なんだかこう考えると大切な存在を作るということは私にとってプラスではあるが、同時に最大のマイナスになるようだ。
「詩織がそうだからって……分かってるから、私は……そう思わない。それに、私だって……人を見る目は……ある。詩織が私の……体を目的なら私は……詩織を好きにならなかった。だから、いくら詩織が私を求めても……それは愛があると分かる。だから、嫌いにならない」
簪の言葉に偽りはない。それを簪の瞳から感じる。
ああ、もうなんでそんなに私のことを愛してくれるの? うれしすぎてギュって抱きしめたくなっちゃうよ!
「……ありがとう」
あまりのうれしさにただそれだけしか言えない。
「じゃあ、今日、やる?」
再び簪が問う。
「ううん、それでもやんない。それはまた今度にしよう」
「さっきのじゃ……伝わらなかった?」
「違うよ。ただ……そんな毎日やるようなものじゃないからね。次やるときは、そ、その、もうちょっと進みたいの……」
それはつまり昨日よりも激しいことをしたいと言っているのだ。いわば本番というやつだ。
まだ恋人になったばかりで早いかもしれないが、互いに相手を求めている状態である。現に簪は今日の夜にと言った。それは求めていると言っていいだろう。そして、私はもちろんのこと求めている。二人とも合意しているのだ。
私のその発言に簪は昨日のその先を思い浮かべたらしく、顔を真っ赤にさせてその顔を隠すかのように私の胸元に顔を埋めた。
「簪は……嫌? それとも一線を越える?」
それに簪は、
「……越え、たい」
小さく呟いた。
「私も越えたいよ。私も越えたいけど……その、まだ、私の心の準備ができてないの。だからね、また今度にしたい。私、焦って失敗したくないもん。簪は違う?」
「そうなると……私も心の準備が……ほしい。でも、いきなりは……不安。やっぱり経験を積むためにも……き、昨日みたいのは……必要」
むぐっ、気づいちゃったか。簪の言うとおり、昨日のような行為は本番前の練習として役に立つことは間違いない。どんなものでも本番で焦らないようにするためには、何度も練習することだ。
「大丈夫だよ。そのときはなんとか私がリードしてあげるから。だから、簪は何も心配しなくていい」
正直に言うと簪は下手なままでいてほしいのだ。慣れなくていい。だって私は初めてのことでどうしたらいいのか分からずに困る簪を見たいんだから。そんな私の個人的な理由で経験させたくはない。
すると簪はどうしたのか、なぜか目を細めて睨むようにして私を見た。
「詩織はもう……体験したの?」
「え? 体験? 何の?」
「……ほ、本番、のこと。そんなに自信満々なのは……もう誰かとしたから、なの?」
簪は眉を寄せて何か不満そうな顔を顕にする。
これにどう答えればいいだろうか? もちろんのこと私は経験はある。でなければ次は本番をしたいなんていう訳がない。まあ、もちろん前世での話だが。で、前世だからちょっと答えに困るのだ。
異性同士ならば経験はある(前世だが)。しかし、女の子同士は経験はない。
それは本当に微妙なところである。経験はないとも言えないしあるとも言えない。
でも、現実的に考えるとここは経験はないと答えるべきだろう。別に嘘ではないし、問題ない。
「ふふ、面白いことを言うね。私が誰かと経験したように見える?」
「私は……ないと思い、たい。それで……本当はどう……なの?」
「ないよ。この体はまだ誰も欲で塗れた手で触れられたことのない清らかなままだよ。そういう体の触れ合いとかは簪が全て初めて。私の初めては簪にあげるつもりだから」
私にはすでにセシリアという恋人とまだ未確定の束さんがいる。
だが、私は体を重ねることへの初めての経験をセシリアでもなく、小さい頃から好意を持ち続けている相手である束さんでもなく、ルームメイトで初めての恋人の簪と経験しようとしている。
