「愛は後から、か。私は姉さんが愛するとは思わないが……」
「頑張るわ」
「いや、頑張るとかの問題ではない。あの人は、そうだな、別の生き物なんだ。私たち人間が動物に対して何か訴えても、動物が何も感じないように、姉さんに対して愛を伝えても何も感じないんだ」
「それでもよ」
私だって身体能力で言えば別の人間だ。束さんが人間ではない別の生き物ならば、化け物みたいな私とちょうど合うのではないだろうか。
束さんのことが好きな私はそう思ってしまう。
「……分かった。もう私はこの件に関して何も言わない。もし詩織が振られたり、恋人になって利用されるだけだって分かり、落ち込んだらそのときは私の元へ来い。私が、そ、その、慰めるから」
「そのときはよろしくね」
そう言うが私の中には全く束さんに振られるとかそういうのは感じていなかった。
でも、と考える。
でも、もし千冬さんや箒の言うように振られたら? 束さんが私を利用するために恋人になって、私は頑張るが結局私に恋心を抱かなかったら?
そのときの私を私は思い描けない、いや、思い描きたくない。それを想像なんてしたくない。それだけでも私の心にひびが、穴が開くだろう。
箒のときと違い、想像だけでそれだけのダメージを想定できたのは、束さんが私の初恋の相手で、その想いはもっとも大好きな簪レベルだからだ。
束さんへの想いは一度は諦めかけはすれども、その想ってきた長さで言えば誰よりも長いのだ。そのくらいのダメージを受けると想定して当たり前だ。
「あと、一応聞くんだが、詩織はハーレムとか言っているが、大人になったらどうするんだ? みんなとは別れなければならないし、結婚とかがあるだろう?」
「? 何を言っているの? 大人になっても別れる気なんてないわよ」
「わ、別れないのか?」
「当たり前よ。なんで別れなければならないのよ」
「し、しかし、ハーレムのみんなの結婚とかは……」
「もちろん私と結婚じゃないの?」
「……」
私の言葉に箒は絶句していた。
「言っておくけど私は大人になったら別れるなんてことはしないわ。だって、そんなのは遊びという意味で付き合っていたってことになるじゃない。私はそんなつもりはないわ。これからもずっと一緒にいるつもりよ」
私のこの考えは重いのかもしれない。重すぎるのかもしれない。
でも、私はどうしてもそんなことができないのだ。ちゃんと最後まで責任を持ちたい。つまりずっと一緒にいたい。
私の考えってやっぱりおかしいのかな。
恋人というのはいろんなことをする。キスをしたりデートをしたり体を重ねたりと。そんなことをするのに遊びでなんて考えられないのだ。
「ねえ、私のこれっておかしいの?」
目の前には友人の箒がいる。分からなかったので聞くことにした。
「……私は変じゃないと思う。むしろ私もそれのほうがいい。一夏と恋人だけで終わりたくない。一夏と家族になりたいから。でも、現実は違うだろう? 例え恋人になっても、それが夫婦になるわけじゃない。何度も別れて結局は違う人と夫婦になることになる。こっちが夫婦になるつもりでも相手はそこまで思っていないときだってあるんだ。だから……」
「そう、よね。現実だもんね。最後まで一緒なんて滅多にないわよね」
しかし、私は現実では難しいからといってあきらめたくはない。この夢を叶えたいと思う。
そのためには私はどうすればいいだろうか。
私が思いつくのは私のことをもっともっと好きになってもらうということだけだ。結婚とか別れるとかを決めるのは心だもん。ならば最後までいるためには好きにさせればいいという考えに行き着いた。
他に障害はないはずだ。あるのは私のことを好きでいてもらうという障害のみだ。
私は簪とセシリアを脳裏に思い浮かべる
それから私は二つの未来を思い描いた。
一つは私と二人が別々の道を行く。つまり、私にとってバッドエンドだ。
もう一つは私と二人が同じ道を行く。つまり、私にとってハッピーエンドだ。
私の中にはこの二つの未来しかない。
しかし、バッドエンドの未来はハッピーエンドの未来よりも大きいものだった。それはハッピーエンドが難しいことを意味する。
「箒、ハッピーエンドを迎えたいわね」
「……そうだな。私もハッピーエンドを迎えたい」
意図を察した箒はそう答えた。
