しばらく待ってついに私たちの番になる。
水槽にいるのはウニとヒトデである。
「まずはどれから触ろうかなあ」
セシリアはまだ触れないので、私がまず触る。
そのためにどれを最初に触るかを決めることにした。
私は別にどちらにも忌避感などない。さすがになまこを触れるというのならば、多少の忌避感もあるだろうけど。
でも、この二つは違う。ウニはとげがあるので、確かに刺さるのかなとか思ったりはするが、そもそも子どもが触る前提なので、刺さるとかそういう危険なことはないだろう。
なので、別に怖いなどない。
ヒトデも似たような理由だ。周りの子達が触っているけど、なまこのようにやわらかいというわけではない。しっかりとした体のようだ。
あとは肌さわりである。
ヒトデの表面は鱗みたいになっているので、そこまで悪くはないはず。
「えっと、じゃあ、セシリアも触れるようにヒトデから触ろうか。セシリアもヒトデだったら、ウニよりは触れるでしょう?」
「ま、まあ、そうですわね」
セシリアも触れるそうなので、さっそくヒトデを触る。
実は私もヒトデを触るのは初めてなので、ちょっとは怖かったりする。ヒトデの動きがとても遅いのは分かっているけど、どうしてもいきなり襲ってくるのではなんて思ったりしてしまう。
でも、セシリアにいいところを見せたいので、それを隠してヒトデを触った。
ヒトデの表面は鱗のような肌触りだった。細かな凹凸を感じる。
私、蛇を触ったことがあるからそれに似ているような気がする。
「ど、どうなんですの?」
怖がっているセシリアが聞いてきた。
「ん~、とっても大人しい蛇を触っているみたいな感じだよ」
「……余計に触りたくありませんわ」
そう言ってセシリアは嫌そうな顔をしている。
「さあ! セシリアも触ろうか!」
ヒトデは水の中の生き物なので、水の中からは出さないようにして、セシリアのほうへ向いた。
「詩織……。あなた、わたくしの言葉を聞いておりましたの?」
「? 聞いてたよ! でも、触るんだよね?」
「(ダメですわね。全く理解してませんわ)はあ……触りますわ」
何か小さく呟いたあと、セシリアが最終的に合意した。
「ほら、セシリア。こっちに来て」
セシリアを隣に連れてきて、触りやすいようにヒトデを持つ。
セシリアは片手を私の服を掴んで、もう片手でヒトデに触れようとする。
しかし、まだ怖いようでヒトデを触ろうとする指は震えている。
「大丈夫。こうやって私が押さえているから。噛んだりなんてしないよ」
「わ、分かってますわ。しかし、そうだと分かって触れるわけではありませんよ」
「うん。だから時間かけていいよ」
今日はあくまでもデートだ。水族館を満喫することよりも、セシリアとの仲を深めることが一番の目的だ。全部回ることが目的じゃない。
それに全てを回ることが出来なくても、デートをする口実となる。もちろん、恋人だからそんな口実はいらないのだけど、あるほうがいいと思うし。
それにこんな姿のセシリア、可愛すぎるもん。それを長時間楽しめるなんてこちらには得しかない。むしろ、もっと時間をかけても良いよって話。
「さ、触りますわ」
その言葉を機にセシリアはさらにヒトデとの距離を詰める。
そして、
「っ、ひゃっ」
触った。と、同時に可愛らしい声を上げる。
や、やばい。興奮する。
「ほら、大丈夫でしょう?」
私の興奮を隠しながら言う。
「で、ですわね」
一回触ってヒトデが安全だと理解したからか、セシリアは何度かヒトデを突いた。
まだ私がやっているようにがっしりと掴むのは無理みたいだけど、それでもこうやって何度も指で突くくらいは大丈夫になったようだ。
「ふう、慣れましたわ」
「そう? じゃあ、次は掴んでみようか」
「ええ!?」
次のステップのことを言ったらなぜか驚きの声を上げられた。
「な、なぜですの?」
「だって、そんな突くだけだったらちゃんと触れたってことにはならないもん。一瞬だけだよ? 触れるってことはこうやって接触しなきゃね」
「う、うぐっ、で、ですけど、触れたことには間違いありませんわよ」
「そうだけど、セシリアは私に触れるとき、一瞬でいいの? 突くだけで満足? 私なら無理だよ」
