「み、水着で一夏に抱きついた」
箒のその発言に私は思わず額に手を当てた。一度大きくため息をつく。そして、
「変態!!」
そう叫んだ。
「なっ!? だから私は変態ではない!! それにこれも姉さんのアドバイスに従った結果だ!!」
「だとしてもよ!! み、水着でってことは、は、肌と肌が触れ合ったということでしょ!?」
「そ、そうだ。確かに一夏の肌に触れた……」
「は、肌と肌なんて!」
私はそれに羞恥するだけではなく、羨ましいと思った。
私は確かに好きな人の一人である簪と毎日一緒に風呂に入っている。だが、毎日入りながらやっていることは体を洗うことだけで、そのような肌と肌の(激しい)接触などやったことがない。
それはそういう関係ではないということが挙げられる。
やっぱり好きだってアピールしたほうがいいよね。じゃないと向こうは私のことをそういう意味で好きになってくれない。なってもそれは友人としての好きで、私の想いは相手には伝わることない。
そう思うともうちょっと箒がやったようなちょっと激しいスキンシップをするしかない。私はさっそく今日から始めようと思った。
「そ、それで? も、もうちょっと詳しく」
ひとまずスキンシップのことは置いといて箒の話の続きを聞くことにした。
「わ、私は姉さんの助言に従って――」
「ちょっと待って。ひとまずその助言というのはなに?」
「姉さんの助言か? 確か……男は女の体、つまり、肌を見せればイチコロ! だったか? そんなことを言っていた」
「あれ? ちょっと待って」
「な、なんだ?」
「そこのどこに接触するなんてあるのかしら? ただ見せろというふうにしか受け取れないんだけど」
束さんのその言葉をどう解釈しても裸で抱き合うということにはならない。
「そ、それは私がそうしたほうがいいと思ったんだ……」
「箒が考えたの!?」
「そ、そうだ」
いや、まさか小さい頃の箒がそういうのを思いつくとは思わなかった。てっきり実は束さんの知恵かと思っていた。箒から聞く限り束さんはシスコンのようだし、きっと一夏との繋がりがあったはず。そういう関係からしても束さんは箒の気持ちを知って一夏なら任せてもいいとでも思ったはずだ。
しかしさすがに子どものということで肌と肌で触れ合えばとは言わず、見せるということをアドバイスをしたのだろう。だが結果としては束さんのその気遣いは無駄に終わり、箒はそういう大胆の行動に移ってしまったようだ。
ま、まさか箒が考えて自ら行動するなんて……。
「……聞くけどどうして思いついたのかしら?」
束さんの言葉からどう考えてもさすがに思い至らないので、思わず聞いてしまった。
「……姉さんの言葉を聞いて、男は異性の肌が好きだって分かった。そして次に夜にあった洋画を見て学んだんだ、男は肌を見るのも好きだが、接触するのも好きだって。だから一夏に肌と肌で接触したんだ」
原因はどうやらテレビで放送された洋画のようだ。
まあ、確かに洋画はそういう肌と肌を重ねあうシーンがよくある。まだ幼かった箒からすればそれは好きな人にするための行為だと学び、それを実行してしまってもそれは仕方ないといえるだろう。
「まあ、そのときはその行為の意味はよく分からなかった。い、今思えば本当に恥ずかしいことをした」
「本当にね」
私はチラッと箒の私よりもでかい胸を一瞥した。そして、そこから思い浮かんだ策を想像する。
今その体で一夏に抱きつけばそれはそのときの子どものスキンシップではなく、大人の過激なスキンシップになる。だが、いくら鈍感な一夏でも箒を幼馴染として認識するのではなく、異性として意識せざるを得ない。そして、幼馴染ということもあり、思い出はたくさんあって、それが一夏の目に写る箒をさらに美化させていき、好意を向けるきっかけになるのだ。それから一夏は気になる箒を目で追いかけるようになり、一夏が箒に告白してめでたく結ばれる。
