「そ、そんなに動いているのを見かけたことがないのだが……」
「残念だけど動いていなくても関係ないのよ。ただ生活するだけでこれだけ必要なのよ」
「それは……なんとも」
箒は苦笑いしかできなかった。
「逆に箒はそれだけでいいの?」
私は箒の手に持つパンを見た。あるのはわずか二つのパンだけ。もちろんのことだが私にとっては全然足りない。
いや、でもしかし、もしかしたらこの量は一般的なのかもしれない。なにせ私はたくさん食べる体なのだ。ほかの女子たちは普通だが、私は異常である。比べるのは間違っている。
やっぱり簪もそうだったし、そうなのかもしれない。
「ああ。これぐらいがちょうどいい」
「一夏の指導をするんだったら足りなくない?」
「むう、それもそうか。それにいつも腹が減るからな」
箒はさらにもう二つ追加した。計四つだ。
う~んやはり少ないように感じてしまう。けど、別に私は普通の女の子になりたいなんて思っていないからどうでもいいんだけど。
「じゃあ、さっそく買いましょう」
私たちはそれらを食堂のおばちゃんに渡した。
箒はともかく私の金額はやはり高かった。おかげで野口さんが一枚が消えてしまった。だが、一枚で済んだのはこのIS学園だからだ。普通のパン屋とかだったら二枚は普通に超えていたはずだ。
うん、しかし痛い出費だ。学生の身にはやはり懐が寒くなる金額だった。
ま、まあ、お金は一ヶ月に一度だけ仕送りされるからまだ余裕がある。それに私は無駄遣いはしていないので怒られることはない。
「さあ、行きましょうか。急がないと終わってしまうわ」
私たちは屋上へと急いだ。
屋上に行くとまず見えるのは青い空だ。白い雲は私の見える範囲にはない。
うん、屋上で食べることにしてよかった。もしこれがデートならば最高の日だったに違いない! でも、隣にいるのは箒だ……。あっ、いや、別に箒が嫌とかではないのだ。うん、嫌ではない。だってとても可愛いしきれいだもん。ほかの男どもも喜ぶ。でも、ね。うん、箒はさ、一夏のことが好きじゃん? だからさ、なんか色々と複雑な気持ちになっちゃうんだよね。
「人は……いないようだな」
「そうね。せっかくのいい天気なのにね」
きっと多くの生徒たちは室内で食事を楽しんでいるのだろう。
「まあ、話し合いをするにはぴったりだけどね」
「…………そうだな」
今からの話し合いは恋愛関係の話である。やはり恋愛話となるとそういう話を他人に聞かれるなど嫌であろう。
あっ、私は別だ。私は箒を応援する側だし、箒の味方だから。
私たちは屋上のど真ん中に座った。
なんだか屋上を独り占めしているみたいな気分だ。……あまりうれしくないけど。
「「いただきます」」
私たちは声を揃えて言った。そして、それぞれのパンを食べる。
しばらくはそのまま食べ続ける。
話をしたいけどお腹が減っているのでもう少し後からだ。
そして、その後。私はようやく話しかけた。
「で、あなたは一夏のことが好き、でいいのよね?」
「……………………そうだ」
箒はそっぽ向き、小さく呟く。その頬は一夏が好きな人だと認めた結果のせいか、赤く染まっている。そして、その顔は恋する乙女の顔だった。
「なぜ、分かったんだ?」
顔をこちらへ向けないままそう聞いた。
「まあ、見ていればすぐに分かったわよ」
「えっ!? み、見て分かるのか!?」
「私はね」
私の場合は箒が欲しかったということでわずかな時間であったが、見ていたから分かったのである。だがそうでなくともほかの人から見ても分かっただろう。それほど分かりやすかった。
何せ女子でいっぱいの中に一人だけの男だ。しかも、うん、あまり認めたくないけど、か、かっこいいし。つまりイケメン。そんな一夏に幼馴染とはいえど、話しかけたのだ。しかもまだ誰も話しかけていない状態で。
それはただの好奇心だけでなせるものではない。やはり相手に特別な想いがあるからこそだ。
「そ、そうなのか。分かるのか……」
「で、認めたところでその一夏とあなたのこと、聞かせてくれる?」
「何を話せばいいのだ?」
もう何もかもあきらめたようで、すべて聞かせてくれるようだ。
一夏が絡むということでなんだかテンションが下がるが、箒は私よりも小さな頃から一人の異性である一夏のことを想っていたのだ。きっとまだ本気で好きになってわずかの私に役立てるだろう。間違いない。
そう思い私は箒の一夏へのことを聞いた。
まず聞いたのは一夏を気になり始めたときのことだ。