「険しい道ね」
「ああ、本当に。だが、詩織の道のほうが険しい。私は一夏という異性同士だが、詩織は同性が相手で複数人だ」
「……分かっているわ。私の道は普通よりも険しいもの」
私たちの互いの恋の話はここで終わった。
そこから少し話をして、箒の予定の時間が来た。その時間とは一夏に剣道を教えるということだ。これは昨日の試合の予定が決まったときからやっているようで、それを今でも続けているようだ。
で、私とのアドバイスの時間は一夏に体力を付けてもらう為にランニングと素振りをやらせているらしい。
この時間って一時間くらいあるよね? まさか一時間中? 私はちょっとハードだなと思った。
まあ、それを言ったら私がやっていたのもそうだけど。
「じゃあ、明日ね」
「ああ、また明日だ」
私たちはそう言って別れた。
私はこの後は予定はないので、部屋に戻ることにした。
部屋に戻っても簪はいない。当たり前か。
私は簪の手伝いをして時間を潰したのだった。
それから時間が経ち、簪が帰ってきた。
「ただいま」
「ん、おかえり」
私は作業を止め、デバイスを片付けた。ちょうど簪も荷物を置き終わる。
簪は私と向き合うと、
「詩織」
「へっ? んむっ!?」
私に向かって駆け、油断した私の唇を塞いだ。そして、私の腰に腕を回した。
「んっ……んん……ちゅっ……」
簪はまるで飢えた獣のように私にキスをする。
私は抵抗することはしなかった。私も簪とのキスを楽しんでいたからだ。
今の私はいつものように攻めはせず、攻められるだけだった。
簪は私のほうへ体重をかけ、ゆっくりとベッドに座っていた私を押し倒した。
「か、簪? い、いきな――んっ」
「んはっ……詩織、私……ずっと我慢、してた。もう、放課後。いちゃいちゃして……いいよね?」
「いいけど、でも、んちゅ」
「ん……静かに。今はキス」
私はもう何も言わない。言おうと思ったけど、キスに集中することにした。
簪のキスは最初に比べると上手くなっていた。簪のキスは激しくなり、簪が舌を入れてくるようになる。それに答え私も舌を出し、絡ませた。私たちは互いに絡ませたり刺激を与えることで快感を得合う。
あ、あれ? な、なんだか気持ちいい……。前よりも気持ちいい。こんなに上手くなるんて本当にエッチな子になっちゃったんだ。
またまたそれを改めてそう感じる。
私たちはしばらくキスを楽しむ。けど、興奮が高まるにつれてキスだけでは満足できなくなった。
「詩織、ちょっと……先に行っていい?」
「先って?」
「昨日みたいなことは……しない。けど、ここを……触って……いい?」
「あんっ」
簪が私のおっぱいに手を置き、軽く揉んできた。
「きょ、許可してないのに、触っているじゃん!」
「ごめん。でも、いいよね?」
「……いいよ」
体を熱くしながら私は答えた。
確かに昨日までのように先へ進まずに今回はキスとおっぱいを揉むだけで終わった。
私たちはそうやって時間を過ごした。
それからまた時間が過ぎる。今日は束さんに会う日だ。
あれから今日までのことだが、私は日曜日にセシリアとデートをすることにした。
土曜日に束さんへ告白する翌日というのは……と思ったのだが、早くセシリアと仲良くなりたいと思っていた私はその日にしたのだ。
もし振られたらということを考えたら、私は確実に翌日まで引きずる。うん、確実に引きずるね。
まあ、私は束さんと恋人になるつもりだけど。けど、もし振られたらそのときはセシリアには悪いけど、慰めてもらおう。ある意味これも私を知ってもらうことだ。私がしたいデートとしてはちょうどいい。
今日までセシリアにはずっとアピールし続けた。会うたびに耳元に口を寄せて「愛してる」とか囁いたり、人気のないところでは頬にキスをしたりと。そうやってセシリアの好感度を上げようとした。
セシリアはそのたびに顔を赤くしていたので、たぶん上がっているはず。
セシリアのほかにはあまりないかな。簪とはいつもどおりだもん。
さて、今日は私が小さい頃から束さんに告白しに行くのだが、実は遠足前の子どものようにあまり眠れなかった。
いや、だって小さい頃から好きだった人に会えるんだよ! しかも、ただ会うんじゃなくて告白しに! 緊張とか不安とかで眠れなくて当然じゃない!
