「別にいいけど、なんでボコボコにするの?」
一夏をボコボコにするのは賛成だ。なにせ一夏はこのIS学園においてただ一人の男だ。しかもかっこいいし。おそらく学年の女子の中の結構な数が惚れるまではなくても、気にはなっているだろう。
だからだ。その中に私が好きな子がいたら、それは一夏に奪われることを意味するのだ。さすがに何度も奪われるのは嫌だ。
そういうこともあって一夏をボコボコにするのは賛成なのだ。
でも、簪は違う。
何か一夏と関係があるようだが、どんな理由があってだろうか。
「それは私がISを作ろうとした……理由にある」
それは私も手伝っている作業のことだ。
あれはISのもので簪と私で作っている。それも一からだ。
だが、そもそもISを生徒が一から作るなど普通は考えられない。それは学生を卒業した専門家がやることだ。学生がするにはレベルが高すぎる。
それを私たちはやっている。普通はやらないことをやっている。
ならばそれにはそれなりに理由があるはずだ。
「私は実は……代表候補生」
「!! 簪は代表候補生だったの?」
「うん。日本の」
私は簪がISのプロだということに驚くとともに、前に私が明日のことを話していたときに簪が怒った理由が分かった。
簪自身が代表候補生というISのプロだからこそ、その厳しさを知っていてだからなめた私の発言に怒りを覚えたのだ。
それは誰だって怒るさ。
私だって苦労してきたことを軽い言葉で言われたら怒る。そんな一言で済ますな、と怒鳴って。
「じゃあ、専用機があるんだ」
「…………」
あ、あれ? どうしてだろうか。簪の顔が怖いんですけど。
しかも、先ほどまでキスをしていたということもあり、体は密着しており、顔が近かったので余計に怖かった。
も、もしかして聞いたらいけないことを聞いた?
「……あの男のせい!」
「あ、あの男って一夏のこと?」
「そう! あの男のせいで! 私の……ISより! あの男のISが……優先された!」
簪は悔しいと怒りでいっぱいだった。
私もちょっと分かる。私も誰かに横取りされたら同じようになる。
「も、もしかしてISを一人で作った理由って……」
「そう。あの男のISが優先……されたから。だから自分で作る、しかなかった」
どうやらこれは地雷だったようだ。
これからはこの話をしないほうがいい。
にしても一夏め! 私の恋人のISを横取りするとは! いくら世界で唯一のISを使える男とはいえ、周りが許しても私は許さない!
私はちょっと一夏との対戦が色んな意味で楽しみになった。
「だから……私の代わりにボコボコにしてほしい。ダメ?」
「ううん、いいよ。してあげるよ」
私はすぐに答えた。
簪はその答えに目を見開いて驚く。
「いい、の?」
「いいよ。私もちょっと一夏に用件があるしね」
「…………」
簪の視線を感じる。
「ん? どうしたの?」
「…………」
簪はじっとこちらを睨むようにこちらを見ている。
「あっ、どいたほうがいいってこと?」
簪は未だに私の下にいる。
あれからずっとこのままの状態だ。
私はこのままのほうが色々と密着するからこのままのほうがいいが、さすがにちょっときつかったな?
そう思ったのだが、
「……違う」
違ったようだ。
じゃあ、その目の意味はなんだろうか。
「なんで……あの男の名前を……言うの?」
「え?」
開いた口から出るその声には怒りというか、嫉妬が混じっていた。
嫉妬してくれるというのはうれしいが、ちょ、ちょっと怖いよ。
「な、なんでって……そう言われても……織斑じゃ二人いるじゃん。でも、だからって名前と苗字を一緒に言うのは長いし……」
「だから、名前?」
「うん、だから名前なんだけど、悪かった?」
「ううん、別に……いい。だけど、詩織はもう私の恋人。あまり、名前で……呼ばないで」
「嫉妬?」
「ち、違う。し、嫉妬じゃ、ない」
そう言って否定するのだが、真っ赤な顔を背けているその姿はとても可愛らしくてついキスしたくなる。
し、していいよね?
