「詩織! なんで同じところに入るんですの! 狭いですわ!」
セシリアの感触を楽しんでわずかでセシリアがそう言ってきた。
「嫌よ。それにただ体の汗を流すだけじゃない。このぐらいは問題ないわよ」
「ですけど!」
「それにほら。私がちょっと後ろに移動すれば」
私はちょっと扉側に移動する。するとセシリアと密着した部分がなくなり、ある程度は自由に動くことができるスペースができた。
「問題ないわよね?」
「……問題はないですけど、あなた、わたくしに接触するためにわざとこちらに寄ってきたのですのね」
「……そういうことになるかな」
私がセシリアに触れるためだとばれた。いや、まあ、ばれて当たり前だけど。
しばらく気まずい空気になる。
「と、とにかくシャワーを」
「えっ? ちょ、ちょっとお待ちなさいな!」
私はこの空気をどうにかしようとセシリアの後ろにあるシャワーのバルブを捻ってお湯を出す。だが、出たのは水だった。それが私たちの裸体に降り注ぐ。
「~~っ!!」
「きゃあっ!」
セシリアはプライドからか何とか声を抑えて、私は声を上げる。
シャワー室のシャワーはお湯に設定していても最初に出るのはまずは水である。私はついそれを忘れていた。
私は急いでシャワーを止めた。
「もう! だから待ってと言ったのに!」
「ご、ごめん」
「ほら、ちょっと下がってくださいな。わたくしが詰めますわ」
セシリアの言われたとおり私は一旦扉側に下がった。セシリアが私のほうに寄ってきてシャワーとの間に隙間を作った。そして、シャワーのバブルを捻り、湯になるまで水を流す。
水が湯に変わるまでの間、私はドキドキとしながら待っていた。
私がドキドキしているのはセシリアが寄ってきたおかげで私に接触しているからである。私の胸がセシリアの背中で押され、形を変える。
「んっ……」
胸が擦れて声が出てしまう。前にいるセシリアに何か言われるかもと不安があったが、気づかれなかったようで反応はない。
この状態は私の先ほどまでの欲求が復活するのではと思ったのだが、こうして触れ合うだけでも満足のようで、私の欲求が暴走することはなかった。
「ん、もう十分ですわね」
セシリアがシャワーから出る湯の温度を確かめながら言う。
確認し終わるとセシリアは私から離れてしまった。
「ほら、詩織もこっちに来なさいな」
「え? いいの?」
セシリア側に行くということは、先ほどのは仕方ないとして、肩と肩が触れ合うということだ。セシリアはそれを分かっているのだろうか?
「ほ、本当に?」
本当は喜びたいのくらいなのにわざわざそうやって確かめる。
「ええ、いいですわ。あなたは触れるだけでわたくしに何もしませんのでしょう?」
「うん」
「だから触れるくらいはいいですわ」
さすがの私もこのタイミングで何かをやろうとは思わない。今はそういうことよりもシャワーで汗を流すことが優先だ。それに暴走しちゃってセシリアには嫌われたくはないもの。
私はセシリアの隣に移動する。やはりどうしても肩などが触れてしまう。
「や、やっぱりちょっと狭いですわね」
「う、うん。や、やっぱり私、後ろに下がったほうがいいんじゃないの?」
「別にそこまでしなくていいですわ。詩織はほかのシャワーを使いませんのよね?」
「ええ、セシリアと一緒にいたいもの」
「だからこのままでいいですわ」
おそらくちょっと前までのセシリアならどうやってでも私をこの個室から追い出していただろう。しないのは私の扱いに慣れたからなのか、私のことを気になり始めたからなのか……。
私はセシリアと二人でシャワーから出る湯を浴びながらそんなことを考えていた。
それから三十分後、私たちはすっかり体中の汗を流し終えて、寮への帰り道についていた。隣にはもちろんセシリアだ。
「ねえ、セシリア」
「なんですの?」
「明日、私のもう一人の恋人とあなたを紹介したいと思っているのだけど、どうかしら?」
「……わたくしはあまり気が乗りませんわね」
「なんで?」
「わたくしはあなたとは恋人ですが、わたくしはあなたのこと好きではありませんのよ。それに対してその方はあなたのこと好きなのでしょう? そんなわたくしがその方と会ってもあまりいいものではありませんわ」
私のことを好きな簪とそうではないセシリア。
簪からすれば私と恋人になったばかりなのに新しい恋人がすぐにできたということで複雑な気持ちになる上にその相手は私のことを好きではないという始末。簪はそんなセシリアに対してあまりいい感情を持つわけがない。むしろ、詩織大好きな簪はそんなセシリアに怒りを覚えるのではないだろうか。
これらは完全に私の妄想なのだが、今朝のキスのことなどを考えたり、セシリアから言われた乙女心を考えるとありえない話ではない。