それを恥ずかしそうに話してくれた。
「なるほどね。クラスメイトにいじめられていたところを一夏にかっこよく助けられたと」
「べ、別にかっこよくなんて言ってないだろう!? か、勝手に解釈するな!」
「そう? でも聞いている限りじゃそう解釈しても別に問題ないと思うんだけど」
だって、放課後に数人の男どもが箒のことを男っぽいからっていじめていたところを一人で助けに来たんだよ。それを『かっこよく』なんて解釈しても問題ないだろう。
私だって、まあ異性にではないけど、そうされたらドキッとしてしまうだろう。そして、だんだんと気になり始めるはずだ。
あ~あ、私もそういう出会いが欲しかったな~。
ちょっと箒がうらやましくなった。
「それで引越しをするまでその想いを抱いてきたと」
「……そうだ」
「ちょっとはアピールはしたの?」
「し、した」
「へえ~したんだ」
今日までの一夏と箒を見ていたが、その関係は幼馴染から抜け出していなかったようだから、てっきり何もしていないかと思っていた。だって一夏は箒のことをそういう目で見ていたわけじゃなさそうだしね。
やっぱり一夏は鈍感なのだろう。いや、待て。それを決め付けるのはまだ早い! 気づいていないのは箒のやり方に問題があったからかもしれない。聞いてみなければ。
一夏の肩を持つわけではないが、ここは公平に。
「どんなアピール?」
「ど、どんな?」
「ええ、ちょっと気になって。恥ずかしいと思うけど教えて頂戴」
「う、うむ。分かった」
恥ずかしいようだがそう言って了承してくれた。
「わ、私はその気持ちに気づいてからは、べ、弁当を作ったりしたんだ。も、もちろん、そのときは小学生だったから給食があったから休みの日にだ! ……いや、誤魔化すのは止めよう。みんなに見られるのが恥ずかしかったんだ……。それでどこかで遊びに行くときに作ったんだ」
「へえ、料理できるのね」
「まあ」
「それもやっぱり一夏のために?」
「……そうだ。一夏のことが気になってから作れるように頑張った」
「一夏のお嫁さんになるため?」
「そうだ――じゃなくて! 何を聞いている!! べ、別に嫁入りのためじゃない!!」
「同じでしょ? あなたの好きは最終的には夫婦でしょ? それともただの遊び?」
「ち、違う! 遊びじゃない!」
「ならお嫁さんになるためでいいじゃない」
「ぐっ、そ、そうだが……」
ん~お嫁さん、か。私はどっちだろう。私はたくさんの女の子と一緒になるつもりで、立ち位置的には嫁か婿だね。でも、世の中には一夫多妻という言葉があるし、婿がたくさんいるというのはおかしな話だから私が婿かな。で、他が嫁だ。
まあ、結婚するわけじゃないからどうでもいい話なんだけどね。
「それでほかには?」
「ほか、か。ほかには……い、一緒に風呂に入った」
それを聞いたとき、私はもぐもぐと食べていたパンをのどに詰まらせた。
のどに詰まった結果、私は飲み物を求めて苦しむ。
私の異変をすぐさま察した箒は身を乗り出して私の背中を擦る。
「ど、どうしたんだ!?」
「ん!! み、水~!!」
「水か? 水だな! すぐに渡す!」
「ぐ、ぐうっ……」
私は寝転げてもがき回った。
もうそこに生徒会長モードはない。いつもの素の状態だ。
どうやら精神的なものには対応できるが、このようなことには対応できないようだ。
「ほら! 水だ!」
箒がペットボトルを持ってきてくれて、それを私に飲ませてくれる。
それを手に持ってぐびぐびと飲む。それは乱暴な飲み方だったので、口の端から水が零れ落ち、私の制服に染みをいくつも作った。
「あ~そんな飲み方をするな。制服が濡れてしまっただろう。それにのどを詰まらせて苦しいのは分かるが、飲んでそれで変なところに入ったらどうするんだ」
箒はハンカチを取り出し、口の端や濡れた制服を拭いてくれる。
あれ? これではまるで私が子どものようではないか。私は別にプライドが高いわけではないが、さすがに子ども扱いは嫌だ。
しかし、私は飲み終わってもその箒の行動を止めることはできなかった。なぜならそれをするということは箒のその好意を無碍にするということだからだ。それはできない。私のプライドと箒の好意を比べても圧倒的に箒の好意を取る。
「ご、ごめんなさい」
私は箒に謝った。
そもそもの原因は箒だ。箒が異性である一夏と風呂に入ったことがあると言ったからだ。
とにかく詳しく聞かなければ!
