再び私は落ち込んだ。
「――!?」
顔を伏せていると再びセシリアが止まったのを感じた。
だけど、それを見ようとはしなかった。
「や、やっぱり行きますわ! ええ、行きます。デートをしましょう!」
「……」
「そ、そんなに落ち込まないで下さる!? わたくしはあなたとのデートをすると言っていますのよ!」
「でも――」
「でも、ではありませんわ! もう一度しか聞きませんわ! デートしますの!? しませんの!?」
私は落ち込んだ状態から再び浮かび上がる。
「する!」
やはりどんなに落ち込もうとそんなことを言われれば私のテンションが上がるものだ。
私はうれしさのあまり一時的に二人にしたことを忘れ、笑顔を浮かべた。
そうやって笑みを浮かべていると、
「ああ~もう!!」
セシリアがいきなり声を上げる。
私はそれにびくりと震える。
「な、なに? 私、何かしたかしら?」
「いえ、あなたは何もしてませんわ」
「じゃあ、何?」
「あなたのもう一人の恋人ですわ!」
「え? 簪?」
私は簪のほうへ顔を向けた。
向けた先にはなぜか顔を逸らす簪が。
ねえ、簪。なんで逸らした?
「あなた、わたくしにどうしてほしいのですの!? 先ほどはデートをするなと合図したり、詩織が落ち込めばデートをしろと合図をして、詩織が持ち直せばするなと! 本当にどちらなんですの!?」
え? 簪、そんなことをしてたの?
私はじっと簪を見るが、私と目を合わそうとはせずにセシリアだけを見る。
簪がそうする理由はもちろんのこと理解できる。おそらくはセシリアの排除だろう。どうにかして私のセシリアへの愛をゼロに近づけるつもりだと考える。これからもそのような妨害がされると可能性は非常に高い。
でもね、簪。あなたのその行為は、あまり言いたくはないけど、無駄だよ。私は簪にもセシリアにも本気の愛を抱いているんだよ、本気の愛をね。その愛は消えることのない強固の愛だ。誰かの妨害程度で崩れるようなものではない。
「更識さん? 聞いていますの?」
「……聞いている」
「なら答えてくださらない? デートをしていいのか、悪いのかを」
私は二人の会話を見守る傍観者となる。
「私は……してほしくない」
「なぜですの? 詩織はわたくしにしてほしいと言っていますわよ。恋人であるあなたなら詩織の意見を尊重するのではなくて? それにあなたも詩織の夢は知っていますでしょ? ハーレムなのですからこういうことがあることは分かっていましたわよね?」
「もちろん……分かってる」
「ならなぜですの?」
こうして見ているとセシリアが私とデートに嫌々ではなく、行きたいという気持ちを持って、意見しているように聞こえる。これってもしかして私のこと好きになっているって考えていいのかな?
どうしてもそういう考えが浮かんでしまう。
どれだけ好きになることはないと言われても、そのような言動をされればどうしてもそう思ってしまうものだ。そう思って勘違いしても私は悪くはない。悪いのはそのような言動をするセシリアだ。私のことが好きではないならもっと嫌そうな顔をしてほしい。今のような言動はしてほしくはない。
私は問いたくなる。ねえ、セシリアは本当は私のこと好きなの、と。
「私……まだデートして……ない」
「は? い、今、なんと?」
「まだ、詩織と……デートしてない。後からなった……オルコットに先を取られたく、ない」
「そんな理由ですの?」
「……っ。そんなって言葉で……片付けられるものじゃ……ない! オルコット、いい? 前提として私は私以外の……恋人は認め、ない」
「……へえ、あなたもですの? わたくしも同じ意見ですわ」
そこで二人は睨み合う。
それは本当に見ているこっちさえも思わず、その雰囲気に飲まれるほどだ。それほどなのだが、正直に言うと笑ってしまいそうになる。だって二人とも朝食を食べながらなんていう状態なんだもの。
そんな雰囲気ではないのだが小さく笑ってしまった。
「でも、詩織は違う。詩織は私だけじゃなくて……オルコットも欲している」
「何かいやらしい気がしますが、そうですわね」
「どんなものでも……最初というのは……特別。詩織はまだ……誰ともデートをしたことが……ない。つまり、互いに経験ゼロ。それの意味するところは……デートの最中に……何かしら失敗して……慌てふためく詩織が見ることができる、ということ!」
なにやら簪が初デートについて熱く語っていた。
簪には悪いが私は失敗しないと思うよ。ちゃんとリードするから。
「だから、オルコットには……デートしてほしく、ない。理解、した」
「ええ、分かりましたわ。ですが、詩織はあなたではなく、わたくしと最初に行くことにしたようですわよ? つまりその願いは叶わない、ということですわ」
それをセシリアが言うと簪はむっとした顔でこっちを向いた。
「な、何かしら?」
震える声で私は言う。
本当は分かっている。おそらくはセシリアよりも先にデートをしたいというものだろう。きっとそれを言うのだ。
