私は負けたのを受け入れた。だって専用機と違ってこの訓練機は皆が使うということもあり、ある程度機体ダメージを受けるとその時点で負けが決定すると打鉄を借りるときに説明があったからだ。だからこの結果には納得でき受け入れることができた。
でも、まさか……こんなにボロボロになるなんて……。
私は装着している打鉄を見る。負けて当たり前かもしれない。
打鉄はどこも無事がないというくらいヒビが入ったり、粉々に砕けたりとしていた。特に上半身部分はひどい。腕の装甲、肩部分はなくなっている。
どう見ても無視できないダメージだ。
反対に勝ったはずの一夏は何やら納得できないという顔をしている。おそらくはちゃんと自分の手で勝ちたかったのだろう。なにせセシリアと試合で、一夏はあと少しというところでシールドエネルギーがなくなり、負けたから。
私はその納得できない顔をする一夏を見て、心の中で思う。そんな顔をしても私は全く本気で戦ったわけじゃないからね、と。
ああ、でも、結果として負けちゃったんだ……。なんだか簪のところへ帰るのが嫌だな。
簪のお願いは一夏をボロボロにして勝つだったはず。けれど私は一夏をボロボロにはしたが、一夏には勝てなかった。だから、簪がこの結果を見て失望されるのではと思って帰るのが躊躇われるのだ。
ひ、ひとまずはセシリアのところへ!
簪と会う心の準備ができなかった私はセシリアに会いに行くことに決めた。私はすぐに自分のピットへと戻った。そして、驚いた。だって、人がいたから。それも私たちの担任でISを目指すものたちの憧れの人である千冬さんが!
私はすぐにISを解除した。そして、千冬さんのもとへ。
「ちふ――織斑先生、どうしてこちらに? 一夏のピットに行かなくていいのですか?」
私は直立して千冬さんに聞いた。千冬さんは一夏の姉だ。表面では教師としているが、内心ではきっと家族である一夏を想っているはずだ。ゆえにあんなふうになった一夏を心配で堪らないはずだ。なのにここに来た。それに疑問を持った。
「ああ、今はな。それよりもお前だ」
「私、ですか?」
ここに来たのだから私に用があるはずなのだが、改めて千冬さんの口から私に用があると言われるとちょっと思うところがある。
「そうだ。だが、話をする前に……そうだな。……ふっ!」
千冬さんがいきなり私に向かって殴ってきた。
え? なんで!? なんで千冬さんが私に!? た、確かに一夏にひどいことをしたって自覚はあるけど、でも、これは!!
頭の中では混乱している上に生徒会長モードではないので、体は動かないかと思われたが、祖父に不意打ちなどされていたおかげか私の体は勝手に動き、千冬さんの拳を軽く弾いて逸らして、千冬さんの懐の入り込みもう片方の腕を使い、肘打ちをその腹に向けて打ち込んだ。
だが、その肘打ちは千冬さんのもう片方の手によって受け止められた。
「!!」
まさか受け止められるとは思わなかった。
「……ほう、中々いい威力だ」
受け止めた千冬さんは愉快そうにそう言った。
って、私は何をしているの!? いくら攻撃をされたからって反撃までしちゃうなんて!!
私は自分の今の行動を思い出し、後ろへ跳んだ。
「す、すみません!」
私は体を九十度に曲げて謝った。
や、やばい……。これって人生的な意味でもやばい!
生徒が先生を殴った。これは大問題だ。しかも相手は世界的にも有名な千冬さん。処置としては暴行行為により退学だろうが、おそらくは噂などで私が千冬さんを殴ったということが世界中に知れ渡るはずだ。そして、周りの人たちから変な目で見られるんだ。そういう意味で人生的にやばい。
私はなんてことをしたのだろう……。これじゃもう……。
私の中には後悔しかない。そう絶望していると、
「謝らなくていい。これは私が先にやったんだ。謝るならば私のほうだ。いきなり殴ってすまなかった」
「い、いえ!」
憧れの千冬さんが私に対して謝る必要なんてない。
「じゃあ、私は退学じゃないってことですよね?」
不安解消のために聞く。
「当たり前だ。たとえ私がお前の攻撃を避けることができなくてもそんなつもりはない」
よ、よかった~! これで私の楽しい学園生活は守られた! そして人生も!