これをまとめて言うならば一度大きな接触で意識させて、小さな接触でその意識を大きくさせるというものだ。
うん、これはいいかもしれない。
私はこれを箒にさせようと密かに思った。
「さらに聞くけどそのときの一夏はどうだったの? 反応はあった?」
「……あまり」
だよね。そうだと思った。反応があればこうならなかったもの。
「だ、だが、いいことはあったぞ!」
「えっ? 何?」
「いきなり背中から抱きついたということもあって、それを悪戯と感じた一夏がやり返しとばかりに正面から抱きついてきたんだ!!」
箒はそのでかい胸を張ってうれしそうに言ってきた。
思わず引きそうになる。が、なんとかとどまった。
まあ、でも、その気持ちは分からなくもない。もし私が悪戯で簪に抱きついて、簪がやり返しにギュッて抱きついてきたらそれはもう同じように喜んでいただろう。そして、誰かにそれを話すとき、同じように胸を張って言うかもしれない。それはもう聞いていた相手が引くくらい。
「や、やり返されて抱きしめられたのだが、う、うん、うれしかった……。まだよく色々理解していないときだったが、ギュッと抱きしめられることのなんだろうか、心地よさを知ったんだ。今思えばあれが幸せというやつだったかもしれん」
箒はそのときを思い出しているようで、ぼーっとどこかを眺めていた。
その姿は本当に幸せそうだった。まだその幸せを感じたことがない私はそれを羨ましく思う。私もそれを感じたいと思う。
やはり箒は小さい頃から本気の恋をしているということもあり、私よりもさまざまなことを経験している。私は箒からさらにもっと話を聞きたいと思った。ただどういうことがあったかを聞くだけではなく、どのように思っていたかを聞きたい。恋というのは心の動きなのだから。
「まだよく理解していなかった頃であれだけの幸せを感じられたんだ。今、感じることができればきっともっと感じられると思う」
「そうかもね」
それはただ色々なことを知ったからというだけではないはずだ。箒と一夏は小さい頃に離れ離れになって、数日前に久しぶりに再開したんだ。その溜められた想いは重い。だからそれが接触などの行為により発散されれば、確かにさらなる幸せを感じられるだろう。そして、幸せを感じた箒は一夏を本気で欲するだろう。
そう言えるのは私がその幸せを知っているからだ。前世の私はそうだったのだ。自分の好きな女性と本気で恋をして、それを感じたことがあると知っているからだからそう言える。
「なら、その幸せを感じるためにあなたの恋を手伝ってあげましょうか?」
その幸せを知っているからこそ、その言葉が自然と出た。
そう言った私は一夏を封じるために箒を利用しようなんて思わずにただ純粋な気持ちだった。
「……手伝ってくれるのか?」
「ええ、あなたが望むなら」
私は笑みを向けた。それは私の美しい容姿と兼ね備えたもので、それを見た者たちの心を落とすほどのものだった。
箒はそのせいか頬をぼっと染めた。そして、顔を背ける。
「だ、だが、月山さんはそれでいいのか?」
顔は背けたままだ。
「なぜ?」
箒がそう聞いてくる理由が分からない。
「だって、月山さんは一夏のことが好きじゃないのか?」
「えっ?」
聞いてきた理由を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。
わ、私が一夏のことを好き? あの一夏? 織斑 一夏? 私の好きな人を今にも奪
いそうなあの? あは、あははは……。冗談じゃない!! 一夏のことが好きなんて冗談じゃない!! 確かに男の中ではかっこいいほうだと思うけどそのような思いは抱かない! 抱きたくない!
