「……喜んでいるところ悪いですが、わたくしは決してあなたに対して好意を抱いていないということを理解してください」
あれ? 表情に出ていた? そんなつもりはなかったんだけどな。
私は自然と自分の顔に触れた。
「もちろん分かっているわ。でも、あなたは私の恋人になった。それだけでも私はうれしいの。それにあの一夏に取られることはなくなったしね」
「なぜ織斑 一夏が出るんですの?」
「ねえ、セシリア。あなたから見て一夏はかっこいい?」
「え? ええ、まあ、正直に言えばかっこいいとは思いますわ」
セシリアはなぜ聞くのかと疑問の表情を浮かべながらそう言った。
「私も一夏のことはかっこいいと思う」
「……先ほど異性が嫌いだと言ったあなたが?」
「ええ、同性が好きでもそういう感性はしっかりとしているわ」
どんなに異性が嫌いでもかっこいい人はかっこいいと思う。そういうのはちゃんとしている。ただ異性をそういう対象では見ることができなくて、前世が男だったのでそういう感情は抱かなかっただけだ。
「一夏は私でもそう思う相手なの。もし私が同性愛者ではなく、普通の女の子だったら好きになってしまうくらいね」
うっ、例として言ったけどやっぱり無理。気分が悪くなってきた。
それをなんとか内に隠す。
「それにどうも一夏はただかっこいいだけじゃなくて、女の子からもてやすいみたい。だからあなたも一夏に取られるんじゃないかと思って……」
「それはありえませんわ! わたくしがあのような男のことを好きになるなど!」
セシリアがそれは絶対にないと言う。
だが、私はそうなると思うのだ。私の人生の勘がそう告げる。
「いえ、絶対にセシリアは一夏のことを好きになるに決まっているわ」
「ちょっとどういうことですの?」
「だって、セシリアは一夏のことあまりよく思ってないでしょ?」
「え、ええ、まあ」
「それにあなたはもうすぐで一夏と戦うことになる」
「それが?」
「昔から『今日の敵は明日の友』なんて言うでしょ? それと同じで一夏をあまりよく思っていないセシリアが一夏と戦って何かを感じて好きになるなんてありえるわ!」
何せ嫌いと好きはある意味で同じなのだ。反対ではない。何かのきっかけで嫌いが好きに変わるのだ。
「あ、ありえませんわ!! うっ!」
顔を真っ赤にしてセシリアが否定する。しかし痛みが走ったようだ。
「いえ、ありえる。そう思うと一夏とセシリアが戦う前に言うことができてよかったわ。もしセシリアまで一夏のことが好きになったらあきらめなくちゃダメだったから」
これは先に言ってくれと言ったセシリアに感謝だ。うん、本当に。
これでセシリアまで奪われたら一夏に奪われたのは二人目になったということで、うん、絶対に一夏に危ないことをやっていただろう。だが、それももう終わりだ。箒はダメだったが、私が気になっていたほかの二人である簪とセシリアを手に入れることができた。つまり、一夏との接触の多い一学年で私が気になっている子はほかにはもういないので、一夏に再び取られる心配はないということだ。
二人も手に入れただけでも十分だ。私はもう満足だ。
「ちょっと待ってください。先ほど、わたくし『まで』と言いましたわよね?」
「ん? そうだけど」
「それは……ほかにどういうことですの?」
「な、何が?」
「『まで』と言ったことですわ! それはつまりわたくし以外にも、そ、その気になる人がいるということじゃありませんの?」
「そうだけど?」
「そ、そうだけどって……。あなた、自分が言っていることが分かっていますの!?」
セシリアは体を上手く動かさずに言った。
「分かっているけど……あっ、も、もしかして嫉妬なの?」
「違いますわ!! うっ」
むう……嫉妬じゃないんだ……。
ちょっとがっかり。
「わたくしはあなたがわたくしに恋人になってほしいと言ったのは、そのもう一人の誰かにふられたから選んだのかと聞いているんです!!」
「違うよ。そんなことないよ」
「ならどういう意味ですの?」
そこで思い出す。ああ、そういえばセシリアには私の夢を言っていなかったね。
「私ね、夢があるのよ」
「夢? いきなりなんですの? わたくしが聞いているのはあなたの夢ではありませんわよ」
「分かっているわ。でも、ちゃんと最後まで聞いて。これが関係があるんだから」
「関係が?」
セシリアの顔を見ても怪しんでいる顔だ。