私は安堵から体の緊張を解いた。
「にしても先ほどのは中々のものだったぞ」
「あ、ありがとうございます」
「だが、あれは本気ではないだろう?」
獲物を見つけたような目で千冬さんはそう聞いてくる。
えっ!? なんで分かるの!? さっきのって男性の大人レベルの力だよ! 普通は本気だって思うでしょ!
「い、いえ、本気でした」
女の子の身体能力ではないし、憧れの千冬さんにばれたくないと思った私は嘘をついた。
だが、
「なぜ隠そうとするのかは知らないが、そういうことにしておこう」
と、結局嘘は通じなかった。
「にしても、その歳ですでに達人級とはな。さすがだな」
「織斑先生には勝てません」
反撃をしたときに明確に織斑先生にはまだ勝てないと分かった。だって、私の攻撃を余裕で受け止めたんだもん。私ほどではないが、千冬さんの身体能力はとても高いのだろう。
「ふっ、当たり前だ。私のほうが長く生きているんだ。まだ負けんよ」
千冬さんが笑みを浮かべてそう言った。
その笑みに私はかっこいいなと思いながら見惚れていた。そして、気づく。
わ、私、今、千冬さんと話してる!! しかも、褒められた!! しかもしかも! 拳を交わしたし! こ、これってこの学園内でも私だけだよね!? つ、つまり私は特別?
私はうれしくて微笑んでしまう。
「む、どうした? なんで笑顔なんだ?」
「え? あっ、な、なんでもないです……」
このような顔を千冬さんには見られたくはないので俯いて顔を隠した。
「そういえばなんで織斑先生はここへ? 私の実力を確かめるためじゃありませんよね?」
「ああ、そうだ。先ほどのは正確に知るためだ。本題は……注意だ」
「注意、ですか?」
「そうだ。本当ならば説教をしたほうがいいのだろうが、なんでもすぐに説教するのは良くない。なんでも最初は注意だけで様子見をするほうがいい。だから注意で済ませる」
「そ、それで何に対する注意ですか?」
「心当たりはないか?」
「ひとつなら」
その一つはおそらくは必殺技である『一閃』のことだろう。千冬さんやごく一部の人間は分かったはずだ。あれは人を殺せるものだと。だから、使わないように注意をするのだろう。
一つ目は分かったけど、もう一つは?
私は考えるのだが、全く思いつかない。
「もう一つは分からないといった顔だな。ではまず一つ目だが、それはきっとお前が分かったやつだろう。お前がセシリアと一夏に使ったアレだ」
やっぱりだ。『一閃』のことだった。
「アレは危険すぎる。お前自身でもそれは分かっているんだろう?」
「ええ、分かっています。試したことはありませんが、確実に人を殺せるというくらいには」
「そうだ。アレは殺傷能力がある。だから二度と、とは言わないまでもあまり使うな。特にこのIS学園ではな」
「……はい」
千冬さんの目はちょっと怖かった。鋭い目で睨むような目だったから。
「分かったならいい。そして、もう一つはまあ、先ほどのを守れば大丈夫なはずだ。それはISをボロボロにしたことだ」
千冬さんが私の後ろにあるISに目を向けた。私も釣られて目を向ける。
あるのは見るも無残な姿となったIS、『打鉄』である。宇宙という過酷な空間での活動を想定されたものがどうやったらこのようになるのかと聞きたくなるほどのボロボロである。
私は申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
「はあ……まさかISをここまでするやつなど初めて見たぞ」
千冬さんは手を額にやれ呆れていた。
うぅ、本当にすみません……。
「いいか、ISで戦う以上多少はこうなるのは分かっているが、ここまでにならないようにしろ。こうなったのもおそらくはひびだらけのISであれを使ったせいだろう。つまり、手加減しろ」
「そ、それは……」
「無理ではないだろう? 先ほどの試合を見ていたが随分と余裕だったみたいだしな」
「い、いえ、よ、余裕じゃなかったですよ!」
そう言ってもらえるのはうれしいのだが、身体能力がばれるのが怖くてまた誤魔化す。まあ、誤魔化しても意味はないみたいだが。
「注意はこの二つだ。あと機体損傷を知らせる表示とアラームを消すな。あれは必要なものだ。分かったか?」
「はい、分かりました。気をつけます」
もし表示とアラームを消さないでいればきっと結果は変わったはずだ。私がそれを自覚している。