これは単にただ早くエッチをしたいとかいうそんな粗末な理由ではないということは確かだ。でも、理由は単純なものだ。簪が初めての私の恋人になったという理由だけ。ただ出会いが早くて、ただ誰よりも早く仲良くなって、ただ予定よりも告白が早かっただけ。そんな早さが重なった結果なのだ。
「これで安心してくれた? 私はまだ誰とも経験したことはないって」
「した。でも、なんで……自信満々?」
「まあ、それは別にいいでしょ? 大事なのは私が誰とも経験してはいないってことじゃない?」
簪は小さく頷く。
「とにかくそういうことだから今日はダメ。その代わり次やるときは、ほ、本番、だから」
私は顔を赤くして言った。
こういうことを言うのはやっぱり恥ずかしい。
「わ、分かった」
簪のほうも顔を赤くして言った。
「そ、そういうことだから。じゃあ、簪。そろそろ準備をして朝食を食べに行こう。セシリアも待ってるし」
セシリアと口にしたときに簪が不満げになったが、私は無視した。
私たちはちょっとのんびりしすぎたので、急いで制服に着替える。着替えた後はまっすぐ食堂へ向かった。
通路は食堂へ向かおうとする生徒たちでいっぱいだ。私と簪はその流れに乗って食堂へ向かった。
みんな談笑をしながら向かっており、通路は騒がしかった。
なんだかこうして周りの生徒を見ていると私たちと同じような恋人関係の子たちがいるんじゃないかなと思ってしまう。だってIS学園って男は一夏一人だし、一夏がいないときは完全に女子高と同じだ。
まあ、女子しかいないから同性の恋人がいるってわけじゃないけど、私の中ではそういうイメージがどうしてもある。それにこの学園には自己主張の弱い日本人だけではなく、自己主張の激しい外国の子たちもいるのだ。実は結構いるかもしれない。
「うう、いつも思うけど……多い」
私の腕に抱きついている簪がそう呟いた。
ちなみに簪が大胆にも皆の前で私の腕に抱きついているが、周りの人たちはそれを気にはしない。だって、まわりも恋人ではないけど手を繋いだり、今の私たちのように腕に抱きついたりしているのだ。
だから周りから見れば私たちもただの仲のいい友達にしか見えない。
「そう? 結構スカスカだと思うんだけど」
「私にとっては……ぎゅうぎゅう」
「はは、本当に簪は人混みが苦手なんだね」
「本当は……引きこもりたい……」
本当になんで引きこもりたいって子が激しく動くISの代表候補生になったんだろうか。全くの反対だよね? なのに運動が必要な代表候補生って……やっぱり簪もまた天才という部類の一人なのだろう。
「引きこもってばかりで楽しい?」
「楽しい」
「じゃあ、可能ならばずっと引きこもるの?」
「うん、それができる……なら」
「そう、なんだ」
私はそれを聞いて落ち込む。
「? どうした、の?」
「何が?」
「詩織、落ち込んで、る? どうして?」
「だってデートできな――」
「さっきのは冗談。本当は詩織と……出掛けたい」
言い終わる前に簪が言葉を挟んだ。
「え? 冗談だったの?」
「そう、冗談。本当は……外に出るのが……大好き」
「にしてはいつも部屋とか整備室に引きこもっているように見えるんだけど……」
「そ、それは……」
「どうしたの?」
どうしてか簪の言葉が止まってしまった。
「あっ、そうだっ」
「え?」
「な、なんでもない。ただ私に……友達、いなかった、から」
「ご、ごめん!」
思わず謝ってしまった。
簪はさっき外へ行くことが好きだと言ったのだ。なのに簪は私に会って以来その様子はない。ならば外へ行くことが好きと言ったときにそれを察するべきだったのだ。なのに、それを察せずに簪の言いたくないことを簪の口から言わせてしまった。
好きな人を傷つけた私は自分を殴りたくなった。
「あうっ、あ、謝らなくて……いい!」
「でも、私は簪を……」
「少ないけど……いる、から!」
「ぐすっ、本当にごめん」
「なんで謝る、の!?」
「だって言いたくないこと言わせたから……」
「どこ!?」
「少ないって所……」
本当に私の馬鹿!! なんで落ち込んでいるのに言わせたの!!