まあ、そうだろうね。だって私の夢を知らなかったら、ほかに気になる人がいるのにセシリアを選ぶということと関係なんて分からないからね。
「私の夢はね、好きな女の子に囲まれて暮らすことなの」
「それは……ハーレムというもの、ですの?」
「そう、ハーレム。だからね、もう一人いるのはそういうことなの。分かってくれた?」
「……分かりませんわ。だってそれは浮気をしているようなものではないのですの?」
「まあ、そうだね。そうとも言える」
私もそれは分かっている。そう思われるということも。
人は同じではない。皆それぞれに考えがあるのだ。私が好きになって私を好きになってくれた子が全員私のハーレムを受け入れてくれるわけではないということちゃんと理解している。
簪はハーレムを良しとしてくれたが、セシリアはハーレムを良しとしないのだ。
それは仕方ない。
「わたくしは先ほどあなたのことを好きではないとはいえ、恋人という関係になりましたわ。そのことにわたくしは何もいいません。負けたわたくしが悪いのですから。ですが! 我慢ならないことがありますわ! それはそのハーレムというものですわ!」
「……あきらめないとダメ?」
「ええ。そうしてもらいたいですわ。あなただって浮気されるのは嫌でしょ? 好きではないとはいえ、恋人なのですからほかの方といちゃつかれると気分が悪くなりますわ」
セシリアの言葉は正論だ。私だって簪がほかの子と仲良くしたり、妙にその距離が近かったら嫌な気分になっていたはずだろう。だから分かる。
だが、それでも私はハーレムをあきらめることができない。私の人生は前世を思い出したときから変わってしまったのだ。そのせいで私はハーレムを作るために行動してきた。故にハーレムをあきらめるということは私の人生を否定することに繋がる。
私に自分の人生のこれまでを否定する勇気はない。あるのは夢がなくなったことから生まれる虚無感である。
私は自分が歩くべきレールを見失いたくはないのだ。
「うん、理解できる。できるけど無理なのよ。誰がどんなに言おうとハーレムをあきらめることなんてできない。これは私の我がままなんだけど、我慢してもらえない? お願い」
セシリアはハーレムを許してくれない。私はハーレムを捨てられない。
どちらも譲れない。
だから私の我がままをなんとか納得してもらうために私はそう言って頭を下げた。
「あ、頭を下げないでくださいませ!」
「ごめん、無理。あなたが許してくれるまで」
「そ、それはわたくしに対する脅しですの!?」
「……そう言ってもいいわ。私はどうしてもこの夢をあきらめられないのよ」
セシリアが嫌なことをして、強制的に認めさせる。
それはとても卑怯なことだと理解している。だが、夢をあきらめることができない私は卑怯なことをするしかないのだ。
「そ、そんなことを言われても無理ですわ! 浮気されない恋人関係ならまだしも、浮気される恋人関係はやっぱりどうしても無理ですわ!」
好きでもない相手と恋人関係になる。
プライドの高いセシリアにとっては最大の譲歩なのだ。なのにハーレムという名の浮気という、まるで私がセシリアに不満があるかのような行為。いくら好きではない相手との恋人関係とはいえ、自分では私を満足させられていないと感じられるのは屈辱的なのだろう。
「お願い。ちゃんとセシリアのことも愛するから」
「!! そ、そういう問題ではありませんわ!」
セシリアが顔を赤めて言う。
「そんなに夢があきらめられないならわたくしを恋人にするのをあきらめなさい!」
セシリアが腕を組みそっぽ向いて言った。
だが、その提案は当然ながらYESと簡単には答えることなどできない。
「いや! 絶対にセシリアをあきらめないわ」
セシリアほどのきれいな子をあきらめたら絶対に後悔する。
それに私はもうセシリアにメロメロなのだ。簪に抱いている気持ちと同じなのだ。だからあきらめるは私の失恋を意味するのだ。
ああ、これが最初の頃だったら失恋じゃなかったのに。
私はそう思う。
「私はセシリアを本気で愛しているの!」
私は座っているセシリアの腰にしがみついた。もちろんセシリアの怪我を考慮して。
私はとにかくセシリアのことを本気で思っているんだと伝える作戦にした。これも全てハーレムが浮気ではないということを示すためだ。
「い、いきなり何を……」
「好きなの。本当に好きなの」
「それは分かりましたから、離れてくださいまし!!」