「詩織、最初に……わ、私とデート、しよ? オルコットは後でで……いいから」
ほら、やっぱりそうだ。
「え、えっと、ごめん。今はセシリアと仲を深めたいの」
「!?」
簪は目を見開いてショックを受けていた。
簪の中では私が自分よりもセシリアを選ぶとは思ってはいなかったようだ。
だが、私が言ったことは決して言い間違いではない。私は自分の意思で簪ではなく、セシリアとデートに行きたいと言ったのだ。それは間違いない。
これは別にもちろんのこと簪が嫌いになったとかではなく、嫉妬している簪を見たくなったとかそういう理由ではない。簪に伝えたとおり、セシリアとの仲を深めたいのだ。
だってセシリアは簪と違って私のことを好きでないって言っている。私はセシリアのことが好きだ。だから私はセシリアに私のことを好きになってもらいたい。私がデートをしたいというのはそういう目的があるためだ。
セシリアが私のことを好きではないのは、まだセシリアが私のことをよく知らないためだと思っている。私がしたいと思っているデートは一般的な(楽しむということを重点にした)デートではなく、楽しむというのはあるのだが、主に私のことを知ってもらうためのデートなのだ。
「私よりも……セシリアを選ぶ、の?」
「違うよ――じゃなくて、違うわよ。私は二人の恋人なのよ。選ぶとか選ばないとかじゃないわ。ただ私はセシリアに私のこと好きになってもらうために仲を深めたいのよ」
「えっ? オルコットは……詩織のこと、好きじゃ、ないの?」
「ええ、セシリアは私のこと好きじゃないわ」
私は思わずセシリアを一瞥しながら言った。
「好きじゃないのに……恋人になったの?」
「そ、そうよ」
「意味が……分からない」
簪は怒りを込めてセシリアを睨んだ。
きっと私のことを好きではないセシリアが恋人になりデートをするとなってそれに腹を立てたのだろう。それに簪は私のこと独り占めしたかったみたいだからそれもあるのだろう。
「そ、そんな目で見ないでくださいまし!」
「うるさい。もうしゃべりかけ、ないで」
簪のその目に耐えられなかったセシリアが言うのだが、それに簪は冷たい一言で答えた。
「なっ! いくらなんでもそれはひどいですわ!」
「ひどくない。オルコットが……悪い」
「どこがですの!?」
「全て。私はてっきりオルコットも詩織のことが……好きだと思っていた。だから、嫌々ながらも……ライバルと思っていた。でも、違った。オルコットはライバルじゃない。好きでもないのに……詩織の恋人に……なっている。そして、そんなあなたを詩織は構う。私にとって……今のあなたは……邪魔者。だから、話しかけないで」
簪は怒っていた。
え、えっと、これって私のせい、だよね? セシリアを無理やり恋人にしたのは私だ。完全に相手のことを考えていない強引なやり方でセシリアを恋人にした。だから簪がセシリアを責めるのは、本当は間違っている。責めるべきは相手は私なんだ。
セシリアを庇おうと口出しをしようとするが、それを簪が止める。
今はセシリアと簪のみの会話ということか。
「ちょっと待ってくださいな! あなたの言うことはもっともですけど、そもそもわたくしを無理やり恋人にしたのは詩織ですわよ!」
「でも、あなたは恋人として接している」
「それは……当たり前ですわ。これは約束事ですもの。わたくしは約束を反故にするような愚か者ではありませんわ」
「約束? 何、それ?」
簪が私とセシリアを交互に見る。
これは私が答えたほうがいいだろう。
「え、えっと、セシリアと私は勝ったほうが負けたほうに何でもひとつだけ命令できるっていう約束をしたのよ。それで、ほら、簪の知ってのとおり私が勝った。だから、セシリアに恋人になれって命令したの」
私は簪に簡潔に説明した。
「そういうことですわ。ですので、あなたにそこまで言われても困りますわ」
セシリアにとっても私のせいではないのに話しかけないでと言われるのは嫌だったようで、私からの説明を簪に聞いてもらい、それでほっとしたようだった。
「そう。なら、話すのは……許す」
その簪本人の口からそう言われて、さらにセシリアはほっとして気を緩める。
「でも、ならオルコットは……最初に私とデートをするように……詩織を説得する……義務がある」
と、なぜか簪がいきなりそんなことを言い出した。
それを聞いたセシリアは私に視線で、どうなんですのと聞いてくる。
私の答えはもちろんのことNOだ。今回は簪とではなくセシリアとデートをすると決めている。決定事項だ。変えることはできない。
それを視線で伝えた。
いや、普通に話せよ。
「言いにくいのですけど、詩織はわたくしとデートをしたいと言っているみたいですわよ。その意思は固いようですし、今回はあきらめたらどうですの?」
「むう~」
やはりどうしても受け入れられない簪は頬を膨らませて、体を揺らし私に体当たりをして抗議してくる。
そ、そんなに可愛いことをしても今回はセシリアとだから!
