拳が放たれてその衝撃波がピットの壁に当たる。壁は衝撃波によってビリビリと震えた。手加減しているとはいえ威力は言わずもがな高い。
放った後、ちょっと不安になった私は衝撃波を受けた壁に近づいて、触れた。
うん、壊れていないね。ヒビも入ってない。
安心した私は千冬さんに向き直る。
「えっと、これが千冬さんが言っていた技です」
「ほう、これが」
千冬さんはわずかに驚いたような顔をして見ていた。
「やはり肉眼で捉えるのは難しいな」
「まあ、一般に売られているビデオカメラでもスローにして見ても無理ですからね。多分もっと高価なカメラしか見えないと思いますよ」
「だろうな。にしても、お前はどんな構造をしているのだ?」
「さあ? 生まれつきなので分かりません」
嘘はついていない。この身体能力は生まれつきのものだ。鍛えたとか変な薬を使ったとかではない。もちろん、人工的に作られた存在ではない。ちゃんと今の両親の血が流れている。
本当にこの身体能力って何? 毎度思うけど人間の身体能力じゃないんだよね。映画の化け物の身体能力だよ。
「その顔、何か隠しているな?」
「えっ!? か、隠してなんかいませんよ!?」
「……お前は隠しているが下手だ」
どうやら生徒会長モードではない私は隠し事が下手のようだ。
「まあ、言いたくないようだし、この話はもう終わりだ。知りたいことは知ることができた」
「お役に立ててよかったです」
「こちらこそ面白いものを見せてもらった。いつか手合わせをしたいものだな」
「私もです」
私は戦闘を求めるような戦闘狂ではないのだが、千冬さんと戦えるのであればそれは別だ。私は、いや私たちは千冬さんに憧れると同時に千冬さんを目指しているのだ。千冬さんと戦うことを目指していると言ってもいい。
だから、戦いたいのだ。
負けても勝ってもいい。どちらでもいい。ただ憧れの人と戦うことに意味があるから。
「では、またいつか個人的に話そう」
「はい! あっ、その前に!」
このいい機会だ。私はあることを思い出した。
「千冬さんは篠ノ之 束さんと知り合いなんですよね?」
「そうだ。あいつとは知り合いだ」
「れ、連絡って取れます?」
「……なぜだ?」
先ほどとは変わって千冬さんの目は鋭いものとなった。だが、ただ注意されたときのような鋭い目ではない。なんだろうか、ひどく怖いものだった。それに私は覚えがあった。殺気だ。
前に何度か慣れるためだとか言って祖父が殺気を私に向けたことがあるのだ。それに近い。いや、そのものだった。
私は祖父のおかげで慣れていたということもあり、なんとか落ち着くことができた。
「そ、その会いたくて……」
「お前は世界中の人間があいつを探していて、未だに見つけることができていないということを知らないのか?」
「知っています」
束さんはISの生みの親である。そして、唯一ISのコアを作り出せる人物である。世界は束さんのその技術を手に入れようと束さんに接触しようとしている。しかし、束さんは行方を眩ましたため、接触できずに世界中がその行方を追おうとしているのだ。
だが、世界が探してもたった一人の天才を人間を見つけることはできなかった。それはそれだけ世界と篠ノ之 束との間には明確な技術の差があるに他ならない。
まあ、束さんは世界を変えた人なんだそれぐらいの差があって当然といえる。
「お前は何のためにあいつに会う? 言っておくが私は、嫌だが、あいつの友人だ。友人である私はあいつを守るために悪意を持って近づく者を排除しなければならない」
千冬さんはゆったりと腕を組みたっているだけだったが、千冬さんの本気が分かった。千冬さんのその言葉に偽りはなく、悪意ある相手にはそういった動きをするはずだ。
「なぜあいつに会いたい? 言っておくが嘘を言うなよ」
……どうやら私は憧れの人に自分が同性愛者だと言わなければならないようだ。
お、おかしいな。私の予想ではこんな展開になるはずじゃなかったんだけどなあ。どうしてこうなったし。
私は自分の早まった行動に後悔する。それとともに束さんの情報が入るんだから仕方ないよねというのもあった。
だって束さんは私の初恋の人だもん。こんなになっちゃっても仕方ないよね。
「私は束さんのことが好きなんです」
「んっ?」
「束さんが好きだから私は束さんに会いたいんです」
「んんっ?」
「私にとって束さんは人生で初めて好きになった人なんです。もう分かると思いますが、私は女なのに女の子が好きなんです。同性愛者というやつなんです。もちろん小さい頃は異性のことを見ようとして、治そうとしたんです。でも、異性よりも同性のほうにどうしても目が向かってしまって……。だからもう開き直ったんです。それから私は男の子と同じように女の子を見て過ごしてきました。そんなあるとき知ったんです、束さんのことを」
