千冬さんと別れた後、私は屋上へと向かった。
屋上にはすでに誰かがいた。その少女は私を待っていて、私もまたその少女と屋上で待ち合わせをしていた。
その少女は簪やセシリアではない。別の少女だ。
「ごめんなさいね、遅れたわ」
「知っている。千冬さ――織斑先生に呼ばれていたからな」
その少女は一夏の幼馴染で束さんの妹である箒である。実は箒とは最近、放課後に集まるようになっていた。それはもちろん一夏へのアドバイスのためだ。
一度約束した以上、私は責任を持ってそれをやり遂げるつもりでいる。
それは私の恋人たちが一夏に奪われないこともあるが、第一は箒の恋を成就させるためだ。彼女とはもうこの学園では一番の友達と言っていいほどだ。私は友達の一人としてアドバイスしている。
「それで、早速今日試した?」
「ああ、た、試した」
「どうだった? 一夏は喜んでくれた?」
「……う、うん、とても喜んでくれた」
箒は頬を染めて恥ずかしそうにそう言った。
箒が一夏にしたのは昼食を作ってそれを一夏に食べさせるということだ。これでまずは一夏にできる嫁アピールというわけだ。しかも、滅多に人が来ない屋上で二人きりという状況でだ。これを日常化して、基礎を固めていくというわけだ。
「それに、あ~んとか、か、間接キスも」
「か、間接キス!? あ、あなた何をしているの!?」
あ~んはまだ理解できる。でも、間接キスは違うでしょ!
「ま、待て! これは一夏のせいなんだ!!」
「どうしたら一夏のせいになるのよ!!」
「前にも説明しなかったか!? 一夏は鈍感なんだ!! 本当に本当に他人から向けられる恋心にどんなにアピールしても気づかないほど、鈍感なんだ!」
「……あなた、一夏のこと本当に好きなの?」
悪口とも取れる発言にそう呟いてしまう。
「好きに決まっているだろう! 結婚したくらい好きだ!」
「……そ、そうなの」
私は箒の大胆な発言に思わずに恥ずかしくなる。
私は将来はハーレムのみんなと家族になりたい、つまり、結婚したいとほとんど同等の思いを持っているのだ。だから、将来は今の目の前の箒のようにプロポーズのようなものをしなければならないのだ。
私は前世では離婚はしなかったので一回しかプロポーズはしていない。なので、プロポーズとなると勇気がいるのだ。いや、まあ、プロポーズに慣れているほうが変な話だが。
とにかく、そんなときが来るのだ。
まだそのときではないが、みんなはそれを受け入れてくれるだろうか。
箒のプロポーズの言葉にそう思ってしまう。
「とにかく、原因は私ではなく、一夏だ! いくら私が一夏のことを好きでもそんな大胆なことができるわけがないだろう! 一夏のほうから私にしてきたんだ!」
「……理解したわ。それで一緒に仲良く食べた後はどうしたの?」
「仲良くは、た、食べてない」
「あ~んなんてしたくせに。これを聞いてどうして仲良くしてないって言えるのかしら? というか、これが仲良くしていないって言うならどれが仲良くしてるって言えるのよ」
「ぐっ、な、仲良くしていたかもしれない」
「しれないじゃなくて、していたのよ。で、そのあとは?」
なんだか二人(というよりは箒かな?)が楽しんでいるようで、何よりなのだがちょっとお腹いっぱいな気分だ。
私と簪たちがやっているようないちゃいちゃを第三者から見たら同じなのだろうか。
「そ、そのあとは屋上で終わりまで雑談をしただけだ」
「それだけ? 手を繋いだりとかは?」
「て、手を繋ぐなんて私にはまだ無理だ!」
「なら何も?」
このヘタレめ! もうちょっと頑張りなよ!
