「い、いきなりなんですの!?」
セシリアはキスされた部分に手をやって、真っ赤な顔で言う。
「これは恋人としての行為よ。これからの試合のためにがんばってという意味と無理をしないでという意味と愛しているという意味を込めたキス。いやだった?」
「い、いやというわけではありませんわ。ただびっくりしただけですわ」
その言葉のとおり、キスされたことを不快には思っていないようだ。
私はうれしくなる。
いろんなことがセシリアとあったが、私はどうやらセシリアにそこまで嫌われていないようだ。それにうれしく感じる。
セシリアは顔を赤めたままISを展開させた。
セシリアのIS、ブルー・ティアーズはまだ私との戦闘の跡が残っていた。だが、その損傷具合から見るに機動力には問題ないように見える。
「では、行ってきますわ」
「ええ、いってらっしゃい」
私たちはそう言葉のやり取りをする。
それを最後にセシリアはピットを飛び出た。
私はその姿を両手を胸の前で握り締めて見送る。それはまるで戦場へ行く主人公を見送るヒロインかのように。
見送った後、私はピット内に備え付けられたモニターを見る。
モニターではセシリアと一夏が向かい合っていた。
一夏は白いISを装着し手に持っているのは一本のブレードだった。一夏はブレードの先をセシリアに向けて構えていた。
二人を見ていて私は疑問を持つ。
あれ? なんでセシリアはファンネルを起動させているの?
ファンネルがすでに起動していて、セシリアの周りを飛んでいた。
セシリアと戦っていたときの話からするとファンネルを使うのは本気モードのはずだ。それは相手が強いと認めたときのもの。なのにそれを遠い昔に剣道をやっていた、今はド素人の一夏に対して使っている。
私がなぜという疑問とともに生徒会長モードを使い、冷静に分析する。
まだ……。まだ情報が少ない。まずは二人の戦いを見なければ……。
私がまずしたことは情報収集だ。情報がなければ分析もできない。
二人は対面したまま何かを話す。
セシリアの仕草と一夏の顔から考えるに一夏に挑発でもしているようだ。
そして、二人の戦いが始まる。
まず仕掛けたのはセシリアだ。
そこでまたセシリアはおかしな行動に出た。
スターライトでの攻撃ではなく、ファンネルで攻撃したのだ。
ファンネルが起動していたのは、相手を警戒させるためかもしれないという推測でまだ分かる。だが、スターライトでの攻撃ではなくファンネルでの攻撃は理解できなかった。
セシリアが私のときに言った言葉が嘘という可能性があるが、私はその攻撃を受けた身だ。ファンネルを使うのが本気の本気だと理解している。セシリアが嘘を付いていた可能性はゼロだ。
ならばなぜ?
そう思っているとあることに気づく。
ファンネルの動きが悪いのだ。
ファンネルはぷかぷか浮いて攻撃というやり方なのだが、セシリアなら当てられるはずの一夏の動きを当てられないのだ。私と戦っていたセシリアならすでに何十発も当てていたはずだ。
だがセシリアのファンネルが当てた数はわずか四発。
あきらかに少ない。
私はある結論に至る。
やっぱりセシリアのお腹の怪我のせいだ! 怪我のせいで集中できないんだ!
よくよく見るとセシリアの顔はうまく隠しているようだが、わずかに引き攣っていた。おそらくは相当痛いはずなのだ。それを我慢している。
セシリアがスターライトではなく、ファンネルを使っているのは体を動かすことができないためだろう。
実際、セシリアの手に持つスターライトはだらんと下を向いていた。どう見ても一夏の突発的な行動に対処できない構えだ。
や、やばい! やばい! これって絶対にやばいって!