キスしたいなとちょっと思っただけなのだが、その思いは急激に大きくなった。
今まではどんなにその欲求が大きくなろうと決して行動に移す事はできなかったのだが、恋人となった今では我慢とかせずにすることができる。
うん、やってしまおう。
「簪」
「な、なに?」
「……ん」
「!!」
私と簪の唇が重なった。
二度目のキスだ。
私の唇には先ほどのように簪の唇のやわらかさを感じていた。
簪はいきなりキスされて、私の両腕を掴んで一瞬抵抗したが、しばらくすると抵抗を止めた。
「ん、んん……」
互いの口から甘い声が漏れる。
体感時間にして約数十秒ほどして離れた。
やはり簪の顔は真っ赤だ。きっと私も真っ赤だろう。
「い、いきなり……しないで」
「しないでって言っているわりには抵抗しなかったみたいだけど?」
「う、うるさい」
簪はぷいっと顔を背けた。
ふふ、本当に可愛い。もっと色々としたいけど、それは今度。私たちはもう恋人になったんだ。時間はまだたくさんあるんだから。
もう色々と満足して楽しみを後に残そうと思った私は簪の上からどいた。そして伸びをする。
結構な時間を同じ体勢だったからちょっときつかった。
時計を見ると結構な時間が経っていたことが分かった。
私は散らかっていた作業の後片付けをする。
今日はもう作業はしない。後は毎回恒例のアニメ観賞のみだ。
片付け終わった私はベッドの上で体を起こしている簪を見る。ちょうど簪と目が合った。
「詩織」
「なに~」
私はもう片方のベッドに腰かける。
「さっきのこと、だけど……」
「さっきって?」
「織斑 一夏のこと」
「ああ、ボコボコにするってやつね。それが? もしかして止める?」
「違う。止めない。ただ……詩織は私に……がっかりした?」
「なんで?」
「だって……私は人をボコボコにしてって……頼んだ。だから……」
簪が不安そうな顔で言う。
あ~なるほどね。
私は簪が言いたいことが理解できた。
「大丈夫だよ。私はそんなことでがっかりも嫌いにもなったりしないよ。私は簪自身が好きだもん。それに簪は感情ある人間だよ。そんなことを思って当たり前だよ。私だってそう思うことがあるもん。もしそう思ったことで好きから嫌いに変わるなら、そんなのは好きは好きでもアイドルに対する好きと一緒だよ。私が抱いている好きとは全く別物だよ」
私は例え簪が誰かに殺意を抱いてもそれで嫌いになることはない。そのときは私が叱って止めるだけだ。
簪に殺人なんてさせられないもんね。
「だからね、そんなこと心配しないで。私は嫌いにならないよ」
「……ありがとう」
私の話をじっと聞いていた簪は聞き終わると同時に、顔を布団に埋めてそう言った。
くすっ、可愛い。
でもそんな可愛い反応をするせいでこっちの理性が崩れかける。しかも、恋人という関係になった今は余計に崩れやすい。先ほどの二度目のキスはその結果だ。普段ではしたいと思ってもしないはずが、してしまったのだからどれだけ崩れやすくなったのかが分かる。
私、今度は大丈夫だよね? いきなりがばって襲うようなことしないよね?
他人が入ることがないこの部屋。その部屋には二人のルームメイト。もちろんのこと同性同士。本来ならば理性の崩壊など気にしないでいいはずのもの。
だが、私たちは違う。
互いに好意を抱いている同性で、関係はルームメイトや友達ではなく、恋人。その二人が他人が入ることがない、つまり止める者がいない部屋にいる。
正直、理性が持たないということだ。
う~ん、やっぱり前世が男だったからこんなに性欲が強いのだろうか。
男ならば性欲の強さが分かるのだが、今は女なので基準が分からなかった。
私はアニメを簪と一緒に見るために未だに顔を布団に埋めている簪の隣に腰掛けた。
「簪~アニメ見よう!」
「……見るの?」
布団から顔を上げて聞く。
「当たり前でしょ。まだ全部見終わってないじゃん」
「でも、明日は詩織の……」
「あ~そうだね。けどもう夜だよ? 何もできないよ」
「できる。確か相手の一人は……代表候補生。なら、どんなISを使っているか……知ることができる。それを元にして、作戦を立てればいい。だから、できる」
簪の言うことはもっともだ。その程度ならおそらくは寝るまでの時間内に使用しているISを調べ、そこから完璧ではないがある程度の作戦を立てることができる。完全ではないがあるのとないのとでは全く違う。
