「オルコット、詩織を……口説かない、で」
セシリアといちゃいちゃしていたら、簪がそう言ってきた。
「口説いてませんわ。恋人としての当然の行動ですわ。それに口説かなくとも詩織とは十分に愛し合っていますわ。更識さんはわたくしの行動が口説いているように見えましたの? そう見えたのなら、あなたの日頃の詩織への愛の伝え方が分かりますわね」
「ぐぬぬ、未経験の……くせに!」
すでに私と経験した簪が苦し紛れにそう言った。
「な!? わ、わたくしだってもうすぐ経験しますわ! そ、それは関係ありませんわよ! というか、論点が違いますわ!」
まあ、私からすると二人からは愛を感じてるんだけどね。
だから、どっちもどっちかな。
「ほら、二人とも。それはあとで私に示して、今は見ないと」
ハーレムの主としては恋人たちが私への愛を競い合う姿を見るのはいろんな意味で見たいのだが、恋人たちには、友人的な意味で、仲良くなってほしいので、二人の言い合いを止める。
「とは言っても、この戦いの勝負は決まったようなものですわ。あなたの恋人候補の方の実力は分かりましたけど、相手が素人ではすべての力を見ることはできそうにありませんわよ」
「ん、オルコットの言う、通り。もう見るのは……ない」
二人とももう見ようとはしない。
先ほどは見たほうがいいと言っていたセシリアさえ簪と同じである。
まあ、私も同じ意見なんだけど。
やっぱりISの素人の一夏にISのプロの鈴の相手というのは無理かな。
「そ、それでも一応ね。ほら、何かあるかもしれないし」
そう言ってフォローするのだが、
「あってもそれほどの何かがあるようには思えませんわ。ここから逆転劇があるとは思いませんし」
「別に一撃を入れても……何か得る、というわけじゃ……ない」
「ですわね。わたくしたちも代表候補生とはいえ、まだ見習いですわ。別に一撃入れられることなんて多々ありますわ」
うぐっ、ま、まあ、二人とも代表候補生で、言わば見習いだからね。完璧に避けるなんてことは相手が素人でも無理な時だってある。実力というよりも経験の問題かな。
「よって……見る必要は、ない」
「ですわね」
もはや何も言うまい。
この二人に何を言っても意味がない。
まあ、仕方ない。ここは私だけで見よう。
と、思って視線を戻したとき、突然、アリーナに衝撃が走った。
「な、何ですの!?」
セシリアが立ち上がり、状況を確認しようとする。
私も確認する。
すると、アリーナの舞台、つまり、鈴たちが戦っていた舞台の中央に土煙が舞っていた。
どうやら何かがアリーナのシールドを破って入ってきたようだ。
しばらくして土煙が晴れるとそこにいたのはISだった。灰色で、手足が無駄に長く、肌が見えないように装甲を付けたISだ。顔部分にも装甲があり、顔を見ることはできない。
正直、不気味であるとしか言えない。
普通は一部分しか装甲は身に付けない。
しかし、こちらは肌一つ見せないほど、装甲がある。何よりも手足が無駄に長いというアンバランスさが一番不気味さを増させていた。
「な、何ですの?」
「見たこと、ないIS」
セシリアと簪も不気味に感じているようだ。
ともかく、今は二人の安全を確保しよう。
アリーナのシールドはすでに修復されているが、それはつまりあの進入してきたISを閉じ込めたと同時に私達に対する危険が増したということだ。どういう意図で、アリーナのシールドを修復したのか知らないけど、これでは私たちの命の危険がある。
「二人とも! 逃げるよ!」
私は二人の手を握ってそう言った。
「え、ええ」
「ん」
二人はすぐにその準備にかかる。
だが、逃げようとしたとき、不思議に思った。
だって、他の生徒たちの人数が全く減っていないからだ。普通、このような場合はすぐに避難しようとして、人数が減るはずなのだが、不思議なことに全く減っていない。
どういうことかと出入り口付近を見る。そこは人の塊で全く動く気配がなかった。
「動いて……ない」
「おそらくは扉をロックされたんですわ」
なるほどね。二人の話を聞いて理解した。
思えばそうだ。これは襲撃だから襲うためにやっているのだ。逃げさせるようなことはさせないだろうな。
シールドが修復されたのもそうなのだろう。
「ど、どうしますの?」
セシリアが私を抱きしめて不安そうに言う。
反対側にいる簪も私を抱きしめる。
こんなときだけど、二人から抱きしめられてうれしい。えへへ。
「って、詩織! 何こんなときにデレデレしてますの! 非常事態ですのよ!」
「詩織の、バカ。ぐすっ」
二人が涙目で言う。
「ご、ごめん」
確かに不謹慎だった。
私は必死になって二人を宥めた。
その一方で舞台にいる鈴のことが心配になり、そちらに視線を向ける。そこで二人は謎のISと必死に戦っていた。
二人は先ほどまで戦っていて、シールドエネルギーは低い。それに先ほど謎のISはビーム兵器を使っていた。しかも、かなりの高出力の。もしかしたら二人の命の危険があるかも。
私は自分が戦おうと思った。
「さあ、行くよ」
私は再び二人の手を引く。
「行くってどうやってですの?」
「扉は……ロック、されて……る。逃げようがない」
私は懐からタブレットを取り出す。
「二人には見せたよね? システムに侵入して無理やり扉を開けるんだよ」
「できますの? あの時はシャワー室のロックのみでしたけど、このアリーナのものはそのレベル的にも高いですわよ」
「大丈夫。問題ないよ」
私は二人を引いて、アリーナの端末があるところまで行く。
その端末の下部分を破壊し、内部を見る。そこには多くのコードがあり、素人では意味が分からないだろう。
私? 私はプロですから。ほら、ちょちょいのちょいと弄って、ほら接続完了!