そして、同時にISのことを詳しく知ろうと思った。
「けれど、束さんは年上でISの開発者で一般人の私が簡単に会いにいける相手ではないです。だから束さんへの想いを心の奥へとやったんです。忘れようとしたんです。その後、私の夢である私が女の子に囲まれるためにIS学園に入りました。そこで私は束さんの妹である箒と束さんの友人の千冬さんに会いました。私は思ったんです。もしかしてこれは束さんに告白するチャンスじゃないかって。だからこうやって話せる機会ができたので、束さんのことを聞いたんです!」
私は理由を言って改めて千冬さんを見た。
千冬さんは額に手を当てていた。先ほどのような雰囲気はない。
「千冬さん?」
「……すまない。いきなりの告白に驚いてしまった」
うん、まあ、そうだよね。誰だっていきなり自分の性癖を告白されたら同じような反応になるよね。
「えっと、それで束さんに会いたいということなんですが……」
「あ、ああ、連絡してみよう。ただ言っておくが例えあいつに会うことができても失望しかないかもしれん。いや、失望しかないだろう。あいつは身内以外の他人など虫けらとしか見ていない。例えあいつに告白したとしても、あいつの前ではお前の真剣な告白などただのうるさい雑音程度にしか思わないだろう。だから返事もない。好き嫌いの話じゃない。何とも思われていない。その程度だ。あいつはお前がそのような感情を抱くような人格の持ち主ではない。あいつは同じ人間ではなく、別の生き物だと思ったほうがいいかもしれないな。あいつもそういう認識なのだろう。身内以外は人間だと思っていない。誰だって恋をする相手は動物ではなく、人間のほうがいいだろう? そういうことだ。さてここまであいつのことについて言ったがこれでもまだ好きだと言えるか?」
千冬さんからの束さんの話は私の予想外だった。
私が知っている束さんは全て論文での束さんだ。そこにあるのは専門用語の塊で、束さんの性格などは見え隠れするだけで知ることができたのはわずか。
私はずっと知りたかった。束さんがどんな人なのか。どんなものが好きなのか。束さんの全てを知りたかった。長く長くそう思っていた。そして、ついに私は束さんの一片を知ることができた。
話は本当に私の知らない束さんだった。
その話を聞いて私の気持ちは……。
「ますます好きになりました!」
「…………どうしてそうなった。私の話を聞いていたのか? どこにそうなる要素があった」
「分かりません! 多分今までずっと束さんのことを知ることができなかったのに、今ようやく知ることができたからだと思います」
好きな相手のことを知りたいということは当然の欲求である。しかし、長い間知ることができなかった。そして、ようやく知ることができた。
長い月日によって溜められた私の束さんの想いは束さんの情報を得たことで急激に膨れ上げ、ますます好きになったというわけだ。たとえその情報が束さんの悪い面でも。
そもそもだけど人間誰しもそういう面を持っている。私だって持っている。だから気にしないというのもあるからかもしれない。
「はあ……もういい。お前が本当にあいつのことが好きだと分かった。良いだろう、あいつに知らせよう。だが、もうひとつ確認していいか?」
「はい! 答えられるものなら何でも!」
「お前のそれは本当に恋心なのか? 憧れを勘違いしているのではないか? 異性ではなく同性だからその可能性はないとは言えないはずだ」
「そんなことはありません。私は確信を持って恋心だと言えます!」
だって私は前世で恋をしたことがあるんだから。それもちゃんと幸せな恋を。だから私は恋の気持ちを知っている。そして、今抱いている私の気持ちがその心だと確信して言えるのだ。
それは束さんへの恋心だけではない。簪やセシリアに抱いている恋心さえにも言えることだ。愛玩とかペットとかそういう意味での好きではない。本当に複数人に対して好きという気持ちを持っている。
「はあ……どうやら本当に好きなようだな」
「はい!」
私は笑顔で返事をした。
「あいつからの返事は明日伝えよう」
「分かりました」
私は最後に礼を言って帰ろうとしていた、が、呼び止められる。
「この学園に来た理由はハーレムを作るためなのか?」
「え?」
思わず声を上げる。
そ、そういえば私はついここの教師である千冬さんにこの学園に来た理由を話してしまった! こ、これってやばいよね!? だって世界中の人がISを学ぶために集まるIS学園を女の子を捜すためにという邪な願望で入ったって言ってしまったんだもん!
