「必読と書いてあっただろうが、馬鹿者。あとで再発行してやるから一週間、いやそうだな。五日だ。五日以内で覚えろ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何で短くした!?」
「ん? 何だ? できないのか?」
「さすがに無理があるだろう!」
一夏が無理を言う千冬さんに突っ込む。
「ふっ、冗談だ。一週間以内に覚えろ」
「いや、それも無理だって」
「織斑、私はお願いしているのではない。命令しているんだ」
「…………」
「一週間以内にやれ」
「……はい、やります」
「それと織斑先生だ」
「……はい、織斑先生」
一見厳しいような気がするが私には二人が家族として接しているように見えた。
ちょっと羨ましいよ。
相手はあの千冬さん。一夏が千冬さんの弟だと知っていても、やはりどうしてもそう思ってしまうのだ。
いいな、一夏は。千冬さんが姉で。私もお姉ちゃんが欲しい。
一人っ子の私には二人のその関係が羨ましかったのだ。
だから私の心には羨ましいという以外にやはり嫉妬があった。
はあ……今日だけで一夏には様々な感情を向けているな。
それはやはりこれまでの人生とここでのものが違うからだろう。
私のこれまでの人生は毎日が思い通りに動いていた。多少の障害があってもそこは私だけの力と知だけで乗り切ってきた。
だが、ここに来て分かったが私の夢を叶えるにはそれだけじゃ無理だって一夏に教わった。
一夏は知と力なしで見事に箒を無意識に落としている。
「織斑 一夏……。私の初めての障害……」
言葉にして最大の障害を再確認する。
一夏はある意味ライバルとも言える。
私は一夏の無意識の言動に打ち勝たなければハーレムを作ることは無理だ。
うう、どうすればいいのだろうか。
一夏、やっぱり邪魔だ! 本当に最大の障害だ!
「箒はあきらめるけどセシリアは渡さないから」
私は千冬さんが何か話して、それを聞いている一夏を睨みながら小さく呟いた。
このままじゃ私の狙った子は奪われる。だから、奪われないようにするには先に奪うしかない。
よし! こうなれば次の休み時間にセシリアに話しかけよう!
本当はじわじわと接触したかったのだが、一夏に奪われるのと比べるとこちらのほうが好手のはずだ。
私はセシリアのほうへ視線を移す。
セシリアは再び再開された授業に集中していた。
ああ、きれいだな。最初に見てから笑顔を見ていない。だが、きっとその笑顔を向けられたらそれはきれいな笑顔なのだろう。
勝手な想像だが、私はそのきれいな笑顔を欲した。その笑顔を私だけに向けてもらうためにも私はセシリアを……。
その授業中、私は先生の授業を聞きながらずっとセシリアを眺めていた。
授業が終わると私はすぐに立ち上がってセシリアのもとへと向かった。
目的はもちろんセシリアと接触するため。
私の頭の中にはすでにセシリアに話しかける最初の言葉が決まっている。フレンドリーに話しかけて第一印象を良くするのだ。そこからセシリアに話を合わせつつ仲良くなるのだ。
そういう計画があったのだが、その計画はまたしても一夏によって白紙にされた。
「ちょっとよろしくて?」
なんとセシリアが一夏に声をかけたのだ。
「な、何で!?」
思わず声が出た。
幸いにも声は小さく周りには気づかれなかった。
な、何でセシリアが一夏に!? や、やっぱり一夏はセシリアも!!
私の一夏への恨みが倍に膨れた。
一夏から話しかけていないとはいえ、私の狙っていたセシリアが一夏に話しかけた。
ただその事実だけで恨みが募るには十分だ。
で、でも、まだだ! まだ完全にセシリアの心が一夏に奪われたわけではない!
だってセシリアは見た目からしても男なんて大嫌いという雰囲気が溢れているのだ。話しかけたとはいえ、まだ箒のように一夏に恋心は抱いていないはずだ。だからその前に私に対して恋心を抱かせる。いや、まずは一夏よりも興味を抱かせるほうか。そう簡単に恋心なんて抱かせることができるとは思っていないから。
と、とりあえず話を聞こう。まずはそれからだ。
私は気配を消して一夏たち二人の近くへ移動した。
「訊いていますの?」
「あ、ああ、訊いているけど……どういう用件だ?」
「まあ! なんですの、そのお返事は。わたくしに話しかけられただけでも光栄なことなのですから、それ相応の対応というものがあるのではありませんの?」
よし! セシリアの言動からして一夏に恋心は完全にない! ただ興味本位で話しただけだ!