「ならばいい。言っておくが二度目は説教だぞ。忘れるなよ?」
「はい! 忘れません!」
私は絶対に気をつけようと思った。千冬さんから説教されるというのはちょっといいかなと思うのだが、それよりも千冬さんからの私の評価が下がるのはいやだ。
「私の用件はここまでだ。だが、私個人として用件はまだある。今からは教師と生徒の立場ではなく、対等な個人と個人の立場で話そう」
「……対等な立場」
その言葉がなんだかうれしくなる。だって私にとって千冬さんは天使とか女神とかそういう上位の届かない立場の人なんだ。そんな人と対等の立場となれるのはとても光栄なことなのだ。
「だからしばらくは先生と呼ばなくいい」
「じゃ、じゃあ、千冬さんと呼んでも?」
「ん? んんっ、ま、まあ、そう呼んでもかまわん」
「ありがとうございます、千冬さん!」
ずっとそう呼びたかったというのがあったので、その願いが叶って私のテンションが上がる。
「それでお前に話したいことだが、二つの試合で見せた技のことだ。一つ目は
なるほど。千冬さんが話したかったのは私が試合で見せた技の数々か。確かにこういう話は先生と教師ではなくてただの詩織と千冬として話したほうがいい。それならば色々と話しやすい。
「あれは瞬動術です」
「あれが? 私の記憶上ではそういう一瞬で長い距離を詰めるような技ではなかったはずだが?」
「そうですね。本来の瞬動術は相手の死角に入り込むだけの技です。ですが、私の瞬動術は先ほどの試合のように長距離を一瞬で詰めることができるのです」
「なぜできるのだ?」
「……さあ? なぜでしょう」
身体能力のことを聞かれたくはないので、そう言って誤魔化す。
「おそらくは私にしかできない技でしょう。だからほかの人が真似をすることは無理な技と言っていいでしょう」
「なぜだ? なぜお前だけができる?」
「え!? そ、それはその……分かりません」
私が使った瞬動術は人間の身体能力では使えないとしか言えないので説明ができない。
「なのに自分以外はできないと言うのか」
千冬さんの目が半目になる。疑っている目だ。私は目を逸らすしかない。
「まあ、いい。ただ
生身でもできるって言ったらどんな反応をするのかな?
「二つ目だがオルコットへの最後の攻撃といち――織斑への連続攻撃をした私が注意した技だ。打鉄は専用機ではない。ワンオフ・アビリティというわけではあるまい?」
「ええ、そうです。簡単に言いますと腕を振る速さが単純に速いというだけです」
「やはりただそれだけだったか。ならば私の注意は間違っていなかったようだな」
「見当は付いていたみたいですね」
「肉眼だけで確認しただけだから確証はなかったがな。今、できるか?」
「え? ダメなんじゃ?」
「今はいい。特別で例外だ」
「……分かりました」
どうしても見たいという顔だったし、何よりもあの千冬さんに私の技を見たいと言われたのでやることにした。
やっぱり憧れの人にそう言われるとやらないわけがない。
私は周りを見回す。しかし、私の『一閃』に耐えられそうなものはなかった。
あの技は軌跡が見えないほどの速さで振るのだ。故に得物は丈夫なでないとダメなのだ。
「拳でいいですか? 速さだけならできます」
『一閃』はただ速いだけ。速ければいい。そういう技だ。
「ああ、それでもいい」
許可を貰ったので、周りを確認して拳を腰の横に構えた。私はゆっくりと心を静める。先ほどあった千冬さんからの言葉による心のざわめきがゆっくりと消えていく。私の心の中は波紋のない水のごとく。
私はその後にどれだけの力を込めるのか決める。そして、本気ではなく手加減してやることに決めた。
その理由はこの技の威力にある。この技は剣や刀を使えばどんな障害物でも斬れる技となる。例えば直径約四十センチメートルの木でもきれいな切り口を作って斬れるのだ。もちろんただ速く斬ればいいというわけでなく、技術あっての話だが。
では拳でやるとどうなるかだが、その結果はただの速い鋭い突きだけでなく、拳という広い面積のために衝撃波という弾となって飛ぶのだ。ちなみに私のちょっとした加減次第で前方全体ではなく、弾として飛ばせるのだ。まあ、威力は前者のほうがあるのだが。
今回やるのは威力が高いほうだ。その理由としては弾を作るには手加減した場合、必要な速度が足りないからだ。必然的にそれを選ばざるを得ない。
「せいっ!」
声とともに拳を放った。