で、この妄想を基に考えるに確かにセシリアと簪が会っても争いに発展し得る可能性がある。会わせないほうがいいと考えたほうがいいだろう。
でも、
「そうかもしれないけど私は紹介したいわ」
私は会わせようと思っている。
簪は私のことを好きでないセシリアに怒りを覚えるかもしれない。
セシリアが私のことを好きではないのは当たり前のことである。私はセシリアに対して仲を深めるようなことなど全くしていないし、やった事といえば好意を持たれるようなことではなく、反対に嫌われることだけだ。だから、セシリアが私のことが好きでなくても当たり前なのだ。
私がこれからすべきなのはセシリアの好感度を上げることになる。そうすることで簪の怒りを治めるつもりだ。
ならばなおさら会わせるのはセシリアの好感度が完全に上がってからのほうがいいのではとなるが、それはしない。あえて二人を会わせて簪のセシリアへの怒りをあげるのだ。そして、だんだん私を好きになるセシリアを見て簪の怒りが治まり誇らしげになるのだ、あれだけ好きではなかったのに結局は詩織の魅力に負けたんだねと。
うん、なんだか自分で予想していて恥ずかしい。確かに自分の容姿とかには自身がありまくりだけど、だからといって恥ずかしくないわけではないのだ。後から恥ずかしくなるのだ。
まあ、とにかくそれで解決すると思っている。そもそもだけど簪に二人目の恋人ができたと報告するので、どうやってもセシリアと会わせることは必然なんだけど。
「正気ですの?」
「ええ。お願い、いえ、これは、命令ね。あなたの意思関係なく紹介するつもりよ」
「……またあなたの自分勝手、ですの?」
「そうよ。これも自分勝手」
「やっぱりあなたのことは好きになれませんわ」
うぐっ、セシリアの好感度を上げないとと思っていたときに逆に好感度が下がってしまった!
私は実はそこまで女性の扱いに慣れているというわけではない。
だって前世で好きな子と夫婦になったけど、その子は簪のような大人しい系の性格だったのだ。私はその子を好きになり告白して、恋人になり夫婦になったのだ。しかもなんと幸運なことか、実は前世で恋人になった子はその子ただ一人なのだ。本当に物語のような話だ。
つまり、私は交際経験は一人のみで、経験不足だ。さらに言えばセシリアみたいな子は初めてなのだ。
ゆえにこのように失敗することが多々あるのだ。
中学時代の完璧な生徒会長は恋愛ごとではただの恋するか弱い女の子になるのだ。
「そういうわけだから明日の朝、食堂で会いましょう」
そう言って話を逸らした。
「今日の夜、ではなく?」
「ええ、明日の朝よ。だってあなたは怪我人なのよ。今日は安静よ。それにあの子は夕食は食堂じゃなく自室で食べる子なのよ。そういうわけで明日よ」
「分かりましたわ」
私はセシリアと約束を取り付けることができた。
それからは私たちは適当な会話をしつつ、二人の別れ道に着いた。
あ~あ、もう別れないとダメなのか……。結局、あまり仲良くなれなかったな。
会話はあったのだが、内容的にもセシリアの好感度を上げるようなものではなかった。
「ここでお別れね」
「そうですわね」
「もうちょっと、いえ、もっとあなたといたいわ」
「わたくしは十分ですわ」
「それは私もよと言うところじゃないの?」
「何度も言いますけどわたくしはあなたに無理やりに恋人にされた身ですのよ。そんなことことは思いませんわ」
「……」
無理やり恋人にしたことは張本人である私でも嫌なことだと分かっているので、何も言い返せない。
私はそれを仕方がないと割り切る。
全部私のせいだもん。
「そうね。うん、そうね。私はあなたのこと好きだけど、あなたは私のこと嫌いだものね」
「い、いきなりなんですの? 何か企んでいますの?」
「いえ、ただ事実を確認しただけよ」
ただそのことを認識するとどうしても現実を突きつけられてちょっと悲しくなる。
やはり好きな人には私のことを好きになってほしい。
思わず涙が出そうになるが何とか踏みとどまった。
「でも、私はセシリアのこと本当に好きだからね。あなたの心、絶対に手に入れて見せるわ」
「そ、そ、そ、そんなことを言われても知りませんわ!」
セシリアは顔を染めて言った。
「いいよ、それでも。あなたはもう私のものだし、時間だってたくさんあるもの。絶対に振り向かせてもらうわ」
セシリアが私と恋人関係になったため、一夏にセシリアを取られるということはほとんどなくなったはずだ。セシリアは怪我のせいであまり一夏とは話せていなかったし、何よりも一夏にはすでに箒がいる。まだ箒は一夏の心を掴むことはできていないけど、私のちょっとしたアドバイスをすればそれも問題なくなるはずだ。つまり、現時点で危険人物、一夏が邪魔をしてくるというのはないと言っていいだろう。