それが分かっただけで気が楽になった。
でも、油断はできない。なにせ相手は女落としの一夏だ。何がきっかけでセシリアが落とされるか分からない。
やはり昼休みか放課後に接触するしかないか。
それにしてもセシリア。もうちょっといい言い方はなかったの? 一夏に対して優しい言葉を使えなんて言わないけど、ほかの子たちにはもうちょっと優しい言葉を使うほうがいいよ。
「悪いな。俺、君が誰かなんて知らない」
しかも、一夏のほうも喧嘩越しだ! こ、これはどう転んでもセシリアは落とされない? その可能性は高い。
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生であるこのわたくしを? ちなみに入試主席のわたくしを?」
「ちょっと質問いいか?」
「なんですの?」
「代表候補生って何だ?」
私の周りでどこかの漫画みたいにこけたりしていた。
それにしても本当に一夏は私の想像を超えたことを言ってくれる。
ISが広まった世の中でまさか代表候補生を知らない人がいるとは思わなかったよ。ねえ、一夏の家には新聞やテレビはないの? そう思わざるを得ない。
「あ、あなたはわたくしをバカにしていますの!?」
「いや、していないぞ」
「なら、そんな質問をしないでくださいまし!」
「でも、知らないんだからしょうがないだろう」
「信じられない。信じられませんわ!」
私も信じられないが一夏を見る限りそれは本気で言っている。冗談では言っていない。
本当に日頃の生活はどうなっていたのだと聞きたくなるほどだ。
「で、代表候補生って何だ?」
「国家代表IS操縦者……の候補生として選出するエリートですわ。単語から想像できたでしょう?」
「そういえばそうだな」
「っ! あなた、やっぱりわたくしをバカにしてますの!?」
「おい、怒るなよ」
「怒らせたあなたに言われたくはありませんわ!」
全くだ。全部一夏のせいだよ。
一夏が悪い。やっぱり一夏はその無意識の言動から女の子を落としもするが、このように怒らせることもあるのだ。
ふむ、諸刃の剣かな?
「まあ、つまりオルコットさんはエリートなのか」
「ええ! そう! エリートですわ!」
先ほどの怒りを晴らすようにセシリアが胸を張って元気よく言った。
ふふ、なんだか可愛い。
私にはそうやって自分を強く見せようとするセシリアが可愛らしく見えた。
逆に私のものになったら弱いところを見せてくれるのだろうか。ならばぜひ私にだけ見せてほしい。私は余計にセシリアを欲した。
「本来ならばわたくしのような選ばれた人間とは、同じくクラスになるだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実を少し理解してくださる?」
「つまりラッキーということか」
「……やっぱりバカにしていますわよね」
うん、しているように感じるけど一夏のほうは素だ。絶対に素だ!
「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたからちょっとは期待していましたが、実際に話してみて分かりましたわ。期待はずれ、ですわ」
セシリアはすごいよ。まさか本人を前にして期待はずれなんて言っちゃうんだから。とてもじゃないが私にはできないことだ。
「いや、俺に期待されても困るんだが」
まあ、一夏はただISに乗れただけだもんね。それに本当は普通の高校に入るつもりだったみたいだし。だから確かに期待されても困る。
一夏に恨みと嫉妬を抱いてきたが、一夏のこれまでのことを考えると同情する。
でも、そんな一夏なのだが、うん、女の子に囲まれているから……ちょっと同情したくないという気持ちが強いよ。
「まあ、でも。わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげ――」
「だ、ダメ!! 優しくするなんて!!」
気づけば私は叫んでいた。それも教室に響くほどの大きな声で。
もちろん周りの人たちは何事かと私を見た。
や、やってしまった!! セシリアが優しくするって一夏に言ったから思わず叫んじゃった!! しかも、これじゃ盗み聞きしてたってことじゃん!! う、うわあああっ!! 第一印象が最低なものになった!! これも全て一夏のせいだ!!