ISを装着して割り込もうにも、ピットの出入り口は閉まっていて割り込むことはできない。ほかにも考えたがどうしても無理だ。
私にできることはただこの戦いを見届けることしかできない。
「セシリア……」
私は不安から名前を呟く。
一夏は避けるのを止めてファンネルを破壊することに行動を移していた。
結果、ファンネルは二つ破壊された。
私が破壊できなかったファンネルを二つだ。
だが、これは一夏だけの力ではない。セシリアが怪我をしていたということが大きな要因だ。でなければ、一夏はすでにボロボロになって負けていたはずだ。
一夏は勝ちを確信したのか、セシリアに向かって突っ込んでいった。その際にもう二つのファンネルを破壊した。セシリアに残されたファンネルはゼロだ。しかもセシリアは体を動かすことができないので、スターライトによる攻撃もできない。つまり棒立ち状態のただの的なのだ。
一夏のほうは動かないことをファンネルを破壊されたことによるショックだと認識したようだ。
そして、一夏がセシリアに迫り、ブレードを振ろうとしたとき、セシリアが無理をした笑みを浮かべた。
一夏はそれを見てやばいと感じ、回避行動を取ろうとするが間に合わない。
セシリアはミサイルを搭載したファンネルを動かしミサイルを発射し、それが一夏に当たり爆発した。
私はそれを見て、やったと思った。一夏はセシリアの攻撃を何発か食らった。そしてあんな至近距離からのミサイルを二発をまともに食らった。これは確実にセシリアの勝ちだ。
と思っていたのだが、それは違った。
煙が晴れたとき、そこにいたのはISの姿が変わった一夏だった。
「!? どういうこと? まさかこれが
一次移行は知識とはして知っていたが見たのは初めてだった。
しかし、まさか初期設定で今まで戦っていたとは……。
初期設定とはその言葉通り、何もいじられていない状態のことだった。だからもちろんのこと自分にあった設定がされているわけではないのだ。一次移行というのは搭乗者に合わせた設定を行うことだ。つまり、扱いやすくなったということだ。
それを見たセシリアもこれまでが初期設定だったことに驚いたようだ。
「あれが……一夏のIS。きれい……」
そう単純にそう思った。きれいなその姿に見惚れた。
私の鼓動は一回大きくドクンと鳴る。
にしても、まさかこんな展開になるなんて……! さすがというべきか、一夏! あのままだったら絶対にセシリアが勝っていたのに!
一夏に対する怒りが湧いてくる。
一夏のほうも戸惑っていたがすぐに回復してまた突っ込んで行く。
セシリアのミサイルを搭載したファンネルはすぐに新たなミサイルを装填し、発射しようとしたのだが、あきらかに一夏のブレードを振るほうが速かった。そのファンネルは発射せずに破壊された。
もうセシリアを守るものはない。
私もセシリアも、おそらく観客もセシリアの負けを思い浮かべた。
一夏はエネルギー持った光を放つブレードを下から上への斬撃を放った。
「セシリア!!」
声を上げる。
それとともに勝敗を告げるブザーが鳴った。
セシリアの負け。
そう思った。だが違った。勝ったのはセシリアだった。
「え? なんで?」
別に一夏が負けたのが悔しいからというわけではないが、どうしてあの状況からセシリアの負けなのかが気になったのだ。
考えるが分からなかった。
じっと見ていたが私の必殺技のように一瞬で斬撃を放ったわけではないようだし……。
まあ、いい。とにかく今はセシリアだ。
私はこちらへ戻ってくるセシリアを出迎えた。
「おつかれさま、セシリア」
「ええ」
その顔にはやはり困惑が見える。やはりセシリアも先ほどの勝敗に納得できていないのだろう。
「セシリア、すぐに保健室へ行くわよ。あなた、試合の間ずっと痛かったんでしょう? 私と戦ったときよりもあなたの十八番である正確な射撃じゃなかったわよ」
「……気づいていましたのね」
「ええ、気づくわよ。これ以上無理をしないためにも保健室へ。嫌とは言わせないわ」
「分かりましたわ。でも……うっ」
「セシリア!?」
セシリアがISを解除した瞬間、セシリアが体を崩した。
私はその体が地面に倒れ落ちる前にその体を受け止めた。
「どうしたの!? しっかりして!」
「い、痛みの……せい、ですわ。すみませんが……このまま運んでくださいませ」
「分かったわ」
セシリアは本当にもう限界のようで私の返事を聞いた後、ゆっくりと目を瞑って気絶した。セシリアの体の力は抜けて、まるで死人のようだった。私はセシリアをお姫様抱っこして保健室へと急いで向かった。
保健室へ行くとちゃんとそこには先生がいた。
「先生! この子を!」
「どうしたの!?」