だけど、別に今からプログラムを作るわけではない。というか、そんなの映画の中だけだし。今からするのは少し前にこの学園のシステムに忍ばせておいたプログラムの起動である。
えっと、これをこうしてこうやって、はい、起動完了!
あとは待つだけ!
「何をしていますの?」
「ちょっとしたハッキングだよ。まあ、ハッキングだと悪いことしているみたいに聞こえるから、この場合はワクチンって言ったほうがいいかな」
「なるほど。今回の問題を片付けるためのものですわね。確かにワクチンのほうがいいですわね。大体どのくらいですの?」
「そうだね。一応、この学園のシステムは最新みたいだし、処理能力も高いからあと一分もかからずに終わると思うよ」
その私の言葉の通り、一分もかからずにシステムの権限を取り戻した。
「さて、まずは全ての扉のロックを解除しようか」
再びキーを叩いて、閉じられている扉を開ける。
扉の周りにいた女子生徒のほうから歓声が上がり、一斉に人が避難していく。
これでシステムも取り戻したし、十分なんだけど、このまま何もしないままやられっぱなしというのもちょっと嫌だ。というわけで、まだ相手側と繋がっているみたいなので、攻撃してみよう。
えへへ、こんなときのために攻撃用のプログラム、いわゆる、ウィルスをいくつもの用意してあるのだ! それをこっそりと送り込む。
「詩織? どうした、の? 避難、しない、の?」
「ちょっと待ってね。すぐに終わるから」
「でも、オルコットは……もう出た」
「え!?」
簪に言われて周りを見るが、確かにセシリアがいない。
な、なんでいないの!? ま、まさか自分の命を優先して?
別にそれが悪いことではないのだが、正直に言うとショックである。
思わずショックを受けていると簪がいきなり頭を下げてきた。
「ご、ごめん。オルコットは……二人……援護のために……行った」
「本当に? 私を置いていったんじゃなくて?」
「違う。本当に……ごめん」
どうやら簪の虚偽の報告のようだ。セシリアは今も謎のISと戦う二人の援護へ向かったみたい。
ただ、だからといってさっきまであった心のもやもやが取れるわけがない。
「簪のバカ!! 言っていい事と悪いことがあるでしょう! しかも、こんなときに!!」
今は万が一にも命に関わることである。そんなときにそんな冗談を言うのは止めてほしい。本当に洒落にならない。
さすがの私もこの冗談には笑って許すことはできない。今の私は本気で怒っている。
「ご、ごめん」
「ごめんじゃないよ! そんなことをして! 私、セシリアに対して嫌な思いを抱いたんだよ!! セシリアはみんなのために行動しているのに!!」
「ぐすっ、ごめん」
「泣いても今回は許さないからね! あとでセシリアに謝ってね!」
私も恋人だからといって怒らないなんてことはない。もちろんのこと、怒る。特にこういうのは怒る。一番怒る。
「反省……して、る。ぐすっ、嫌いに……ならない、で!」
私のあまりの怒り様に私が簪のことを嫌いになると思ったのか、簪は私の服を引っ張って必死にそう言った。
こんなときだけど、その必死な簪が可愛く見える。もっといじめたくなるくらいは。
「嫌いになんかならないよ。でも、もうやらないでね」
「やらない」
私は簪の頭を撫でた。
「ほら、行くよ」
簪は私の腕に抱きついて一緒に避難した。
あっ、ちなみにウィルスはちゃんと送っておいた。今頃は向こうは大慌てのはずである。
無事に避難を終えた私はセシリアと鈴、ついでに一夏がまだ戦っているということで、私も戦いに行くことを決めた。
「簪、今から私、打鉄で三人を助けに行くからね」
簪に何も言わずに行くというのは悪いので、予め言っておく。
「だ、ダメ! これは……いつものとは……違、う! 行ったら死ぬかもしれ……ない! それに……詩織はISの初心者。とてもじゃないけど、行けない!」
そう言って簪は涙を溜めて、私を引き止めた。
「ううん、行くよ。簪だって本当は私の実力分かっているでしょう? だから大丈夫だよ。それにちゃんと無傷で戻ってくるよ」
私だって痛いのは嫌だし、怪我をして戻ってきて、恋人たちに泣かれたくはない。さっきの涙を流す簪は可愛かったけど、そのときの恋人たちの涙は可愛いとかよりも見ているほうも悲しくさせるものだ。そんな涙は嫌だ。
だから私は怪我はしないつもりである。そして、そのために最初から本気である。
そのために必殺技は遠慮なく使うつもりである。
「……分かった」
簪と見つめあい続けて、簪がついに折れた。
私は周りに人がいないことを確認すると、簪とちょっと熱いキスを交わした。
簪の不安とかを快感とかそういうので上塗りするためだ。
「ん、こ、こんなに激しくなくて……いいのに」
キスを終えた後、簪はその真っ赤になった顔を私の胸元に押し付けて隠す。
「えへへ、こっちのほうが不安とか吹っ飛んじゃうでしょう?」
「そ、そう、だけど……」
でもね、本当は簪の不安だけを吹き飛ばすためじゃないの。私の不安も吹き飛ばすためでもあるの。
そう、私は実は不安なのだ。しかも、怖いって思っている。
私だって女の子なのだ。いくら強かろうと怖いものはあるし、怖いものは怖い。ただ、恋人の前では隠しているだけだ。
その一番は恋人を安心させるために。
「簪、自分の部屋に戻って私を待っててね。絶対に部屋から出たらダメだよ。絶対にね」
私は最後にもう一度軽くキスをして、ISが格納されている格納庫へと向かった。