「わたくしだって無理ですわ」
「なら、こうやって触れないと」
「わ、分かりましたわ」
チョロい。
上手くセシリアを丸め込んだ。
うん、普通に考えて私とヒトデは全くの別だ。私に一瞬触れるのとヒトデに一瞬触れるのとでは全く違う。
というか、セシリア。これだと私とヒトデが同等なんだけど。
いや、私がそう言ったんだけどね。
でも、うん、ちょっと微妙である。セシリアはそれに気づいていないみたいだし。
「さ、触りますわ」
そう言ってセシリアはヒトデに、今度はしっかりと触った。
ただ、触っているときのセシリアは悶えていて、ちょっとエロい。もちろん、周りの人が見ても問題ない顔である。
もちろん本当は誰にも見せたくはないのだが。
ここで誰もいないところへ連れ込むのはデートを台無しにするからね。今は水族館を楽しむためにいるんだもん。
「きっちりと触った感想はどう?」
「何だかきめ細かいですわね。そこまで悪くはありませんわ」
セシリアは落ち着いているように見えるが、その顔に僅かに怯えがあるのが見える。
まだ怖いみたいね。
そのため、セシリアはゆっくりと私の掌にヒトデを乗せるとすぐに手を引っ込めた。
ただ、手が濡れているので、引っ込めた距離はとても短いけど。
「次はウニだね」
「……それは止めません?」
先ほどよりも本当に嫌そうな顔で言った。
セシリアがそう言う理由は分かる。きっと棘の塊だから刺さるとか思っているのだろう。
その点ではヒトデよりも触るのが嫌なのだろうなあ。
まあ、私のほうは、先ほどの子どもがいるので、怪我をする可能性は低いという理由で、無理なく触れるけどね。
ヒトデを水槽の底に置いて、次はウニである。
最初は私もちょっと躊躇ったが、いざ触れてみるとやっぱり棘はそんなに痛くない。
何だろう。痛いどころか、掌に乗せると気持ちいいとさえ感じるんだけど。
ほら、基盤の裏の棘棘って言ったら分かるかな? あれを触っているみたい。
「痛くありません?」
不安そうに言う。
「大丈夫だよ。痛いどころか、気持ちいいよ」
「き、気持ちいいって……。本当ですの? 信じられませんわ」
「触ってみたら分かるよ。ほら、周りを見て。ウニを触っている人たち、痛そうにしてる? してないでしょう? だから大丈夫だよ」
セシリアは周りを見回す。
私たちの周りにいる人たちは普通にウニを持っていたりして、痛そうにすることはない。
それをセシリアも見たからか、ごくりと喉を鳴らす。どうやら触る気になったみたい。
まあ、子どもたちが笑顔で触っているのだ。大人であるセシリアがそれを見て、子どものように触りたくないとは言いにくいだろう。
私も言いにくい。
そして、セシリアは触った。
「っ」
セシリアはウニを掌に置くと、体をびくりとさせたけど、それ以上はなかった。
「ね? 痛くないでしょう?」
「ええ」
セシリアは自分の掌でウニを転がす。そして、軽く握り締めた。
でも、握り締めてもウニは握ったままで、やっぱり痛くはなさそうだ。それに何度も握っているので、セシリアもウニのさわり心地に気づいたみたい。
「結構癖になる感触ですわね」
「でしょう? 私も昔基盤を触っていたときに思ったんだよね」
「基盤? ああ、裏側ですわね」
「うん!」
「そういえば似てますわね」
「やっぱり触ったことあるんだ」
「ええ。恥ずかしながら、何度も触った記憶がありますわ」
「ふふふ、やっぱりセシリアも触るんだ」
「わたくしもISを持っていますからね。一応、わたくしだけでメンテナンスできるようにと学んでいますわ。その過程で基盤を見る機会がありましたの。ただ、さすがにISの基盤でしたからそれには触れずに、こっそりと家庭用電化製品を解体して触りました」
「あっ、それ私もやったことがあるよ。ただ、そのときは初心者だったから元に戻せなくてとっても怒られたけど」
「わたくしもですわ。満足したのはよかったのですけど、戻し方が分からなくて、怒られましたわ」
お互いに笑い合う。
それから目的であるウニとヒトデを触るというのは達成したので、近くにあった水道で手を洗った。
「じゃあ、次だね」
全て見終わったので、次のコースだ。
