私のものにしたいが、好きな相手がいる子を奪えるわけがない。
好きな相手がいる子の心を変えて自分のものにするのは何か違う気がしたのだ。だからあのとき私は箒をあきらめた。
私はチラッと箒の姿を眺める。
箒は真面目な顔をして授業に集中していた。授業の内容はちゃんと理解しているようで、時折うなずくなどして相槌を打っている。
うう~やっぱり箒が私のハーレムに入らなかったのは悔しいな……。
あきらめるとは言ってもそこに心残りがないわけではない。やはり私にはまだ箒に対する心残りがあった。
昨日会ったばかりとはいえ、私が一度でもハーレムにしたいと思った子だ。この思いは本気だ。簡単には消えるわけがなかった。
でも、今は箒よりもセシリアだ。あの子は私のものにすると決めたんだ。
そう思って箒のことを頭の隅に追いやった。
私の中での最優先すべき者は簪とセシリアである。箒の恋を応援してあげたいとは思うが、一夏がかかわっているということや私の夢がハーレムということからしても優先度は低いのだ。言っちゃ悪いけど今は他人に構っている暇などないということ。
ごめんね。
そう心の中で思った。
しかし、これは箒にとっては全く意味はない。なぜならばそもそも私と箒の間には全くの接点がないからだ。今の私と箒の関係はクラスメイト。ただそれだけ。友でさえない。だから意味はないのだ。
まあ、セシリアに対しても同じなんだけどね。ただちょっと話したことがあるクラスメイトというだけだ。
「あっ」
ふと時計を見るといつの間にか授業は終わっていて、すでに昼休みになって五分以上経っていた。
いつの間に!?
ノートを見るがそこにはちゃんと板書されたものが書かれていた。どうやら無意識のうちに写していたようだ。
しばらくじっとノートに見入る。そこで思い出す。
あっ! や、やばい! 今日は簪と食べるのに!
昨日約束したとおり、私は一緒に昼食を食べることを約束していた。場所は簪がいつもいる場所、ISの整備室だ。名のとおりISを整備する部屋だ。ここに入るのは二年生や三年生だけで一年生は滅多に入る事はない。
なのに入る一年生の簪はちょっとした変わり者なのだ。
簪が入る理由は簪がやっていることに関係しているらしい。
その内容は私はよく知らない。前に一度だけ見たいと言ったが、そのときは詩織には分からないと言われて見せてくれなかった。ただ少なくとも一年生がやることではないということくらいしか分かっていない。
まあ、だから私は手伝えると思うんだけどね。
よし! ちょっとさりげなく理解できるよアピールをして、ちょっとだけ手伝おう!
仲良くなるためにはこれが一番の手だと思い、そう予定を決めた。
私は整備室へ行く前に食堂へ寄った。
もちろんこれは昼食を持っていくためだ。
食堂には食堂以外の場所でも食べられるようにと、弁当やパンなども売っている。
私はサンドイッチなどのパン類を買った後、目的地へと向かった。
「やっほ~!」
部屋に簪以外がいないと分かるとすぐさま生徒会長モードを解いてテンションが高い状態でそう言った。
「…………」
簪からの反応はなかった。いや、それどころかこちらを全く見向きもせずに自分がやっている作業に集中していた。
別に何か返してくれることを期待しているというわけではないが、こっちを見てくれるくらいは欲しかった。じゃないと何か、うん、痛い、心が。
心が痛む私はテンションを下げて、ゆっくりと簪に近づく。
この部屋には簪が操る、カタカタと鳴るキーボードだけが大きく響く。ほかの音はそれに比べると微々たるものでしかない。
こういう音を聞くのは嫌いではない。ずっと聞いていたいと思う。
「簪、来たよ」
おそらくは声だけでは無理だろうと思い、肩を叩いてこちらの存在を示した。
「あっ、詩織?」
「そうだよ」
「いつの……間に?」
「ついさっきだよ。ちゃんとやっほーって言いながら入ったよ」
「……気づかなかった」
「だよね」
気づいていて、あれだったら今頃は号泣していたよ。
いくらちょっと悪い人たちを無傷で打ち倒すことができる強靭な力と体を持っていても、反してその心は前世というものがあってもガラスのように脆いのだ。
うん、まじで脆い。頑丈なのは体だけだ。
「何を……持って、きたの?」
「パンだよ。こっちのほうが食べやすいし、食べさせやすいしね」
「本当に……食べさせる、の?」
「もちろん! そう言ったじゃない」
「
「ん? 何か言った?」
「何も、ない」
さてさて、私のお腹もエネルギーを要求しているみたいだし、さっそく食べますか!