私の心は怒りで占める。そして、それを具現化させた。
「一夏のことは好きじゃない!!」
私の怒鳴りに箒はびくりと震えた。
生徒会長モードは精神を磐石したものなのだが、それが崩れた。一夏のことになるとこのようになるということからすれば、箒の言う一夏に特別な想いを抱いているのは確かだ。だが、それは嫌いという特別な思いだ。決して箒が持つ想いではない。
「……ごめんなさい」
すぐに冷静になり、怒鳴ってしまったことを謝った。
「いや、いい。だが、聞かせてくれ。なぜ一夏のことが嫌いなんだ? 休み時間に見たときは全くそうには見えなかった」
やはり好きな人のことを目の前で嫌いと言われて、箒の顔には本人も気づいていないようで怒りが浮かんでいた。
私は箒の好きな人のことを言ったことを申し訳なくなって、これはちゃんと言ったほうがいいなという気分にさせた。言うのは私が異性には興味がないということだ。それをまだちょっと親しい程度の箒に言おうと言うのだ。それはとても危険なことだとは分かっている。だが、箒を応援するためにも一夏を追い払うためにも箒に全て話したほうがいいと思うのだ。
私はそう決めて、もし箒が受け入れてくれなかったときのために心の準備をしておく。それがすぐに終わると私は箒と目を合わせた。
「分かったわ。でも、まず私について聞いてほしいことがあるの」
「関係があるのか?」
「ええ、あるわ。あるから一夏に対してそう思っているもの」
「……分かった。話してくれ」
私は話す前に大きく呼吸をした。
「これから話す話は両親にも話したことがないものよ」
「……そんなものを話していいのか?」
「別にいいわ。私はあなたとは長い付き合いになるって気がするからね。それにこのことはもうすぐで誰かに言うつもりだったし」
もちろんその相手は簪とセシリアである。おそらくだがセシリアに言うのが最初だろう。
「それで私のことなんだけど、私は可愛い子が好きなのよ」
淡々としたリズムで言ったのだが、内心ではもちろんのこと不安で不安でいっぱいだった。
だが、
「? そうなのか。それが……どうしたんだ?」
箒は一瞬首を傾げてそう言った。
あ、あれ? おかしいな。私はたった今、世間にも受け入れられにくいことをカミングアウトしたんだけど。だから結構覚悟してたのに。もしかして、箒はそういうことも普通に受け入れる人なの? いや、違うと思う。多分箒は勘違いしている。おそらくは私が言った『好き』を恋愛感情のものではなく、友人に使う『好き』だと勘違いしているのだ。
そういうわけで今度はちゃんとストレートに言おう。
「私はね、女の子のことが結婚したいほど好きなの」
「ああ、分かって……。ん? ちょっと待て。どういうことだ? き、聞き間違いか?」
箒は私の発言に動揺している。
勘違いしていたのはどうやら間違いないようだ。
「いえ、違うわ。間違いないわ。私は女の子があなたが一夏に抱いている意味で好きなのよ」
それを聞いた箒は驚きに目を見開いた。
その後の反応はそれを知って引くのかと思ったのだが、そうはならず私のほうへずいっと近づいてきたのだ。
「本当にか? 嘘ではなく?」
「ええ、本当よ。私は本当に男の子よりも女の子が好きなの。それに偽りはないわ」
「そう、だったのか」
「そう。だから私は一夏が嫌いなのよ」
「ちょっと待ってくれ。だが月山さんは中学は普通の学校だったのだろう? そのときはどうしたんだ? 一夏に対して思っていたような感情はあったのか?」
私はちょっと思い返してみる。
「そういえば一夏に対して思っていたような感情は全くなかったわね。ただ普通に話していたりしたわ」
「……なぜだ?」
「多分一夏が私の好きな子を奪うかもって思ったから。あなただってそれは分かるんじゃないの?」
「……分からなくもない」
「でしょ? 一夏はかっこいいからね。私が好きな対象が女の子である限り、油断できないのよ」
「そうなのか」
「にしても、あなたは私の告白に引かないのね」
「む、そういえばそうだな。驚きはしたがそう気持ち悪いなどとは思わなかった。むしろ安心したという気持ちだった」
「安心?」
箒の言葉に疑問を持つ。
この場面で安心などという言葉は普通言わない。
「私は言ったように一夏が好きだ。誰にも渡したくないと思うほどに。だから月山さんというライバルがいなくなってよかったと思ったのだ。だからきっと安心したのだろうな」
すでにもう色々と吹っ切れた箒は恥ずかしがることもなく、そう堂々と言った。
私はその堂々とした姿に思わずドキッとした。
や、やばい。箒がかっこよすぎる! こんな可愛くてかっこいい箒に好かれている一夏なんて! やはりこの恨みはらさでおくべきか!
思わず一夏に恨みを向ける。
そんな思いを隠して私は箒と話を続ける。
「ふふ、箒は変わっているわね。普通はまず引くわよ」
「むう、そうかもしれない」
心当たりがあるのかそう言った。
「でも、ありがとうね」
「何がだ? 私は何もしていないが」
「私が告白してから引かずに普通にしてくれたことよ。とてもうれしかったわ」
私は自分のことを言うにあたって、箒から、もう話しかけないで、気持ち悪いなどの様々なひどい言葉がかけられるかと思って、覚悟していたのだ。だがその予想に反してまさかの安心したなどとというまったく反対の言葉だった。そして、受け入れてくれて私は心の余裕を持つことができた。だから私は箒に礼を言ったのだ。