「それでだけど、私の手伝いはいるかしら?」
私が一夏のことは好きではないということが分かった箒に再び聞いた。
「そう、だな。手伝ってほしい。きっと私だけでは無理だ」
「分かったわ。あなたの恋を手伝うわ」
こうして私は箒の恋の手伝いをすることになった。
「だが、私はそれでいいのだろうか」
しかし、すぐに箒がそう言い出した。
「どうして?」
「だってこれで一夏を手に入れてもそれは自分の力じゃなくて、月山さんの力で手に入れたも同然じゃないか」
「まあ、そうとも言えるわね」
手伝うとは言ったものの、私の言うとおりに動けばそれは私の操り人形で、間接的に私が一夏を取ったことになる。一夏は確かに箒を好きにはなるが、それは私が操った箒である。いつもの箒を好きになったわけではない。
そう思うと箒がそう思って仕方ないだろう。
「でも、大丈夫よ。私のはあくまでも手伝いよ。いわば助言。絶対に私の言うことを聞かなくてもいいのよ。それに私も細かいことを言うわけじゃないわ。大まかに言うだけよ」
それを聞いて箒がどのように行動するのかは箒次第だ。それは箒が自分で考えたことでそれが成功して一夏が箒のものになったとしても、一夏が好きになったのは私の操り人形ではなく、箒自身だ。
「ありがとう」
「礼を言うのはまだ早いわよ。言うなら一夏と成功してからよ。こんなことで言っていたらこれから先、たくさん言うことになるわ」
「む、そうだな。なら先ほどの礼は取り消そう。そして、改めて言おう。これからよろしくお願いする」
「ええ、こちらこそ」
箒が手を差し出し、私もその手に重ね手を交わす。
重ねられた手からは箒のぬくもりが感じられる。
女の子が大好きな私は密かにその感触を楽しむ。
女の子が大好きな私ではあるが、実は手を繋いだことはほとんどない。それは男女ともにもてていた中学時代でもだ。例え誘われそうになっても、その手をほとんど繋ぐことはなかった。
最近では簪と手を繋いだくらい。
だから内心ではイヤッホー! となっていた。
「あなたに私のことを言った今だから言うけど、私は本当はあなたのことも好きだったのよ」
箒の手をぎゅっと強く握りながら、そう告白した。
「!? そ、それは本当、なのか?」
一瞬ものすごく動揺したが、すぐにある程度冷静になった。
「ええ、本当よ。あなたのことが好きだったわ。もしあなたの心の中に一夏がいなかったら、私はあなたともっと仲良くなっていたわ。そして、まあ、色々としていたわ」
「そ、そうだったのか」
箒は複雑そうな顔をする。
「そんな顔をしないで。今はもう違うわ。今は友としての好きだから」
「そ、そうだとしても、やはり複雑だ」
「でしょうね。私も目の前でそう言われたら同じように思っていたわ」
「だったらなぜ……」
「まだほんのわずかにあなたへの想いがあるからよ。それを断ち切るために言っただけ」
箒に対するわずかな想い。
今は小さいがそれがこれからの箒との接触でその想いが大きくなる可能性だってないわけではない。そしたら私は箒の恋を手伝うのではなく、箒に気づかれぬように一夏との間に溝を作るようにアドバイスをしてしまうかもしれない。
まだ箒への想いが小さい今だからそれはダメだと思える。
故にたった今、その想いを断ち切る! そして、友人としての思いを植えつけるのだ。
私はじっと箒と見つめる。
「な、なぜじっと見るんだ?」
「……」
私は答えずにただじっと見つめた。ただ何もせずにじっと。
「な、何か言ってくれ! 気まずいじゃないか!」
「……箒、お願いがあるの」
ようやく口に出した言葉は箒へのお願いだった。
「な、なんだ」
「あなたへの想いを断ち切るために協力してくれない?」
「……何をすればいい?」
「そうね……。何がいいかしら?」
「考えていなかったのか」
私はちょっと考える。
私が考えたのは未練を断ち切るためのものであったが、そのやり方は全て箒と接触して断ち切ろうというものだった。
うん、だってね、私は女の子が大好きで箒のことは一度は好きになったんだよ。いくら未練を断ち切るためとはいえ、箒に何もせずに断ち切りたくはないのだ。
接触しつつ未練を断ち切る策を考えて少し。ひとつの閃きが思い浮かぶ。
よし! 決めた!
