朝になる。カーテンの隙間からは光が差し込み、まだ照明が点けられていない部屋を明るくする。
あの後は私も大人しく寝た。
もう色々と満足できたからね。あれ以上やるのは後の楽しみがなくなってしまう。それに昨日のことで長年溜まっていた欲求のほとんどが解消されていた。それもわずか一日のうちに。
そういうことなので寝る前に簪に行ったようなことをしなくてもしばらくは大丈夫になった。再び欲求が溜まる頃にはきっと簪とそういう関係になると思っているのでそもそも溜まることなどないだろう。
「簪、起きて! もう朝だよ!」
最初に起きたのは私だった。簪は私の隣で未だにぐっすりと寝ている。
最後に寝たはずなのに最初に起きたのはきっと私が興奮の名残でよく眠れなかったからだろう。
うう~やっぱり眠いな~。今日は居眠りしそうだよ。
今日はIS学園に入学して二日目である。普通に考えて居眠りなんてできない。それに私のクラスはあの千冬さんが担任なのだ。居眠りなんてしたら、昨日の一夏のように頭にすばらしい技を炸裂させられる。
私ははしたなく大きく口を開けて欠伸をした。
……居眠りしちゃうかもしれないな。
簪を揺すりながらそう思った。
「ほら! 起きて!」
「ん、んん~。あと……五分」
「お決まりのセリフなんて言わないで起きて! 遅れるよ!」
このままでは朝食の時間に遅れて食べる時間がなくなる。寝る時間はなくなってもいいのだが、朝食をしっかり食べることだけは譲れない。ただでさえこの体は燃費が悪いのだ。朝食を食べなければ授業中にお腹が鳴るという恥ずかしいことになる。
一夏がいる中でそんな醜態はさらしたくはない。一夏には見られたくも聞かれたくもない。
「起きなさい!」
「ん、分かった……」
簪が目を擦りながらゆっくりと体を起こした。
髪は寝癖でぼさぼさだ。でも、大したことはない。櫛で梳かせばすぐに直る程度だ。
う~ん、これじゃ可愛さが低くなっちゃうな。
私はベッドのすぐ近くに置いてあった櫛を手にとって、簪の後ろに回り、さっそく梳いていく。
櫛は何の抵抗なく髪の先まで通り抜けた。
さらさらだ。それにきれい。
私は簪の髪を梳きながら、髪を触れることを楽しんだ。
わずかな時間だったが、楽しむこともできて、髪も整った。
「はい、終わり」
「ありが……とう」
まだ眠気のある声でそう言った。
う~ん、このままじゃダメだね。ちゃんと目を覚ましてもらわないと。
簪はまだ完全に目を覚ましていない。この調子だときっと授業中に居眠りしてしまう。
こうなったのも私の責任でもあるので、せめてのことをしよう。
「ほら、立って洗面所へ行くよ」
「なん、で?」
「顔を洗うの! まだ眠いんでしょう? 目を覚ませるためにもやらないと」
「……めんどくさい」
「ダメだって。立って」
「別に……いい」
仕方ないので私が立たせることにする。そのために簪の正面から簪に抱きついた。
はわ~、だ、抱きつくってこんな感じなんだ! は、初めてだからびっくり。
家族には抱きつくことはあるのだが、こうして他人に抱きつくことは初めてだった。だから、私はちょっとぎゅっと強く抱きついたりして、こっそりと楽しんだ。
べ、別にこれはいつものようないやらしい理由で抱きついたわけではない。た、ただこのままでは簪が顔を洗ってくれないからこうして抱きついているのだ。
そう言い訳をしつつ、楽しんでいた。
わざとゆっくりとした動作で簪を立たせる。
だけど、どうも足に力が入っていないようで立たせても私に寄りかかるだけだった。
ま、まあ、うれしいからいいんだけどね。
「ほ、ほら! 早く立って」
「……やだ」
「眠いのは分かるけどしっかりしてよ。洗面所までは連れて行くけどちゃんと自分で洗ってね」
「分かった」
寝ぼけた声でちゃんと頭で理解しているのか心配になる。
まあ、理解していなかったら、しょうがないが私がやればいい話だ。簪大好きの私には嫌な仕事ではない。
私は恍惚とした笑みを浮かべながら、簪を洗面所へと入った。
入るまでは僅かな距離と時間だったにも関わらず簪は寝ていたので、再び起こしたのだが、自分でやるのはやはり無理そうなので私が途中までやることにする。
わずかに意識がある簪の体を洗面台まで誘導した。
