「さあ、行きますわよ!」
それまでセシリアの周りを浮遊していたファンネルが突如散開した。そのファンネルたちはこの広いフィールドにあちらこちらプカプカと浮く。
って、あれ? よく見たら囲まれてない?
ファンネルの位置を確認するとただプカプカと浮いているのではなく、制空権を占領するように上空に配置されていた。しかも、どこからでも狙えるようにとフィールドの隅に。
これってやばい状況だよね? だってこれじゃ四方八方から射撃されるもん!
そう思っているとファンネルからレーザーが放たれた。
私はすぐにスラスターを噴かせてその場から離れる。先ほどまでいた場所にはレーザーが地面を抉って穴を作った。
むう~また避け続けるしかないのか。
ファンネルによる攻撃はスターライトとは違って威力は低いものの連射に優れている。その数が四。避けるのは至難の業だ。
私は上下左右から来るレーザーを次々に避ける。直撃はないが掠るのが多い。
それは先ほどよりもISに慣れてきたからできるものだ。最初の私だったらファンネルの的となっていたはずだ。これも全てセシリアが最初から本気じゃなかったおかげだ。おかげでこっちはISに慣れることができたのだから。
くっ! やっぱり掠る数が多くなった!
私のエネルギーは徐々に減り、機体ダメージも大きくなってきた。だんだんと動きが悪くなってきた。
「いつまでそうやって避け続けれるのか楽しみですわね」
セシリアはその場から動かずに高みの見物をしていた。撃つこともしない。
それはなめた様に感じられるが、正直助かっていた。もしファンネルだけではなくセシリアからも攻撃されていたらもうとっくに終わっていた。どうかこのまま高みの見物をしていただきたい。
ん~でもな~、このまま防戦一方ではこの戦いの未来は私の負けしかない。ならば戦わないと。そして、セシリアを手に入れるために勝たなければ。
そう反撃する覚悟ができた私はまず邪魔なファンネルを片付けることにした。
私はセシリアから一番遠いファンネルを狙うことにした。
でも、その反撃へ転じるときが一番の隙だ。なにせちょっと予備動作が必要となるから。
「えい」
ならばと私は手に持ったブレードを思いっきり地面に向かって叩きつけた。
叩きつけた瞬間、まるで何かが爆発したかのような音がアリーナに響いた。そして、土煙があたりに立ち込める。
「な、なんですの?」
上空のセシリアは何事かと声を上げる。
うん、作戦通り。
私がしたかったことは土煙で自分の姿を隠すことだ。これにより一瞬の隙を消すことができた。しかも、レーザーは撃ってこない。おそらくは正確な射撃ができないためだろう。
私は土煙が晴れる前に目的のファンネルへと飛んでいく。
土煙が発生した範囲はごく僅かなので、すぐに土煙から抜け出した。
するとすぐに射撃が始まる。
くっ! いくつか掠った! で、でも、目標までの距離はもう近い!
私はブレードを持つ手に力を入れる。
「まさか、ブルー・ティアーズの一つずつ破壊するつもりですの? そのために先ほどの?」
そう問いかけてくるが、無視だ。そんなことに意識を持っていったら、失敗する気がする。
その間にもファンネルに近づくことができた。その距離は私の攻撃の届く範囲だ。
今だ!
私は手に持つブレードを横に振った。
ブレードは弧の軌跡を描き、ちゃんと私の思ったとおりの場所を通った。通ったはずだ。なのにブレードから伝わる斬った感触というものが感じなかった。
あ、あれ? なんで? 私の剣は確かに目標を捉えたのに!
実際に見てみるがそこには何もない。ファンネルの欠片も煙も。
ど、どこに行った!?
そう思って探そうとした瞬間、背中に衝撃が走る。
「んあっ!!」
どうやらファンネルからの攻撃を受けたようだ。
私のシールドエネルギーが大きく減った。
それから私は行動が遅れたために何発かレーザーを食らう。
ゆ、油断した!
「ふふふ、残念でしたわね! このブルー・ティアーズは機動力もありましてよ!」
見ればファンネルは先ほどまでのプカプカ浮かぶのではなく、俊敏な動きを見せていた。
先ほどまではゆっくりと動いていたのだが、それとは変わって常人では視認できない程度のスピードを出し、さらに曲がるときは緩やかに曲がるのではなく、角を作るようにして曲がるのだ。
まさにファンネルだった。
まあ、これで私の攻撃が当たらなかった理由が分かった。ファンネルの機動性のせいだ。
「ふふ、実は先ほどまではブルー・ティアーズの本気は出していませんでしたの。これがブルー・ティアーズの本気の力ですわ」
その言葉通り私がさっきから避けようとするのだが、避けた瞬間にファンネルがその機動力を生かして避けた先に来て撃ってくるのだ。おかげで大きく掠ったり直撃が何発も食らうことになった。
くっ、さ、さすが代表候補生だ! ここまで本気じゃなかったなんて! しかもここまできてもまだセシリアには攻撃を与えられていない。そろそろ攻撃を当てないと負ける!
