「待たせたわね」
「いや、そんなに待っていないぜ」
まるで恋人同士のデートの待ち合わせのやり取りをする。
まあ、私としては一夏とデートなんて不快でしかないのだけど。
私はそんなことを考えながら生徒会長モードに切り替えて、ブレードを構えた。
「!!」
「あら、びくっと震えちゃってどうかしたの?」
なぜか分からないが一夏は体を震わせた。
「い、いや、本当に月山さんは強いんだなって思って……」
「? まだ戦ってないんだけど? ああ、さっきの試合を見たんだったわね」
「いや、そうじゃなくてこうして対面して雰囲気が強い人のものだったからそう思ったんだ」
「へえ、分かるのね」
やっぱり千冬さんの弟だからだろうか、まさか雰囲気を感じ取るとは。少々驚きである。
こういうのはプロとプロの戦いでしか分かりえないものであるが、一夏の感じ取ったのはそれであろうか? それとも動物の勘?
私の中で一夏の評価を上げるが、もちろん一夏の戦闘能力への評価が上がったわけではない。
確かに雰囲気を感じ取ったのはすごい。
だが、だからといって一夏の戦闘能力が私の脅威になりえることなどないのである。
例え一夏に千冬さんと同じように剣の才能があろうと、どうやら一夏は幼い頃には確かに剣術を習っていたようだが、今現在はやっていなくて、昔はあった剣の腕などきっと錆びついているに違いない。
錆びた剣と、女の子たちを守るためにとずっと磨いてきた剣、どちらが強いかと問われれば、もちろん後者であるのは間違いない。
つまり、一夏など脅威ではないのだ。
「いや、たまたまだ。セシリアのときは分からなかったからな」
多分それはセシリアが銃であって、私が剣だからだろう。専門分野が違うということがそれを分からせなかったのかもしれない。
まあ、私ほどの実力者であるならば、分野が違っても相手の力量を把握することができる。
よれよりも、
「あなた、なぜセシリアを名前で呼んでいるの?」
私は一夏が勝手に人の恋人の名前を呼ぶことに怒りを覚えた。
私が見ていた間ではセシリアが一夏に名前を呼ぶことを許しているところを見た覚えがない。私が見ていないところで……とも考えられるのだが、それはないと思う。それは先ほどの試合で分かった。
ならば一夏が名前で呼んでいるのは一夏の独断である可能性が高い。もしかしたら一夏はセシリアが好きな可能性がある。だとしたら名前で呼ぶのはセシリアが好き、ないしは気になっているという可能性がある。
ふふ、だけど残念だね。もうセシリアは私のもの! 一夏がセシリアのことを気になっていてもセシリアを恋人にすることはできない! ……まあ、セシリアはまだ私のこと好きになっていないけど。
だけど、私は一夏の返答に驚かされた。
「ん? なんでって言われても……なんでだろうな。気づいたらいつも名前で呼んでいたんだ」
なんとこの男、どんな相手でも名前で呼ぶというのだ。
そ、そういえば一夏は最初私を呼ぶときに名前で呼ぼうとしていた。おそらくそれに嘘はない。本当のことだろう。
「……そう」
「何か悪かったか?」
「悪いと言えば悪いわね」
悪いのだが一夏は大丈夫だと思う。だってかっこいいもん。それにその容姿にかっこつけてナンパしたりしないしね。とにかく一夏は他人を名前で呼んでも問題ないと考えている。むしろ、女の子たちは一夏に名前で呼ばれてうれしいと思っているはずだし。
まあ、私はそんなことはありませんけど! むしろ鳥肌が!
「けどまあ、あなたは気にしなくていいわ」
直せと思ったけど、一夏はかっこいいので、許すことにした。結局顔なのか! 顔なのか! である。
「さあ、試合よ。さっきはセシリアが相手だったから一週間の成果がでなかったでしょ? でも、今は同じ接近戦同士。その成果も出せるわ」
もちろん私は銃が相手でも先ほどのように勝つことができるが。
あっ、もちろん先ほどのようなギリギリの勝利ではない。今度は優雅に勝ってみせる!
「ああ、さっきは出せなかったな。慣れていなかったということもあるしな。この戦いなら出せそうだ」
一夏はブレードを構えてにやりと笑った。
どうやら一夏はセシリアとの試合は満足できなかったようだ。それは別にセシリアとの試合に満足できなかったというわけではない。一夏はセシリアとの試合ではちゃんと本気で戦えたことに満足した。なのに満足できなかったという矛盾。ただそれはいくつかある満足のうちで、一夏が望む満足ではなかったというだけだ。
一夏が求めていたのは剣と剣のぶつかり合い。心の奥底ではそれを求めていた。それが分かる。
私も剣士である。それは分かる。
ということで、一夏には剣と剣のぶつかり合いをさせてあげよう。つまり、手加減をするということ。そして、一夏が勝利を目前としたときに本気を出して、実力の差を見せつけてやりましょう。
こうすることで精神も肉体もボロボロにするのだ。
「では、始めましょうか」
「ああ!」
私たちはスラスターを噴かしてぶつかり合った。互いのブレードとブレードがぶつかり、火花が散る。
ふむ、力の強さはまあまあかな。
私は一夏との力の差を確認する。予想範囲内の力の強さだった。
私はすぐに後ろに下がり、また接近する一夏に右下から左上へと切り上げた。
一夏はそれをブレードで受ける。
「ぐっ」
私の攻撃を受け止めた一夏はその攻撃の重さに声を漏らす。
一応、手加減をしているのですが、その力は少々ムキムキの男性ほどの力である。少々細い一夏では、受け止めるのは難しい。
でも、これでは終わらないよ!