私は蛇口を捻り、水を出す。
その水に触れる。水はちょっと暖かくなりかけたこの時期には気持ちいいくらいだった。これならば簪も完全に目を覚ますだろう。
「簪~。自分でやる? 私がやる?」
「自分で……やる」
返事がくるとは思ってはいなかった。
簪はふらふらとしながらゆっくりとその水を両手に注いだ。
十分溜まると簪はそのまま顔へとやった。
両手の水は顔に当たると四方八方へと飛び跳ねた。
顔を洗ったせいか二回目以降の体の動きはよくなっていた。目が覚めたようだ。
何度かそうした後、こちらへと振り向く。私は用意したタオルを簪に渡した。
タオルを受け取るとそれを顔に押し付けて上下に動かして顔に付いた水滴を拭った。
「すっきりした?」
「うん、した。ありがとう」
「ううん、別にいいよ」
こうなったのも私のせいだ。その責任という意味でも礼なんていらない。
その後私も顔を洗って洗面所を出た。
うん、やっぱり朝顔を洗うのって目が覚めるだけじゃなくて、なんか気持ちいいんだよね。だから毎日やって習慣化している。
顔を洗っていい気分になった私は洗面所を出て服を着替え始めた。
「もう、着替える、の?」
「そうだよ! だって時間ないんだもん」
「え? あっ……」
いつもはもっと余裕があったので、勘違いしていたようだ。
今日は余裕なんてない。
「着替えるの手伝おうか?」
すぐに着替え終わった私は簪に近寄り、そう言った。
「や、やらなくて……いい! 自分で……できる」
「なら、早く脱がないと」
簪はまだパジャマのボタンをはずしただけだ。パジャマの隙間からは肌と下着が覗いていた。
うん、エロいのってただその体だけじゃない。こういう格好でのものもエロいのだ。
私の言葉で下着姿へとなる簪をやはりそういう目で見ていた。
「……あんまり……見ない、で。恥ずか、しい」
そう言われたので見るのを素直に止めた。
……残念だ。まあ、いいものを見れたからいいや。
私は簪に背を向けて待つ。
後ろからはおそらくは制服を着ているのであろう布同士の擦れる音がした。
ちょっと想像してみる。
…………。
やってみたのだが、いまいち興奮しない。
想像したものは完成度が高かったのだが、所詮は私の都合のいい妄想でしかない。故に興奮しなかったのだ。興奮するにはやはり実際に見るほうがいい。
思わず振り返りそうになるが、何とか我慢した。
「終わった」
その言葉を聞いて、振り返る。
「うん! 可愛いよ」
「あ、ありがとう。詩織も……可愛い」
互いに褒めて互いにその言葉に照れて頬を赤くした。
私の容姿は知ってのとおり、自分でもきれい、可愛いと思うほどのもの。だから、もちろんのことクラスメイト(男女関係なく)に何度も言われてきた。それに対して別になんとも思わなかったというわけではない。ちゃんとうれしいって思った。だけど、今のようにはならなかった。
これはやっぱり相手が簪だからだろう。相手が簪だから私はこのようになっている。
ならば簪のそれはどうなのだろうか。簪がそうなのは私と同じ理由で? それともただ単純に可愛いと言われたから?
簪の心と体が欲しい私はどうしてもそれが気になった。
でも、そのことを聞くなどできるわけがないのだ。聞けない。
私たちはそのまま棒立ちしていた。
「し、詩織! い、行こう」
「そ、そうだね。行こうか」
簪が切り出してくれたおかげで何とか動けるようになった。
「忘れ物……ない?」
「ないよ」
確認をして部屋を出て鍵を閉め食堂へと向かった。
その歩みは遅い。
それはやはり先ほどの言葉のせいもあるが、もうすぐで二人きりではなくなることが嫌だからだ。少しでも長く二人きりになりたいので、遅いのだ。
「ねえ、手、繋がない?」
道中に誰もいなくて、触れたくてそう言った。
言った後私はちょっとだけしまったと思った。だって、確かに簪とは仲良くなったとはいえ、私たちはまだ友達程度でしかなくて、同性なのだ。それなのに私は手を繋ぐというこの年頃なら抵抗のある行為をやろうと提案した。
私の鼓動は先ほどとは別の意味で大きくドクンドクンと鳴っている。その鼓動はほかの誰かにも聞こえてしまうほどに思えた。
私がそう焦っていると私の手に何かが触れた。
見れば何と簪の手が触れていたのだ!