私はただまっすぐに突っ込むことにした。
「おやおや、まあまあ! まっすぐ突っ込んでくるとは愚かですわね!」
だが、このままでは本当にただやられるだけだ。ならばもう防御など捨てて攻撃に徹するほうがいいだろう。
私はレーザーをほとんど避けずにまっすぐと突っ込んだ。
「ふふ、それは無謀ですわよ!」
私はできるだけスピードを落とさないようにするため、避ける際には上下左右ではなく、回転するなどして避けた。
よし! もう少し!
私とセシリアの距離はもうわずかになっている。だが、気になる。それはセシリアの態度だ。もうあとわずかだというのに焦る様子もないし、ファンネルが動き出してから発砲していないスターライトを構える様子もない。
私はそれがちょっと怖く感じる。
や、やっぱりまだ隠し玉があるのかな? ファンネルだってあったし。
本気を出してないというのが多かったせいか私は疑心暗鬼になってしまう。やはり表情を隠したりするというのは大切なのだと分かった。
で、でもそんなことを思っても仕方がない! このまま突っ込んで一撃さえ入れれば!
私はブレードを腰に持っていき、居合切りの構えを取った。
う~ん、ここで私の必殺を使っちゃう?
武術をやっていた私はもちろんのこと奥義と呼ばれる必殺技を持っている。この奥義は名のとおり、必ず殺すことのできる技だ。しかも私が奥義を使うと身体能力が高いということもあって、本来の奥義よりも威力は高い。必殺がオーバーキルになるのだ。
私はそれを使おうというのだ。
いや、だってね、使うのは人じゃなくてISにだ。ISには『絶対防御』が備わっている。これは操縦者が死なないようにするためにあらゆる攻撃を受け止めるというものだ。その代わりとしてシールドエネルギーを消費するのだ。大幅に。
私はそれを利用して一撃で倒そうということだ。
それに例えエネルギーが残っても、それはわずかなはずだからまた突っ込めばいいだろう。
そして、ようやく私の間合いにセシリアが入った!
私は笑みを浮かべる。
セシリアも先ほどと同じように笑みを浮かべていた。
私はその笑みを素人に懐に入られたことからの焦りを隠すためだと思った。
「ねえ、知っていまして?」
そのセシリアが聞いてきた。
私はもう止まれない! このまま斬る!
「ブルー・ティアーズは四機ではなくて、六機あるってことを!」
「!!」
私が気づいたときにはもう遅かった。そして、私は未熟すぎた。
セシリアのスカートのように広がっていたアーマーの一部が取れ、その本当の姿を見せた。ミサイルを搭載したファンネルだった。
それが一瞬で私のほうを向き、ミサイルを発射したのだ。
私はそれを真正面から食らった。
爆発と光が私を襲う。
本来ならば私の勝ちはここで決まっていたはずだった。
なにせそのミサイルは先ほどまでは私のほうを向いていなかったため、こちらに向けられ発射されるまでには一瞬とはいえ、時間があり、その一瞬と私の斬りの速さを比べれば、余裕で私のほうが速かったからだ。
しかし、未熟が故に動揺してしまい、勝ちを逃すどころか逆に反撃を食らってしまった。
私のバカ! なんであそこで!!