私は次々に攻撃を放つ。
一方で一夏は反撃もできずに、防御に徹することしかできなかった。
「ふふ、一夏。余裕がないわね」
「くっ、逆にそっちは、うおっ! なんで余裕があるんだよ!」
「体力には自信があるの」
「いや、体力って問題じゃないだろう!」
私の体力は本当に身体能力と同じく人間離れしている。どのくらいかと言えば四百メートルを全力で何往復しても息切れしないくらい。うん、本当に女の子が持つ体力ではない。まあ、おかげで強くなれたんだと考えればいいか。
一夏は私の攻撃を受けて防ぎつつ、私に反撃しようとしてきた。
おや。さっきまではただ防御するのにいっぱいだったのに。
私はその反撃に攻撃を合わせる。
力と力がぶつかり私のブレードは弾かれず、一夏のブレードだけが弾かれた。結果、私だけが完全に振り切る形となる。
ふふ、私の力は成人男性よりも何倍も強いからね。互いに弾かれるとか、私だけが弾かれるなんてことはないんだよ! まあ、先ほど言ったようにムキムキの男性程度の力で戦っているけど。
「ぐっ」
一夏のブレードが弾かれたため、懐ががら空きになる。私はその瞬間を見逃さずに体当たりをした。
え? 切らないのかって? 切らないよ。切ったらシールドエネルギーが大きく削れちゃうから。
私の目的は一夏をボロボロにしてやることである。先ほど言ったようにね。
体当たりされた一夏は衝撃を受けて、後ろに下がる。
まだまだ行くよ!
そう思ってブレードを薙ぐ。
「っ!」
だけど、どうやら一夏はそれをかわしてきた。
ほう、ただやられるばかりではないということか。
さらにまた攻撃を仕掛ける。
それを一夏は次は受けて防御してきた。
やっぱりこの戦いで成長しているのか。ふふふっ、いいね! 楽しい!
私も剣の才能があって、すぐに今の実力になった。一夏も剣の才能があるのだろう。
これは千冬さんの弟であることと関係あるかな? にしても一夏のスペックは高すぎかな。イケメンで剣の才能があるとか。
まあ、そんな一夏相手だけど嫉妬するところなんてないけど! だって、私だって美少女だし、剣の才能あるし、勉強だってできるし!
え? 一夏相手に嫉妬? まあ、私が狙っている女の子関係だったらありえるけど、それ以外ではあまり嫉妬するところはない。
「その程度?」
一夏といい試合をさせて、勝てるという希望を持った瞬間に圧倒的な力の差というものを見せつけたいので、見下すように言う。
この言葉に男である一夏は怒りを覚えたようで、こちらをきっと睨んでくる。
ふふ、単純。一夏が熱血系でよかった。
一夏はブレードを構えるとスラスターを勢いよく噴かせて、こちらへと突っ込んでくる。
「らああああぁぁぁぁっ!!」
そう雄たけびを上げながら私にブレードを振ってきた。
それに対して私もブレードを振るう。
一夏の勢いのあるブレードと私の振るうだけのブレードがぶつかった瞬間、互いのエネルギーがぶつかり合い、その力は拮抗し合う。そして、もちろんのこと、打ち勝つのは私。
手加減をずっとしている私である。負けそうだったらちょっと力を込めればいいだけだ。
打ち負けた一夏は自身が込めたエネルギーの大きさもあって吹き飛ばされ、地面へと激突したのだった。私も多少は下がったが、これは物理学的なものであって、力負けとかそういうものが関係しているわけではない。うん、関係ない。
地面に激突した一夏は小さく呻き声を上げながら、立ち上がる。
ダメージはきっと大きいけど、半分も減ってはいないだろう。先ほどのは別に物理ダメージではなく、どちらかというと衝撃によるものが大きいから。あとは、地面にぶつかったときのダメージかな。
一夏は荒い息をしながら再びブレードを構え直す。
私はただ見下ろすだけ。きっと一夏にはその雰囲気もあって、自分よりも上の存在に見えているだろう。
そのためか、一夏のやる気は先ほどよりもぐんと上がったように感じる。
「さあ、次はどうするの?」
「こうする!」
私の問いかけに一夏は再びスラスターを噴かせて空を舞う。その速度は速く、私が使っている
まあ、当たり前か。一夏の使っている
一夏はあちらこちら飛び回る。
なるほどね。一夏は速度を生かして攻撃するつもりか。この速度だ。そのエネルギーは相当高い。ぶつかるだけでも相当な威力だ。
私の予想通り、一夏は私の死角である真後ろから攻撃を仕掛けてきた。