だからゆっくりとセシリアの心を掴む時間がある。
「!! だから真面目な顔をしてそんな恥ずかしい言葉を言わないでくださいまし!! こっちが恥ずかしくなりますわ!」
セシリアの顔は真っ赤だった。
「そうは言われても前にも言ったようにこれは私の本心なのよ。からかっているわけでもないのに真顔以外でなんて無理よ」
私は大切な恋心などを打ち明けるのにふざけた表情なんてできるはずがない。
前にもあったけど私はその気になれば恋人への愛を大きな声で叫ぶことなど容易なことなのだ。
「ああっ!! もうっ! あなたは本当にわたくしを困らせてくれますわね!!」
真っ赤なままそう怒鳴るように言った。そこには別に怒りなどはなかった。ただ恥ずかしさのみがあった。
「わたくしはもう帰りますわ!」
セシリアは私から離れようとする。
まだダメだよ。まだ帰らせるわけにはいかないよ。まだアレをしていないじゃない。
私はセシリアの腕を掴んで引き止めた。
驚いたセシリアが顔だけをこちらへ向ける。
「なんで――」
何かを言う前に私はセシリアに近寄った。私とセシリアの距離はわずか。私はさらにその距離を縮めるためにぐいっとセシリアの腕を引いた。いきなり引いたのでセシリアは体勢を崩して私のほうへ前倒れになる。
私はその隙を逃すことなくキスをした。
「ちゅっ」
「!?」
頬に。
もちろんいきなり唇なんてことはしない。セシリアはまだ私のことが好きではないのだ。セシリアだって唇同士でのキスは好きな人同士がいいはずだし。
キスをされたセシリアはもう片方の手を頬にやって、治まっていた頬を再び真っ赤にしていた。
「な、な、な、な、な、何をしますの!?」
「何って……キスよ。もう帰るんでしょ? だからお別れのキスをしたのよ。恋人になったから当然のことよ」
恋人同士ならば当然のことをしたまでだ。セシリアの私への好意を無視してもその権利はあるはずだ。
「もしかして……嫌だった?」
私がキスしたのはそういうのが当たり前という私自身の考えによるものである。セシリアの国では違うのかもしれない。
「い、いえ、そうではありませんわ。ただいきなりしないでくださいということですわ」
「えっ? 言ったらしていいの?」
「まあ、関係上は恋人ですし、頬にならいいですわ」
「口と口は?」
「……したいのですの?」
「もちろん。キスは本来はそういうものでしょ? それに私たちは恋人だもの。頬だけなんて子どもみたいなものはやりたくはないわ。恋人らしくもっと激しいやつをやりたいわ」
「~~!! そ、そんなキス、わたくしはしませんわ!! というか、本当にどうしてそんな真顔で言えますの!? 恥ずかしくありませんの!?」
「恥ずかしくないわ。それになんで恋人同士なのに誤魔化すように言わないといけないのかしら? 恋人なんだからそういう思いやしたいことははっきり言ったほうがいいと思うのだけど。そう思わない?」
「思いますけど限度というものがありますわ! あなたのはその限度を超えていますわ!」
「そう?」
私はきょとんと首を傾げた。
「そうですわ! あなたは何度もわたくしに好きだと言いましたわ! いくらなんでも言いすぎですわ!」
「でも、ちゃんと言わないと私の思いは伝わらないでしょ? 複数人も愛するつもりだからちゃんとそう言わないと……」
ハーレムを作るということは複数人を愛することである。複数人愛するということは私の愛をみんなに平等に与えるということである。それが私のハーレムだ。
だが、私の体は一つしかない。一度に同時に複数人に対して愛を与え、示すということは不可能なのである。だからどうしても一人ずつ愛を与えることしかできないのである。
そうなると私の愛を受け取っている方からすれば満足するのだろうが、それを端で見ている方は自分は愛されていないと思ってしまう。
そのため私はちゃんと愛を伝えていこうと思ったのだ。
「セシリアだって好きな人が誰かと話していたら嫉妬するでしょ?」
「その好きな人というのが誰を指しているかは分かりませんがそうですわね。確かに嫉妬しますわ」
「でしょ。だからあなたのこともちゃんと好きだよということを示すために言っているのよ。だからそう文句は言わないで」
「……あなたの言うことにも一理ありますわ。ですから言うことは認めますわ。ですが! 何度も言うのは止めてもらいたいですわ!」
「分かったわ。何度も言わないわ」
セシリアの意見を取り入れて、これからは一度だけ言うことにした。もちろん私の愛を感じられるようにちょっと加えるけどね。