「いや!」
「いやじゃありませんわ!」
「いや! 絶対にいや! 離れない!」
「あなたは子どもですの!? さっきから我がままばっかりじゃありませんの!」
セシリアは腰に抱きつく私の腕をどうにかして解こうかとしていたが、男性よりも高い身体能力を持つ私と女性の身体能力ほどしか持たないセシリアでは、その勝負は付いていた。私の腕はびくともしない。
「セシリアが認めるまではこのまま」
「いやと言っているでしょう! わたくしはハーレムは認めませんわ!」
私もセシリアも自分の主張を貫く。
このままではずっと平行線だ。何も進まない。互いに互いのものをかけているから。
私は夢を、セシリアはプライドを。
「道は二つですわ。わたくしをあきらめるか、ハーレムをあきらめるか、ですわ」
「どっちも無理! あなたもハーレムもあきらめられない」
「……っ」
セシリアからは苛立ちが感じられる。
「言っておきますけどわたくしはあなたのことは好きではありませんわ! あなたことは嫌いですわ! ええ、嫌いですわ! そんなわたくしを置くのではなくもっと別の相手を選びなさい!」
「さっき言ったでしょ? あなたのこともあきらめないって」
「~~!」
セシリアの苛立ちがさらに大きくなったのが感じられたが、私はこのまま自分の主張を貫くつもりだ。たとえここでセシリアに暴力を振られたとしてもだ。
と、そのときセシリアと一夏の試合があと五分ほどで始まるということを知らせるアナウンスが流れた。
「……話はこの試合が終わってからですわ」
「……うん」
さすがにセシリアをこのまま拘束はできない。
私はゆっくりと腕を解いた。
ああ、名残惜しい。セシリアのにおいと感触とぬくもりが離れるのはとても名残惜しかった。
「せ、セシリア」
「……なんですの?」
ちょっと機嫌が悪いようだった。
それに対して私はちょっと胸がズキッと痛んだ。
やっぱり……好きな人に不機嫌そうにそう言われるのって痛いよ……。
「無理、しないでよ。あなたの体はボロボロなんだから」
「ええ、分かっていますわ」
「あと油断はしないでね」
「それは……わたくしをバカにしていますの?」
「ち、違うわ! そういうのじゃなくて惚れないでねという意味よ!」
「なっ!? 先ほどの言いましたけどわたくしは惚れませんわ!!」
そう言うのだが相手は一夏だ。私から箒を奪った一夏なのだ。
もう奪われたくないと思う私はどうしても不安になってしまう。
「なら、いいんだけど……」
セシリアは椅子から立ち上がる。
「うっ……」
だが、立つ途中で床に膝と手を付いた。
「セシリア!?」
私はすぐにしゃがみ、セシリアの背中をさする。
セシリアの顔を見るが、その額には脂汗を流していた。
どうやら痛みによるもののようだ。
私はその原因が私にあるということで、心がひどく痛んだ。いくら勝つためとはいえ、私は好きな人を傷つけてしまった。好きな人が苦しむ姿を私はこれ以上見たくなかった。
私の視界がその罪悪感による涙でぼやけてくる。
「ごめん、ごめん、セシリア。私のせいで……」
「これは……わたくしが甘かったせいですわ。そのように涙を流さないでくださいませ。それにただちょっと痛んだだけですわ」
「うそ! ちょっとじゃないでしょ! 本当はひどく痛んでいるはずよ! 棄権すべきよ!」
「いえ、それは無理ですわ。そのようなことをすればオルコットの名に傷が付きますわ」
セシリアはそう言って無理に立ち上がた。今度はちゃんと足で立つことができたのだが、顔は痛みで歪み左手で怪我をした腹を押さえ、もう片方の手を私の肩に手を置き支えとしていた。
セシリアの顔は痛みでゆがんでいるが、それでもその顔には誇り高きセシリア・オルコットの姿が確かにあった。
私にもうこれ以上行くなとは言うことはできない。
「……行くつもりなのね」
「ええ、行きますわ」
「……がんばって」
それだけ。私が言えるのはもうそれだけだ。
私はセシリアの意見を尊重しよう。
だから私は、
「セシリア、こっち向いて」
「ん? なんですの?」
「……ちゅ」
「!!」
キスをした。ただし唇ではなく頬に。
恋人関係となった今、唇にしてもよかったかもしれない。だがただ関係が恋人というだけであって、心からの恋人ではない。だから私は唇にはしなかった。
私がセシリアの唇にするのはセシリアが私を好きになってくれたときだ。