「えっと、こんな私だけど、受け入れてくれてありがとうってこと」
簪は生徒会長モードの私を知っている。故にこのような姿を見せて失望されないかと思ったのだ。しかし、そうはならずに受け入れてくれたのだ。だからありがとうと言ったのだ。
「なに、当たり前のこと……言っているの? 詩織は詩織でしょ? 受け入れて……当たり前」
「!!」
簪の言葉に私は驚かされた。
確かに、確かに簪の言うことはそうではある。そうではあるが、多くの者が作られたソレに期待し、そして、真実を知って失望して受け入れずに拒絶する。それがほとんどなのだ。だから驚いた。
「簪~!」
「わっ」
受け入れられたことと簪が思った以上に心が清らか過ぎることにうれしくなり、簪に思いっきり抱きついた。
ベッドに腰掛けていたこともあり、私が簪をベッドの上に押し倒し抱きついた形となった。第三者が見たら確実に勘違いしてしまうだろう姿だ。いや、勘違いも何もないのだが。
私は簪を傷つけない程度にぎゅっと強く抱きしめた。
はわあ~簪大好きだよ~! やっぱり簪が中学のときは男共にもてたのかな? うん、もてたよね。だってこんなに可愛いんだもん。もし男共がそういう目で見ていなければ、その男共は見る目がないということだ。
まあ、どちらにせよ、簪は男との男女関係はなかったみたいだけど。
「んっ……し、詩織?」
「痛い?」
「ううん、痛くない。でも、ちょっと……離れて。体勢がきつい」
確かに無理やり押し倒したのだから体勢的にもきつかっただろう。
私はゆっくりと離れた。
簪は体を起こした後、やっていた作業を中断し片付ける。そして、ベッドの上に座った。
私もすぐ隣に座った。
もう一度抱きつきたかったが、同じように抱きつくことはタイミング的に無理だった。
「もう終わりにするの?」
「うん。あとはアニメ」
簪はそう言って枕元にあったリモコンを操作した。
昨日は途中で止めていたので、DVDはすでに中に入っている。あとはテレビを起動して、再生ボタンを押すだけだ。
「昨日のを見るの?」
「そう。途中だったから」
見るのはやはり昨日の続きらしい。
簪はすばやくリモコンを操作し、簪が寝落ちした場面まで飛ばした。
そこから私たちは昨日の続きを見始めた。
私はこの続きを見たはずなのだが、すぐ隣で寝た簪のことが気になり全く頭に入ってこなかったので、初めて見るのも同然の状態だった。
「……ねえ、近寄ってもいい?」
アニメを見るのはいいが、簪に近寄りたいと思いそう言った。
「いいよ」
許可も取ったので、思いっきり近寄った。もう簪との距離はないと言ってもいいほどだ。
「近く、ない?」
「そう?」
「近い。だって、隙間が……ない、から」
「ん~まあいいじゃん。簪はこうやってくっつくのは嫌?」
「……………………別に……嫌じゃない」
簪は軽くそっぽ向きそう言った。
わずかに見えるその横顔からはやや赤みのある頬が見えた。
くぅ~! 照れている簪もやっぱり可愛い!!
こんなに照れている簪を前にして何もできない。それがなんとももどかしい。
「じゃあ、こうしていてもいいよね」
「…………」
簪は首を縦に振る。
それから私はアニメという新たな趣味を楽しみつつ、簪にくっついたままというなんとも幸せな時間を過ごした。
くっついたままというのはそういう関係になれば何度もできるし、ソレよりももっと過激なことができるのではあるが、私はこの時間がずっと続けばと思う。
そう思うのはそういう関係ではないときのソレだからこそだろう。何度もソレができると分かっている、私の望んだ関係ではなく、本当にその関係になれるのか分からないこのときだからこそそう思うのだ。分からない未来だからそう思うのだ。
逆に分かっている未来、つまりその関係になり何度もソレができると分かっているとこの気持ちは湧くことはほとんどなくなる。故に今抱くような気持ちも薄れ、いつでもできるよねという考えを抱いてしまう。
だから私は楽しみながらこの時間を大切にした。
そして、時間はいつの間にか日を跨いでいた。つまり深夜と呼ばれる時間帯だ。
私たちはそれでもまだ見ていた。
こうなったのはやはり続きが気になった結果だろう。
う~ん、これはやばい。やばいよ。だってこんなに遅くまで起きるいるのがこれで二日目だもん。私はともかく簪が耐えられない。
「簪、もう寝ないとダメだよ」
「…………もう、ちょっと」
簪は顔を画面に向けたままそう答えた。
このままでは満足するまでこのままだ。ここは無理してでも止めなければ。
「ダメだよ! 寝ないと授業中に寝ちゃうよ! それでもいいの?」
「…………分かってる。でもあと少し」
だ、ダメだ。このままじゃずっと見たままだ。
しょうがないので強制的に止めることにする。
私はリモコンを手に取って、操作して停止させた。
簪は突然止められてちょっと不機嫌になり、むすーっとした顔でこちらを見た。
うん、残念だけどその可愛い顔で不機嫌な顔をされても不快になるどころか、むしろ可愛いとか癒されるとかしか思わないよ!