「私を強く抱きしめてくれない?」
「ちょっと待て! 抱きしめるのか!?」
「ええ」
「それで想いが増加しないのか!?」
「しない……と思う」
「不安だな!」
「まあ、大丈夫よ。そのために耳元で私の想いを壊してくれることを言ってくれるといいんだけど」
「例えば?」
「そうね。ふっ、まさか私にお前の想いが届くわけがないだろう、私は異性である一夏のことが大好きだからな、同性であるお前の気持ちを受け入れるはずがない、これ以上は近づかないでくれ、とかかしら」
これだけのことを言ってもらえばさすがにショックを受けて、箒への想いを断ち切ることができる。それは絶対だ。
というか、自分でそう言ってって頼んだけど、ちょっと想像してショックを受けた。
やばい、涙出そう……。
うん、自分でここまでショックを受けるのだからこれでいいだろう。私は箒に抱きつけるし、箒への想いを断ち切ることができるのだから。
「……月山さんはそういうのが好みなのか?」
「? 好み、とは?」
「その、誰かに罵られることが好きなのかということだ」
言われたことは私の性癖のことだった。
もちろんのことだが私は罵られて興奮することはない。まあ、異性よりは同性のほうが好きという性癖だけど。
「違うに決まっているでしょ、もう。とにかく私の未練を断ち切って」
「本当に断ち切れるのか不安だ……」
「何を言っているのよ。断ち切れるに決まっているでしょう? 私がちゃんと考えたのよ」
「……なんだか月山さんに手伝ってもらうのが不安になってきたな」
「ちょっと! それどういう意味よ」
これでも前世では好きな女の子と結婚できたんだから! 不安になるどころか安心してほしいんだけど!
「とにかく! あなただって私の想いが大きくなるのは嫌でしょ。なら早く抱きしめてちょうだい」
「わ、分かった。ただ抱きしめるなどあまりやらないから、下手かも知れないが我慢してくれ」
それに私は頷いた。
「では、や、やるぞ」
抱きしめる前にそう言いながら、両手を広げるので思わず吹き出しそうになる。
そんなに体を強張らせなくてもいいのに。
そんなことを思いながら私はその胸にゆっくりと近づいた。
抱きしめる範囲までに私が来て、箒は開いた両腕をちょっと乱暴に閉じた。
「んあっ……」
「へ、へんな声を出すな! 何かいけないことをしているみたいじゃないか」
「そ、そんなことを言われても、そんな風に抱きつかれたら変な声も出ちゃうわよ!」
わざと出したわけではない。本当に勝手に出たのだ。出したくて出したわけではない。それに出してしまったほうである私は恥ずかしいかったのだ。
私は恥ずかしさのあまり頬を染めていた。
それにしてもこうやって抱きつかれるのは初めてだ。まだ家族以外に抱きつかれたことはない。
だから私の鼓動はドクンドクンと早く大きく鳴る。
「あの、もうちょっと強く抱きしめてちょうだい?」
「こ、このくらいか?」
「んっ……」
箒は私の要望に答え、さらに強く抱きしめてくれた。
私は箒の肩の上でそのぬくもりを感じ、幸せな気分となった。そして、自分のやりたかったことができて、溜まっている欲が解消されていくのが分かった。
そして実感する。
うん、やっぱり私は女の子が好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。
こうしてくっつくことで改めて理解する。
そう思えるのはやはり前世で恋をしたことがあるからだろう。
「これでいいか?」
「……うん、満足」
「なら、言っていいか?」
「もうちょっと待って。もう少しこの感触を……」
「……それは私の胸のことか?」
「違うわよ! いくら私があなたの胸が大きいから羨ましいなんて思っていても、その感触のことは、あんまり思っていないわよ!」
「あんまり、なのか」
箒はなにやら複雑そうだ。
だが、そんなの当たり前じゃないか! 私は前世とは違い、立派な女なのだ。その女の象徴の一つである胸に何か思うところがあって仕方ないじゃないか!
私は自分の胸を思い出す。
私の胸は大きいわけではない。簪よりは大きいが箒よりは小さいというほどだ。
まあ、私の胸は大きさを重視しているではなく、形を重視しているのだ。うん、そうだ。だから、その、大きさは気にしなくていいんだよ。うん。
私はそう思いながら私の胸に触れる箒の胸に意識を向けた。
くっ、やっぱり私よりでかい!
