベルトはちゃんとしろよ? 事故というのは気をつけていても起こる時だってあるんだから」
「分かっています。私も死にたくないですから」
事故でシートベルトをしているのとしていないのとでは死亡率が大きく変わる。いくら私の体が頑丈とはいえ、みんなといちゃいちゃしたいから死ぬ可能性は少なくしたい。
「では、出発する」
千冬さんが運転する車が発進した。
私は千冬さんの集中を乱さない程度に会話をした。
それから数時間が経ち、ようやく目的地に着いた。場所は海岸沿いだった。
途中、休憩があったが、やはり数時間というのは精神的に疲労が溜まる。
私は車を出ると両手を組んで、背筋を伸ばす。
「やはり疲れるな」
「やっぱり千冬さんもですか? いたっ」
同意を求めたところでこぴんをされた。
「詩織、その、私のことは姉と呼ぶように」
「分かりました、お姉ちゃん」
私は額を押さえて返事をした。
そして、再び同じ問いを言う。
「そうだな。久しぶりに運転をしたし、隣に誰かを乗せたことなんてないからな」
「じゃあ、私が初めてですか?」
「そういうことになるな。まだ一夏も乗せたことがない。いや、そもそも私が車を持っているなんて事実さえ知らない可能性はあるな」
「なんで乗せてないんですか?」
私が初めてということがうれしくないわけではないのだが、千冬さんはブラコンだからてっきり乗せているかと思ったのだ。
なのに乗せるだけでなく、車の存在すら知らせていない。
「私が車を買ったのはIS学園の教師になってからだ。私は基本IS学園にいるから滅多に家に帰らないんだ」
「でも、帰るときはあるんですよね? そのときは?」
「基本、電車か新幹線を使うな。それで家の近くの駅まで行き、歩いて家に帰る」
「なぜ車じゃなく電車を?」
普通に考えて電車などを使わずに車で家まで帰るはずだ。
「私の家に残念ながら駐車する場所がない。そして、近くにもだ。なので、電車を使うというわけだ」
「なるほど」
車を停める場所がないのに車で帰るわけにはいかない。
ならば電車で行くしかない。
「さて、あいつと会うのは午後だ。詩織、お腹は減っているだろう?」
「あっ、そうですね」
そう言われて体が空腹を認めたようにお腹空いたと思うようになった。
幸いなのはエネルギーを求めたお腹が鳴らなかったという事か。
前世は確かに男であったが、今はほぼ女である。人前でお腹が鳴るというのはより恥ずかしい。特に目の前にいるお姉ちゃんに聞かれることが。
簪たち恋人は聞かれてもいいと思っている。
この違いは何だろうか? それは恋人たちを私の中では家族的な位置付けをしているからで、一方で千冬さんはお姉ちゃんとは呼んでいるが、簪たちと比べると新密度がまだ足りない。
「どこがいい? 金は私が払うから遠慮はするな」
「えっ? それはさすがに悪いです! 私もちゃんとお金は持ってきています。自分のは払います」
「遠慮はするな。ここは大人の私に甘えろ」
「でも、私はたくさん食べますし……」
この体は燃費が悪い。残念ながら一人前で足りるような体ではないのだ。つまり、お金がかかるのだ。これが一人分のお金しかかからないならば、私はお姉ちゃんの申し出をすぐに受け入れていた。
「それでも構わん。お金のことは気にするな」
「でも……」
「でもじゃない。それに今は姉妹だぞ? そういう意味でも妹は姉に遠慮はするな」
お姉ちゃんは私の頭を撫でてそう言った。
うう~撫でながらそう言われたら何も言えないじゃん。
「分かりました」
私は結局奢られることとなった。
「さて、詩織。お前はどこがいい?」
海の近くだが、この町は別に田舎というわけではない。漁業と砂浜のある海を中心として発展した町だ。海を目的に来たりする人は多くいるのだ。なので、近くにはホテルや飲食店が数多く存在する。
私は近くに設置してあったマップを見る。
大まかだが、どこに何があるのかが分かる。
私は店の名前を見て何の飲食店なのかを知る。
「う~ん。逆にお姉ちゃんはどれがいいですか?」
たくさんありすぎて困る。
なので、逆に聞いてみた。
「そうだな。これはどうだ?」
マップを指差した場所を見るとその店はハンバーグなど提供しているようだ。
お肉、か。ちょっと脂っこいけど、この頃はIS学園の栄養バランスを考慮されたものばっかりだったからちょうどいいかな。
……ただしばらくはお肉を食べようとは思わなくなるけど。
うん、さすがに無理。いくら燃費の悪い私とはいえ、お肉ばっかりを食べるのは無理だ。ただでさえお肉をたくさん食べるのだ。飽きる。
「それにします」
「決まりだな」
ここから歩くこと数分。目的の店に着いた。
やはり店はハンバーグを扱う店だった。
ちなみに千冬さんは世界的にも有名なので軽くだが変装をしている。……サングラスしかかけていないが。
私は不安だったのだが、ここまでの道中、誰も千冬さんだって気づかなかったし、店という狭い空間内でも同じだった。
私はお姉ちゃんをチラッと見る。
う~ん、この程度なら気づくと思うんだけどなあ。
サングラスをかけたお姉ちゃんを見て、そう思った。
私たちは店員に案内され、自分たちの席に座り食べたいと思うものをいくつか選ぶ。もちうろんのことそこから一つ選ぶなんてしない。全部注文するに決まっている。ちゃんと食べられるから。
「お姉ちゃん、私は決まったけど、そっちは?」
「私も決まった」
決まったようなので私は備え付けられた店員を呼び出すチャイムを押した。
店内にメロディーが流れ、店員に知らせる。
しばらく待つと注文を聞きに店員が来る。