私はまだぼーっとする頭を必死に働かして、ベッドから何とか出て準備を始める。
私服はもちろん持ってきている。ただ、周りの女の子のようにたくさんとかではないが。
私も女の子なんだけどどうも前世を引きずっているところがあって、服をそんなに持っていない。確かにこんな可愛い自分を見たら自分に似合う服が欲しいなんて、着せ替え人形感覚で思ったりする。そして、どの服を着せよう――着ようか迷ってしまう。
しかし、これも似合う、あれも似合う、じゃあ、全部買っちゃおうとかはしない。一番似合うのはこれだね。じゃあ、これだけ買おう。で、しばらく経って再び店を訪れてまた買おうとはしない。
女の子になったけど、やっぱり前世に引かれる部分があって理解できない部分があった。
そんなことを考えながら私服に着替えた。
私は鏡を見てどこもおかしなところがないかを確かめる。
うん、綺麗だね。もちろん私が。
「詩織?」
「起きたの?」
簪が起きたようで顔を向ける。
簪は上半身を起こし、目元を擦っていた。
「うん。詩織、告白しに……行くから」
簪は不満げな顔をしてそう言った。
もちろんのこと束さんに告白するということは恋人二人には伝えている。
伝えられた二人は予想通り今の簪のように不満げだった。二人とも小さな声で告白するのをあきらめさせようとしていた。
だが、私はあきらめない。大好きな人から言われようとも私の夢はハーレムだから。
「ねえ、本当に……行くの? 私も詩織の夢を……理解している。でも、やっぱり……私たちだけじゃ……ダメ? オルコットはともかく……私は詩織のこと……好き。本当に好き」
「簪の気持ちはうれしいけどそれでも私は行くの。行っても簪のこと嫌いになるわけじゃないんだよ。受け入れてなんては言わないけど、黙って行かせて」
「……」
簪は不満げな顔を隠すようにベッドに横に横たわった。
「……分かった」
そして、小さく呟いた。
「ありがとう」
私はベッドの傍まで行き、頭を撫でた。
「詩織」
「何?」
「振られたら私が……慰める、から」
「そのときはお願いね。でも、告白前に言わないで欲しかったかな」
私は苦笑いしかできない。
「簪、私もう行くからね。まだゆっくり寝ていていいから」
「……詩織が別の女と……告白しに行くのに寝ていられ、ない」
「そう」
私は唇と頬にキスをして、この部屋を出た。
確か待ち合わせ場所は……寮の前だったよね? うん、間違いはない。
記憶を思い返し、間違いがないことを確認し、そこへ向かった。
寮の前には待ち人はおらず、部活などで朝早くから練習に励もうとする生徒が通るだけだった。
寮の前を通る生徒たちは私服の私を何度か見た。
何度も見たのは私の可愛さ、または美しさにだろうか。それともただ寮の前にいる変な子としてか。
私は時間を確かめるために腕時計を見る。
うん、時間はまだある。
私は念のために忘れ物がないかを確かめる。忘れ物はなかった。
「そういえば……束さんに会うときは生徒会長モードじゃないほうがいいよね? うん、生徒会長モードじゃないほうがいいね」
私は生徒に対しては生徒会長モードで対応しているが、先生や生徒以上の年上の人たちには生徒会長モードを解いている。
だって生徒会長モードはお嬢様口調でちょっと威圧あるもん。先生とかにそんな口調できないよ。じゃあ、口調だけでもとなるのだが、どうも自動的にそうなってしまうのだ。
えっ、私人間だよね? 何この仕様。
「どうやら待たせたようだな」
生徒会長モードをどうこうしている間に千冬さんが来た。
千冬さんの服装は……スーツだった。いつも学園で着ている仕事着である。本当に色気の「い」の字もない。
う~ん、もったいないよ。せっかく美人なのに!
「あっ、おはようございます、千冬さん」
「ああ、おはよう」
「私はそんなに待っていませんよ。大丈夫です」
「そうか」
千冬さんは軽く微笑んだ。
いつもは見られないレアな表情だ。みんなに見せているのとは違う、別のものだ。
私って本当にいつもいろんな体験をしているよね。前世は前世でよかったけど、今回の人生はハーレムやら世界クラスの有名人に会えたりするんだから。