私は生徒会長モードをもう一度やり直す。
「ふ、風呂に一緒に入ったと言ったわよね? ほ、本当なの?」
「ほ、本当だ。一緒に……入った」
「は、裸で?」
「……」
箒は無言で答える。
私は羞恥によって全身を熱くして固く握る拳を震えさせる。そして、
「は、破廉恥!!」
思わず大きな声でそう叫んだ。
「なっ! ち、違う!! 私は破廉恥ではない! それにそれは子どもの頃だ!」
「なお更悪い! まさかとは思うけど性に詳しくない子どもの頃だから一夏の体を堪能しようと!?」
「それも違う! そのときは私だって性に関しては理解していなかったのだ!!」
「じゃあ、なんで一緒に風呂なのよ!」
「そ、それは姉さんのせいだ!! 姉さんに相談したら一緒に風呂に入ればいいと言ったんだ!!」
「束さんが!?」
束さんはきっと妹思い、つまりシスコンなのだろう。だからそのような提案をしたのだろう。
だ、だけどちょっと子どもにはそれは早すぎるよ、束さん。お互いの裸を見たってきっとそういう目で見たりしないよ。
「……ごほん。ちょっと興奮しすぎたわ。にしても、一緒に風呂なんて……」
「小さい頃の話だ! もういいだろう! 風呂の話はおしまいにしてくれ! ほかのを話すから!」
「もうちょっと詳しく聞きたかったけどそれでいいわ。でもその前にちょっと休憩しましょう」
そういうことで一夏と箒の風呂話はこれで終わった。次の話に行こうかと思ったのだが、その前に一休みということで食べることに集中する。
箒は食べ終わり、私のもあと一つとなっていた。
うん、やっぱりこのくらい食べるとお腹がいっぱいになるね。
「つ、月山さんは食べるのが早いんだな」
「そう?」
「そうだろう! 私はパンが四つなのに月山さんは十以上じゃないか! なのに私が食べ終わった頃に残っているのがあと一個って! 早すぎるだろう!! ちゃんとよく噛んでいるのか!?」
「失敬な。もちろんちゃんとよく噛んで食べているわよ」
「そうなのか? 信じられないが」
「それよりも続きをお願い。もうちょっと聞きたいわ」
「わ、分かっている」
私は最後のパンを頬張った。
「あれは確か夏だった。私と一夏、姉さんと千冬さんと一緒に川に遊びに行ったんだ」
「あれ? プールじゃないの?」
「プールもよかったが……そ、その姉さんは、自分が気に入った人以外はどうでもいいという風に扱うんだ。だから川だったんだ。それに人も少ないからはしゃぐことが好きだった私たちにとっては都合が良くて自由に遊ぶことができた」
まあ、確かに市民プールとかだと人がたくさんで自由に泳ぐことなどほぼ不可能だ。人と人の間でちびちびとするだけでしかない。それはやはり遊びたい子どもには満足できない話だ。
そう考えると川で遊ぶというのは一番いいかもしれない。
川の水がきれいとは言わないが、まあ、人間は清潔すぎてもダメだしね。それに川で遊ぶというのだからきっと汚染物の少ない上流であるのだろう。そう考えると川はプール代わりになってあまり人がいないので自由にできる最高の夏の遊び場だ。
「それで?」
「最初に言っておくが、これは私が考えたことではない。姉さんのアドバイスが原因だ」
「ちょっと待って。それを言うってことはまたやばいやつなの?」
「そ、そうだ」
え? 何? さっきのもやばかったのにまだ同じくらいあるの? というか、なんでそれで一夏は箒に対してそういう気持ちを抱かないかな。確かに恋愛感情とか分からない頃の話だけど、それを思い出してちょっとは察してあげてよ。
私は一夏の鈍感さに呆れた。
全くこんなに可愛い子が幼馴染だというのに!! なんで気づかないかな!
そして怒りが爆発しかけた。
「……それで何をしたの?」
私ははあ……とため息をつきながらそう聞いた。これは一夏のせいだ。決して箒に対してため息をついたわけではない。
それに箒は気づいていないのか察したのか分からないが、話の続きを話し始めた。