朝にたくさん食べたのだが、やはり燃費の悪いこの体のせいですっかりとお腹が減っていた。しかも、二時間ほど前に。よかったのは授業中にお腹が鳴らなかったことだろう。
もし鳴らして一夏に聞かれていたと思うと……。うう~! 嫌だ! 人前で鳴るのも恥ずかしいのに、異性で大嫌いな一夏に聞かれていたら!!
IFの話で想像したのだが、なんだか実際になったかのように体が反応した。
体は羞恥で熱くなり、鼓動は激しくなる。
「どうした、の?」
「な、なんでもないよ」
簪にばれたくなくて顔をそっぽ向いて誤魔化した。
こんな恥ずかしい姿をまだ見せたくはなかったのだ。
「さ、さあ! これが簪の分だからね!」
「? そっちのは?」
「あっこれ?」
簪が私の持っている簪の分ではないものを指した。
そこにあるのは袋いっぱいに詰め込まれたパンだ。その数は二十を超える。これは私のだ。
反対に簪のはわずか数個しかない。
というか、こっちが女の子が食べる量としては普通なのだ。私のは異常なのだ。
「もちろん私のだよ」
「…………そんなに……食べる、の?」
「そうだよ。でも、私がこんなに食べるって知っているじゃん」
「……パンだとなんか……量があるように見える……から」
でも、パンはすぐにお腹が減るからね。多分夕食にはいつも以上食べるかも。
「じゃあ、作業に戻っていいよ、食べさせるから」
「う、うん」
早速私はパンを取り出した。
簪のパンは拳程度の大きさだ。
さすがに一口では食べられないので、それを一口サイズに千切って食べやすいようにした。
私はそれを作業が先ほどよりも進んでいない簪の口元へと運んだ。
「はい、あ~ん」
「あ、あ~ん」
お決まりの言葉を言い、簪は恥ずかしながら小さく口を開けた。そして、それを食べた。
簪はもぐもぐと恥ずかしながら、俯きながら咀嚼する。
その間に私も一緒に自分のを食べる。
簪が飲み込み終えたら、再び千切って簪にあ~んをする。
私はこのやり取りに胸がいっぱいになった。
だってこのやり取りって主に恋人がやることなんだもん! なんだか望んでいた関係になったみたいだ。う~ん、それが現実だったらいいのにな~。
私はこの想いを告げたいと思っているのだが、私が同性好きということを言うのがそれを妨げている。
それは告白して断られるというよりも、私が同性愛者ということを受け入れてもらえずに簪との関係が友人からただ同じ部屋にいる他人になることを恐れているからだ。そっちのほうが嫌なのだ。だって例え告白して断られても、簪とは仲良くやっていきたいと思っているからだ。つまり繋がりを保ちたい。
「あれ? やらないの?」
いつの間にかやっていた作業の手を止めて、ただ私に食べさせてもらうだけになっていた。
「で、できるわけ……ない! 無理!」
先ほどよりも顔を真っ赤にして、そう言う。
「そうなの?」
「そう! た、食べさせて……もらいながらなんて、恥ずかしくて……作業、でき……ない!」
首を大きく左右に振る。そこからは必死なものが見えた。
「でも、これじゃ意味ないよ」
私がこうしたきっかけは昼食を食べずに作業に没頭してしまう簪に昼食を食べさせるためだった。きっと何度も注意しても昼食よりも作業を優先にしてしまうため、もういっそのこと私が食べさせようということにして……。
というのはもちろん建前! 本音はもちろん自分の自己満足のためだ。結果としては建前も達成することもでき、恋人になったみたいな感じになって満足した。
「そう、だけど……。で、できないものは……できない!」
「そっか。まあ、いいや。ほら、あ~ん」
「えっ? ま、まだやる、の?」
「当たり前でしょう? これで終わらせる気はないよ。ちゃんと最後までやるんだから」
「で、でも!」
「簪だって食べさせられているときはなんだかうれしそうだったよ。違う?」
「…………違わない」
簪は再び顔を伏せた。
私が簪にパンを食べさせたとき、最初は恥ずかしがっていた簪だったが、何度かあ~んの回数を重ねるうちにそれもなくなり、逆にうれしそうな顔をしていたのだ。
「だからいいじゃん。やっているこっちもね、楽しいから。……ま、まるで恋人みたいだったから」
思わず思っていたことを言ってしまった。
私はやばいことを言ったと思って焦る。
だって、恋人みたいって言葉は普通は使わない、同性相手には。もしこれが異性ならばまだよかったがそうではないのだ。同性の簪なのだ。なのにそれを言ってしまえばそれは私に同性愛の趣味があるようではないか! いや、あるけど。
とにかくそれを簪に知られるのは今ではないのだ。
私の体は焦りにより鼓動が早くなり、息も荒くなった。おまけに目の前がぐらぐらと揺れる。
その中でゆっくりと簪を見た。
き、きっと気持ち悪いって思っているよね?