だけど、実は私はやるつもりはない。
「それはそうだけど……私としては簪と一緒にアニメを見たいな~って思うんだけど」
「……詩織は……また、私を怒らせたいの?」
「い、いや、違うよ! そうじゃないけど……私はISの素人だよ。下手に何かやっちゃったら上手くできないような気がするから。ね? だからやらないの」
これは簪を怒らせたくはないというだけではなく、実際にそうだった経験があるのだ。
確かあれはある程度強くなったときだったか。
祖父が師であると同時に試合の敵だったので、よく戦ったものだ。もちろんのことまだ未熟だった私は自分の身体能力をうまく扱うことができずに何度も叩きのめされた。
何度も負けて悔しかった私は作戦を立てることにしたのだ。前世の記憶もあってその作戦はうまく立てられていた。なので私は勝ちはしないだろうが、今まで以上にいい対決ができると思った。
だが、その結果は違った。
予想通り私は負けた。負けは負けだったが、祖父にひどい試合と言われたのだ。立てた作戦とは反対だった。
この原因は作戦を立てたことにあった。作戦を立てたばかりにそのとおりに動こうとしてしまってその結果、ひどいものとなってしまった。
これがしない理由である。
「……一理ある」
簪も間が空いたがそれに同意してくれた。
おそらくは簪にも経験があるのだろう。
「ね。だから今日はアニメを見よう」
「……でも」
「ほらもう始まるよ!」
テレビはすでに点いており、すでに今見ているアニメのオープニングが流れ始めていた。
「し、仕方ない。再生したならば……見ないと」
簪はそう言いながら私の隣に腰掛けた。
その距離はいつもと違って近い、というより、接触していた。やはり恋人になったせいだろうか。
なんかうれしい。
私はうれしさを胸に抱き、アニメを見た。
うん、明日の対決は負ける気がしないね! なにせ予定外である簪を手に入れることができたし、簪に頼まれ事もされたし、それに明日はセシリアが……!
うれしいことがこんなにたくさんあるのにどこに負ける要素があるだろうか。どこにもない。
そんな自信を持ちながら私は幸せな短い時間を過ごした。
そして、翌日の放課後。つまり一夏、セシリアとの対戦がある時間。
私は第三アリーナの準備室であるピットに一人で来ていた。簪は観客席だ。
本当は私の恋人である簪を連れてきたかったのだが、観客席のほうが見やすいということでそちらへ行ったのだ。
まあ、確かにピットから見るよりも観客席のほうが見やすい。
最初は簪が一緒にいないということでテンションが下がっていたのだが、そんな私を見た簪が頬を赤めてぎゅっと抱きしめてくれたので、テンションとか色々上がっている。
やはり負ける気がしない!
で、まず最初の対決だが、それは私とセシリアだ。
一夏はまだIS、専用機が来ていないため、私たちが最初にすることとなったのだ。
う~ん、本当は同じ初心者である一夏と戦って慣れておこうかと思ったんだけどな。残念だがいきなりプロと戦うことになるみたい。
ちょっと予想外だよ。
負ける気はしないけど実際に戦って勝てるわけではないからね。特にISをちょっとしか動かしていない今は。
うう~一夏と戦って慣れていればセシリアに勝つ確立は高いのに~!
いつもの私ならば勝っても負けてもここまで気にしないのだが、今回は違う。勝たなければならない。なぜならば私とセシリアは互いに口約束ではあるが、プライドという名の効力のある契約を交わしたからだ。
私が負ければセシリアの奴隷。私が勝てばセシリアに何でも言うことを聞かせることができる。
だが、それは簪がもっと先で恋人になるとしていたからである。もし私が負ければセシリアの奴隷のため、セシリア一筋になっていたのでハーレムはあきらめていたのだ。
でも、今は恋人である簪がいる。負けることができないということだ。
しょうがない。最初にやることは攻撃じゃなくて飛ぶことにしよう。そして、早く飛ぶことに慣れるしかない。
私は軽く準備運動をして、量産型IS、
さて、まずは動作確認。
私は腕や足を動かすなどして問題がないかを確かめた。
「問題は……ない」
装甲という邪魔なものが私の動きを制限するかと思ったが、そんなこともなく自由に動かすことができた。
では行きますか。
私はゲートまで行ってセシリアが待つ戦場へと向かった。