「ねえ、答えて」
簪は真剣な顔でそう言った。
こ、これは言わないとダメということだろうか。
うん、今の状況、私は今、崖っぷちだ。さてこの崖はどこへ続いているのだろうか。天国? 地獄? 落ちてみないとそれは分からない未知の崖である。
まあ、何が言いたいのかだが、本当のことを言って受け入れてもらえるのか、受け入れてもらえないのかということだ。
特に怖いのがやはりこの素の自分を受け入れてくれないことだ。
うう~どうしよう。もう自暴自棄にでもなって好きだって告白してしまおうか。
私がこう思うのは家族以外の者に素の姿を見せたことがないからだろう。だから自分の素をさらしたときにどう思われるのか気にしてしまってこうなるのだ。
私は自暴自棄になりかけた自分を一旦落ち着かせた。
ここでそんな風になったらダメだ。まずは言うか言わないかを決めないと。
で、でも、言いたくない! だから誤魔化すことにする!
「どっちが……本当の詩織?」
「もちろん今よ。というか、さっきのは口調が移っただけよ」
ちょうどよく先ほどのアニメのキャラクターの中に私の素に近いキャラクターがいたのだ。だからそう言っても間違いではない。
どうだ!
表情はいつもの生徒会長モード、内心は素で簪の反応を窺った。
「うそ」
だが、残念なことに疑いを持った半目とたった一言で一蹴された。
か、完全に断言している! あれ? これって誤魔化せない?
私はどうやら簪を舐めていたようだ。
「あれは……完全に詩織のもの……だった。真似とかじゃ……ない。教えて。どっち?」
……これはもう無理だ。完全に誤魔化せないよ。
私の心は簪に嫌われたくないという不安が占めている。その中で言わなければならない。
「…………」
「…………」
私のその不安を察したのか、あるいは表情に出ていたのか、それは分からないが簪は私をじっと待ってくれた。
私はその好意に甘えて何とか勇気を出して言おうとする。
だが、その意思とは反対に体は拒否反応を起こしたかのように息がわずかに荒くなり、目の前はぐらぐらと揺れる。このままでは倒れてしまうかと思うほど。それほどだ。
私は体の動きに反しようとするが……。
「し、詩織? 大丈夫?」
「だ、大丈夫」
そのせいか簪にそう言われるほどその影響が現れていたようだ。
ふう、落ち着いて、私。そう、ゆっくりと深呼吸をして。大丈夫。簪は私を受け入れてくれるから。
簪が受けいれるという可能性など、簪に会って数日の私程度が分かるはずがないのだが、ただ自分を励ますためにそう言い聞かせた。だから受け入れてくれるなんて分からないと理解しているはずなのだが、自分にそう言い聞かせるという不思議なこととなっている。
これは一種の誤魔化しだ。暗示だ。
解けなければいい。
「じゃあ、言うわね」
まだ生徒会長モードのままだ。
「どっちが本当の私かって聞いたけど、もう言っちゃうと今じゃなくて、さっきのが本当の私よ」
「………………そう、なんだ。なんで……そんなこと……してたの?」
簪の顔にはショックが窺える。
わずか数日だが一緒に過ごした相手だ。そんな相手が本当の自分、素で過ごしていなかったのだ。ショックを受けて当たり前だ。
もし反対に簪がそうだったならば表情に思いっきり出てしまうほどのショックを受けていたはずだ。
私は全てを言うために生徒会長モードを解いた。
「う~ん、そうだね。私ね、中学の頃三年ほど生徒会長をやっていたの。まあ、自分で言うのは恥ずかしいんだけど結構優秀な生徒会長だったんだ。だからそのためにああいう口調をしていたの」
ちょっと嘘だ。
私がこの口調にしたのは中学に入った初日からだ。つまり最初からということだ。決して生徒会長になったから変えたわけではない。
なのになぜそう言ったのかだが、そう言ってしまうと高校生デビューならぬ、中学生デビューをしたと思われるからだ。
うん、それは恥ずかしすぎる。別に私はデビューしたわけじゃねーし! 違うし! ただ私の欲――じゃなくて、夢のためだし! 別に素でもよかったのだが、私の知識的には無邪気な私よりもお姉さんモード(現在は生徒会長モード)のほうがいいと思ったからだし!
