私の上に乗っかった簪が私の顔を覗く。
私はキスのために目を閉じ、簪もまた目を瞑った。見えないが簪が近づいてくるのが分かる。そして、その距離は簪の吐息がかかるほどになる。私の唇と簪の唇が触れる瞬間、
「詩織、好き……」
簪が愛を囁き、私たちはキスをした。
「ん、んんっ……」
舌まで入れているわけではないが、簪のキスは激しく私からわずかな声が漏れる。
やっぱりキスっていい。気持ちよくなれるだけではなく、好きという気持ちを増幅させてくれるから。
しばらくしてある程度互いに満足したのでキスを止める。互いの顔が離れて、最初に見たのは興奮によって惚けている簪だった。ぼーっとした瞳で私を見てくる。
ああ、本当に愛しい子。あなたは私のものだよ。
「詩織……もうちょっと……やら、ない?」
あの程度のキスでは満足できなかった簪がそう誘ってきた。
「ダメだよ。もう時間じゃん。後は放課後だよ」
本音を言えばもっとやりたい。もっと気持ちよくなりたい。授業をサボっていちゃいちゃしたい。欲にまみれたいと思う。
だが、そこは心を鬼にして何とか押さえ込み、断った。
恋人だから愛することは大事だが、何事にも限度というものがある。度を過ぎれば愛の行為はただの欲求を解消するだけの行為に成り下がってしまう。愛ではなく欲のためになってしまう。
そんなのは嫌だ。
私が望むのは愛のある行為だけだもん。
「じゃ、じゃあ、昨日みたいな……」
「それはダメだって言ったでしょ! 絶対にやらないからね」
がっかりする簪を見て思う。本当にエッチな子になったな、と。
う~ん、やっぱりこんなふうになったのは私のせいだよね? 絶対に私と会わなければこんな子にはならなかった。そう何度も思う。
「ほら、学校に行くよ」
「……うん」
簪が元気なさげに言う。
簪がそのまま落ち込んだままというのは見逃せない。私はそんな顔よりも笑顔が見たい。
ああ~もうっ。しょうがないっ。
私と簪の準備が終わり、簪がドアへと向かおうとしていたそのとき、私は簪の手を取った。
「なに?」
「おはようのキスはしたけど行ってらっしゃいのキスはしてなかったよね?」
「あっ、うん!」
「だからそんな落ち込んだ顔をしたらダメだからね。やりたくてもダメだって私は最初に言ったんだからちゃんと我慢して。その代わりそれ以外はたくさんするんだから」
「分かった。それじゃ……」
キスを期待して簪がさらに私との距離を詰めた。そして、目を瞑った。
私も目を瞑りその唇に軽くチュッとキスをした。
「これでちゃんと我慢できる?」
「うん」
私は抱きしめて頭を撫でながら最後に額にキスをし、離れた。
「よし、行こうか」
私は簪の手を取って部屋を出た。
出るとみんなが登校(?)していた。私たちもその流れに乗る。
周りは楽しくで談笑をして、ガヤガヤしていた。けども私たちは何もしゃべらずにただ歩くだけだった。
それは気まずいとかではない。
私たちは互いに触れ合うことを満足しているのだ。今はそれだけだ。会話はしない。
そうしている歩いているとそこで今朝会ったばかりのセシリアと会った。
「また会ったわね、セシリア」
「ええ、そうですわね」
セシリアは私と簪が繋いでいる手を一瞥しながら言った。
「ちょうどいいわ。セシリアも一緒に行きましょう?」
「……分かりましたわ。一緒に行きましょう」
一瞬間が空いたがセシリアは承諾してくれた。
セシリアを簪とは反対の位置に着かせる。私は二人の恋人に挟まれる形だ。
しかし、手は繋いでいないのでセシリアに向かって手を差し伸べる。
「……何ですの?」
「手、繋ごうってことだよ」
「……本当に繋ぐつもりですの? こんな公然の場で?」
「もちろん!」
「そ、その恥ずかしくありません?」
「大丈夫よ。周りを見なさい。ほら、ちらほらと私と簪みたいに仲のいい子がいるわよ」
まあ、周りは私たちと違って本当にただ仲がいいだけなのだが。
セシリアは周りを見て私と手を繋いでも問題ないと判断したようで、そっと私の手に重ねた。
私の両手は二人のぬくもりに包まれる。
その心地よさはただ手を温かくしたのとは大違いだ。その温かさに、その、なんだろうか。何かがあるのだ。その何かをどうにかして言うならば『思い』だろうか。そう、思いだ。それがあるから心地よい。
「詩織、なんでオルコットと……手を繋ぐの? 私だけじゃ……ダメ?」