「か、肩と肩が触れ合うくらいしか……」
「はあ……」
「な、なんでため息をつくんだ!」
「いえ、なんでもないわ。本当になんでもないわ」
「嘘だ! 絶対に何があるだろう! あるなら言ってくれ! そっちのほうがいい!」
「なら言うわ。あなた、せっかくのチャンスなんだからもっと触れ合いなさい」
「ふ、触れ合う? どのくらいだ?」
「さあ? 基準はないわ。でも、あえて言うならば肩と肩程度はダメね。手と手を重ねるくらいはしなさいよ」
一夏はおそらくは恋人を作ったことがないと思う。つまりは異性との接触はほとんどないと考える――いや、考えたい。
だって箒によると意識せずにスキンシップなんてよくするらしいしね。そう考えると異性に対しても接触があったと考えてもいい。さてさてどう考えればいいのだろうか。いや、そこは問題ではない。一夏の中に接触には異性も同性も関係ないと考えていたら、問題も何もないから。
となるとただの接触は意味はあまりないと思われるが、それならばそれを利用しようか。これは一夏が異性との接触は同性とほとんど変わらないと思っているという条件の下だが。
もし成功すれば一夏が箒へ思い抱いたときに一夏はこれまで行っていた接触するのが恥ずかしくて難しくなる。一方で箒はすでに一夏への思いがあり、これまでのことで接触に慣れているので箒が一夏を主導権を握れるということだ。
うん、これはいいかも。
「手と手なんて……」
「あなたね! それは最初は恥ずかしいって分かるけど、いつかは通る道なのよ! というか、これでそんなんじゃ先に行けないわよ」
「さ、先って……」
「……私に言わせないでよ?」
「分かっている! でも、そうだな。そ、その、恋人に、いや、夫婦になるんならそんなことも、し、しなければならないからな」
「分かったなら昼食とスキンシップに慣れることが目標よ。いいわよね?」
「分かった。それを目標としよう」
大丈夫かな? 私は箒には幸せになってもらいたいからこれを本当に成功してほしいんだけど。
「しかし、本当に一夏は私のことを好きになってくれるのだろうか? 私以外の人を選んだらどうしよう」
一夏の鈍感に不安になった箒がそんなことを呟いた。
その心配は私も分かる。私だって好きな人が自分以外を選んだらどうしようなんて思うもん。私はその対策として相手の意思関係なく、恋人にすることで縛ったけど。
私はこれは失敗だと思ったので箒にはこんなことはしてほしくはない。
「そうね、そんな兆しがあったらちょっと強引だけど、寝ぼけたふりをして一夏のベッドに入ったりしたらいいと思うんだけど」
「なっ!? そんな破廉恥なことできるわけがないだろう!!」
「でも、そのときの一夏の心はどんどんあなたから離れていくのよ? あなたは一夏と恋人になりたいんでしょ? だったらそんな破廉恥とかそんなことを思わずにやったほうがいいと思うのだけど。でも、そういう色仕掛けのようなやり方が嫌だっていうならば、告白しちゃったほうがいいと思うけどね」
「告白……」
もし私ならば好きな人のためにやってきたのにその相手が別の人を選ぼうとしたら許せない。だから、私はさっき箒に言ったようなことをするだろう。そうして相手にこれまでの行動を思い返してもらい、相手の心を私のほうへと少しでも傾けるのだ。
けれどそんなことにならないいほうが好ましい。私のほうも、嫌だけど、できるだけ一夏のこと監視したほうがいいかもね。
「今はまだそんなことはないみたいだから、安心しなさい。でも、世の中には一目惚れなんてものが存在するから、分からないけどね」
「うう、安心できない……」
「そうならないためにも頑張りなさい。そのために私がいるんだから」
「分かっている。だが、やっぱりいつも思うが私は詩織をただ利用しているようで、悪い気がする」
「気にしないで。私はあなたのこと友達と思っているのよ。それに、大切な友達の幸せを望むのは当たり前のことよ」
そう言うと箒は恥ずかしそうに俯いた。
その姿を見て可愛く思う。
箒のことはそういう意味ではもう好きではないが、今は友人として好きだ。こういう姿を見て楽しんでもいいよね。でも、ちょっと欲を言うならばこんな姿の箒をぎゅって抱きしめたいかな。
私は一瞬だけそうしたい気分に駆られたが、そんなことをしてしまえば箒はまだ私が自分のことを好きだって勘違いしてしまうかもしれない。妥当なところとしては手を重ねることくらいか。
「そういえば詩織のほうはどうなのだ? その、私の手伝いをして、詩織が自分の恋をできないのは嫌だから」
「大丈夫よ。もうちゃんと作っているから」
「つ、作っているって……まさか」
「ええ、ルームメイトの更識 簪って子と同じクラスのセシリア・オルコットよ」