先生はすぐさまセシリアの異常を感知して駆け寄ってきた。
「じ、実は――」
私は先生にISでの戦いで怪我を負ったと簡単な説明をした。
説明を聞いた先生は私にセシリアをベッドの上に運ぶように言った。私はその言葉に従い、セシリアをベッドの上に寝かせる。
寝かせた後、私はベッドの傍で膝立ちになる。
今はセシリアの傍にいたかった。
しばらくすると先生が来る。その手にはなぜかはさみがあった。先生はそのはさみでいきなりセシリアが着ていたISスーツを切り始めた。
「先生、何を!?」
いきなりの先生の行動に声を上げる。
大きな声では言えないがセシリアは私の恋人である。他人がその恋人の服を切り、その肌を見ることを私は許せないのだ。
先生は私の言葉を無視し、どんどん切る。しばらくしてそのはさみの動きは止まる。
ISスーツを見ればセシリアのお腹の部分のスーツがきれいに切り取られていた。セシリアのお腹の部分が丸見えだ。
そのお腹の部分を見たとき、私は驚愕する。
「!!」
「これは……ひどいわね」
セシリアのお腹は痛々しいほど紫に染まっていた。誰がどう見ても重傷だと思うほどに。
それを見るとどうしても涙で視界がぼやける。
「ごめん! ごめん、セシリア!」
私はベッドの傍で泣いて謝った。
先生はセシリアの治療のために保健室の棚を探り、包帯や薬などを持ってくる。
「そこをどいてちょうだい。今からその子の手当てをするわ」
先生が私の肩に手をやって、そう言った。
私は目元を擦り泣きながら、そこを動いた。
先生は着ている白衣から何かの機器を取り出し、操作しそれをセシリアに向けた。機器からは光線が出て、セシリアの体を何度も通り過ぎる。そして、ピーという音がなって光線は消えた。
先生は機器にあるディスプレイを見る。
どうやらその機器は医療関係の機械らしい。これで調べればレントゲンのように体の内部を調べることができるようだ。前世ではなかったものだ。
「う~ん、内臓や骨には問題ないわね。えっと、この子――」
「セシリア。セシリア・オルコットです」
「ありがとう。オルコットさんのこの怪我は打撲ね」
先生はディスプレイを見て、そう言った。
よ、よかった。すごく痛がるし気絶までしたからもっと問題があるかと思った。
「オルコットさんは相当痛がっていたと聞いたけど、それは一時的なものよ。明日には今日よりも痛みは軽減されているはずよ」
先生はそう説明した後、セシリアの手当てを始める。
しばらく待っているとセシリアの胴は包帯でぐるぐるに巻かれた。そのあとは薬の入った注射をされる。
「それは?」
「鎮痛剤よ。これで痛みを軽減するの」
「ありがとうございます」
「いいのよ」
先生はにこりと笑う。
親切な先生だ。
私は保健室の先生に対する評価を上げた。
「さて、あとは安静にすることね。あなた、まだ試合の続きがあるんでしょう。行きなさい」
「はい! あ、あの、セシリアは?」
「オルコットさん次第ね。試合が終わったら一度来てちょうだい。もしかしたらあなたの手が必要になるかもしれないから」
「分かりました」
私は最後にセシリアの顔を見た後、保健室に出た。
結構な時間が経っていたので、あと五分ほどしか余裕がない。
だが、心の中にはセシリアがそう大きな怪我ではないことへの安堵が大きく占めていた。
よかった! よかった! セシリアが大きな怪我じゃなくてよかった!
喜びでいっぱいの今の私に勝てない相手などいない。そのくらいの自信が溢れていた。まあ、相手は一夏だ。負けることはないだろう。
ピットに着くと私はISの後ろから軽くひょいっと飛び越えて、そのままISを装着した。
「次は一夏をボロボロにする番。簪、楽しみに待っていてね」
私は手に持ったブレードに力を込めた。
セシリアがもう大丈夫と知って安堵した私は、簪のお願いに集中できる。それに今度は最初から生徒会長モードで全力で行くつもりだ。これの意味するところは一夏の攻撃をほとんど食らわずに一夏をボロボロにして身体だけではなく、精神的にもボロボロにしようと思ってのことだ。
きっと簪も満足してくれるよね。
まだ戦ってもいないのに私の頭の中ではすでに私の勝利したヴィジョンしかなかった。
だって一夏と戦って負ける要素なんてないもん。
先ほどのセシリアとの試合を見たが、ほとんど私と同じくらいしかISを動かしていないにも関わらず、私のほうが動きはよかった。それに生身の状態で戦っても私のほうが強い。それは近距離武器であるブレードしか持っていない私たちにとっては、生身の状態での戦闘能力がほぼそのままイコールになると言っていい。なので私が負けるというヴィジョンはないのだ。
自分の勝ちを確信したまま私は一夏が待っているアリーナへ飛び立った。