残りは二コースあり、一つは日本の川の生物、もう一つは深海の生き物だ。
私としては前者はあまり興味がないかな。だって、川の生き物だからね。知っている生物ばっかりって感じがする。
反対に後者は深海なので、見たことのない生物がいる可能性がとても高い。必然と興味も湧く。
というわけで、深海の生き物を見よう。
ただ、深海といっても千メートルとかそんなに深いところにいる生き物はいないみたい。多分、その理由はそんなに深いところにいる生き物を捕まえることが困難とかそういう理由と技術的な問題があるのかもしれない。
ともかく、深海の生き物とは言っても、そんなに深くないところに済んでいる生き物を見ることができるコースだ。
セシリアは日本生まれではないので、どちらにも興味津々だったので、私の意見でこちらにさせてもらった。
「うう、な、何だか怖いですわ……」
コースに入ってすぐ、セシリアが私の腕を掴んでそう言ってきた。
まあ、その理由は分かる。
実はこのコース、深海ということで、雰囲気作りのためなのか、深海の生物のためなのか、それとも両方の理由からなのか分からないけど、とても暗いのである。全く見えないほどではないが。
しかも、深海という静かな雰囲気を出すためか、ちょっと暗めのBGMも流れている。
うん、これは確かに怖い雰囲気だ。深海っぽいといえばぽいけど、同時に怖い雰囲気でもある。
はい、今、普通にしているように見えますけど、私、とても怖いです。本当はもう動きたくないです。引き返したいです。
そう、私はセシリアとの初デートでちょっとだけおしっこを漏らすという醜態を晒すほどの怖い物嫌いなのだ。
だけど、今回は怖い系(ホラー)ではなく、雰囲気として怖くなっているので、あのときのような醜態を晒すことはない。
ただ、ちょっとだけ怖いだけである。
「だ、大丈夫だよ。わ、私もいるから」
うん、ちょっと怖いだけである。
「あっ、そういえば詩織も……」
私の言葉を聞いてセシリアは私が怖いものが嫌いだということを思い出したようだ。
そのせいか、セシリアは私の腕に絡ませていた両手の一つを放し、私と手を繋いできた。しかも、指と指を絡ませる恋人繋ぎである。
とてもしっかりと繋いでいる。
それから分かることは多分、私がおしっこを漏らすほど怖がりなのだから、ここは自分がしっかりしないと! っていうことなのだろうなあ。
うう、私、立派な大人なのに……。
でも、セシリアのおかげで精神的な余裕ができたというのは事実だ。情けないけど、ここはセシリアの好意に甘えよう。
うん、今の私はか弱い女の子。だから仕方ない。
「あ、ありがとう」
礼を言う。
「当然のことですわ。詩織はいつもわたくしをリードしてくださるんですもの。こういうときくらいは頑張りますわ」
か、かっこよすぎる! セシリアは女の子だけど、かっこよすぎる!
私はセシリアにまた惚れ直した。
「ほら、行きますわよ」
「うん!」
先ほどはセシリアが私の腕を絡ませていたが、今度は私がセシリアの腕に絡ませていた。いつもはされる側だったからちょっと新鮮だ。
「ほら、詩織。水槽ですわよ」
びくびくしながら歩いているとようやく水槽の前に来た。魚が見えないほどではないが、水槽の中も暗かった。
中にいるのは魚と甲殻類だ。
魚はそこまで激しい動きをする生き物ではなく、ゆっくりとした動きをする魚が多い。
にしても甲殻類は私の知っている海老から、ちょっと気持ち悪いセミエビっていう、確かにセミみたいな形をしている海老までいた。
「うわあ、変な海老だね」
「ですわね。美味しいのですの?」
「えっと、説明を見る限りでは美味しいみたい。しかも、高級食材みたいだよ」
「お、美味しいんですわね」
「こういう変なものなど美味しいんだよね」
「……正直、美味しいと言われても食べたくはないですわね」
「だね」
私も同じく。ゲテモノはちょっと抵抗がある。
まあ、料理になったら気づかずに、美味しい! とか言いながら食べるんだろうけど。つまりは、料理になる前の姿を知っていなければどんな料理でも食べることが出来るってことだ。知っていたら食べれないだろうなあ。
セミエビを見ながらそんなことを思っていた。