私は今すぐにでも簪から離れたくなった。
私は気まずい思いを抱きながら、簪と一緒に食堂へ向かった。
話はその道中ではなかった。私のせいだ。
そして私たちは食堂へ着いた。
「え、えっと、ちょっと待っててね」
未だに気まずい思いを引きずりながら簪にそう言った。
「分かった」
簪は私の腕に抱きつくのをやめて、離れる。
どんなに気まずい思いをしながらも、やはり簪と離れるのは名残惜しかった。やはり私は私だった。
私は食堂の入り口を中心に見回した。そして、見つけた。セシリアは忙しなく辺りを見回していた。多分私を探しているのだろう。そうだよね? そうであってほしい。
「セシリア」
生徒会長モードに切り替えて、そう呼びかける。
セシリアは私の声を聞いて、一瞬だけ表情に喜びが見えたような気がした。もう一度みるがそれはいつものようなお嬢様の威圧的なものだった。
気のせいだったのかな? ……ありえるかも。
私はセシリアの笑顔が見たいといつも思っている。そのため私が見たのが私の願望による幻覚を見たのだと思ったのだ。
「遅かったですわね」
「ちょっと遅れたわ」
「それでもう一人は呼びましたの?」
「ええ、呼んだわ。ほら、あっちに」
私は簪がいるほうを指差す。
そこには先ほどのような可愛らしい笑顔はない。不機嫌そうな顔だけだ。
「……あの無愛想な子ですの?」
「え、ええ、そうよ。今はあんなふうに無愛想だけど、いつもは違うわよ」
「そうですの? わたくしにはあなたと二人きりでも無愛想にしているように見えますわ」
「……」
あの子と初めて会ったときもこんな感じだった。
本当に無表情とかそんなので、私が簪を好きにならなかったら、最悪な出会いだと思っていただろう。それくらい簪は無愛想だ。
「まあ、いいですわ。それよりも行きません? 話は食べながらでもできるでしょう?」
セシリアの言葉に私は頷く。
セシリアを連れて私たちは簪の元へと向かった。そして、ついに簪とセシリアが出会った。
「初めまして。わたくしはイギリスの代表候補生のセシリア・オルコットですわ」
「……日本の代表候補生の更識簪」
セシリアはいつもどおりに。簪はやっぱり不機嫌で。それぞれ自己紹介をした。
な、なんだろう。今の二人を見ていると仲良くなるって未来が見えないんだけど……。私の夢の問題ってハーレムの反対だけじゃなくて、こういう問題もあるんだ……。
これってどうやって解決しようか。
「じ、自己紹介は済んだようね。さあ、行きましょう」
二人の間に私が入る。
私たちは食券を買って、食堂のおばちゃんから朝食を受け取り、三人座れるテーブルを取った。
私たちが取ったそのテーブルは楕円の形をしていて、椅子はその楕円の緩やかな弧に沿っているので、私たちが並んで座ることできる。しかも、この席は窓際で太陽の日を浴びることができ、対面に座ることはできないので、他の人の迷惑にならないのだ。
私が座るのはもちろんのこと二人の間だ。
二人の仲が……というのがあるが、私がただ二人の間に座りたかっただけだ。
「詩織、あなた。いつもそんなに食べていますの?」
「ええ、そうよ。これだけ食べないと動けなくなるもの」
「……あなた、燃費が悪いですわね」
「本当に全くね」
私の目の前には二人分の料理だ。それを女である私が全て平らげるのだから、セシリアが引き気味になってもおかしくはない。
「けどね、そのおかげでどんなにだらけた生活をしても全く太らないのよね。だから甘いものを食べ放題ってところはうれしいことね」
「それは羨ましいことですわ」
セシリアがジト目で私を見る。
「あら? やっぱりセシリアも甘いものが好きなの?」
「もちろんですわ。けど、食べ過ぎますと太りますからあまり食べられませんけど」
「一日くらいはいいんじゃない? 私、セシリアと一緒に食べたいから、一日だけ食べ放題というのはダメかしら?」
「そ、それはデートの誘い、ですの?」
「ええ、そうとも言えるわね。で、どう? 私と甘いものを食べながらデートというのは。セシリアは私のことまだダメなんでしょ? 私はセシリアに好きになってもらいたいもの。これをきっかけに仲良くなりたいのよ」
「……わたくしの意見は変わりませんけど、わたくしもあなたの恋人ですわ。そうですわね、その誘いお受けしま――!?」
あと少しというところでセシリアの言葉が途切れてしまった。セシリアは何か恐ろしいものを見たかのような表情で止まっていた。
「? どうしたの?」
「な、何でもありませんわ。ただ、わたくしまだ体の状態が悪いので、しばらくは無理ですわね。ええ、無理ですわ。残念ですけどそのデートを受けることはできませんわ」
「あっ、そう、だった……。私、セシリアを傷つけたのだったわね……」
私は自分のやったことなのに今更思い出した。
私、二人を傷つけてばっかりだ……。