「簪、今回は我慢して」
そう言いながら私は簪の耳元に顔を寄せて、
「ほ、放課後に、そ、その、い、いちゃいちゃするから」
と囁いた。
そんなことを言った私は羞恥で体が熱くなり、壁に頭をぶつけたくなった。
うう~私ってやっぱり欲求不満? なんで断らせるための言葉がそんないやらしいものなの!! そりゃ簪は私といちゃいちゃしたいってことは分かっているけど、でも、だからってこんなときにこれを言うのは違うと思う! いや、私が言ったんだけど。
それに対する簪の反応は私の思っていたとおり、頬を染めながらうれしそうに
「今度、デートしよ」と言った。
説得に成功したのに私の心の中は複雑だ。
「セシリア、簪は説得したわ」
このまま羞恥で思考を堂々巡りしても仕方ないので、なんとか生徒会長モードを発動し、まだ体が熱いがセシリアに言うことができた。
うん、こんなときの生徒会長モードだね。意識の切り替えなのにけっこう変わる。
「え? あの一瞬でですの?」
「ええ、一瞬で」
「あれだけ必死だったのに一瞬だなんて……」
あまりのスピード解決にセシリアは気を落としていた。
さて、とりあえず食べ終わったし、そろそろ準備をしたほうがいいかな。
私の二人前の料理はすっかりと空となっていた。ちなみに他の二人が食べ終わったのは私と同じくらいだ。
「そろそろ時間よ。帰りましょう」
未だに喜んでいる簪と落ち込んでいるセシリアにそう言う。
二人はそれぞれそのままの状態で空になった食器を食堂のおばちゃんのもとへ返した。そして、部屋に戻る道中にセシリアと一時の別れとなる。
私たちの歩みは自然と止まる。
「ここでお別れね」
私が悲しそうな顔で言う。
「あなたねえ、ちょっと大げさですわよ。すぐに会えるじゃありませんの」
「それでもセシリアは恋人だもの。恋人とずっと一緒にいたいって思うのは普通のことよ」
私はセシリアに近づき、その手を取ろうとする。その前に簪が私の肩を掴み、止められた。
むう、せっかく今日初めてセシリアに触れられるチャンスだったのに……。
「詩織、早く……行こう。時間がない」
「え、ええ、そうね」
簪の目にはこれ以上セシリアと話さないでと書いてあったので、仕方なく簪の言葉に従った。
ごめんね、セシリア。あとでちゃんとスキンシップするから。
口では伝えられなかったが心の中で伝えた。
「それじゃ教室で会いましょう、セシリア」
「ええ、また」
私たちは分かれて部屋へ向かう。
二人きりになると簪は朝のように私の腕に抱きついてきた。私はそれを受け入れる。
周りには人の目があるのだが、私たちを見ても気持ち悪いなどという視線はなく、ただ単に仲のいい友達同士だ、いいなという程度の視線しかなかった。もし私たちが異性同士ならば恋人に見られていたに違いない。
そうなるのも恋人イコール異性同士だからか。
そんなことを考えながら私たちは部屋へと戻った。
戻った私たちはちょっと休憩とベッドに隣り合って座る。
「詩織」
座ってすぐに簪がこちらを見て私の名前を言った。
「なに?」
二人きりなので生徒会長モードを解いて話す。
「私、まだ……キスして、ない」
「え?」
「おはようの……キス、して……ない。私たちは恋人。なら、しても……問題ない」
簪は隣にいる私の胸に手を置いて、少しずつ力を入れて私を押し倒した。その力は大した力ではなかったが、その力を私は受け入れた。