私の中では女の子に囲まれるのは無邪気な性格よりもお姉さま系の性格のほうがいいとなっている。
まあ、確かに無邪気な性格だったら可愛がってもらえて、というふうになったかもしれないが、私は可愛がられるほうではなくて、可愛がるほうがいいのだ。そういう理由もある。
「ほら、これじゃなんか威厳に欠けるでしょ? 生徒会長はやっぱり生徒の上に立つ者だからね」
「そ、それだけ?」
「それだけ。今もやっているのはその名残」
これも嘘。
このモードになっているうちにこっちのほうがもてるんじゃない? と思ってこうしているだけだ。
「そう……なんだ」
「騙していてごめんね。ちゃんと言うつもりだったんだけど、うまく切り出せなかった」
今回のは私の不注意だ。ちゃんとしていればこうはならなかったはずだ。
「別に……いい。でも、私の前だけで……いいから、もう……しない、で」
「分かった。簪の前じゃもうやらない」
「ありが……とう」
簪の顔は先ほどと変わり、笑顔を見せた。
さて、簪に説明もしたことで結構リラックスできるようになった。いや、結構ではない。完全に、だ。
だって最初から簪のことを欲しいと思うほどの特別な感情を持っていたのだ。そこに警戒心などあるはずがない。先ほどまであったお姉さまモードをし続けるということ以外は。
「よし! じゃあ、次のアニメ、見よ!」
「えっ?」
先ほどのアニメで新たな道に目覚めた私はほかのアニメを見たくてしょうがなかった。
私は立ち上がり、さっそく次のアニメを選ぼうと漁った。
「ま、待って! まだ、見る……の?」
「え? そうだけど?」
「今……二時だよ。寝ない……と」
「え~、まだ見たいよ~!」
「ダメ。見たら……明日の授業に……支障をきたす」
「そう?」
私は夜更かししようが大丈夫だ。それにたとえ寝てしまってもここで学ぶISについての知識はもう十分に備わっている。つまり、復習程度にしかならないので問題ないということだ。
ただ先生たちからの評価は下がるけど。
まあ、とにかく夜更かししても大丈夫なのだ、私は。
「じゃあ、私だけ見てるから寝てていいよ」
「……性格、変わった」
「変わってないよ」
「変わった。さっきまでは……大人みたいだった……けど、今は子ども、みたい」
「じゃあ、それはきっと簪にすっかりと気を許しているってことだよ」
私は簪に自然と微笑んだ。
「!! と、とにかく、だ、ダメ……だから。一人で見るのも……ダメ! 見たらもう……見せない」
「え~!」
「わがまま……ダメ」
簪の言っていることは完全に正しいのだが、私の欲には勝てなかった。
そもそも現在ここ(IS学園)にいること自体が自分の夢という名の欲でいるのだ。勝つ負けるの前の話だ。
「ちょ、ちょっとだけ! 二、三話だけ! それだけだから! お願い! このとおり!」
手を頭の前で合わせて懇願した。
「…………分かった。二話だけ、だから」
「やった! じゃあ、これ!」
「それ?」
「うん!」
私が選んで簪がそれをセットした。簪はリモコンで操作し、再生させた。
そこからずっと見続けていたのだが、なんといつの間にか五話に突入していた!
まあ、これは二話がいいところで終わってしまい、私も簪も続きが気になったせいである。言い出したのは私で、簪はそれにあっさりと同意したのだ。
うん、これはしょうがないね。しょうがない。どんなものだっていいところで終わってしまえば、続きが気になってしょうがないよ。明日、いや、今日の授業のために今、見ているだけだ。
私は、おそらくは簪も、そういう言い訳を心の中でしていたに違いない。
で、一緒に見てしまった簪はというと、私のすぐ隣で可愛らしい寝息を立てていた。
はい、四話のオープニングあたりで撃沈しました。
その反対に私は眠気は全くなかった。いや、なかったわけではなく消し飛んでしまった。
いや、だってそうでしょう。隣に私の大好きな子がいるんだよ! それも今日だけで何か色々とあった相手が! しかも、その相手は狼が――じゃなくて、私がいるというのに無防備――でもなくて、ぐっすりと寝ているんだよ! 寝ている暇なんてないし!
だから私の頭にはアニメの内容は入らずに簪の可愛い寝顔しか入ってきていない。
アニメは今はただのBGM程度になっている。
私はちょっとだけ簪との距離を縮めた。その距離は本当に僅かで簪の体温が感じられるほどだ。
な、なんか、意識のない簪に近づくのって興奮する……。だって今なら何かしても気づかれないもん。
そう思っていると無意識に手が簪のほうへと伸びていた。
って、何しているの、私!! 手なんて出しちゃダメでしょ!! 手を出すのはそういう関係になってから!!