セシリアに私に対しての愛がないと分かったためなのか、そうでなくともそうなのかは分からないが、そう言ってきた。
私は簪の手をちょっとだけ強く握った。
「言ったでしょ? セシリアは私も私の恋人よ。だから繋ぐのよ。これも満足とかそういうのはではないわ。あなたにとってセシリアが邪魔者だって分かるけど、セシリアも恋人だからそういうことはもう言わないで」
嫉妬というのは愛されている証拠ともいえるので、うれしいにはうれしいのだが、このような場合の嫉妬はあまりしてほしくない。
本当はもっとセシリアと仲良くなってほしいと思うのだが、それは現状では無理のようだ。互いにどちらもハーレムを好んでいないから、『私の恋人』という関係の繋がりがある以上、決して仲良くなることは無理かもしれない。
それが分かっていながらも私は望んでしまう。
今のように大好きな人に囲まれても、大好きな人と大好きな人が仲が悪かったら、その中心にいる私はあまりいい気持ちにはなれないもん。
いつか二人が仲良くなる日が来るのだろうか。仲良くとまではいかなくともちょっと張り合う程度にはなってくれないだろうか。その場合に生まれる嫉妬はいいのだけども。
「詩織、別にそこまで言わなくても良いですわ。わたくしがいるのはあくまでも約束だからというだけですもの。それに更識さんのいうのはわたくしも分かりますわ。誰だって自分と同じ位ではないのに、同じような扱いをされていたらそうなりますもの」
「でも、いくらそうだといっても、セシリアは簪とも私とも長い付き合いになるのよ。私は二人がそういうのは嫌よ」
「ですけど」
「とにかく! 私は嫌なのよ。だから、二人には――」
私が二人に仲良くしてもらうと言おうとしたとき、
「詩織」
簪に遮られた。
「何?」
「そろそろ……着く」
そう言われて周りを見回せば、確かにクラスの近くまで来ていた。
「本当ね」
くっ! もう少しで最後まで言えたのに!
「話はまた今度ね」
もうクラスの近くに来たということで嫌々ながら手を放した。
「簪、またお昼にね。セシリア、行きましょう」
簪はクラスが違うので、ここでお別れとなる。
ああ、なんで簪と違うクラスなのだろうと思う。私はいつでも簪と一緒にいたい。しかし、そう思っても変わらないので仕方ない。
もう一人の恋人であるセシリアと一緒に行こうとしたところ、そこで簪が、
「待って」
呼び止めた。
「何?」
「違う、詩織じゃ……ない。オルコットに用が……ある」
「え? せ、セシリアに?」
どういう理由があるのか知らないが、あんなに嫌だって言っていたセシリアに用があるなんて驚きだった。
セシリアのほうを見えるとセシリアも私と同じように驚いていた。そして、警戒していた。
なにせセシリアに不満を言っていた人物が用があると言ってきたのだ。何か悪い企みがあると思ってもおかしくはない。
「そう。詩織は……先に行ってて」
「……分かったわ」
どうやら本当に私ではないらしい。
私は一人でクラスへ向かおうとした。
「し、詩織? わたくし一人で更識さんと話せと?」
不安げなセシリアが問う。
「ええ、そうよ。大丈夫よ。あなたの心配するようなことはないわ。…………たぶん」
「ちょっと! たぶんって聞こえましたわよ! たぶんって!」
「冗談よ冗談」
「こんなときにそんな冗談はやめてくださいまし! はあ……もうっ、なんでこんなことに……」
セシリアはため息をつきながら、簪の後に続いた。
私は残されて一人になる。このままセシリアを待ってもいいだのが、教室の近くだ。待っていてもあまり意味がないし、話が長いのか短いのかも分からないんだ。
私は教室で待つことにした。
私が教室に入るとクラスメイトたちが昨日の試合のことで駆け寄ってきた。
たくさん質問や賞賛を浴びてちょっとうんざりしてしたが、何よりも幸いだったのが一夏に対して行ったアレについて何も言われなかったことだろう。言われていたらどんな批判が待っていたことか。
それの対応がし終わり、ちょっと時間が経って、セシリアが教室へ入ってきた。
セシリアが私のもとへと来る。
「簪の用ってなんだったの?」
「……」
「セシリア?」
セシリアは無言だった。
しばらくそれが続く。
「……詩織、あなたはわたくしに――いえ、何でもありませんわ。忘れてください」
ようやく口を開いたかと思えば、どうしてか途中で止めてしまった。
え? 何? 簪に何を言われたの?