だが、ISのハイパーセンサーによる三六〇度の視界ではその死角からの不意打ちは無意味だ。
まあ、視覚という意味での死角はないが、真後ろであるので確かに対処しにくい、通常ならば。
一夏はブレードを振りかぶり、振り下ろしてくる。
だが、
「なっ! 受け止めた!?」
私は素早くブレードを持った腕を背に持っていき、一夏の攻撃を防いだ。振り向いていない。
「な、なんでその状態で受け止められるんだ!?」
一夏のその疑問は分かる。体の構造上、この体勢では力は入りにくい。しかも片手。
それはもちろん私も例外ではない。この体勢は確かに力が入りにくいのだ。
だが、それは普通の人間である。私には化物クラスの力があるのだ。力が入りにくい状態であっても、負けるわけではない。
一夏は驚きながらも後ろに下がった。
私はゆっくりと振り向く。
「つ、月山さんはどういう筋力をしているんだ?」
「む、それはどういう意味かしら? 私が怪力女とでも言いたいのかしら?」
「い、いや、そんなつもりはないよ」
全く失礼な。
この力を私は利用していますが、それでも女ということもあり、思うところがあるんですよ、私。
今でこそ私の好きな子を守れるということでこの筋力があって喜んでいたが、最初は自分が化け物ではないのかと思ったりして悩んでいたのだ。だからこうして他人にそのことを言われると自分が化け物と思われているのではないかと思ってしまい、怖くなるのだ。
一夏に言われて表情にはもちろん出てはいないが、内心では結構ショックを受けていた。もしこれが好きな子からはっきりと化け物などと言われたらそのショックはもちろんのこと今の比ではない。
私、恋人から拒絶されなければいいのだが。
一夏は今度は私の真正面から。もちろん、ただ真っ直ぐ突っ込んでくる訳ではない。上下左右に動いて、攻撃のタイミングを察せない動きをしてきた。
なるほど。その作戦はいいね。でも、やっぱりまだ鋭さが足りない。うん、足りない。私ならば、もっとスピードを出すよ。
正直ファンネルくらいの鋭い、こうカクッカクッという動きが必要なのだ。それがあればもっとよかっただろう。一夏のはそのカクッとしたものがない。
そして、一夏が近づくと、
「おおおおぉぉぉぉっ!」
雄たけびを上げて一夏が私に攻撃を仕掛けてきた。
簪とアニメを見て思うがなぜ攻撃するときっていつもこうやって声を上げるのだろうか。力を入れるためとか相手を威嚇するためとかなら分かる。だが、こうやって自分が攻撃するときに声を上げるのはどうだろうか。せっかくのこういういつくるか分からない攻撃や奇襲のときに声を上げては無駄になるではないか。その結果、ほら、声を上げたせいでいつ攻撃してくるか簡単に分かってしまった。
私は少々落胆しながら、その攻撃を受け流した。
受け流されたことで一夏はバランスを崩す。それは大きな隙ではあったが、ここで攻撃してしまうと一夏のシールドエネルギーが大きく削れてしまうので、我慢する。
私はゆっくりと一夏に近づいた。
「本当に強いんだな」
「まあね。少なくともあなたに負けたりはしないわ」
「……痛いところをつくなあ」
「悔しかったらまた剣道を続けたほうがいいわよ。まだまだ色々と甘いみたいだしね」
そう私が上から目線で一夏に助言をしてやる。これで剣道を続けてくれればいいのだけど。
だって一夏は箒と恋人関係になる予定だ。一夏は箒に剣道のことについて教えてもらっているようだし、箒が一夏との接触を多くなる。これならば色々と仲良くなるためのフラグ的なものが立つだろうな。
暢気にそんなことを考えていると突然一夏がブレードで攻撃してきた。
近くにいたということもあり、ここから避けることは難しい。
まあ、避けるのが難しいだけだから、ブレードで受け止めればいいだけだけど。
「残念」
「いや、それはどうかな?」
一夏がにやりと笑った。
「え?」
一夏がこの至近距離からいきなりスラスターを噴かせてきた。
私の力が受け止めるだけの力のみということであり、スラスターという機械の力が加わり、私が打ち負けてしまった。
しかも、そこから体当たりされた。
「うぐっ」
私はその衝撃で体勢を崩すとともに肺の中の空気を吐き出す。
「せいっ!」
一夏はその隙を見逃さずにブレードを振り、その攻撃は私のブレードに当たった。
一夏の体当たりにより力が入っていなかったために私が持っていたブレードはいとも簡単に私の手から離れて空を舞った。