「ふ、二人も作ったのか!? 二股?」
「違うわ。というか、あれ? 言ってなかったかしら? 私の夢は女の子に囲まれることなのよ。ハーレムというやつよ」
「言ってないぞ!? というか、なんでハーレムなんだ! 一人でいいだろう!!」
「まあ、それはそうだけど、女の子に囲まれるっていうのは私の夢だったのよね。だから、一人に絞るってことはないわね」
「……詩織の夢だから私はもう何も言わないが、その二人はそれを許しているのか? 私なら到底受け入れられないが……」
「なんとか受け入れてもらったわ。でも、二人ともハーレムはあまり好まないみたいだけど」
「当たり前だ。ハーレムは詩織一人と他だろう? つまりあまり二人きりになれる時間が少ないんだ。私だって不満があるぞ」
やっぱり二人が、特に簪が一番不満なところはそこなのだろう。私だって簪たちの立場だったら不満を持っていただろう。私はそれを分かっていながらハーレムをつくるのだから、変な話だが。
まあ、それでもハーレムはあきらめることはないけどね。
「恋人になっておいて悪いが、私はどちらか一人をあきらめたほうがいいと思うが」
「残念だけどそれは無理よ。だってどっちも好きだもの」
「……それは本気なのか?」
「ええ、本気よ。私はあの子たちのことが本当に大好き」
「友人としての好きではなく?」
箒が私の二人への気持ちをどういう意味なのかを確かめてくる。
「あなたもそう言うのね。でも、これは友人としてのではないわ。ちゃんとそれは分かっているし、友人に対してキスをしたいとかエッチなことがしたいとか思わないでしょ? 友人でも思うのは抱きしめたいくらいよ」
「はあ……どうやら説得は無理なようだな。私はちゃんと忠告はしたぞ。私はお前の友人としても、一夏のためにアドバイスをしてくれている恩を返す身としても、ハーレムによる問題は手伝えないぞ」
「分かっているわ」
私も箒に相談しようなんて思わない。私はその問題を自分たちで解決すべき試練のようなものとして捉え、ハーレムのみんなで解決するだろう。でなければ、問題一つ解決できない私のハーレムなんて夢は儚く散ってしまう。私の夢はそういう障害がたくさんあるんだから。
でも、現実がそんなあまいものではないと分かっていても、障害は無いに越したことはない。
どこかの物語みたいにいちゃいちゃするだけでハッピーエンドを迎えたい。
「あっ、そういえばあなたに言わないといけないことがあるわ」
「なんだ?」
「土曜日にあなたのお姉さんに会うことになったわ」
「なっ!?」
束さんは箒の姉だ。実の家族である。
しかし、箒は束さんにあまり良い感情を持っていないようだ。前にクラスで箒が束さんの妹だと知ったクラスメイトが詳しく話を聞こうとしたのだが、箒は怒鳴って話はそこで終わった。
それでも言わなければならないと思ったのだ。
それに千冬さんには恋人になるのは難しいとは言われたが、束さんが私の恋人になってその先があるならば、そ、その、箒も義理の家族になるということだ。
それも含め言おうと思った。
「そ、それはどういう意図でだ? ま、まさかと思うが……」
「たぶんあなたの思っているとおりよ。私、その、告白しに行くの」
「……なあ、聞かせてくれ。なんで姉さんなんだ? 正直に言おう。姉さんなんて好きになっても不幸になるだけだ。本当にだ。姉さんは止めたほうがいい。姉さん以外にも綺麗な人はたくさんいる。絶対にそっちのほうがいいと思うぞ。たとえなれたとしても姉さんは詩織を本当に愛すなんてことはない。何かに利用するために恋人になるくらいだ」
「……あ、あなた、結構ひどいことを言うわね」
千冬さんのときもそうだけど、箒のほうが結構ひどい。
というか、二人にこんなふうに言われる束さんって……。
本来ならばこの時点で多くの者が束さんを好きでなくなる、または嫌いになるだろう。だが、私は違った。
そんなふうに言われる束さんってどんな人なんだろう! 二人から聞くとどんな人物かは思い浮かんだりするんだけど、やっぱりまだピンとこない! ああ、本当に束さんへの想いが溢れてくるよ。
私の場合、このように束さんに関する情報が貰えたということでただ好感度が上がるだけだった。
「これで諦めてくれたか?」
「いいえ、あきらめないわ」
「なんでだ!?」
「私、恋人になれるだけでもいいもの」
「……愛がないのにか?」
「最初はそれでいいわ。愛がなければ後から育むから」
千冬さんに言われて私も多少自信が付いた。
だから後から愛を育むなどという言葉がでてきたのだ。つまり、それは今のセシリアに私のことを好きになってもらうことにも繋がる。
私の中の心構えが揺ぎ無いものへとなったのだ。千冬さんのあの言葉がなければこんなこと言えなかった。