セシリアが言おうとしていることは簪に言われたことだと容易に想像できた。
本当に簪はセシリアに何を言ったの?
さすがに内容までは分からなかった。
「簪が何か言った?」
「まあ、言いましたわね」
「何を言われた? 教えて」
「それは……もうしばらく待ってくださらない?」
「なんで? 私のことなのよね? あんな言い方をされたら余計に気になるわ」
「それでも、ですわ。わたくしの心が落ち着くまで待ってもらいたいんですの」
そう言われると私は何も言えなくなる。
どうして心が落ち着いていないのかといえば、簪のだけではなくおそらくは私のせいもあるのだ。セシリアはこの数日でいろんなことがあった。それも自分の人生という大きなものを揺るがすことが。
それは私という同じ女の子と恋人になるということと私がハーレムを作りたいということだ。
この二つはセシリアの心を荒れさ、人生を揺さぶったに違いない。
なにせセシリアの初めての恋人が好きでもない相手で、あまつさえ同性であるのだ。無理やり恋人にした私のが言うのはなんだが、トラウマものである。あってほしくはないが、セシリアが私以外の恋人を作るときに同性の女の子と恋人になったという事実は恋というものに抵抗を感じてしまう可能性がある。トラウマが障害となるのだ。
そのようにセシリアをしてしまったので私は何も言えないのだ。
「……そう。分かったわ。でも、限界まで一人で抱え込まないでよ。あなたが無理をしているところなんて見たくないんだから」
「それは分かっていますわ。そういうときはちゃんと言いますので」
それに私は頷いて答えた。
セシリアは自分の席へ向かう。しばらくしてチャイムが鳴り、先生が入ってきて今日の学校が始まった。
授業はいつもどおりに進み続ける。私はノートを取りながら、今日判明する束さんとのこととか、簪といつ一線を越えるのかとか、セシリアとどこでデートをしようかとか、そういうことを考えながら授業時間を過ごした。
そんな私を周りが見ても呆けているとは注意されないのは、私の生徒会長モードのおかげだ。
そうして午前の授業が終わり、昼となり、簪と二人きりで昼食を食べて、午後の授業が今、終わった。
ちなみに昨日の試合の原因である一組代表のことだが、それは一夏がすることになった。みんな一勝一敗なのにこのような結果となったのは私とセシリアが辞退したからである。
私はもともとセシリアを手に入れるためだったので当然だ。
一夏は私たちが辞退したと聞いて、俺もと言ったが、織斑先生の言葉により、一夏に決定したのだ。一夏も不満げだったが最終的には納得してくれた。
それで放課後になったのであとは用事を済ませて部屋へ帰るだけである。帰ろうとしたとき、私は千冬さんに呼び止められた。
「月山、話がある。ついて来い」
「はい」
内容は予想できた。束さんのことだろう。
私は千冬さんの後に続く。
しばらく歩いて人気がなくなると立ち止まり、私のほうを向いた。
「私がなぜ呼んだのか分かるな?」
「はい。束さんのこと、ですよね? どうなったんですか?」
「最初に結論から言う。今週の土曜日に会う予定になった」
「!!」
その話を聞いて私は喜ぶ。それも思わず表情に出るくらいだ。
だが、それは仕方ないだろう。だって会う相手は私の初恋の人なのだ。今でも想いを抱いている人なのだ。喜ばずにはいられない。
「だが」
私の喜びを遮るように言う。
「その当日には私も同行することになる」
「!? な、なんでですか?」
「実のことを言うとあいつには私が会いたいとしか言っていないんだ。お前が来るとは言っていないし、あいつのほうもお前は全く知らない」
「なんで……」
あまりのことで私は混乱する。
私は確かに千冬さんに束さんのことが好きだから会いたいと言ったんだ。なのに私のことを言わないなんて……。