思わず自分の頬が緩みそうになるのを何とか抑える。
「そんな顔をしてもダメだよ。もう終わり。続きは明日」
「……………………分かった」
簪はしぶしぶながらそう答えた。
簪と私は寝る準備を素早く済まして、私はベッドへ潜った。
「えっ? こっちのベッドで……寝るの?」
「えっ? ダメなの?」
「だ、ダメじゃないけど……」
「なら一緒に寝よう。そっちのほうが仲も深まるし。ね?」
「……分かった。私も……詩織と仲を……深めたい。一緒に、寝る」
簪から許可をもらったのでさっそく私は横になった。
昨日も一緒に寝たけどあれは簪が寝落ちしただけなので、今回とは違う。今回は簪の合意の上で寝るのだ。そして、起きているから同じベッドで同じ布団に包まれて、しかも至近距離で会話もできる。
これは昨日のとは違う。
「ほら、来て」
私は布団を叩いて簪を誘う。
「う、うん」
簪はやや恥ずかしながら布団の中へと潜り込んだ。
布団の中は先に入った私の体温によって温められている。暖かくなってきたこの季節だが、夜はまだ冷えるのでそれはちょうどいいものであった。
布団に入ったことで私たちは先ほどと同じような至近距離で見つめ合うように向き合う。やはり至近距離ということもあり、互いの吐息が感じられた。
な、なんだか、き、キスするみたい……。
そう感じると鼓動は大きくドクンドクンと脈打ち、体を少し熱くする。そして、いつの間にか私は簪の唇を意識してしまい、次に自分の唇を意識した。
き、キス、か。や、やっぱり初めては簪になるのかな? それともセシリアなのかな? はたまたまだ見ぬ可愛い女の子?
私は中学時代の立場からしても男女問わずもてたのだが、キスなどの行為は一切していない。つまり私はまだ誰ともキスという行為をしたことがないのだ。だから密かに初めてはいい雰囲気の中でしたいなという夢を持っていたりする。
「ち、近いね」
「……うん」
照れて言うと簪も顔の半分を布団に隠して小さく言った。
「も、もうちょっと近づいていい?」
私はそう言った。
先ほど自分から近いと言ったのにさらに近づこうと言い出す私。おかしなことだ。
「な、なんで?」
そのことに簪も困惑したように言う。
だが、この発言はただの私の下心によるもので言ったのではない。決してそれではないのだ。
「じ、実はちょっとこっちが狭くて、お、落ちそうなの。寝相が悪いってわけじゃないんだけど……ちょっと油断したら落ちそうで」
これは事実だ。
簪はベッドの壁側だから落ちることはないが、私側は壁などないので落ちてしまうのだ。その上ベッドの端の端。油断したら落ちる。
「そう、なんだ。ならやっぱり別のベッドに……する?」
「しない!」
即答だった。
当たり前だよ。落ちないために別々のベッドにするか、落ちてもいいから同じベッドで寝るのかの二択なら私は迷わずに後者を選ぶ。
「そう。仕方ない、から近寄っても……いい」
「ホント!?」
「うん」
簪の許可をもらった私はぐいっと簪に近づけた。
近づいた結果、私たちの胴と手足が接触する。とくに足は絡み合うようになってしまった。
な、なんだか変な気分になりそう。
簪もまた同じように思ったようだった。互いに顔が赤かった。
「じゃ、じゃあ、寝よっか」
「う、うん」
同じ思いを抱く私たちはその後すぐに眠りについた。
本当はもっと話したかったが、時間とこの恥ずかしさにより断念せざるをえなかった。
それから数日が経った。
ハーレム予定の二人との関係だが、簪のほうはルームメイトであり互いが互いに気を許している状態で、アニメを見る、ISの製作をするなどという簪の深い繋がりもあるということで、結構仲は深まっていると思う。
問題はそういう感情を抱いてもらうことだろう。
一方でセシリアだが、こちらは全くだ。私はもうちょっと仲良くなりたいなと思い近づくのだが、向こうはきつい目でこっちを見て仲を深めさせてくれなかった。私が近づくたびに好感度がプラスされるどころかマイナスへとなっているようだった。