内心でそう騒いでいる間に一夏とセシリアの二人は驚いて私を見ていた。
一夏はなんだか、えっと名前はなんだったっけという目で。
セシリアは、なんですの、この子は。わたくしの言葉を止めるなんてという若干不機嫌な目で。
ぐっ、そ、そんな目で見ないでよ。私だって本当は口を出すつもりはなかったんだから。
でも、セシリアが一夏と仲良くするのが嫌だっていうのは本当だったし……。
「……あなた、どういうつもりですの?」
「えっ!? どういうつもり? それは……」
「……なるほど。つまりあなたはそこの男にそのように優しくする価値はないと」
ち、違います!! そうじゃないです!! い、いや、そうなんだけど!! で、でも一夏を否定するわけでもなくて!!
それを声に出したかったのだが、動揺のあまり声が出なかった。
「分かりましたわ。ここはわたくしのようなエリートではなくて、別の者がするのがふさわしいということですわね!」
「ち、ちが――」
「ありがとうございますわ。考えて見ればそうでした。なぜわたくしのようなエリートがそんなことをしなければならないのでしょうか」
勘違いされた。しかも、自信満々に。
おかげで周りの子からの私への視線がつらい。なにせ周りは一夏に興味を持っている女子たちだ。一夏の悪口(?)を言われたら嫌でもそういう対応をしてくる。つまり、その悪口に加担した私はある意味敵になったのだ。
ぐっ、なんでこんなことに! 何度も思うがやはり全部一夏のせいだ!!
「あなた、確か名前は……」
っと、名前を聞かれた。
私はいつもの生徒会長モードへ移行する。
「月山 詩織よ。よろしくね、セシリア」
「え、ええ、よろしく、月山さん」
「いえ、詩織でいいわよ。さんもいらないわ」
「そう、じゃあ、改めてよろしくお願いしますわ、詩織」
いつももうちょっとテンション高めで幼い私なのだが、例の女の子に囲まれて……という作戦をするときにこのままじゃダメだと思ってお姉さまモード(現在は生徒会長モードと呼んでいる)を作ったのだ。これはただの意識の切り替えであって多重人格ではない。
さあて、仕方ないけど、こうなってしまえば一夏に悪いけどこのままいかせてもらうよ。それに箒を奪ったりと嫉妬や恨みがあったのだ。大人気ないけどちょっとその気持ちを向けてもいいだろう。
「それとあなたもよ、一夏」
「え? 俺?」
「そうよ、よろしくね。本当に」
「あ、ああ」
私は手を差し出した。一夏はその手を取り握手をする。
「っ!!」
「ん? どうしたの?」
「ちょ、手がっ」
「手が……どうしたのかしら?」
現在、私は一夏の手を軽く握り締めている。ええ、
私の身体能力はとても高い。私の現在の軽く、というのは一夏と同じ年頃の男子の本気レベルなのだ。
一夏の顔が痛みでゆがんでいて当たり前だ。
ふふふ、物理的にだけど今しばらくは苦しんでね。
これで今日だけの分はよしとしよう。これはサービスだ。次、私の恨み等を買ったら絶対に許さないけど。
私はゆっくりと力を緩めた。
「……な、なんでもありません」
「そう。あと、一夏。ちゃんと勉強したほうがいいわよ」
「へっ?」
「特にISのね。さっきセシリアにも言われていたみたいだけど、せめて予習くらいはしなさい。あと復習も。セシリアの言うとおりよ。あまりそうやっているとバカにしているのって思うわ」
「で、でも、分からないことばかりで……」
「確か、あなたには幼馴染がいたでしょう? その子を頼るといいわ」
私はチラッと箒を見る。
偶然こちらの様子を伺っていた箒と目が合う。箒はすぐに目を逸らした。
私が一夏に箒を頼るように言ったのは箒を応援しようと決めたからだ。初めて会って話したこともない相手なのにこうするのは、ただ私が一度でも箒を欲したという理由からだ。すでに箒の心は一夏に向いているのだが、それでも応援するのだ。
だから決して一夏への親切心などない。箒のためだ。
さて、箒はどうするのかな? ちゃんと自分の思いを伝えられるのかな?
それだけが心配になる。
「ありがとう。えっと……」
「月山よ」
「月山さん」
名前である『詩織』と名乗らなかったのは一夏に名前で呼ばれたくなかったからだ。私の名前を呼んでいいのは女の子だけだ。