私はちょっと後悔した。
千冬さんはじっとこちらを見たまま。
ど、どうやら誤魔化すことはできないらしい。私は観念して言うことにした。
「……私はハーレムを作るためにこの学園に来ました。ISを学ぶことは二の次です。いえ、二の次じゃないです。本当はISについてはほとんど学ぶ必要はないんです」
「それはつまりISはもう学び終わっていると?」
「はい」
「なぜ学び終わっている?」
「だって私は同性愛のハーレムを作るんです。普通の恋愛とは違ってちょっと難しいものです。だから、勉強に時間をかけている暇などないんです。それに好きな子がもしかしたら勉強を教えてくれって言ってくれるかもしれません。そういう目的があって小学校から中学校までに勉強を終えたんです」
「……なるほど。よく分かった」
「やっぱり悪い、ですよね?」
自分でも悪いと思うのでそう聞いた。
「いや、別に悪くはない。むしろ夢を持ってここにいる分、良いと言っていいだろう」
「? ほかの人は違うんですか?」
「ああ、違う。ほかの者たちは大半がISに乗りたいというだけの者ばかりだ」
「それは夢じゃないんですか? ISに乗りたいって夢では?」
「いや、夢ではない。それは欲だ」
「欲と夢は似たようなものでは?」
何かを食べたい、何かになりたい。
前者が欲、後者が夢。そう多くの者が考えるだろう。確かに欲は叶えることが容易なもので、夢は叶えることが難しい、または不可能なものだ。違いといえばそのくらいである。そして、やはり二つは似ている、叶えるという点では。
「似て非なるものだ。ある意味では似ているのだろうが、詳しくしていくとやはり二つは違う」
「どのようにですか?」
「どのように、か。それは言葉にするのは難しいな。ちょっと時間がかかるがいいか?」
「……い、いえ、いいです。その話は今度で」
すでに私の試合が終わって時間が経っているので、そろそろセシリアの所へ行きたい。そういうわけで千冬さんの話を断った。
ざ、残念だけど仕方ない。
「む、そうか。それは残念だ。まあ、私が言いたいのはそのような理由でもいいということだ」
「ありがとうございます」
「では、私は失礼する。お前と話した時間は楽しいものだった。もう一度言おう。また近いうちに個人と個人として話をしよう」
「はい!」
千冬さんはこの場を離れた。
残された私はシャワーを浴びてきれいにしてから会ったほうがいいのか、それとも急いで行ったほうがいいのかと考える。
そして、決まった。
ちょ、ちょっと汗臭いけど今はセシリアに会う! も、もしかしたら一緒にシャワーを浴びることができるかもしれないし!
そういうことを考えながら私はちょっと駆けながら保健室へと向かった。
道中はあのときと変わって生徒が多かった。生徒たちはもちろんISスーツの私に注目していた。
う、うん、恥ずかしい……。
そんな思いをしながら私は保健室へ入った。
「し、失礼します!」
「あら? もう終わったようね」
「はい! それでセシリアは?」
「数分前に目が覚めたわ。ちょうどいいタイミングよ」
先生がカーテンで囲まれた部屋に視線を向ける。
私はふらっとセシリアのベッドのほうへ行く。カーテンを分けて中に入ると体を起こしたセシリアがこちらを見ていた。
「セシリア!」
私は喜びのあまりセシリアに向かって飛びつき抱きついた。
「ちょ、ちょっ!!」
「よかった! よかった! そして、ごめん! こんなになったのも全部私のせい……」
「は、離れ――」
「本当にごめん。私、勝つためとはいえセシリアを傷つけた」
私はセシリアを優しく抱きしめ、謝った。
「もう絶対にセシリアを傷つけない。絶対に傷つけないから」
「わ、分かりましたわ! 分かりましたから、ちょっと離れてくださいまし!!」
私はセシリアから押されて離れる。
セシリアの顔は恥ずかしさからか、やや赤く染まっている。
私たちは至近距離から見つめあうような体勢となった。
「あー私はちょっと用事を思い出したわ。薬とかはここに置いておくから勝手に帰っていいわよ」
抱き合ったり見つめあったりする私たちの関係をなんとなく察した先生は顔を真っ赤にしてバタバタと保健室を出て行った。