やっぱり……あのときの約束のせいかな。
私とセシリアが交わした約束は強制力はないが、だからといって破れるものではない。特に相手がプライドの高いセシリアの場合は。
強制力のない約束だが、プライドを持つがゆえに強制力と同等の力を持つ。
結果としてはそのようになってしまった。きっとセシリアは私の願い、いや、命令に大人しく従うだろう。
まあ、こんな強制力のある約束をしたのだ。
仲など深まるはずがなかった。完全なる自業自得である。
「なあ、月山さん」
セシリアのことで悩んでいたら珍しいことに一夏が私に話しかけた。
おかげで周りの女子からの視線が集まってきた。
まあ、嫉妬などに狂った視線ではないのが幸いだ。
「なにかしら?」
それに対して私は生徒会長モードで対応する。
「もうすぐで対戦するわけなんだが、月山さんはISをどうするんだ?」
そう言うのは一夏に専用機が与えられることになっているからだ。
まあ、当然のことだろう。なにせ一夏は世界で唯一のISを動かせる男だ。そんな一夏に専用機が与えられないわけがない。
その反対に私はもちろんのことただの一般人なので専用機など与えてくれない。
「私はこの学園のを使うわ。もう予約は済んでいるから、まあ、準備万端ってところね」
「そうなのか。それで対戦するために何かやっているのか?」
「あら、どうしてそのことを聞くのかしら? もしかして情報収集? だとしたら一夏も結構大胆ね」
「いや、違うよ。同じ対戦をする者同士で代表候補生じゃないからどうしているのか気になったんだ」
「なるほどね。分かったわ」
一夏は自分以外がどのようにして準備しているのかが気になった。自分がやっていることが合っているのか知るために。
だから質問したのだろう。
まあ、確かに一夏はISなんて扱ったことはないからね。ISで対戦するための準備など思いつくことなど難しいはずだ。
「私は別に何もしていないわよ」
「えっ!? 何もしてないのか!? 本当に!? 冗談じゃなくて!?」
「ええ、冗談じゃなくて本当に何もしていないわ」
本当に私は何もしていない。ただ毎日勉強をしたり、簪と一緒にアニメなどを見たりしているだけだ。それ以外のことは何もしていない。
「……言っちゃ悪いが月山さんは勝つ気があるのか? セシリアは代表候補生だし、俺たちみたいな素人が簡単に勝てる相手じゃないと思うんだが」
「くすっ、代表候補生も知らなかったあなたがそう言うなんてね」
「うっ、そ、それは……」
一夏は言われたくない所を言われて顔を歪めた。
それに私はまたくすりと笑う。
「まあ、私も代表候補生に簡単に勝てるとは思っていないわ。でもね、これも私のやり方で準備なのよ。だからこのまま行くわ。あなたも自分なりの準備をしなさい。それで十分よ」
「ああ、ありがとう。そうするよ。それにどうやら月山さんのそれはマジで準備みたいだしな」
「分かるの?」
「ああ。だって、相手は代表候補生が相手だぜ? 俺はまだ数日前だというのに不安でしょうがないってのに、月山さんはその不安すら感じてないようだしな。だからそれが月山さんなりの準備だって分かったよ」
やっぱり一夏は女の子のことになると鋭くなるのだろうか。それとも偶然なのか。
どちらにせよ、今現在一夏が私に向ける笑みは異性に対してものすごい効果をもたらすに違いないものだ。私でなければ惚れるまでいかないとしても、意識はするようになっていただろう。
やはり一夏は女の子が大好きな私にとっては天敵だ!
表情は一夏と同じく笑みを浮かべているが、内心では一夏に対して敵意を持っていた。
「そう。で、反対に一夏は何をやっているのかしら? まさか私から聞いておいて自分は言わないってことはないわよね?」
「もちろんない。今は箒……って分かるか?」
「ええ、篠ノ之 箒、でしょう? もちろん知っているわ」
だって私がハーレムに加えようとした女の子だもん。名前を覚えていないはずがない。でも、でも~! うう~! もし箒が一夏のことを想ってはいなかったら今頃は~!!