そう思って。
だが、簪は、
「そ、そう、だね。私も……思う」
と、私と同じような感想を持っていた。
「えっ?」
「ん? どうした、の?」
「な、なんでもないよ!」
私は慌てた。
ま、まさか簪も同じことを思っていたなんて! ま、まさかと思うけど簪も私と同じ?
おもわずそう思うのだがそれはない。うん、ない。私のような子など滅多にいるわけではないし、簪は絶対にノーマルだと断言できる。それは絶対だ。簪はノーマルだ。きっと先ほどの発言は行為についてのものだろう。それ以外のものはないはずだ。
まあ、簪もそうだったらな~と期待はしてなかったとは言わないけど。
「ほら! まだあるよ! あ~ん!」
「えっ、あ~ん」
まだ落ち着かない心をどうにかするために無理やり食わせるようにパンを簪の口元へとやった。
簪はちょっと戸惑ったが、すぐにパンを口に入れた。
再びパンを食べ初めて、互いにそれぞれの思いを抱きながらその時間を楽しんだ。
大量のあったパンを食べた私は一足先に食べ終えて、作業に戻った簪の作業を見た。
「これってISの?」
「そう」
簪が夢中になってやっていたのはISの製作だったようだ。
ふむふむ、なるほどなるほど。これを一人でやっているのか。
私は簪のやっていることに感心した。
別に私はよく分かっていないけど、なんか同い年ではできないすごいことをやっているんだなということで感心しているわけではない。ちゃんとどのような内容かを理解した上で、そう思ったのだ。
これは私が勉強したからというだけではない。私の前世がプログラマだったというのもある。しかも、エリートの中のエリート! プロの中のプロ! そのレベルだったようだ。私って結構すごいかも!
「ねえ、私も手伝おうか? 一応それなりに知識も技術もあるよ」
前世はISなどはなかったのだが、私はこういうこともあるかなと思って勉強しておいたのだ。だから全く問題なく手伝うことができる。
それに色々と学んだからプログラムだけではなく、設計もできるのだ。とにかくISに関わる技術と知識はすべて詰め込んだ。
ISのコア以外ならなんでもお任せください。
そこまで自信がある。
「できる、の?」
「もちろん!」
「本当に?」
「本当だよ! きっとそこらの企業の開発者よりも上だよ!」
「…………」
さすがに言い過ぎたのか、なんだか胡散臭いものを見るような目で見てきた。
で、でも本当のことなんだもん。しょうがないじゃないか。
それは本当のことなのだ。それほどまでに私は優秀なのだ。
「信じて!」
「…………ちょっと待ってて」
簪が立ち上がって部屋の奥へと行った。
しばらく待っていると手に何かを持って戻ってきた。
「貸すから……やって」
渡されたのは簪と同じディスプレイだった。
「手伝っていいってこと?」
「そう。でも、詩織の力を……知っていないから……簡単なの、から」
「ありがとう!」
私はそれを受け取ってすぐに作業を始めた。
ヤッホー! 簪の手伝いができるようになったよ! このチャンスを利用してさらに関係を深めてやるよ!
私の指は常人レベル以上の速さでキーボードを叩いた。簪と比べても私のほうが速い。すべて正確だ。速いにもかかわらず打ち間違いはなかった。
これもすべて女の子に慕われたいという思いから来た努力の結果だ。本当によく頑張ったよ、私!
前世の記憶を思い出してからずっと私はこのときのためにすべての時間を費やした。その結果はちゃんと出ていた。
あとは私の行動次第だ。上手く私への好感度を上げていかなければ、これまでの人生の時間が無駄になってしまう。
私は作業をしながら、改めてこれからの自分のすべきことを確認した。