「え?」
「……手、繋ぐんでしょ?」
「うん!」
私はその手に私の手を重ねた。
手を繋ぐなどこれまでに何度もあったはずなのだが、不思議と簪と手を繋ぐと心地よいのだ。
やっぱり、私は簪のことが好きなんだ。それも本気で。
私はそれを実感した。
それは簪のことが好きでも、ただ私の欲を満たすだけの玩具としての意味で好きではないということだ。ちゃんと異性に対して抱く本当に好きな相手のみに抱く好きということ。
実感できて私はよかったと思っている。自分でもその気持ちが何なのかを理解できないことだったあるから。
私たちはちょっと強く繋ぎ、まるでもう放さないとでも言ったかのようだった。
「えへへ~♪」
「どうした、の?」
手を繋ぐことができて、簪のことが好きだと理解できて機嫌が良い私に問いかけた。
「だってこうしていると仲良くなったんだなって思うんだもん。簪はどう? 違う?」
「…………違わない」
ぷいっと顔を背けてそう言った。
うん、可愛い。
思わずこの子に悪戯したくなりそうだ。
「ありがとう。簪が友達でよかった」
「…………私も、そう」
顔を背けたままそう言う。
ああ! もう! なにこの可愛い生き物は!! 可愛すぎるよ!!
あまりの可愛さにこの場で簪を襲っちゃいそうになる。もちろんしないが。
「行く、よ」
照れているせいなのか簪はそう言って、先ほどとは違って私を引っ張るように先を急いだ。
「あわわっ」
いきなりだったので躓きそうになった。
それを簪が支えてくれた。
「ごめん」
「ううん。支えてくれたから」
再び歩き始めた。
私はその間、上機嫌だった。
それは先ほどの出来事のせいだろう。私が躓き、床へ倒れそうになったときに簪が繋いでいた手を引っ張り、私の腰に腕を回して引き寄せて密着したからだ。
それにただ密着するだけでなく、簪のほうが密着してきたというのがさらに私を上機嫌にさせたのだ。
そのまま私は食堂へ行き、朝食を食べた。もちろん大盛りで。
周りのみんなは引いていた。
しょうがないじゃないか。ここまで食べないともたないんだもん。
女の子としての……とか言われそうだが、そんなもので私のエネルギーは満腹にはならない。
午前中の授業中、何とか眠気に抗いながら授業に集中していた。
うう~やっぱり眠いよ~。昼休みに簪の膝の上で寝よう。
この眠気は私の選んだ選択によって生じたものだ。決して文句などは言えないし、寝てはいけない。
だから私はある一定の眠気が襲ってきたら自分の足や手を抓るなどの痛みを与えることで意識を保った。
うう……い、痛かった。
何せ私の身体能力はものすごく高い。それで抓ったのだ。肌や骨も常人よりも頑丈とはいえ、ものすごく痛い。まあ、おかげで眠気を一時的になくすという目的は達成できたのでいいが。あっ、ちなみにほかの人にやると血が出るとか皮膚が千切れるなどの怪我になるので、ほかの人にはできない行為なのだ。
そうしながら授業に集中していると視線を感じた。視線を発する方向を見れば、そこにはセシリアがこちらを見ていた。
私がにこりと微笑むとセシリアは一瞬喜んだように見えたが、一変して悲しい顔をして、また変わって睨んできた。そして、前を向いた。
あ、あれ? なんで?
確かに昨日のことがあったが、ここまでされる覚えはないはずだ。
私は一瞬だけずきんと痛んだ胸を掴んで、その理由を探った。
しかし、午前中ずっと考えていたのだが、その理由は全く分からなかった。
セシリアのことも欲しい私は嫌われる原因を何としても排除したかった。だから、考え続けた。
もうセシリアをあきらめる、つまりハーレムをあきらめて今のところ私の中でもっとも大好きな簪一筋にすればよいのではとなりそうになるのだが、女の子たちに囲まれたいという夢を持ってしまっていてその思いは実現可能ということから、とくにIS学園に来てからは上昇し続けているので、あきらめることはもう無理で止めることなどできなかった。私はハーレムを作るしかない。
はあ……やっぱり私って欲深いよ。そして、何、この無駄に強い意思は?
ハーレムというたくさんの女の子を囲まれる夢。
それはとても強欲だ。一人しか選べないはずのところを選べないとかいう理由ではなくて、最初から複数選ぶつもりでいたのだ。これは強欲としか呼べないだろう。
そして、夢を叶えるために私は手段を問わないと思っている。もちろん、相手を脅すなどはせず、さまざまな方法を使って相手の心を奪うという意味で。
例えば箒のようにすでに想っている相手(異性に対して)がいるならば、私は素直にあきらめるということだ。