伸びていた手をもう片手で叩いて叱る。
でも、そういうで手を出すんじゃなければいいよね。
自分で勝手な解釈をして、結局は簪に触れようとした。
私の手は再び簪に伸びた。
べ、別にいいよね。ただ簪に触れるだけで何かするわけじゃないし。ただ触れるだけだもん。
心の中でそう呟いた。
そして、ついに簪の頬に触れた。
「!!」
ふ、触れた! 触れたよ!! し、しかも、や、やわらかいし!!
風呂場で触れたのは主に背中と腕で、頬には触れてはいなかった。
ちなみにいつも同じ部屋で寝ているにも関わらずこうなのは、いつもは別々のベッドで寝ていて今回は同じベッドにいるからだ。
私は簪の頬を撫で続ける。優しく優しくだ。
それに対して簪は寝ながらうれしそうな笑みを浮かべてくれた。
こ、これってこうされてうれしいってこと、だよね? な、ならもうちょっとやっても大丈夫、だよね?
そう思って私はもっとやろうと決めた。
私は頬を撫でながらちょっとずつ、手を移動させる。
その移動先は唇だ。
そこまで着いた私の手は、指先は簪の唇に触れた。
くっ、こ、ここもやわらかい!
指先で、とくに人差し指でその唇をなぞった。
「ん……」
「!!」
「すう…………すう…………」
起きたのかと思ったが違ったみたいだ。
び、びっくりした……。でも、起きてないみたいだし、もうちょっとやっても……。
そう思い、その人差し指で唇を軽く下げた。
そこには白く輝く歯だ。
「ご、ごくり」
だが、目当ては白い歯ではない。
「ほ、本当はもっと関係が変わってからやりたいと思ってたけど……でも、私はずっと我慢してきたんだ。だから……ちょっとだけならいいよね?」
声に出して言い訳をした。
私は前世があるせいか、小さい頃から大人と同じ思考だった。それが意味するところは性に対しての興味があったということだ。
だからずいぶんとちょっと興奮することをやりたいなという気持ちが溜まっているということなのだ。
私はちょっとだけそれを発散するということで、人差し指を簪の口内へと侵入させた。
もちろんのこと口内は唾液に塗れていた。
私はしばらく指を口内に入れたままにしておいた。すると……。
「ん、はむっ」
「うわっ!」
「んく……」
簪が私の指をまるで赤ん坊のように吸ってきたのだ。
簪は吸い続けて、私の指は吸われる感覚を味わった。
すぐに抜き出そうかと思ったが、その前に手で掴まれ抜け出せなかった。
……まあ、いっか。先に口に突っ込んだのは私だしね。それにこの状況は別に嫌ではない。むしろよかった。
私は吸われるのを感じながらそう思った。
それにしても、ふふふ、私の指を吸うなんて赤ちゃんみたい。本当に可愛いよ!
私はこの時間を楽しむためにテレビを消した。それにアニメを見るために小さな明かり、つまり豆電球にしているので明かりに邪魔されることはない。これでより集中できる。
そうしてしばらくそのままでいたが、さすがにこれ以上は色々とダメなのでその口から指をはずすことにした。
が、しかし、簪のほうは放してくれないので、あんまりしたくはなかったが、もう片方の手で上手く引き離した。
その際にちゅぷりといういやらしい水音がした。
抜いた指は涎で濡れている。拭かなければならないのだが、色々と溜まっていた私はそれをじっと見つめると、
「はむっ」
その指をぱくりと咥えた。そして、ちゅうちゅうと吸う。
それだけで私の溜まった欲はちょっとだけ減った。
その後私は指を拭いた後、私は簪の頭を撫でた。
そうして喜ぶ姿が可愛くて私はあることを言うことにした。
「簪、好き。大好き。だから、わ、私と……」
そう、告白だ。いつか近いうちに言う言葉。それを言ったのだ。練習という意味で。
や、やっぱり相手が寝ているとはいえ、好きな相手に向かって言うのは、ど、ドキドキする……。
このときでこうなのだから本番ではどうなってしまうのだろうか。
ある意味怖かった。
最後まで言ったわけではないが、十分に満足した私は大きく脈鳴る鼓動を静めることに時間を費やした。