わずかに残ったシールドエネルギーを確認して、自分に怒りを向ける。
どんなに強くなろうが精神がまだ未熟であれば、ああいうところで動揺して判断を誤ってしまう。
ならば精神を強くしなければ。
そう思って
その瞬間、私の、負けてしまう、痛い、どうしよう、なんで私は……などという心の動揺は一瞬にして消え去り、ただ相手を倒すだけのことしか心にはなかった。そして生徒会長モードの私はそのために何をすればいいのかを冷静に考えた。
そのときの私はまさに機械、コンピュータという言葉がふさわしいものであったろう。
「ふふ、あなたのシールドエネルギーもあとわずか。大人しく的になってくださいな」
「あはは、それは遠慮するわ。なんで私の勝ちであるはずなのにただの的にならなきゃならないのかしら?」
「あなたの勝ち? 圧倒的な差があるのですのよ? 実力だけでなくエネルギーにも」
「知っているわ。でもそれは私が本調子じゃなかったからよ。けど、もう違う。私はISに慣れた。これで調子が戻った」
その証拠として話している途中だというのに背後からファンネルに不意打ちをされたというのに、それを体を傾けるだけで回避した。それは最小限の動きで先ほどまでの動作の大きい回避ではなかった。
ISのプロであるセシリアはその動作から先ほどよりも警戒を上げた。
「では、その自信が本当かどうか、見させてくださいな!」
セシリアの攻撃は再び始まる。
だが、先ほどとは違い、飛ぶということはせずにほとんどその場を動かずに回避した。掠ってもない。つまり完璧な回避だ。
「なっ!?」
いきなりの私の変わりようにセシリアは驚愕せざるを得ない。
だが、私にとっては普通のことだ。
そもそもセシリアの射撃は避けやすいのだ。何せセシリアの射撃は正確な射撃だ。決してフェイントはなかった。つまり、必ず体のどこかにレーザーが来るのだ。だから後は銃口の向きを確認してどこにレーザーが来るのかを確認すればいい。
ほら、こうして考えると普通だ。
じゃあ、これ以上は防衛ばっかりじゃダメだし、そろそろ私のターンね。
私は腰にブレードを構え、居合いの構えをした。
まずは相手との距離を縮める。それは一瞬だ。
そのための技術を私は習得している。
私はその技術を使用するために脚に力を込めた。
「……『瞬動術』」
私は小さく呟き、それとともに脚の力を解放した。その瞬間、私の脚の力によって地面が大きくクレーターを作り、私はセシリアに向かって飛んでいった。
この瞬動術は縮地と呼ばれる、相手の死角に一瞬で入り込む技術だ。しかし、その距離はとても短く、約二メートルほどである。
私とセシリアの距離は何十メートルと離れていて、しかも上空である。本来ならば無理だ。
しかし、私が使った瞬動術は違う。
私が使ったのはアニメや漫画などに登場する瞬動術だ。その瞬動術は脚に魔力や気と呼ばれる不思議的力で身体能力を強化して、一瞬で数十メートルという距離を詰める技術だ。
私はそんな二次元のことをやったのだ。まあ、その瞬動術と違って、私の瞬動術は土台がしっかりしていないと床が壊れてしまい、失敗してしまうが。
「っ!! ま、まさか
イグニッション・ブーストとは専門用語とか使わずに言ってしまうと瞬動術だ。ただこちらはスラスターにエネルギーを溜めて加速するISの技術で、私のように生身の体だけで実行はできない技術だ。
セシリアは驚きながらも正確に手に持つスターライトで撃ってきた。
瞬動術は途中で曲がることができないという弱点があるので、それを避けることはできない。
私は向かってくるレーザーを手に持つブレードで斬った。
だが、もちろんのこと高出力レーザーなんてものをブレードで斬ったのだから、斬った得物は熔解して折れてしまった。
セシリアはそれに笑みを浮かべる。
得物を折れた私だが、私は冷静だった。だって私には直撃しなかったんだもん。
「それが折れてしまっては勝てませんわよ!!」
「あら? あなたもまだまだね」
私はアサルトライフルの代わりに入れたもう一本のブレードを展開させた。
「!!」
セシリアが驚愕に目を見開く。
私はもうセシリアの目の前に来た。
セシリアは先ほどのようにミサイルを搭載したファンネルを私に向けてきた。
だが、遅い! こっちのほうが速い!
「私の必殺……『一閃』」
一閃。
この技は音速を超える速さで得物を振る技だ。これが私の必殺技で祖父のものよりも威力が高く、祖父のは音速を超えることができないので私のオリジナルと言ってもいい。
セシリアにその音速を超える私の一撃が入った。そのときちょうどミサイルが放たれ、私の一撃が掠り爆発した。私とセシリアはミサイルの爆発に巻き込まれる。
爆発による黒煙が晴れたあと、そこに残っていたのは私一人だった。セシリアはいない。
私は残ったシールドエネルギーを確認する。
私のシールドエネルギーは残り十とあとわずかだった。
それを確認した後、すぐにセシリアを探した。
いた。
セシリアはアリーナの壁にめり込んでいた。
これが『一閃』の威力だ。音速を超える一撃がセシリアを壁に叩きつけたのだ。人間にやれば真っ二つになっていた。
私はすぐにブレードを構えなおす。
『試合終了。勝者、月山 詩織』
と同時に私の勝利を知らせるアナウンスが流れた。