見ただけでそれを実感したのだが、やはりこうして触れるとそれがよく分かる。
私はちょっと羨ましく思う。
「なんだか……あなたへの想いが大きくなりそう」
「おい、ちょっと待て! それはやばいんじゃないか!? それをなくすためだろう!?」
「そうだけどそれはあなたのせいよ」
「なぜだ!? 私は月山さんに言われたとおりにしただけじゃないか!」
「そうだけど……でも、あなたが可愛すぎるせいよ!」
「なんだそれは! 私の容姿のせいか!? ならどうしても無理じゃないか!!」
「まあ、そう言われたらそうね。でも、容姿だけじゃないわ。あなたの性格も含まれているわ」
「わ、私の性格?」
「ええ」
箒の性格は一夏とのやり取りを見ていると箒はちょっと冷たいような感じがするがそうではないと私は知っている。ただ一夏に素直になれない恋する可愛い女の子なのだ。
それをどういうわけか箒のルームメイトになった一夏は気づいていない。
全くこんなに可愛い女の子が幼馴染で、しかもルームメイトなのに一夏は何をしているの! 普通、こんなに可愛い子がルームメイトがいたら襲いたくなるだろうに。なのに、箒の様子からしてもそれはなかったようだ。
さすがにここまで来ると私は一夏は実は私と同じように同性愛者なのかなと思う。
でも、これからは違う。私が箒をサポートしてその恋を進展させるのだ。
ふふ、一夏。あなたに箒の魅力を見せてあげるんだから! そして、その目で見て後悔しろ! 自分が幼い頃から知っている箒が実は可愛い女の子だったということを知らなかったことを! そうすれば私は一夏に邪魔されずに自分の恋に集中できる! これに誰も損はない。私も箒も一夏も幸せだ。
「ど、どんな?」
「ふふ、教えないわ。私の中だけの秘密よ」
「むう~」
抱き合った状態なので箒の顔は見えない。
「そんな風にしてもダメよ」
「き、気になる!」
残念だけど言わない。
知っているのは私と束さんと一夏だけでいい。
「それよりも、言って。本当にそろそろ大きくなっちゃいそうなんだから」
「それはやばいな。分かった、言うぞ」
「お願いね」
なんだかまるで自分の最後のときみたいだ。
そういえば簪と見たアニメにもあった。主人公の仲間が死に掛けて、その仲間が主人公に対してあなたの手で殺してくれと言って、主人公が殺したのだ。それに似ている。
いや、別に死ぬわけじゃないけど。いやいや、精神的には死ぬかもしれない。今は僅かな思いがあるとはいえ、先ほど想像しただけで泣きそうなくらいだったのだ。精神的に死ぬなんて言っても過言じゃないよ。
「言うぞ?」
「ええ」
や、やばい。まだ何も言っていないのに泣きそう……。
「月山さん、いや、詩織。お前の私への好意はとてもうれしい。正直、同性からの好意だったがうれしかった。本当にうれしかった。もし私の心に一夏がいなければすぐには受け入れられないが、最終的には受け入れていただろう」
箒が告げる言葉は私が言ったひどく残酷なものではなく、優しいものであった。
「だが、私の心にはすでにもう一夏がいるんだ。残念だがその気持ちを受け取ることはできない。それはこれから先もずっとだ。決してその想いは私に届くことはない、決して」
箒の言葉はそれで終わる。
しばらく沈黙が続く。耳に入るのは耳元にある箒の吐息と自然の音だけだ。
や、やばい。てっきり私が頼んだようにあのひどい言葉を言ってもらえばそれで終わると思っていたけど、これでも結構ダメージが入る。
逆に優しく言ったから本当の告白と同じような感じに取れて、こんなにダメージが入ったのかもしれない。
ともかく箒のやり方は当初の目的である私の箒への想いを破壊するには十分だった。
私の箒への想い、恋は終わりを告げたのだと私の意識は自覚して、湧き上がってくるのは失恋による悲しみだ。
これは私が用意したことであってそれを自覚しているのだが、どうしても悲しみが湧き上がる。
私の頬に何か水滴が流れる。
私は無意識に手で触れる。
涙だ。
「ど、どうした?」
箒が聞いてくる。
だが、私は悲しみでいっぱいで聞こえなかった。
「ぐすっ……」
「!? な、泣いているのか!?」
箒が慌てて離れて慰めようとするが、その顔を見られたくないと思って逆に抱きしめて、そのままの状態を維持した。
「泣いて……当たり前、でしょ! こっちは失恋、したのよ! ひっく……しょうがないじゃない!」
私は嗚咽を上げながらそう言った。